第55話 『原点』
「なんもないな……この世界は」
例によって転生した俺は周囲をキョロキョロ。
荒れ果てた赤い大地は元の世界の知識に当て嵌めるならば、まるで火星の地表のような印象。奇妙なことに、夥しい数の杭が刺さっている。
それは串刺し刑の処刑場のような世界だった。
あの世界樹の大森林とは正反対の土地である。
あれから体感時間でおおよそ93万年程経った。
正確な年月が定かではないのは環境のせいだ。
異世界の中には1日の長さが異なる世界もあり、必ずしも24時間で1日が終わる訳ではなかった。
それを踏まえて、体感時間で93万年である。
数字だけ見ると長いけれど実はそうでもない。
世界が終わる度に記憶球に記憶を入れていた。
覚えているのはそのような世界があったこと。
最低限の記憶だけを残して異世界を彷徨った。
その全てを語るには膨大な歳月が必要である。
よって、特に印象に残った記憶のみを語ろう。
様々な異世界には、原点と呼べる世界がある。
俺の原点が元いた世界であるように。
俺の知っている異能力者達の、原点。
そこに皆のルーツと呼べる出来事があった。
炎の生徒会長の原点は男娼だった。
彼女は本来男の子であり、種族は淫魔。
だからこそ、一人称がボクだったのだ。
男娼の炎の生徒会長は願った。
生まれ変われるなら、女の子になりたいと。
そして退屈な日常を打破する力が欲しいと。
叶うならば、勇者になりたいと。
その燃え上がる憧憬は、炎の異能となった。
担任教師の原点は子連れの侍。
幼子を守れる力が欲しいと願った。
その切望が、剣のスキルを作り上げた。
そして彼の娘たるヒヒイロカネの娘。
父親である担任教師に庇われ続けた幼子。
彼女は自分を庇う父親の背中を見て、願った。
何者にも傷つけられない身体が欲しいと。
傷つく父を憂う幼女の願いは、叶った。
水使いのルーツは海の男。
波乗りが盛んな異世界でモテたかった。
しかし、彼はカナヅチ。モテなかった。
だから願った。水を自在に操れるように。
ショタコンは箱入り娘だった。
持ち前の気さくさも、無意味だった。
貴族の娘の彼女は毎日おじさんと見合いした。
そんな生活が耐えきれず、外の世界を望んだ。
屋敷の壁に穴を開けてショタを捕まえたいと。
痛い子のルーツは厳格な家の娘。
彼女の痛々しい性格は受け入れられない。
だから全てを捻じ曲げたいと、願った。
自分を取り巻く環境を捻じ曲げ、壊したいと。
ダルっ子の原点は、スラムの少女。
毎日働かなければ、生きていけない。
彼女はのんびりとした生活を望んだ。
しかし、気を抜けば人攫いに攫われてしまう。
安心してぐっすり眠る為に結界を欲しがった。
大泥棒の原点は、盗賊団の頭。
囚われの姫君を盗み出し、極刑に処された。
それでも姫君の心は、永遠に彼のものだった。
雷使いの原点は雷神。重力使いの原点は地神。
大地に落雷する度に、キスをしていた。
異世界でも夫婦だった。リア充爆発しろ。
猛毒使いの原点は、村の嫌われ者。
うるさい村人を黙らせる力を望んだ。
静かな環境で、楽器を弾きたかった。
もちろん、身動き出来ない女を侍らせて。
スライム姫の原点は、孤児だった。
親の顔も、自分が何者かすらも、わからない。
寒さに震えながら、変幻自在の身体を望んだ。
温もりを分け与えてくれる者と出会いたくて。
受付嬢の原点は、読み書きが出来ない女の子。
想い人に手紙を書くことが出来ず、祈った。
あらゆる言語で、愛を伝えられるように。
出歯亀と猫娘の原点はわからない。
というか、猫娘とは未だ再会してない。
同じく、神と姉ちゃんとも会えていない。
出歯亀に関しては、ほとんどの異世界にいた。
何度も転生を繰り返す俺の傍に、居てくれた。
たまに全てを忘れて平凡に暮らしていても、知らず知らずのうちに知り合い、共に暮らした。
腐れ縁というか、完全にストーカーだった。
蝙蝠に関しても似たようなものだ。
その原点は恐らく最初の召喚だろう。
魔獣は魔素の多い世界では人化出来るが、魔素の薄い世界では人化出来ないらしく、困った。
竜王に関しても大抵の異世界に存在していた。
時には既に死んでいて伝説となってることも。
彼女は必ず、ワールド・オーナーの守護者だ。
その在り方こそが、原点と言えるだろう。
同じく、聖女と姫巫女も、在り方こそが原点。
異世界でイベントが終了すると、現れた。
そして、同じように、一緒に死んでくれた。
基本的に怠惰の教えを守っていた俺だけど。
原点と思しき世界では干渉を避けて傍観した。
その他の異世界よりも、慎重に行動した。
