122.戦神が直面する難題
2巻が1月1日発売です。
バルはある日、仕事帰りに帝都の二等エリアをぶらついていた。
そこへ顔なじみの男性が声を掛けてくる。
「よお、バル。これから夕飯か?」
「そうだよ」
バルは足を止めて注意深く観察した。
男性は上機嫌で、手には見慣れない食べ物を持っている。
「それなら中央通りの屋台エリアに行くといいぜ。珍しくて美味いものを出す店が来てらあ」
「へえ、それは楽しみだな。ありがとう」
バルは礼を言って男性と別れた。
帝都は珍しい物が集まってくるかと言うと、意外とそうでもない。
帝国はやたらと領土が広いため、まずは入ってきた場所の近辺で止まる。
そしてそこで受け入れられたものが、帝都まで広がるのだ。
(いきなり帝都に来ず、地方でウケるかどうか試しているんだから、商売人は大したものだ)
とバルは思う。
地方で定着したものならばたいてい帝都では受け入れられるらしい。
これは宰相たちが持つ情報だから、それなりに信用できるだろう。
教えられた場所に行ってみると、たしかに見覚えのない顔の男が二人屋台を出している。
年齢は三十代半ばくらいで、顔は浅黒く髪は赤い。
(大陸東方では見ないな)
おそらく中央か西部の民族だろう。
「いらっしゃい」
バルを見た男が流ちょうな大陸共通語で話しかける。
「何を売っているんだい?」
「ああ、てんぷらという料理だよ。野菜や魚を油で揚げるんだ。揚げ物は帝都にもあるよね?」
説明するのに慣れてきた口調だった。
「帝都にある揚げ物はコロッケだけな」
「乱暴に言えば食材が違うだけさ」
いくら何でも適当すぎる説明だとバルは思ったが、何も言わない。
二等エリアに住んでいる人間ならば今の説明で納得するのが自然だ。
「へえ、そうなんだ。野菜や魚を揚げるっていうのは新しいな」
「食べてみるかい?」
エビの揚げたものを男性は差し出す。
「ありがとう」
バルは食べてみる。
「美味いな」
思わず声が出ていた。
「だろ? 揚げたては最高に美味いんだぜ」
男性は白い歯を見せる。
豪語するだけのことはあるとバルは思う。
「いくらだ?」
「それはいらねえよ。気に入ったなら買ってくれ。三つで二百トゥーラだ」
「……安いな。利益は大丈夫か?」
バルは不安になった。
「いいねえ。利益を心配してくれたのはあんたが初めてだよ。帝都って言っても……なんて思いかけていたが、捨てたもんじゃないなと思いなおせるね」
男性は再び白い歯を見せる。
「いいものは高い。当然のことじゃないか」
バルの意見に男性はうなずき、声を低めた。
「ここだけの話、これはそこまでいいものじゃないから利益はちゃんと出ている。安心してくれ」
「お見事」
正直すぎる暴露話にバルは苦笑するしかない。
わざわざ帝国までやってくる商売人の商魂を甘く見ていたと気づかされる。
「じゃあ六つもらおう。魚、カボチャ、イカ、を一つずつ。エビを三つだ」
「おお。エビこそ天ぷらの頂点さ。お兄さんよく分かっているね」
そう言って揚げたての天ぷらを渡され、バルは四百トゥーラを払う。
順番に口に入れていく。
「美味いが熱い。だが、熱い時が上手い。これは難題だな」
「ははは」
バルがうなると、屋台の男は愉快そうに笑う。
もう一人の男が紙に包んだ品物を差し出す。
「よかったらこれを食べてみろ。カステラという菓子だ。美味いぞ」
「カステラ? 知らない菓子だな」
バルは食べてみる。
「柔らかくて甘いな。それに美味い」
そして驚いた。
「庶民が食べられるものにしては甘いな」
基本的に砂糖や甘いものは高級嗜好品である。
帝国ですら例外ではない。
「まあ一つ七百トゥーラだな」
「安くないか?」
手のひらに乗るほど小さなサイズでも、千五百トゥーラはするのが相場だ。
「製造コストを抑える仕組みが進歩したおかげで、充分利益が出るのさ」
「充分な利益が出てるなら、何も言うまい」
しょせんバルは商売に詳しくない。
天ぷらを食べ終えてから彼は財布を取り出す。
「七百トゥーラだったな?」
「さっきのは無料で提供しよう。気に入ったなら、美味い菓子があると宣伝してくれ」
「分かった。そうさせてもらう」
なかなか上手いやり口だとバルは思う。
喜んで宣伝しようと考えるくらいにカステラは美味い。
無駄飯食らい認定されたので愛想をつかし、帝国に移って出世する~王国の偉い人にはそれが分からんのです~(https://ncode.syosetu.com/n1192ff/)という新作もよければ読んでみてください




