71.バルトロメウスとユルゲン
予定通りにアルトマイアー家にやってきたバルとミーナを門の前で出迎えたのは、ユルゲン本人であった。
白いシャツにヴェストハーレン州で採れる上質な生地「トレピーラ」を使った青ジャケットとパンツといういで立ちを見たバルは、怪訝そうな顔になる。
彼もミーナも安物の生地を使ったシャツとパンツといういでたちだった。
彼が師匠の性格をよく知っているからこそだったのだが、どうやら裏目に出てしまったらしい。
師匠の意図を尋ねる前にまずバルは右手を左胸に当てて、うやうやしく頭を下げた。
「ご尊顔を拝する機会をまた得られて、不肖の弟子は喜びを禁じえません。お久しぶりです、師匠」
「ああ。久しぶりだな、バルトロメウスよ」
彼の拝礼に対してユルゲンはおなざりに答えただけである。
師匠と弟子という関係上、適切なものだ。
ミーナとしては不満だったものの、バルが最大の敬意を払う恩師相手にぶつけるわけにもいかず、黙って拝礼だけおこなう。
「そっちのエルフがヴィルヘミーナか」
「はい。ヴィルヘミーナと申します。初めて拝する機会を賜り光栄です、グロースヘルト・ユルゲン」
彼女の呼び方にユルゲンはぴくりと茶色の眉を動かす。
グロースヘルトというのは彼が持つ称号のひとつで、「英雄称号」という帝国に多大な貢献した者に贈られる名誉だ。
ちなみにバルもすでに同じ称号を贈られている。
ミーナが持っていないのは、八神輝ならば誰でも得られるようなものではないからだ。
「儂は英雄称号で呼ばれるのは好かないのだ。バルトロメウスの奴から聞いていないのか?」
「何も言っておりません」
彼女ではなくバルが答えて、ニヤリと笑う。
「こいつめ。変わらんな」
ユルゲンは声を立てて笑い出す。
このようなやりとりこそがバルとユルゲンの常だった。
「師匠もお変わりがないようで安心しました」
バルの発言は心より出たものだったが、言われたほうはフンと鼻を鳴らして皮肉を言う。
「変わらないのは失敗だったかもしれんな。この年になってまた仕事を押し付けられるとは」
「災難ですな」
彼は師匠をたしなめるどころか、同情して見せる。
「全くだ」
ユルゲンは真顔でうなずく。
息の合った彼らの会話のテンポにミーナはついていくことができなかった。
そのおかげでバルとユルゲンの関係性がうっすらと分かったため、彼女自身は満足する。
「さあ、そろそろ入ってくれ。甥のオットーがお前たちをもてなしたいと言って聞かなくてな」
ユルゲンは残念そうに言い、バルも仕方ないという顔で応じた。
「オットーも今やアルトマイアー家の当主ですからね。昔のようにはいかないのでしょう」
武装した私兵が立つ門をくぐり、白い石できちんと舗装された庭園の道をユルゲン、バル、ミーナという順で歩く。
ユルゲンは不意に声を低めてバルに話しかける。
「自分がないがしろにされるより、お前のことに腹を立てるとは、気位の高いエルフがまるで忠犬のようだな」
師匠の口の悪さを知っている彼は今さら怒ることもなく、たしなめることもなく微苦笑を返す。
「ミーナはいい子ですよ」
「お前限定での話だろう」
彼のフォローをユルゲンは一蹴する。
バルは否定せず黙って肩をすくめた。
「ノロケ話にしか聞こえんぞ、馬鹿者め」
「そんなつもりはないんですけどね」
ユルゲンの言葉に彼は困った顔をして腕を組む。
これを見てユルゲンは初めてミーナに同情する気になった。
そこへバルが師匠に問いかける。
「ところで師匠、今日はやけにまともな服装ですね。安物じゃないと肩を凝るというのは、現役の時の話だったのですか?」
「今も変わらんぞ。甥の頼みを聞いて仕方なくこのような服装をしておるのだ」
ユルゲンは本当にうんざりしたような声を出した。
ヴァインベルガー以上に貴族らしくない性格は、全く変わっていない。
バルにしてみれば懐かしい一面だったが、疑問は消えなかった。
「なるほど、そうでしたか。来る家を間違えたかと一瞬思いましたよ」
彼の言葉にユルゲンは皮肉交じりに応じる。
「残念ながらあっておる。お前たちは後で服を着替えろよ」
「やっぱりダメですか」
バルは大きく天をあおいだ。
アルトマイアー家であれば、有事の際に備えて貸し出し用の服も常備してあると彼は知っている。
そのようなものを必要な場がこれからあるとなれば、厄介でも師匠とオットーの面子を潰すことなど彼にはできない。
「仕方ない。覚悟しようか、ミーナ」
「はい」
ミーナはバルほど窮屈ではないはずだが、律儀に返事をする。
「それはそうとして、師匠は嫌がると思って何も贈り物は持って来なかったのですが」
「正しい判断だ」
弟子の確認にユルゲンは満足そうな顔で答えた。