在り方を損なうようなことは避けたかった。
悲劇的な展開も、黙って見届けた。
ちなみに俺の原点は、元の世界だと推測。
たぶん、出歯亀と猫娘もそうなのだろう。
新聞記者は俺の初恋の相手だった。そして。
これだけ異世界を巡って、出会えない猫娘。
きっと最初の世界で生まれた存在なのだろう。
しかしながら、解せないのは神と姉ちゃんだ。
神は俺と同じく異世界の放浪者だった。
ならば、どこかで会っていてもおかしくない。
そして姉ちゃんとは、深い繋がりがある様子。
それなのに、その2人の存在は未確認。
さて、状況説明はそのくらいにして。
俺が陥った無限輪廻転生の問題に向き合おう。
状況を鑑みるに、それ自体は自然の摂理だ。
輪廻転生は、誰にでも起こる、必然の現象。
不自然なのは、転生前の記憶を有している事。
俺以外の者は、全てを忘れて、生まれ変わる。
それが普通であり、記憶を引き継ぐ俺は異常。
最初は繰り返す人生を楽しんでいた節もあるが、それが何千回も、93万年も続けばいい加減、いつになったら詰むのだと、嫌気が差してくる。
だから俺は考えた。詰む方法を。
どうして詰まないかは、わからない。
しかし、どうすれば詰むかは、わかる。
聖女と姫巫女は、俺を殺せるが、詰めない。
彼女らに殺されても、輪廻転生してしまう。
では、どうすればいいか。俺は知っている。
白状すれば、最初の世界で気付いていた。
何故ならば、俺自身が、そうしたからだ。
そうした結果、俺は吸血鬼となった、原因。
その根源たる存在も、あれ以来見ていない。
あのダンジョンの最奥で出会った、吸血鬼。
俺に血を吸わせ、そして死んでいった、美鬼。
そのかわゆいボスは、どうなったのか。
俺が血を吸ったことで、死んでいった存在。
他の者は、異世界で再会したが、どこか違う。
俺は異空間から記憶球を取り出し額に当てる。
それは最初の転生の記憶。世界樹の世界。
その中で、大泥棒は、言っていた。
『魂に時系列があるかは知らんがな』と。
時系列がないとして、考えてみよう。
異世界の者達は、俺が血を吸う前だと仮定。
血を吸われる前に様々な世界に存在していた。
だから、出会うことが出来た。
それをかわゆいボスに当てはめる。
彼女は血を吸う前、転生をしていないと推察。
何故ならば、吸血鬼は、不死だから。
聖女の血を浴びなければ、死ねない。
もし仮に、その聖女と、出会えなければ?
どこかで永遠の時を生きているとすれば?
異世界を巡っても再会しない事に説明がつく。
しかし、俺は彼女を殺した。吸い殺した。
それなのに、輪廻の中に、存在しない理由。
それはきっと、血を吸ったからだろう。
その存在を吸い取ったからに、違いない。
吸血鬼に血を吸われると、存在が消滅する。
他の者達も、その時点で輪廻が終わった筈。
そうであるならば、これまで出会った者達は血を吸われる前の、前世の存在であるとわかる。
それなら説明がつく。そうとしか思えない。
俺の主観で、より簡単に説明しよう。
異世界で再会出来た者は、昔。
俺の元いた世界が、今。
血を吸われた後が、未来。
昔の存在には、出会える。
今の存在は、俺が血を吸って、殺した。
未来の存在には、出会えない。
それが俺の主観の時系列だ。
血を吸った以降の存在とは、会えない。
だから、不死身の吸血鬼とは、再会出来ない。
これらを踏まえて、仮説を打ち立てた。
吸血鬼に血を吸われると、輪廻が終わる。
ただし、人間だった俺でも吸血鬼を殺せた。
よって、血を吸わせるのは、誰でもいい。
終わらせる為には、血を吸わせる必要がある。
血を吸わせれば、詰める。しかしながら。
血を吸った者は、不死身の吸血鬼となる。
誰でもいいが、誰でもよくない。
誰だって、嫌だろう。詰まらないのは。
不死を望む者は沢山いるかも知れない。
しかし、俺の現状を鑑みるに、不幸になる。
記憶球から、印象的なシーンを回想する。
思い出すのは、エルフ姿の炎の生徒会長。
彼女と俺は再会した直後に戦闘した。
激しい戦いの後、和解して、おんぶした。
その際に、首筋にキスをされたことがある。
俺の吸血鬼スキルを羨ましがっていた、会長。
主人公体質とまで呼び、欲しがっていた。
その彼女がおんぶの際、首筋にキスした理由。
今ならば、わかる。血を吸おうとしたのだと。
しかし、彼女はそれをやめた。
原点からして勇者に憧れた炎使いの生徒会長。
喉から手が出る程欲しい、吸血鬼のスキル。
ガブリと噛み付けば炎の吸血鬼となれたのに。
それなのに、そうしなかったのは、何故か?
