第56話 『憐れな不死者』
「ええい! この邪魔な結界を解除しろ!」
「んなこと言われてもな……」
突然のかわゆいボスとのエンカウント。
俺は困惑していた。出会う筈のない存在だ。
93万年かけて裏付けた仮説が無残に崩壊した。
俺が吸い殺したかわゆいボスに再会するとは。
しかしながら、それはひとまず置いておこう。
起こしたら怒髪天で襲ってきたので結界展開。
分厚い物理結界に封じ込めて、様子を伺う。
「吾輩を起こした癖にこの仕打ちはなんだ!」
「そりゃこっちの台詞なんですけど」
助けを求められて起こしたのにこの仕打ち。
どうしてこのかわゆいボスは激怒したのか。
それを解明しないことには、話が進まない。
相手を刺激しないように、敬語で問いかける。
「どうしてそんなに怒ってるんですか?」
「吾輩を起こしたからだ!」
「起こしたら不味かったんですか?」
「当たり前だ!!」
どうやら、眠りを妨げたことに怒ったらしい。
とはいえ、そんなことは言動を見ればわかる。
問題は、何故起こしたら不味かったのか、だ。
「そんなに良い夢を見ていたんですか?」
「……良い夢を見ていたように思うか?」
「思いません。うなされてましたからね」
彼女は木乃伊の状態で助けを求めた。
とても悲痛なその声を、俺は聞いた。
そして今もなお、彼女は苦悶げな表情。
「どうしてそんなに苦しんでいるのですか?」
「貴様が吾輩を起こしたからだろうが!!」
「俺が起こす前から、あんたは苦しんでいた」
「それを知っているのに何故起こした!?」
「そりゃあ……あんたを、助けたくて」
最初は神が助けを呼んでいると思っていた。
しかし棺桶の蓋を開くとかわゆいボスがいた。
だからと言って、動機が揺らぐことはない。
この美しい銀色の吸血鬼を放ってはおけない。
救出に来たことを告げると、彼女は更に激昂。
「吾輩を、助けるだと? はっ。笑わせるな!」
「いや、冗談ではなく、俺は本気で……」
「黙れ! どうせ貴様も死にたいのだろう!?」
唐突にそんなことを言われて、ぎょっとする。
自殺願望は確かに持ち合わせていた。
93万年の放浪に、いい加減うんざりしていた。
俺は死にたかった。心底、詰みたかった。
その内心が、表情に出ていたらしく。
「そらみろ。やっぱり貴様も自殺志願者だ」
かわゆいボスはため息混じりに、そう断じた。
その哀しげな、泣きそうな表情に息が詰まる。
そんな顔にさせた罪悪感を感じつつ、尋ねた。
「どうして、わかったのですか?」
「自殺志願者を殺すのが吾輩の使命だからだ」
「それが、あんたの、使命……?」
「ああ、だから結界を解け。楽にしてやる」
「どう、やって……?」
「もちろん、吾輩のこの牙で、吸い殺すのだ」
どうでも良さそうに返答をするかわゆいボス。
自殺志願者を殺すのが彼女の使命らしい。
しかも、吸血鬼の牙で、殺してくれるらしい。
なんとも都合の良い展開。都合の良い存在。
まさに吸血鬼の俺に、ぴったりの殺害方法。
彼女に吸われれば、俺は死ねる。詰める。
思えば、吸血鬼スキルは元々、彼女の物だ。
それをひょんなことから授かり不死となった。
その結末がこれならば、帳尻が合うだろう。
考えるまでもない。願ってもない展開だ。
ここで吸い殺して貰えば、終われる。
そう。俺はようやく、詰むことができる。
しかしながら、疑問が残る。
冒頭で述べた通り、彼女は俺が吸い殺した。
それなのに、何故出会ったのか。気になる。
仮に吸血で輪廻が終わらないのなら、無意味。
そうじゃないなら無駄死にだ。また転生する。
だからこそ、これだけは聞いておかなければ。
「なあ、あんたは俺を知ってんのか?」
