閑話.方針変更と勧誘
組織は焦っていた。
とある大陸に存在する屈指の大国への工作がすべて失敗するからだ。
「いっそあの国を後に回せばいいんじゃないのか?」
「他の大陸を攻め落とせばいいのではないのか?」
組織の幹部たちはそう話し合い、総裁に相談する。
「いかがでしょう、総裁」
「たしかに一つの国にこだわりすぎたな。我々の目標はあくまでも魔界の扉を開くことだ」
総裁はそう言って過ちを認めた。
「魔界の扉は他の大陸にも存在しているのだな?」
「はい、それは間違いありません」
「ならば他の大陸に仕掛けよう。リヒト帝国くらい、四公爵が顕現なされば粉砕できるはずだ」
組織はそう決定する。
彼らは元帥が瞬殺されたことを知らなかった。
だからこそ自分たちの都合のいい解釈をするしかなかった。
「どこを選ぶかだな。強国が存在しない大陸はどこだ?」
「北大陸になりますね」
幹部の一人が即答する。
「強者のたぐいは存在しますが、国家として強い国は存在しません。中小国家が乱立していますゆえ」
「よし。そこにしよう。群害が生まれるように誘導しろ。もちろん目標は国家クラスだ」
国家とは文字通り魔物の国家が形成されることだ。
「そこまで育てば、我々が制御できなくなるかと思いますが」
「かまわない」
総裁は重々しく言った。
「国家レベルの群害が生まれれば、当然その周辺地域の秩序は崩壊しよう。それでこそ我々は動きやすくなるというものだ」
「はっ」
組織の幹部たちは新しい方針に従い、動き出す。
一方下っ端の若い男女構成員たちは、貧しい国、貧しい都市へと行った。
彼らが捜すのはすきっ腹を抱えている子どもたちだった。
あるいは糊口をしのぐために子どもを売る親たちだ。
「子どもを売ってくれるなら、銀貨で払いましょう」
「おお!」
何とかなったと親たちは歓喜の涙を流すが、売られる子どもの目はうつろである。
うす汚れた服に何もかもあきらめきった顔。
組織の構成員たちはそういう子どもたちを集めると、馬車に乗せる。
そして魔術具で転移し、アジトに連れて行くと、交代で風呂に入れてやり、新しい服を着せてやった。
そして全員に山羊の乳、分厚い肉、やわらかいパンを出す。
最初は困惑していた子どもたちも、空腹に耐えかねてガツガツと食べた。
「よく頑張ったな。我々組織は君たちを歓迎しよう」
若い幹部が必死にご飯を食べる子どもたちに話しかける。
子どもたちは食べ終わると、ようやく幹部に注意を向けた。
自分たちはこれからどうなるのか、腹がいっぱいになって初めて気になりだしたのだ。
「私たちは君たちを腹ペコに追いやった悪と戦う組織だ。君たちがつらい思いをしているのに、自分たちだけいい暮らしているクソどもを倒す組織だ。それだけは覚えてもらいたい」
幹部が言い終わると、一人の男の子がおそるおそる聞く。
「僕たちはこれから何をすればいいの?」
「しばらくは飲み食いして、ゆっくりするといい。力をつけ、我らの組織のすばらしさを理解できたら、その時は協力してくれ」
組織が狡猾なのはけっして強引に勧誘をせず、余裕を見せつけたことだ。
子どもたちにしてみればお腹いっぱい飯を食べさせてくれ、特に見返りを要求しないとはいい人だと思う。
何か恐ろしい裏があるのではないか? と大人ならば勘繰っただろう。
しかし、子どもたちはまだ幼くそんな判断力を持っていなかった。
彼らは今までとは考えられないような暮らしを満喫する。
朝早く起きなくてもよく、水を汲みに遠くまで行く必要はなく、苦労して集めた木の実を大人に取り上げられることもない。
ごちそうをお腹いっぱい食べ、昼寝もでき、年の近い子どもと好きなだけ遊ぶことが許される。
楽園のような生活だった。
子どもたちの健康状態がすっかりよくなったところで、幹部は言った。
「君たちが苦しい思いをしていたのは誰のせいだ? ご飯を食べられなかったのは誰のせいだ? 我々はそいつらを倒すべく戦っている」
子どもたちはすっかり幹部の言うことを信じてしまった。
「僕も戦う!」
「私も!」
……組織はこのようにして新しく人を増やしている。




