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70.元八神輝ユルゲン

 元八神輝のユルゲンは貴族である。

 ヴェストハーレン州を治めるアルトマイアー家の三男坊として生まれ、本名はユルゲン・フォン・アルトマイアーという。

 帝国では本来ならば三男が貴族の証である「フォン」を名乗れることは許されないのだが、彼は八神輝となったことで特例で名乗ることが許された。

 八神輝を輩出するのは普通の貴族にとって名誉だったからである。

 そのユルゲンは兄の長男であり、現アルトマイアー家の当主のオットー・ヴェストハーレン・アルトマイアーに呼び出され、彼の書斎に足を運んでいた。


「ようこそいらっしゃいました、叔父上」


 オットーは二十五歳上の叔父に対して、異例とも言える拝礼をおこなう。

 貴族の当主が拝礼すべき相手は他の貴族の当主と八神輝くらいである。

 ただの叔父であれば現当主は最低限の礼儀を守るだけでよく、何も拝礼をする必要はない。

 だが、ユルゲンはアルトマイアー家の名前を国の内外に轟かせた生きた伝説だ。

 オットー自身、大いに憧れて尊敬している。


「この老骨に何の用かな、オットー殿」


 ユルゲンもまた現当主の甥に対して拝礼を返し、敬称をつけて名前を呼ぶ。

 彼は今年で六十になるため、老骨と言ってもうそにはならないものの、外見は若々しくて五十前後にしか見えない。

 茶色の髪にはまだつやがあり、水色の瞳には活力が富んでいる。


「帝都への出発はいつになりそうですか?」


 オットーは回りくどいあいさつを飛ばして、単刀直入に聞く。

 彼は立場上、ユルゲンが国に召集されることを知っていた。


「まだ分からないな。何しろ、肝心の受験者を集めるところから始めなければならないようで」


 ユルゲンはため息をつき、両手を挙げながら皮肉な言い方をする。

 皇帝主導の事業にこのような言い方をできるのは、彼だからこそだ。

 オットー自身は恐れ多いと思う反面、許される特権を持つ叔父に対して敬意を強くする。


「壮行会を開きたいので、分かり次第教えていただけますか」


「壮行会などという柄でも年でもないぞ、オットー殿」


 叔父の新しい門出を盛大に祝いたいと語るオットーに対し、ユルゲンは苦笑した。

 

「陛下の肝いりで始まる新事業、それも国家の中核を担っていく若手を育てるアカデミーの一員となられるのですから、当然です」


 というのは何もオットーだけが思っていることではない。

 淡白なユルゲンのほうが貴族としては異端である。

 もっとも、叔父の性格をオットーもよく知っているため、今さら驚きもせず「叔父上らしい」と思うだけであった。

 

「ふむ」


 ユルゲンもまた甥の性格を理解しているから、これ以上否定しようとはしない。

 話を変えようとある件を口にする。


「そう言えばバルトロメウスの奴があいさつに来たいという連絡があった。どうする、オットー殿?」


「ば、バルトロメウス様ですか?」


 叔父の突然の発言にオットーは立派な椅子の上で腰を抜かしそうになった。

 光の戦神バルトロメウスの名はもちろん知っているし、彼が叔父のたったひとりの弟子であることも知っている。


「うむ。最近連絡をよこしもしなかったけしからんあやつのことだ」


 ユルゲンは字面とは裏腹に、うれしさを隠し切れない表情で話した。

 彼が唯一の弟子を可愛く思っていることは、オットーもよく知っている。

 年があまり離れていなかったせいか、お互いが何者でもなかった子どものころに一緒に遊んだ記憶もあった。


「叔父上がマメに連絡を送られるのを嫌がる不精な性格であることくらい、バルトロメウス様はよくご存知でしょうからね」


 オットーはそう叔父に呆れた顔を見せる。

 叔父甥の気安さがなければ「破壊神ユルゲン」に向かってとても言えないことだ。

 そのユルゲンは痛いところを突かれたという表情で沈黙を守る。

 オットーは笑いながら彼に言った。


「バルトロメウス様はいついらっしゃるのですか? おひとりですか? それとも他の八神輝と一緒なのでしょうか?」


「ヴィルヘミーナを連れてくると申しておったな」


 ユルゲンの返答でオットーから笑顔が消える。


「ヴィルヘミーナ様ですか……」


 女性エルフのヴィルヘミーナは非常に強力だが、非常に難物だという情報は彼の耳にも届いていた。

 オットーによりにもよってという思いがないと言えばうそになる。

 

「嫌なら反対しておくぞ」


 ユルゲンは甥の心情を察してそう言った。

 自分が言えばバルは逆らわないと信じて疑わない態度である。

 彼とバルの関係を知っているオットーは傲慢だと思わなかったが、叔父の提案を受ける気もなかった。

 

「あ、いえ、バルトロメウス様がご一緒ならば問題はないでしょうし、そこまでしていただかなくとも大丈夫です。それにチャンスでもあります。八神輝が二名も我が家に来ていただけるとは」


「他の貴族どもはうらやましがるだろうな」


 八神輝は最大戦力であり、いくつかの特権を持っている。

 貴族たちにしてみれば顔をつなぎ、できるだけ誼を結んでおきたい存在だった。

 中には嫌な顔をする者たちもいるのだが、彼らの中では矛盾していないのである。

 

「アルトマイアー家は伯爵ですからまだマシです。子爵だったら外圧が大変でしたな」


 オットーは割り切った笑顔を見せながら言う。


「ところでいらっしゃる日にちはいつごろでしょう? おふたりがいらっしゃるならば、もてなしの準備が必要ですが」


「こちらの都合のいい日でかまわないそうだ。それにそんな大層なものはしなくてよいとバルトロメウスも言っている。ささやかな宴程度でよいだろう」


「は、はあ」


 ユルゲンの回答に彼はそんな馬鹿なという思いかけたが、バルはユルゲンの弟子だったと思いなおす。

 派手なものを嫌う性格も受け継いだと考えれば納得できた。


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『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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