第64話 『プラトニック・プラネット』
「それから数十年、世界は平和だった」
均衡状態が保たれ、互いに牽制し合う国々。
それまで度々起きていた戦争がなくなった。
お互いにヤバイ兵器を獲得したからである。
ひとたび使用されたら互いに打ち合うことに。
そうなれば世界の滅亡は明らかだった。
よって、瑣末な問題は外交努力で解決した。
「そんな中、ワタシは地下に篭っていた」
博士はマイペースに引きこもり続けた。
地下に建設した秘密の研究所で人形製作。
ちなみに、その施設も人形が作り上げた。
気になるのは、建設に費やされた労働力だが。
「古くなった機体を労働に回したのさ」
「魂がなくても動くのか?」
「もちろん。プログラム通りに動くよ」
古くなった機体を乗り捨てる。
それはロボットの意思の喪失を意味する。
そんな抜け殻の人形に博士は命令した。
プログラム通りに、研究所を建設せよと。
「その時には大体千体くらい人形がいたかな」
「そんなに沢山作って金は平気だったのか?」
「さすがに無収入では原材料すら買えないさ」
爆弾作りで生み出した国家予算規模の大金。
それも人形製作の費用で使い果たしたらしい。
それでは、どのように資金を調達したのか。
「どうやって金を稼いだんだ?」
「人形作りのノウハウをある分野に応用した」
「ある分野って?」
「医療さ。ワタシは医療カプセルを開発した」
博士は医療カプセルを開発したらしい。
人形作りで培った、人体の構造のノウハウ。
博士の作った医療カプセルは医療を変えた。
「カプセルに入ればそれで治療完了なんだ」
「どういう意味だ?」
「医者の代わりに治療してくれるんだよ」
「なるほど。それは便利だな」
「世界中の医者達から顰蹙を買ったけどね」
ヘラヘラ笑って、偉業を誇るそぶりもない。
医者としては立つ瀬がなかっただろう。
自分達の役割が、カプセルに奪われた。
それでも博士のカプセルは沢山の命を救った。
しかし、当然ながら、手遅れの者もいる。
「手遅れの患者には夢を見せることにした」
「夢?」
「そう。君が見たような、幸せな夢さ」
博士は死の恐怖を取り去った。
幸せな夢を見せて、安らかに息を引き取る。
そんな理想的な終末医療まで、実現した。
「それは高く売れそうな代物だな」
「うん。裕福な国には、高く売りつけた」
それで得た金を、人形製作に回した。
人形は一万体を超え、地下施設は巨大化。
カプセルは量産化されて、低コスト化。
「貧しい国にはタダであげた」
「タダ!?」
「全人類にカプセルを使わせる為さ」
「なんの為に?」
「それは追い追い、わかることだ」
タダとは、なんとも気前のいい博士である。
しかし、何やら思惑があった様子。
気になるが、ひとまず話の続きを傾聴しよう。
「その後、ワタシの世界は急展開を迎えた」
全世界にカプセルが行き渡った頃、異変が。
世界各国が俄かに慌ただしくなった。
どうやらそれが結末に関わってくるらしい。
俺が固唾を飲んで耳を傾けていると。
「それよりも、吸血鬼くん?」
「なんだ?」
「どうして、腕に毛が生えてるのかな?」
思わず、ズルッとコケそうになった。
現在、博士は再び俺に背を持たれている。
頭頂部から消毒液の匂いを漂わせながら。
先ほど生爪を剥がした俺の手を弄んでいた。
そして、気づいてしまったらしい。
俺の腕に生える、体毛の、存在に。
今の俺の服装は手術着のような布切れ。
そこから腕毛がチラリと見えたようだ。
いやはや、お恥ずかしい。
とはいえ、んなことは、どうでも良かった。
「腕に毛が生えるのは当たり前だろ」
「駄目だ。そんなの不良だ」
「世界中の生き物が不良になっちまうぞ」
