111.買い食い
バルは久々に買い食いをしたくなった。
八神輝の仕事は入っていないため、一日くらい休んでもいいだろうと判断する。
緊急連絡用の小石型魔術具を懐に忍ばせ、彼はふらりと家を出た。
ミーナは何事もなかったかのように彼のそばに転移してくる。
とっさに周囲を確認したが、誰も彼らのことを見ていなかった。
「ちゃんと把握しての行動です」
ミーナは小声でそう説明する。
「ならいい」
バルは彼女の行動を見た。
転移する必要があるほどの距離を、魔術でしっかり把握するのは八神輝でも容易ではない超高等技術である。
ミーナの本気度がうかがえるというものだ。
魔術で簡単な変装をした二人は帝都の二等エリアを散策する。
バルは当然見慣れているが、ミーナの方にも物珍しそうな素振りはない。
「ミーナは苦手なものは特にないんだったな」
「ええ。魚も野菜も肉も、乳製品も果物もいけますよ」
という発言をエルフがしていると知れば、多くの帝国人が驚愕するだろう。
一般的にエルフと言えば野菜しか食べないというイメージだからだ。
バルもミーナもそれを訂正する意思はない。
「たまには一等エリアにも行ってみるか」
「珍しいですね」
彼の言葉に彼女が軽く目をみはる。
「今日はお前がいるからな」
バルは魔術が不得手で、一人では変装することも難しい。
彼女が一緒ならば簡単に解決できるのだ。
「それに私は別に一等エリアを嫌っているわけでもないよ」
「そうでしたね」
彼はあまりぜいたくをする気にならないだけである。
たまには気が変わることもあった。
「という訳で頼む」
「かしこまりました」
彼の要請に従い、ミーナは幻術を発動させる。
二人はやや上等な衣服をきた若い平凡な容姿の男女となった。
「一等エリアをうろつくなら、これくらいでよろしいでしょう?」
「そうだな。多少は身ぎれいな格好をしていたほうがいいからな」
バルはそう答える。
着ている服がある程度収入の目安になるという風潮があるのは事実だった。
彼らは一等エリアの人気のない地点へと転移し、そこから何食わぬ顔で歩き出す。
二等エリアでは風雪に耐えることが重視された骨で地味な建物が多いのに対し、一等エリアは華のある外見の建物が多い。
装飾に費用を投じる余裕があるかどうかという差を感じることができる。
皇宮の近くには貴族街があり、そこと平民たちが住む町の間には門があった。
交代制で兵士たちが番をしていて、用がないかぎり閉ざされている。
門の近くは大商人の本拠や高級住宅街があり、「金持ちほど貴族街の近くに住める」という認識にひと役買っていた。
バルとミーナが入ったのは、そんな高級寄りのほうではなくて二等エリア寄りのほうである。
高級よりのほうは出される料理も貴族趣味に近く、彼らがあえて幻術を使ってまで行く必要を感じない。
「せっかくだからパスタとチーズでもいくか?」
「いいですね」
二人は簡単に相談し、ひとつの店を選んだ。
パスタという麺とチーズを使った料理を得意とする店で、主に若い男女に人気がある。
三十人ほどが収容できる店内は八割がた埋まっていて、五人の店員が忙しそうに動き回っていた。
彼らはあいていた奥側の二人用の席に通される。
「チキンとチーズのパスタをふたつ、後はバラ水とぶどう酒」
バルが代表して注文した。
店員が笑顔を残して去ると、ミーナが口を開く。
「珍しいですね。昼間から酒を頼むなんて」
「たまにはいいだろう」
バルはちょっと恥ずかしそうに笑う。
昼間から酒を飲むのはあまりよくないという意識でもあるのだろう。
「では私もお付き合いいたしましょうか」
とミーナは言い出す。
彼女がアルコールを頼むのは彼以上に珍しいのだが、彼は驚かなかった。
「今から注文取り消せるだろうか? 難しくないかな」
「かまいません。バラ水もいただきますから」
ミーナは微笑を浮かべて言う。
バラ水は彼女の好みであり、バルが覚えてくれていたのはうれしかった。
それを直接的に口に出す彼女ではないのだが。
店員が料理を持ってきたタイミングで彼女はバラ水を注文する。
麺の上に大きなチキンが五つ乗っていて、チーズがふんだんにふりかけられていた。
「うん。美味い」
「そうですね」
二人は料理評論家ではないからか、味に対する評価はじつに単純だった。
高級料理には及ばないだろうが、これはこれでいいとバルは思う。
二等エリアと比べて値段が上がっている分、料理人の技術も食材の質も上がっている。
「これならば金を出す甲斐があるというものだ」
「そうですね。いい料理人に対しては報酬をはずむべきです」
ミーナは彼の意見に同意してくれるが、あまり熱はない。
そうした方がいいと理解しているだけで、情熱があるわけではないのだろう。
それでもつき合ってくれるのだから、バルにとってはありがたかった。
彼らこうやって食事を楽しんだ。