答えは単純。
俺のようになりたくなかったから。
それに尽きる。
誰だって、俺みたくなりたくないだろう。
俺だって嫌だ。こんな詰まらない人生なんて。
だからこそ、他の何者にも背負わせられない。
知り合いなんて以ての外。
見ず知らずの他人にも迷惑をかけられない。
不死身を押し付けることは、出来ない。
そんな苦悩を抱えたまま、93万年が流れた。
我ながらお人好しだと思う。
さっさと誰かに押し付けちまえば良かった。
だけど、そんな無責任なことは、出来ない。
「畜生……どうしたらいいんだよ」
赤い大地に体育座りをして、途方に暮れる。
どこかに、都合の良い存在が、居ないかと。
けれど、この異世界は人の気配が全くない。
「誰か……俺を助けてくれ……」
頭上に浮かぶ、大きな満月を見上げて嘆く。
本当に情けない。しかし、もう限界だ。
このまま永遠を繰り返すことが、恐ろしい。
そんな俺の願いに、応える声があった。
《……助けて》
「ん?」
今、とても懐かしい声が聞こえた。
いや、脳内に、直接、響いた。
それは紛れもなく、テレパシーであり。
「おい! 神! どこだ!? 居るんだろう!?」
俺はすぐさま立ち上がり、叫んだ。
間違いなく、神の声だった。
産まれる前から聞いてきた、神の声。
あいつが居る。そう判断して、問いかけた。
「どこにいる!? 返事をしてくれ!!」
荒れ果てた大地に、俺の絶叫が響き渡る。
しかし、返ってくるのは静寂のみ。
もしかしたら、幻聴だったのかも知れない。
諦めて、俯きかけた、その時。
《頭が……痛い……助けて……お願い》
「ッ!?」
また聞こえた。やっぱり幻聴じゃない。
俺は即座に神の指輪を嵌めて、千里眼を発動。
身体中の魔力が活性化して、瞳が赤く発光。
髪も白髪に変わり、ふわりと浮上する。
この指輪は本当に優れものだった。
無駄に多い魔力を効率的に運用可能とする。
指輪を嵌めていれば勝手に怪獣は生まれない。
魔力の完全なコントロールと、詠唱破棄。
その要は、エルフが遺した、真紅の宝石の塊。
ありきたりな名称だが賢者の石と呼んでいる。
そして、ドワーフが鍛えたミスリルのリング。
様々な魔法陣の図式も宝玉に蓄積されている。
これを手にしたことで、神と同等の力を得た。
その指輪の力で強化した千里眼。
赤い大地の果ての果てまで、見通して。
ポツリと建った、城を見つけた。
即座にパチンと指を打ち鳴らす。
転移魔法陣を展開して、その城までワープ。
一瞬で、赤い土壁で覆われた城の前に転移。
砦も門もない。一見すると教会みたいな建物。
けれど。
その尖塔の頂に掲げられているのは。
聖なる十字架ではなく。
「なるほど……逆十字か」
逆十字。それは悪魔崇拝を意味している。
思えば、あの神は悪魔じみていた。
実はあいつは、神ではなく悪魔だったのかも。
ともあれ、それはさておき、俺は確信する。
この中に、あいつが居ると見て、間違いない。
《痛い……頭が痛い……助けてくれ》
「わかったから、そう急かすなよ」
頭に響く、悲痛な神の声。
それに呼び寄せられるように、中に入った。
礼拝堂のような空間の先に、それはあった。
「これは……棺桶、か?」
真っ黒な、棺桶が、置かれていた。
天窓から、月光が差し込んでいる。
それに歩み寄り、手を触れてみる。
《開けないでくれ……もう嫌だ……助けて》
「いや、開けないと助けられないだろうが」
中に神がいるならば、開ける必要がある。
それなのに、開けるなと言われて、困惑。
助けろと言ったり、開けるなと言ったり。
相反する懇願に、どうしたものかと、逡巡。
「とにかく、助けて欲しいんだよな?」
《助けて……》
「んじゃあ、開けるぞ」
《開けないで……》
「いいから黙ってろ」
《やめて……もう、嫌だ……》
「安心しろ。絶対にオレ様が助けてやる」
問答を打ち切り、棺桶の蓋を持ち上げる。
すると中には、1体の木乃伊が入っており。
天窓から降り注ぐ月光を浴びて、蘇生した。
それは、神と同じ端正な顔立ち。
ドレスを突き上げる、豊満なバスト。
しかし、その髪は美しい、銀髪。
「お、お前は……まさか……?」
「吾輩を起こしたのは、貴様か?」
慄く俺を、彼女の銀色の瞳が見据える。
「吾輩の眠りを妨げた罪は、万死に値する!」
そう怒鳴る口元には銀の八重歯が覗いている。
それを見て、悟った。
どうやら俺が起こしたのは。
かわゆいボス、だったらしい。