「そうではなくて、不良品という意味だ」
「人を物扱いすんな」
淡々と冷めたツッコミをすると、憤慨して。
「だって! 君は完璧な吸血鬼なんだよ!?」
「腕毛くらい、どうでもいいだろ?」
「どうでもよくない! 早くなんとかして!」
ヒステリックに絶叫する博士。
そういや、体毛が嫌いって言ってたな。
それが元で人形の身体を得た、極度の潔癖症。
ならば、ちょっとびっくりさせてやろう。
悪戯心が芽生えて、獣人化スキルを発動。
体毛を自在に操り、腕毛を瞬時に、増毛。
腕だけゴリラ化して、博士を抱きしめた。
「うぎゃあああああっ!?!!」
「こら、暴れんな。スリスリすんぞ」
「やめっ! んあっ!? 毛が! 毛がぁ!?」
「ほらほら、最高の毛艶だろう?」
毛むくじゃらの腕に抱かれて、博士は発狂。
そんな博士の顔に、腕毛を執拗に擦り付ける。
極上の手触りの、最高品質の腕毛な筈だ。
これで体毛に対する認識を改めさせてやる。
「ワハハ! オレ様の腕毛の感触はどうだ?」
「は、離してくれ! 剛毛は嫌いなんだ!!」
「では、すね毛も伸ばしてやろう」
「やめてっ!?」
懲りないようなので、すね毛も増毛。
手術着の裾からボッと、芽吹いた。
それを見た瞬間、博士の回路がショートした。
「むきゃー! こんな、こんなものー!」
「うわっ! やめろ! 毛を毟るなっ!?」
奇声を上げて、暴挙に出た博士。
両手で腕毛とすね毛を毟り始めた。
堪らず拘束を解くが、博士の乱心は収まらず。
「こんな毛なんて、根絶やしにしてやる!!」
「痛っ!? 痛いっつーの!!」
「ああっ!? こんなとこにも! ここにも!」
「わ、わかったから! やめろってば!!」
博士の腕力は百万馬力。
いかに俺の毛根が強靭とはいえ、無力である。
このままでは頭髪まで根絶やしにされちまう。
俺は慌てて、腕毛とすね毛を除毛した。
「お?」
「これで満足かよ」
毛むくじゃらの危機が去り、我に返る博士。
嘆息しつつ、様子を伺うと。
彼女はワナワナと震えて、無毛の腕を凝視。
「お、おお……おおお……!」
「ど、どうしたんだよ?」
「ツルッツルだぁああああっ!?!!」
再び発狂した博士。
毛穴すらない俺のスベスベの腕に、飛びつき。
今度は彼女の方から、頬擦りを開始。
「素晴らしい! やはり君は完璧だ!!」
「いくらなんでも興奮しすぎだろ……」
「これぞワタシの理想の肉体……ほんと最高」
呆れる俺をよそに、博士は恍惚な表情。
頬擦りでは飽き足らず、ペロペロしてきた。
彼女の舌が、俺の腕や、そしてすねにまで。
「いい加減にしろ!」
「も、もうちょっとだけ観察させてくれ!」
「何が観察だ! ペロペロしてただろうが!?」
「ワタシの舌は敏感なセンサーなのだよ」
「無駄な機能を付けやがって……」
「大丈夫。ちょっとだけだから……ね?」
何が大丈夫なのか、さっぱりわからない。
けれど、熱心に舐める姿は、悪くない。
なんとなく、征服感のような感覚を覚えた。
とはいえ、耳まで舐めるのは、やりすぎだ。
「ペロペロ……ペロペロ」
「こ、こら! どこ舐めてんだよ!?」
「おや? なかなか可愛い反応だね?」
くすくす笑ってこちらの反応を愉しむ博士。
こうなったら恥も外聞もない。
俺はジト目で睨みつつ、抗議をした。
「……俺が童貞だって知ってんだろ?」
「もちろん、知ってるとも」
「なら、あんまり揶揄うな」
すると博士はまた母親のような眼差しをして。
「そんなつもりはない。偉いと思うよ」
「は?」
「93万年も童貞を守った君は、立派だ」
なんか、褒められた。嬉しくはないけれど。
ポカンとしていると、博士はフハハ!と笑い。
