102.八神輝氷結の女王シドーニエ
ベアーテと族長のあいさつが終わると、族長の合図とともに五名の男女が入ってきた。
「ビョルン、ダリウス、エーギンハルト、ゴーロ、バルバラ……」
ミーナが彼らの名前をつぶやく。
「この五名が今の【六の花輪】なのだ。貴殿らの訪問に合わせて来てもらった」
「ベアーテ殿下、使節団の皆さま、よろしく」
見た目は三十歳くらいの男性、ビョルンが代表してあいさつをする。
唯一の女性であるバルバラ以外を見分けるのは、おそらくミーナでないと難しそうだ。
それくらい彼らの容貌も服装も似ている。
「【六の花輪】全員そろえた理由は?」
族長にミーナが聞くと、人を食ったような笑みが返ってきた。
「せっかくだから我らの力を帝国の皇族に見せておこうと思ったのだよ。前回はバルトロメウス殿の力を見せて頂いた、返礼のようなものだな」
「我々に手伝えとは言わないだろうな?」
ミーナの冷ややかな視線に、他のエルフたちは怖気づいたような表情になったものの、族長だけは動じない。
「手伝ってもらったほうがやりやすいだろうが、別にかまわぬ」
「私が立候補いたしますわ、族長殿」
何とシドーニエが細腕を挙げて意思を表示する。
「私がやる分には文句もないはずでしてよ、ヴィルヘミーナ」
彼女はからかうようにミーナに目を向けた。
「そうだな。勝手にしろ」
ミーナは反対しなかった。
「わぁ、シドーニエの戦いが見られるのね!」
ベアーテは手をたたき無邪気に喜ぶ。
「殿下を退屈させなければよいのですけれど」
謙遜するシドーニエに対して、ミーナが声をかける。
「【六の花輪】最強のエーギンハルトは、お前でも勝てるか分からないだろうな」
「あら、そうですの?」
シドーニエは上品な笑みを浮かべたままだったが、目は笑っていなかった。
一見分かりにくいが彼女も己の実力に矜持を持っていて、ミーナの発言はそれを刺激したのである。
「ヴィルヘミーナが言うのであれば、と答えるしかないな。何せ、我々はバルトロメウス殿とヴィルヘミーナしか知らぬのだから」
族長は思慮ぶかそうな、それでいて煽るような言い方をした。
「分かった。では族長、俺にやらせてください」
一歩前に出た男こそがエーギンハルトである。
彼はにらむようなきつい視線をミーナへ向けた。
「ヴィルヘミーナ様、俺がシドーニエ殿に勝てば、俺の成長を認めて下さい」
「いいだろう。お前が“氷の女王”シドーニエに勝てるかどうか、ベアーテ皇女と共に楽しみにさせてもらう」
ミーナが淡々として応えると、その場にいたエルフたちからざわめきが起こる。
「こ、氷の女王……? 確か魔物ごと海を凍らせたっていう?」
「山を氷の山脈に変えてしまうくらいの氷結魔術の使い手らしいぞ」
彼らはシドーニエの逸話を知っている者たちなのだ。
しかしながら当のシドーニエ本人は不思議そうに首をかしげる。
「あら? 八神輝で女は私とヴィルヘミーナしかいないのに、私の異名を気づかなかったのですか?」
エルフたちは気まずそうに沈黙してしまう。
「まったく迂闊としか言うほかないな」
族長だけが苦笑した。
この後、ベアーテの歓迎会が開かれ、飲み食いがすんだところでエーギンハルトとシドーニエが広場で向かい合う。
かつてバルとファラハが向き合ったあの場所である。
「氷結耐性は万全かしら?」
シドーニエが悠然と笑うと、エーギンハルトはむっつりとうなずく。
「対抗手段くらいなくては、【六の花輪】は務まらぬ」
相対する両者から緊迫感があふれ出す。
「火炎弾」
先手をとったのはエーギンハルトであり、シドーニエの全身を飲み込みそうな巨大な火の玉を放つ。
「呪文の詠唱なしにこれとは、さすがエルフですわ」
シドーニエが褒め称えながら左手を軽くふるうと、火の玉は霧散してしまった。
同時にエーギンハルトの足元が凍り付きはじめている。
「レジストしないと氷像になってしまいますわよ?」
彼女が言うのと同時に、氷が砕ける音が聞こえた。
「おや、レジストも詠唱なしですか」
シドーニエは少し驚いたように目を丸くする。
「あなたこそ、まだ詠唱していないではないか」
エーギンハルトはやや不快そうな声で言う。
「ええ。だってまだ準備運動ですもの。それに私が本気を出すと、ここにいらっしゃる皆さんが死んでしまいますわよ? ヴィルヘミーナが守るなら別ですけども」
シドーニエが平然として爆弾発言をし、エルフたちからざわめきが起こる。
他の【六の花輪】もいるのだから、とんでもなく高慢な発言に感じたのだろうか。
ところが、当の【六の花輪】たちは、シドーニエを見て冷や汗をかいている。
「バルトロメウス殿もすごかったらしいが、このシドーニエ殿も恐ろしい」
「ヴィルヘミーナ様とバルトロメウス殿以外にもこんな実力者が六名もいるのか……帝国と友好の道を選んだ族長は正しかったな」
実力者であれば今の攻防がどれほど高度なものだったのか、分かってしまったのだ。
理解できなかったベアーテが、隣にいるミーナに聞く。
「ねえねえヴィルヘミーナ、今のどれくらいすごかったの?」
「帝国風に言えば大魔術の応酬といったところだな」
ミーナはバルの顔を思い出し、仕方なく説明する。
「だ、大魔術って……」
大魔術というものは一般人では決して発動できないものだ。
宮廷魔術師、もしくは騎士団の幹部クラスになる者でようやく発動できる者が現れる。
「簡単に言うと帝国騎士団や宮廷魔術師の幹部クラスの芸当を、詠唱なしでやったわけだ」
彼女のたとえ話を聞いた帝国側の者たちは、ようやくエーギンハルトのすごさを知った。
彼らの前でシドーニエとエーギンハルトは炎と氷をぶつけ合う。
詠唱もせずに大魔術での殴り合いをしているのだから、普通の人間が見れば失神してしまいかねない。
「なるほど。ヴィルヘミーナが言うだけのことはありましたわね。私と互角に戦える者が八神輝以外にもいるだなんて、自惚れがあったと認めるしかありませんわ」
シドーニエはエーギンハルトを吹雪で攻撃しつつ、肩をすくめて反省してみせる。
「【六の花輪】のことを認めてもらえたのなら、光栄だ」
エーギンハルトは赤い炎の壁で己の身を守って言い返す。
「バルトロメウス殿とヴィルヘミーナ様は仕方ないが、それ以外の帝国人には負けぬつもりだった。俺のほうにも慢心はあったようだ」
そして自嘲気味に付け足した。
「ひとつ教えておきますけれど、私よりも“剣聖”クロードのほうが強いですわよ。今のところは、とつけ加えておきますが」
「……何ということだ」
シドーニエの発言を聞いて、エーギンハルトはもちろん族長までもがうなる。
(リヒト帝国とは、怪物の巣窟なのか……)
とエルフたちは思わざるを得なかった。




