126.中央大陸の魔界扉
「きたきたきた」
熱に浮かされた瞳をしながら狂喜乱舞する男がいる。
魔界の民を信奉する秘密組織の最高責任者だった。
ついに彼は『魔界扉』を開くことに成功したのだ。
彼の前では黒い大きな渦が動くたびに異形たち、すなわち魔界の民が出現する。
まず出てきたのは青白い肌と禍々しい赤い瞳、額からは鋭い角がはえた鬼族だった。
それから次にオーガという鬼族の上位種。
トロールよりも大きな体と紫色の皮膚を持ち、不吉な青い瞳を有する。
彼らは目の前にいる人間に襲いかからず、一糸乱れぬ陣形を作っていた。
「つまり統率者がいる!」
首魁にとって魔界の民を率いる上位存在との邂逅こそが悲願だった。
魔界の民は個々の能力では人間の兵士よりも上だが、数と連携で倒されてしまう。
それを阻止するためには魔界の民だって軍勢を作る必要がある。
黒い渦が大きく軋んで出てきたのは四枚の黒い翼と赤い二本の角を持った大きな男だった。
「軍団長フィガロである。我らの入り口を作ったのは貴様か、人間?」
赤い瞳で首魁をにらみ、流ちょうな人間の言葉を話す。
「はい、フィガロ様。初めまして、クリークと申し」
首魁クリークは最後まで話せなかった。
フィガロは彼の顔に手を伸ばし、殺害したからである。
「軍団長、どうして殺したんですか?」
「俺らのシモベとして生かしておくべきでは?」
部下たちがやはり流ちょうな人間の言葉で、フィガロに問いかけた。
「さんざん我らを待たせた罪、ただ一度の成功ごときで償えるはずがあるまい」
フィガロは冷酷に答える。
「それに我ら軍団が出てくるのが精いっぱいではないか。この程度、真の成功とは言えぬ」
「御意」
部下たちが身を縮めるとフィガロは指令を出す。
「貴様たちは近くから人間どもをさらってこい。そして魔界扉を大きくするのだ。今のままでは将軍さまですら通れぬぞ」
「はっ」
部下たちはいっせいに散り、残ったのはフィガロと彼直属の戦士百名ほどだ。
「将軍さまと元帥さまをお迎えすれば、忌々しい地上の生物どもを地獄へと落とせるだろう」
フィガロはそう確信する。
彼が元帥の一角がバルに敗れた情報を知らなかった。
ゲパルドゥの旧部下と彼らを吸収した勢力、そして情報を重視する一部の者たちが知っているだけである。
彼らからすればフィガロとその配下は失っても惜しくない情報収集役だった。
それに気づいていないフィガロは自分こそ誉れある地上侵攻の先鋒だと解釈している。
彼の認識は間違っていたが、魔界扉が開いた場所は都合がよかった。
帝国とは大海を隔てた中央大陸だったのである。
警戒態勢に入っている帝国であればすぐに察知され、八神輝を送り込まれていただろう。
各地に侵攻した異形の軍勢は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄を作り出す。
普通の人間はともかく、多少心得がある程度の戦士では種族の差を埋めるにいたらない。
多数の地と屍を積み上げて魔界の扉へと捧げられる。
「しまったな」
とフィガロはつぶやく。
「いかがいたしました?」
「扉を開いた人間は活かしておき、運搬作業を手伝わせればよかったな」
フィガロは自分の短気を少し後悔する。
せっかくの部下たちが魔界扉に血を捧げる行為で、血を流す効率が落ちてしまっていた。
「人間どもは数だけは多く単純作業ならこなせるのだから」
魔界扉がもっと大きくなって元帥が出現してから殺せばよかった。
そう気づいたのだがもう遅い。
いかな魔界の民であろうとも死者蘇生は使えないのだ。
「時間がたてば第二陣が現れると思いますが」
部下がそう発言する。
魔界扉が開いてすぐ進むのはリスクを念頭に置いた先鋒で、時間をおいて次鋒が現れるのだ。
「そうなると奴らに手柄の何割かを奪われるではないか」
フィガロが不愉快そうに顔をゆがめると、部下は背筋を伸ばしてあわてて謝罪する。
「申し訳ございません。私が愚かでございました」
フィガロはじろりとにらんだが殺さなかった。
部下の数が足りていないことを実感した直後だけに、さすがにためらったのである。
「ゆけ。次鋒が現れる前に少しでも多くの手柄を積め」
この場合の手柄は「地上生物をどれだけ殺したか」という意味だった。
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