第51話 『大切な、初恋相手』
「なんかお前、最近顔色が悪くないか?」
「そうれすか〜?」
世界樹が枯れ始めてから、出歯亀が元気ない。
元からだらけ癖はあったが、最近は更に悪化。
新聞の原稿を書いている時以外は、寝ている。
今も俺にもたれて、ぐったりしている。
横顔を覗き込むと、真っ青な顔色。
寝すぎて貧血気味なのかとも思ったのだが。
「具合が悪いのか?」
「ん〜最近すごく眠たいのですよ」
「本当か? どれ、熱は……」
「んきゃうっ!? ど、どこ触ってんれすか!」
熱を測るために、出歯亀の胸をまさぐる。
堪らず彼女は悲鳴をあげるが、弱々しい。
俺の魔の手を掴む出歯亀の手は、酷く冷たい。
「熱があるどころか、冷え切ってるぞ!」
「最近寒くなってきましたからね〜」
驚く俺に、出歯亀はのんびり答える。
確かに、最近めっきり寒くなった。
世界樹が弱り、頂上には雪がちらつくように。
「だったら、火でも焚いて……」
「平気れす。ぎゅっとしてください」
慌てて炎魔法を発動しようとすると。
出歯亀は首を振って、しがみついてきた。
俺は言われるがまま、彼女を抱きしめる。
しばらくそのまま抱いていると、寝息が。
「なんだよ、寝ちまったのか?」
尋ねても、返答はない。その手には原稿が。
「また嘘ばっかり書きやがって……」
その日の新聞の見出しは、いつも通り。
【記者を心配する振りをして胸を揉む糞魔王】
だったら心配かけんなよ。
そんな文句を堪えて、ひたすら温める。
だが、おかしい。出歯亀の身体は冷たいまま。
スライム姫の時は、すぐに温まったのに。
抱き寄せ、冷たいその手を揉んでいると。
「小僧、どうかしたのか?」
「オクサマノ、ゲンキガ、ナイノデスカ?」
心配そうな表情を浮かべる竜王と蝙蝠。
いや、奥様じゃないから。そう否定する前に。
スライム姫が出歯亀の蒼白な顔を覗き込み。
「ふむ。どうやら、魔力欠乏症のようだね」
「魔力、欠乏症……?」
診断結果は魔力欠乏症。聞きなれない病名だ。
「君はエルフの成り立ちを知ってるかい?」
「エルフの成り立ち……?」
困惑してる俺を、更に困惑させる問いかけ。
「彼女がどのように誕生したかわかるかい?」
「そりゃ、母親の腹から産まれたんだろ?」
「中にはそういう者も居るが根本的には違う」
俺の常識的な返答を、スライム姫は否定。
「竜王ちゃんなら、知ってるよね?」
「うむ。エルフは通常、世界樹から産まれる」
「そうだろう。彼女達も魔法生物だからね」
竜王はエルフは世界樹から産まれると返答。
それにスライム姫は頷き、魔法生物と呼ぶ。
エルフが魔獣や怪獣と同じ、魔法生物だと?
「そんな設定、聞いたことないぞ?」
「なら美しい草花から産まれると言ったら?」
「それなら、まあ、ありえそうだけど……」
なんとなくエルフは妖精的なイメージがある。
美しい草花から産まれるなら、理解できる。
ただ、いくらなんでも木から産まれるなんて。
納得出来ないでいると、竜王が補足した。
「世界樹にも花が咲く時があるのじゃ」
「世界樹の花? なんだそりゃ?」
「近頃はまったく咲かぬが昔は咲いたんじゃ」
昔は世界樹に花が咲いたらしい。
俺が異世界に来てから数百年。
その間、一度も見たことはなかった。
「んで、その花からエルフが産まれんのか?」
「そうじゃ。ちなみにドワーフも同じじゃな」
「ドワーフも花から産まれるって?」
「奴らは坑道の最奥から産まれるのじゃ」
なんだよそれ。なんというファンタジー設定。
まあ、この異世界の世界観なら、あり得るか。
前世の保健体育の知識が、全く役に立たない。
「だけど、出歯亀は子供を産みたいって……」
俺は出歯亀を抱きながらその矛盾を指摘する。
彼女は常々、子供を産みたいと口にしていた。
世界樹から産まれるエルフが何故妊娠する?