「貴様なぞ知らん」
この質問の返答は予想通り。
仮に転生者だとしても不思議はない。
覚えているならば、それことが問題だ。
だから、記憶よりも肝心な質問をしてみる。
「なら、あんたは死んだことがあるか?」
「吾輩は不死だぞ? 死ねる訳がなかろう」
この返答も、ある意味予想通り。
彼女は死んだことがないらしい。
それも当然、かわゆいボスは不死身の吸血鬼。
不死だから、死なない。一応念を押しておく。
「聖女に殺された経験もないのか?」
「聖女だと? そんな存在は聞いたこともない」
やはり、聖女すら知らないらしい。
死んだことがないのなら、当たり前だ。
となると、慎重にならざるを得ない。
帳尻が合わないかも知れない、予感。
その予感の通りならば、過度な干渉は禁物だ。
当たり障りのない話題で、様子を見よう。
「ちなみにあんたは何歳なんだ?」
「……覚えていない」
「またまた。自分の歳くらいわかるだろ?」
「やめろ……思い出させるな」
「気にすんなって。俺なんか93万飛んで18歳だぜ? どれだけあんたが婆さんだろうが、全然気にならないって言うか、むしろ年上大歓迎って言うか、なんにせよ熟女は嫌いじゃないから……」
「うるさいっ!!!!」
俺のデリカシー皆無な発言に、とうとうかわゆいボスがキレた。やば。調子に乗りすぎた。
慌てて土下座して謝ろうかと思ったのだが。
どうやら彼女が激怒した理由は、違うらしく。
「昔のことを思い出すと、頭が痛いんだ……」
銀髪を掻きむしって、頭痛を訴えてきた。
過去を思い出すと感じる頭痛。覚えがある。
俺も最初の異世界転移で味わった症状だ。
もし本当に、彼女が一度も死んでないのなら。
「もしかして、記憶で頭がいっぱいなのか?」
「……己の罪を、忘れられるものか」
やはり、記憶で頭がいっぱいらしい。
それを己の罪と、彼女は呼んだ。
その罪が何かは知らないが、親近感を覚える。
93万年経った今でも、俺は罪を覚えている。
元いた世界で犯した罪。殺人の記憶。
それはきっと、忘れてはいけないものだ。
覚えているからこそ、被害者に償いができる。
様々な異世界で再会する度に、謝罪ができる。
その大罪を背負うからこそ優しくできるのだ。
しかし、それは記憶を操作できるからこそだ。
必要な記憶は残し、その他の記憶は抜き取る。
泥棒スキルによって、それが可能だからこそ。
俺は俺でいられるし、頭痛にも、苛まれない。
けれど、それを彼女は使えないらしい。
記憶の操作が出来ぬまま、生き続けた。
吸血鬼は不死身だ。当然、脳細胞も不死。
死滅することなく、再生し続ける。
忘れられない。忘れられる筈もない。
そこに思い至り、ようやく理解した。
俺が前世の記憶を保持している理由。
それは不死身の吸血鬼であるからだと。
だが、そんなことはこの際、どうでもいい。
今はひとまず、彼女を助けなければ。
そう思ったその時、かわゆいボスが、倒れた。
「おいっ! 大丈夫かっ!?」
「ぐっ……痛い、痛いよ……頭が、痛い……!」
「もう大丈夫だ。すぐに楽にしてやる」
慌てて物理結界を解除して、駆け寄る。
かわゆいボスは苦悶げな表情で頭痛を訴える。
俺は記憶球を作り出し、泥棒スキルを発動。
その瞬間、膨大な記憶が垣間見えた。
「がっ……! ぎゃああああああっ!?!!」
俺を中継して、記憶が球に流れ込む。
じっくり見たわけではないが、絶叫した。
見えたのは、死。死。死。死。死。死。死。
何十、何百、何千、何万もの、死だった。
その全てに、哀しみと絶望が詰まっていて。
ただ中継しているだけなのに、あまりに辛い。
それ程の苦悩を、彼女は抱え込んでいた。