決めポーズをしながら、カミングアウト。
「かくいうワタシも、処女でね」
「だろうな」
「な、流さないでくれたまえよ!?」
博士が処女なのは察しがついていた。
第二次性徴に耐えかね、身体を捨てたのだ。
そういった行為をする猶予はなかっただろう。
ゆえに、わかりきったことではあるのだが。
流すとまた泣かれるので、仕方なく話に乗る。
「てことは、処女のまま人形になったのか?」
「うん。そもそも、する気もなかったしね」
「淡白な性格なんだな」
「プラトニックと言いたまえ」
「いや、さっきペロペロしてたじゃん」
「ペロペロとスリスリは欠かせないのさ」
「まあ、言わんとしてることは、わかるけど」
ペロペロとスリスリはOK。
しかし、本番はNG。
思えば、俺の93万年も似たようなものだ。
かわゆいボスとは、互いに吸血し合った。
それでも結局、一線は超えていない。
「君にもその気持ちがわかるだろう?」
「俺はいつでも童貞を捨てたかったけどな」
「いーや。そんなの嘘っぱちだね」
嘯くと、博士はきっぱり否定。むっとして。
「なんで嘘だと思うんだよ」
「君はワタシと同じだからさ」
「一緒にすんな」
「一緒だよ。だって、ほら」
博士はこちらを振り返り、抱きしめてきた。
「こうするだけで、気持ちいいだろう?」
そんな言い方は卑怯だ。俺は悔し紛れに。
「そんなの……誰だって、そうだろ」
「いや、それは違う」
「何が違うんだよ?」
「大抵の男女は、そのまま一線を越えるのさ」
噛んで含めるような物言い。そうなのだろう。
「俺がチキンだって言いたいのか?」
「そうだね。君もワタシも、臆病者だ」
「なら結局、偉くもなんともないだろ」
「けれど、その臆病さは、高潔とも言える」
物は言いようだ。臆病を高潔と、博士は言う。
「93万年も童貞でいられた君を、尊敬するよ」
「馬鹿にされてるとしか思えないな」
「そんな反応もワタシには可愛くて堪らない」
この博士はやっぱりちょっとおかしい。
いや、かなり、とんでもなく、イかれてる。
しかしながら俺も結局、イかれてるのだろう。
博士は俺の後ろ髪を撫でながら、諭した。
「別にエッチなんて、しなくてもいいのだよ」
「突然卑猥な発言するのはやめろ」
「では、粘膜を擦り付け合う行為と言おう」
「余計に卑猥になってんぞ」
「とにかく、それが全てではないのだ」
卑猥な話題を、博士はそう締めくくった。
「こうして抱擁するだけで、心地良くなれる」
「まあ、そうだな」
「それを知っている我々は、高潔なのだ」
「そんなの、ただの自己正当化だろうが」
「そうとも言えるが、それが真理さ」
理解出来ないことはないが、行き過ぎている。
そんな、あまりに極論過ぎる博士の結論。
きっとそれは、持ち前の潔癖さによるものだ。
生身の肉体を捨てた、博士の高潔さ。
その全てを理解出来る程、俺は綺麗ではない。
「俺はあんたが思うほど、高潔じゃない」
「知っているよ。記憶を覗いたからね」
「だったら、俺の異名も知っているよな?」
「ああ、知っているとも。その上で、だ」
博士は抱擁を解き、闇色の瞳で俺を見据えて。
「人間の持つ、醜さを、君に聞かせよう」
白衣のポケットから、リモコンを取り出す。
それを操作すると、室内に異変が。
まるでエレベーターに乗っている、感覚。
思わず周囲を見渡すと、白い壁が透明となり。
「見るがいい。これぞ、ワタシの研究所だ!」
手術台から降りて、博士は壁を指し示す。
透明な壁はガラスだったらしく。
部屋の上昇に伴い、周囲の風景が見渡せた。
俺も手術台から降り、ガラスに歩み寄る。
そこはドーム型の、地下空間。
眼下には沢山の建屋の屋根が見える。