「産もうと思えば、構造的に産めるのさ」
「その結果、人間が産まれたじゃろう?」
産もうと思えば、有性生殖も可能らしい。
人間はドワーフとエルフのハーフである。
彼らの存在が何よりの証拠。結果なのだ。
「そうか。んで、それが何か関係あんのか?」
俺は渋々納得して、説明の続きを促す。
「世界樹が弱ったことにより、魔素が減った」
スライム姫は端的に解説をした。
世界樹から世界に放出される魔素量の減少。
どうやらそれが理由とのこと。一応確認する。
「魔法生物は魔素がないと弱るってことか?」
「その通り。その状態を、魔力欠乏症と呼ぶ」
「そうじゃな。そしてそれは我々も同じじゃ」
怪獣2匹が肯定。衰弱の理由が明らかとなった。
「蝙蝠も体調が悪かったりするのか?」
「ワタシハ、マスターノ、ソバニイルノデ」
俺のそばにいれば、大丈夫らしい。
スライム姫と竜王も、平気そうだ。
ならば何故、出歯亀は弱っているのか。
「彼女は純粋な魔獣ではないからね」
「儂らのように効率よく魔力は吸えんのじゃ」
魔法生物とはいえ、エルフはエルフ。
魔獣のように魔力は吸えないらしい。
では、このままだと、どうなってしまうのか。
「魔力が底をついたら、どうなる?」
「マスターにも、わかっているだろう?」
「魔力が底をついた魔法生物は死ぬ定めじゃ」
竜王が哀しげな目で、はっきりと告げた。
魔力が底をつけば、死ぬ。出歯亀が、死ぬ。
俺は動揺を隠し切れず、狼狽した。
「じょ、冗談やめろよ。こいつが死ぬって?」
「冗談じゃないよ。遠からず、死んでしまう」
「小僧、エルフはお前と違って不死ではない」
エルフは不死ではない。その当たり前な事実。
わかりきったことではあるが、衝撃を受ける。
そんな馬鹿な。認めたくない。失いたくない。
「ど、どうにか出来ないのかよ!?」
「残念ながら、もう手遅れだ」
「人間共が、ちと増えすぎたようじゃな」
厳しい顔のスライム姫。遠い目をする竜王。
諸悪の根源は、人間の爆発的な増加。
くそっ。人間め。だったら、いっそのこと。
「儂が、人間を皆殺しにしてやろうか?」
「ッ!? ば、馬鹿なこと、言うなよ……」
竜王に見透かされて、先に言葉にされた。
言葉にすると、それは酷く重く、罪深い。
その罪の重さは、誰より俺がよく知っている。
「それに、そんなことはもはや無意味だよ」
「……今更、遅いってのか?」
「そうさ。これでも時間は稼げたと言える」
今更人間を殺そうが、無意味。
時間は稼げたと語るスライム姫。
その意味がわからず、解説を求める。
「時間を稼げたってのは、どういう意味だ?」
「君がこの世界樹を延命していたのだよ」
「俺が?」
益々謎が深まった。首を捻っていると竜王が。
「小僧の魔力で、世界樹は救われたのじゃ」
「どういうことだ?」
「この世界樹もまた、魔法生物なのじゃよ」
世界樹が魔法生物? 腑に落ちないでいると。
「ならば今こそ明かそう。世界樹こそが、この世界の主たる、ワールド・オーナーなのじゃ」
衝撃の真実。愕然として、その意味を理解。
よもや、世界樹がワールド・オーナーとは。
しかし、それならば、確かに、納得できる。
この世界樹よりも、強大な存在は、いない。
「なるほどな。それでこの有様ってわけか」
全てを知り、途方に暮れる俺に、宣告が下る。
「世界樹と共に、この世界は終わるのだよ」
スライム姫が告げた、世界の終わり。
世界樹と共に、滅びゆく魔法生物。
人間は生き残るだろうが、未来はない。
千里眼にて、眼下を睥睨する。
虫食いだらけの森林。
ところどころが砂漠化した大地。
今にも干上がりそうな、湖。
きっと遠からず人間も思い知るだろう。
自らの罪深さと、責任の重みを。
しかしながら、そんなことはどうでもいい。
そのまま視線を真下に向ける。
しばらく見ないうちに荒れ果てたエルフの里。
