103.帝都での噂
「聞いたか、バル? 何でもエルフとの友好を求める使節団が派遣されたらしいぞ」
帝都の二等エリアにある酒場で、バルは知人にそう話しかけられた。
知っているも何もバルは中心的存在のひとりなのだが、初めて聞いたとばかりに驚いて見せる。
「へえ、そうなんだ。エルフの国と、仲良くなるのかなあ?」
「よく知らないけど、エルフって強いんだろう? 仲良くしておいたほうがいいんじゃないか」
知人はそう言いながら美味そうに麦酒をぐいと飲み干す。
彼らに料理を持ってきた給仕の少女がテーブルの上に皿を置きながら、話に入ってくる。
「えー、でも、うちの国には八神輝がいるんだし、そんなにビビらなくてもいいんじゃない?」
それを聞いた隣のテーブルの男が、串焼きを片手に参加してきた。
「だよな。ガツンとかましてやればいいんだ。どうせ“光の戦神”様には誰も勝てないさ」
「強気を通り越して強硬すぎないか?」
バルはあきれた声を出しつつ、内心危険を感じる。
八神輝は確かに強いし、自分たちがいれば武力的で解決できる問題はまず解決できると思う。
しかし、世の中には力では解決できない問題というものも存在しているのだ。
「バルは弱気だなぁ。“光の戦神”様が魔物の大群を一瞬で全滅させてしまうところを見てないせいじゃないか?」
「あれ、すごかったわよねえ。空が光ったと思ったら、次の瞬間魔物が消し飛んでるんだから」
「あ、ああ、そうだな」
とバルはうなずく。
自分がやったとは口が裂けても言えないのだから仕方がない。
バルという名前は帝国ではありふれているため、誰も彼と光の戦神の関係を疑ってはいなかった。
「お前さんたちの考えは危険だな」
さらに会話に加わってきたのはひとりの老人である。
「八神輝が強いからって、敵が増えてもいいという考えはよくない。敵意をもって接してくる相手を威嚇するのはかまわんが、友情の握手をかわそうという相手なら、普通に握手を交わすだけのほうがよい」
彼は古ぼけた茶色の帽子をかぶり、うす汚れた緑の外套を羽織った旅人らしい恰好をしていた。
「何だ、じいさん? あんたも弱気なのか」
串焼きの男がとがめるように言うと、老人はゆっくり首を横に振る。
「敵なら殴ってもよいが、敵でもない者をいきなり殴るのは蛮行というものだ。違うかね?」
落ち着いた物腰でゆっくりと教え諭すような言い方は、不思議と反発を生まなかった。
「そうだな。俺らは文明国なんだ。聖国や王国みたいなことをしたら恥ずかしいわな」
バルの知人は我が意を得たりとばかりに賛成し、給仕の少女たちも納得したように引き下がる。
「そうだねー」
「あいつらと同類に思われたらたまらんしなぁ」
自然と集まりが解散し、バルは老人に興味を抱く。
ただの旅人とは思えないような話術と空気の持ち主だと判断したからだ。
「ご老人、よければお近づきのしるしに一杯おごらせてもらえないかな」
バルが気さくに話しかけると、老人はテーブルを移ってくる。
「それはありがたい。何しろ、旅人だから金がかかってね」
と言ったが、バルは素直に信じなかった。
旅人なのは嘘ではないだろうが、金がかかるのを気にするのであれば帝都はなるべく避けるだろう。
ましてや二等エリアと言えど酒場には近づくはずがない。
帝都では食事付きだと安くなる宿泊プランの提供している宿屋が何軒もあるのだ。
「麦酒がいい? それとも葡萄酒かな?」
「うむ。どちらもよいが、ここは米酒を頼みたい」
「米酒とはしぶいな」
バルは老人の趣味を感心する。
米酒とは大陸の東にある大きな島国でさかんに造られている酒だ。
美味いのだが遠方からの輸入に頼っているため、値段が割高で庶民にはあまりなじみがない。
「帝都なら米酒を飲める店があるかもしれぬと思ったのだが、どうだろうか?」
という聞き方をしたことで、バルは老人が本当に旅人なのだなと思う。
帝都の酒場ならばどこでも米酒は置いてあると、帝都の住民ならば知っているからだ。
帝都の住民であればたまには飲めるだけの経済力が少なくない。
「マスター、米酒をこちらの老人に」
「毎度」
酒場のマスターはちょっと驚きながら返事をし、ほどなくして米酒が入ったグラスが運ばれてくる。
「バルさんが誰かにおごるってけっこう珍しいよね」
運んできた給仕の少女が遠慮のないことを言う。
「稼ぎが少ないからね」
バルは苦笑しながら答える。
「それは申し訳なかった」
老人は恐縮したように緑の目を伏せた。
「いや、その分ご存知のことを教えてもらいたい。情報料ですよ」
「分かりました。ご期待に沿えるか分からぬが、努力してみましょう」
笑いながら言うバルに対して、老人は遠慮をやめる。