全体的に白を基調とした研究施設が並ぶ。
そして奥に、大きな木のようなオブジェが。
「なんだ、あの木は?」
「あれはセフィロトの樹だ」
「セフィロト?」
「気になるかね?」
「気になることだらけだよ」
「そうかい。ならば、順を追って話そう」
再びリモコンを操作する博士。
すると、2人がけのソファが床から現れた。
ボフッとそれに腰掛け、隣をバンバン叩く。
どうやら、座れということらしい。
素直にそれに座るとドームの天井に行き着く。
「このエレベーターは、地上に向かっている」
「地上? 地下から出ちまうのか?」
「ああ、実際に惨状を見たほうが理解し易い」
真っ暗な地層を高速で上昇。
頭上を照らす月光の波長の照明の下で。
ソファに横並びで座りながら、説明をされた。
「先に結末から話しておこう」
「随分引っ張った癖に、あっさりしてんな」
「君とのお喋りが楽しすぎて、ついね」
「まあ、俺もそれなりに楽しめたよ」
「それは嬉しいな。ただ、この先は悲劇的だ」
横目で博士を伺う。気負った様子はない。
けれど、不意に、彼女の手が伸びてきて。
俺の肩を抱いて、引き寄せてきた。
「なんか、立場が逆じゃないか?」
「ワタシは君の母親役だぞ?」
そう言われては、納得せざるを得ない。
「それなら、これでいいのか?」
「そうとも。このまま、話を聞いてくれ」
反論をやめて、白衣の肩に側頭部を乗せる。
博士はゆっくりと、暗い壁を見ながら話す。
彼女が生まれた、この世界の、結末を。
「ワタシの世界はね、既に滅亡したのだよ」
それに対して、驚きはなかった。
まあ、そうだろうなと、納得した。
だから結末よりも、その原因が気になった。
「やっぱり、爆弾のせいか?」
「いや、そうじゃない」
「なら、なんで滅亡したんだ?」
「見ればわかるさ。もうすぐ、地上だ」
その言葉の通り、地下を抜け、地上へ出た。
ガラスのチューブは空へと伸びている。
異様な灰色の分厚い雲。地表も灰色だ。
降り積もった、灰色の土。
建物や木々はなく、更地である。
地平線の彼方には、山脈が見える。
しかし、そこにも草木はない。
なんと表現するのが適切だろうか。
俺の元いた世界で、例えるならば。
月面か、火星と言ったところだ。
無垢な惑星。プラトニックプラネット。
しかしながら、白くもなく、赤くもない。
ひたすら灰色の埃が、地上を覆っている。
ニュースで見た気がする。
たぶんこれは……火山灰?
そうだ。それが、適切だろう。
「これは、火山灰なのか?」
「そうだね。そうとも言える」
「他意がありそうな言い草だな」
「いや、真意と言ってくれたまえ」
要領の得ない返答に困惑して、尋ねる。
「なら、その真意とやらを聞かせてくれ」
「大質量の隕石が降ってきたんだ」
「は?」
「直径数100㎞以上の小惑星が、落下した」
博士はやはり、気負った様子はなく。
けれど、心なしか肩を抱く力を増して。
この世界に隕石が落ちたと、そう言った。
「向こうに山脈が見えるだろう?」
「あ、ああ……デカい山だな」
「あれが、隕石のクレーターさ」
絶句した。山脈はクレーターだった。
たぶん、元の世界のどの山よりも、高い。
直径数100㎞以上の大質量小惑星。
それが落下した衝撃で形成されたクレーター。
その外縁が、山脈に見えたのだ。
「なんだそれ……草も生えねぇ」
「そうとも。草木すら、残らなかった」
乾いた笑いを漏らすと、真面目に返された。
改めて、ぞっとする話だ。こんな結末とは。
知れず震えていた俺を、博士は優しく撫でて。
「ワタシの世界は、隕石によって、滅亡した」
淡々と、その事実を、繰り返し述べた。