誰も外には出ていない。閑散としている。
そう言えば、最近客人も減っていた。
新聞のお返しの品も、途絶えていた。
俺は居ても立っても居られず、転移。
知り合いのエルフに片っ端から声をかけた。
しばらくして、世界樹の頂上へと、帰還。
衰弱したエルフ達を、城へと運び入れる。
中には、既に手遅れだった者もいた。
魔道具屋のおっちゃん。
服屋のおばちゃん。
漬け物作りが得意なばあさん。
彫刻家のおじさん。
応答がなく、他の者の証言で、死亡が発覚。
生き残ったのは前世で知り合いのエルフのみ。
それでも1人づつ、死んでいった。
まずは、痛い子エルフ。
可愛い物好きの彼女の為に、変身。
雑魚スライムとなった俺を抱いて、死んだ。
次に、ダルっ子エルフ。
皆を守れなかったことに責任を抱いていた。
そんな優しいエルフを、俺は看取った。
そして、ショタコンエルフ。
ショタコン好きの彼女の為に、変身。
どころがスライム姫にべったり。その後死亡。
雷使いのお姉さんは、旦那と死んだ。
俺は死ぬ前に、彼女らにドレスを贈った。
それは美しい、純白のウェディングドレス。
毒蜘蛛の糸で作った、俺の感謝の印である。
まさか死装束になるとは。それでも喜ばれた。
これで前世の罪を償えただろうか?
彼女らは皆一様に、安らかな死に顔だった。
それでも、前世の記憶は俺を苛み続けて。
気づけば、酷い頭痛を抱えるようになった。
前世のことと、この世界のことで、混乱。
そんな頭痛を堪えながら、懸命に看病をした。
残ったのは、出歯亀と、会長エルフ。
彼女らのシワシワの手を握る。
衰弱したエルフは、皆年老いていた。
そもそも、エルフは歳を取らない設定。
それなのに、おばちゃんやらばあさんがいた。
それ自体が、異常であり、予兆だった。
この世界に根付いた人間が、理を壊した。
俺が来る前から、滅亡は始まっていたのだ。
だけど、それでも、つい卑屈になってしまう。
俺のせいで、滅亡は加速したのではないかと。
考えないようにしても、考えてしまう。
俺という糞魔王に、人間は怯えた。
対抗する為に数を増やし、木を切った。
だから、あっという間に世界が滅んだ、と。
そんな俺の考えを、スライム姫は否定した。
俺が居なくても、人間は繁殖を続けた。
そしてエルフやドワーフに怯えただろうと。
糞魔王という明確な敵がいて良かった、と。
俺が居なければ、彼ら同士が殺し合った。
それで数は減らせるだろうが、禍根が残る。
生き残った人間共が、また数を増やし、攻撃。
そんなやり取りが続けば、既に滅亡していた。
俺が居たから、彼らは仲良くできたのだ。
しかし、それは結果論に過ぎない。
確かに、俺はわざと嫌われるように仕向けた。
けれどこんな結末の為にそうしたのではない。
陰鬱とした気分のまま外の空気を吸いに行く。
どうにも納得出来ない俺に、竜王様が諭す。
「小僧のせいではない」
黄ばんだ月を見上げながら、竜王は語る。
「儂が、悪役になるべきじゃった」
「どういうことだ?」
「昔、儂の存在意義を聞いたじゃろう?」
言われて思い出す。何故竜王は孤独なのか。
「その理由が今、ようやくわかったんじゃ」
「……聞かせてくれ」
「儂は、世界樹の守護者だったのじゃろう」
竜王は自らを、世界樹の守護者と称した。
「じゃから、儂が人間を襲うべきじゃった」
「でもそれだと、お前が恨まれちまうぞ?」
「それが、儂の役割だったということじゃ」
人間を襲うのが、竜王のが役割。
その役目は、エルフでもドワーフでもなく。
この世界の理を乱す存在を、根絶やしにする。
そうしなかったから、こうなったと独白した。
「儂は小僧に甘えておった」
彼女の真紅の瞳から、涙が溢れ、頬を伝う。
「じゃから、恨むならば儂を恨め」
この竜王を、いったい誰が恨めるというのか。
「お前は悪くない。気にしなくていい」
「いや、悪い。儂は、竜王失格じゃ」