なんて憐れで、なんて可哀想な存在だろう。
俺は確信した。これが彼女の原点であると。
知れず、血の涙が頬を伝う。
すぐに記憶球はいっぱいになった。
次の球を作り出して、記憶を抜き出す。
俺自身も頭痛と吐き気を覚えて、記憶を整理。
彼女の苦しみと絶望だけを、脳に残した。
歯を食いしばって、処置を続けた。
すぐに礼拝堂の床は記憶球だらけとなった。
数十個の記憶球を消費して、負担を軽減。
ようやく、かわゆいボスの苦痛は和らいだ。
「ッ……痛みが、弱まった……?」
「そうか。そりゃあ、良かったな」
虚ろな目で、困惑しているかわゆいボス。
ほっとして、銀髪を撫でてやる。
すると彼女は瞑目して、眠たげに尋ねてきた。
「貴様はいったい……何者なんだ……?」
俺は彼女を安心させるべく、大言を吐いた。
「オレ様は神だ。あんたを助けにきた」
神を自称すると、かわゆいボスは微笑んで。
「良かった……吾輩にも、救いがあったのか」
そのまま、彼女は眠りについた。
記憶の圧迫から解放されて、安らかな寝顔。
そんな表現をすれば、まるで死んだみたいに思われるかもしれないが、もちろん生きている。
くぅくぅと、可愛い寝息を立てている。
俺はそっと彼女を抱えて、棺桶に運ぶ。
丁重に中に寝かせて、ひと仕事を終えた。
とりあえず、これで救えた筈だ。
しかしながら、問題と疑問は山積みである。
それを解消する前に、ひとまず休憩しよう。
安らかに眠る彼女を起こすのは、忍びない。
俺も記憶球作りで精神的にかなり疲れた。
かわゆいボスが起きるまで寝ようと思い。
礼拝堂の壁際まで行こうとしたら。
《……そばにいて》
そんなテレパシーが聞こえて、足を止める。
銀髪のかわゆいボスは、神と同じ声の持ち主。
神は彼女の真似をしていたと言っていた。
そしてかわゆいボスもテレパシーを使える。
あの小憎たらしい神よりも、彼女は可愛い。
だから俺は、そばにいてやることにする。
具体的には、棺桶で添い寝してやった。
狭い棺桶の中で、天窓の月光を浴びて眠った。
どれくらい寝ていただろう。
ふと目を開けると、まだ月がそこにある。
かなり眠った気がするのだが、変だな。
変と言えば、なんだろう、この感触は。
とても柔らかい。ふよふよだ。
ポヨポヨではない。ふよふよ。
ふよふよふよふよふよふよっと、揉みしだく。
すると、隣から声がかけられた。
「……おい。貴様、何をしている?」
「ん? ああ、目が覚めたか。おはよ」
どうやらかわゆいボスも目覚めたらしい。
「おはよ、ではない。な、何をしている?」
「いや、なんかすげー触り心地が良くてさ」
「だ、だだ、だから、ふよふよしたと?」
「おうともさ。ほれ、ふよふよふよふよ」
俺は甘美な感触をふよふよっと、堪能。
「わ、わわ、私の胸を、ふよふよふよふよ……」
「胸? なんのことだよ? ふよふよだろう?」
「そ、そそ、そのふよふよは、私の、胸だ!」
は? 何言ってんだ、こいつ。
「ふよ? またまた、ご冗談を。ふよふよ」
「ふよふよ……するなぁー!?!!」
「ごっふぉえっ!?!!」
身を起こしたかわゆいボスが、エルボー。
真上から肘打ちをストマックに食らった。
堪らずえづくと気づいた。何かを掴んでいる。
大変遺憾なことに。
その魔の手は胸に伸びている。
誰のって? 当然、かわゆいボスのお胸さ。
要するに、あのふよふよは彼女の爆乳だった。
「そ、そんな怒んなよ。減るもんじゃないし」
「ぶ」
「ぶ?」
火に油を注いだら、銀髪が逆立って、怒髪天。
「ぶっ殺すっ!!!!」
「ぎゃああああああああっ!?!!」
画して、俺は寝覚めに脳漿をぶち撒けた。