「それでも、お前は俺の大切な盟友だ」
たとえ竜王失格でも、盟友は盟友。友達だ。
「だから俺は、お前を恨んだりしない」
俺は竜王を恨まない。他の誰も、恨まない。
スライム姫はこうなることを見据えていた。
それでも怠惰を推奨した彼女も、恨まない。
直接的な原因となった人間達も、恨まない。
彼らは弱く、生きるのに必死だっただけだ。
泣きじゃくる竜王の赤髪を、優しく撫でる。
撫でながら、夜空を見上げて、涙を堪える。
オーロラはもう見えない。雪が降り出した。
頭の上に、雪が積もった頃、蝙蝠が慌てて。
「マスター! オクサマガ!!」
その悲報を聞いた俺は、即座に城内に転移。
帰宅した俺を見て、スライム姫が首を振る。
その仕草に、全ての不幸が、詰まっていて。
出歯亀の傍に駆け寄りシワシワの手を握る。
すると、年老いた出歯亀は若さを取り戻す。
俺は彼女に、魔力をありったけ、注ぎ込む。
こうすれば、若返る。少しだけ話ができる。
しかしながら、割れたコップに注ぐ感覚だ。
どんどん、どんどん、魔力が失われていく。
それでも、なんでもいいから話したかった。
「しっかりしろ! 出歯亀!!」
「吸血鬼さん……タイプライター、を」
「わかった! 今持って来てやる!!」
取りに行く手間を省き、転移魔法を、発動。
タイプライターを床に置き、彼女を起こす。
この頃、彼女は、俺の悪評を全然書かない。
優しくお世話をしてくれたとか。そんなの。
嫌われたがりの俺は、印刷せずに仕舞った。
今日もまた、そんな内容の記事なのだろう。
出歯亀は弱々しい手つきで、何かを書いて。
その原稿をくしゃくしゃに丸めて、握った。
「私が死んだら、これを読んで、下さい」
「縁起でもないことを言うなよ!」
「なんれす? 私が死んだら、寂しいですか?」
なんだそれは。んなこといちいち聞くなよ。
「寂しいに決まってるだろ!?」
「あれ……? 泣いてる、れすか……?」
「泣いてるよ! 見りゃわかんだろうが!!」
どうしたらいい。誰か、俺に、教えてくれ。
「やっぱり、私のこと、好きなんれすか?」
「んなわけないだろ!! 何回言わせんだよ!」
好きな訳ない。絶対に、好きにはなれない。
だって好きになったら、血を吸いたくなる。
俺は、この初恋相手を、殺したくなかった。
「じゃあ、代わりにキスを……」
「できないっ! できないんだよ……!」
「最期の頼み、ですよ……?」
「ああ……ごめん。ごめんな……本当にごめん」
キスをせがむ彼女に、それをしてやれない。
なぜならば、俺は吸血鬼だから。化け物だ。
しかも今出歯亀はウェディングドレス姿だ。
キスでは済まない。きっと血を啜るだろう。
何度も謝って衰弱した出歯亀を抱きしめる。
「ありがとう、ございます……吸血鬼さん」
「なんでお礼なんか……」
「最期まで大切にされて、嬉しい、でふ」
そう言って笑う出歯亀。大切な、初恋相手。
「なあ、頼む。頼むから、死ぬなよ、出歯亀」
「ごめん、なさい。約束、破っちゃいました」
出歯亀はしゅんとして悲しげに目を伏せる。
「ずっと一緒って、約束だったのですけど……」
「もう、いい。わかったから!」
謝ってなんか欲しくなくて、遮る。すると。
「私は、都合の良い女に、なれましたか?」
唐突にそんなことを言われて、咄嗟に返す。
「俺は、都合の良い男に、なれたかよ?」
すると彼女はにっこり微笑んで、言い遺す。
「ありがとう……優しい、吸血鬼さん」
前世の彼女と、同じ遺言。そして、死んだ。
死んだ。出歯亀が死んだ。死んでしまった。
俺はただ、泣いた。泣き喚いた。慟哭した。
死んだエルフは土くれとなって宝石を遺す。
それを拾うと、俺の千里眼が、強化された。
そんなことはどうでもいい。死にたかった。
土くれから彼女の遺書を掘り起こし、読む。
【大好き】
魂のこもったメッセージを読んで、泣いた。




