第42話 『嫌われたがり』
「ボツ。書き直し」
「そ、そんなぁ〜っ!?」
出歯亀エルフの担当編集になって早2週間。
その間に蒼い月は半月となり三日月となった。
現在の時刻は深夜。丑三つ刻である。
出歯亀エルフの絶望の悲鳴が室内に響き渡る。
その情けない悲鳴を聞きながら、振り返る。
俺の異世界生活は穏やかなものだった。
朝起きて、洗濯。午前中は掃除。
昼になったら出歯亀新聞記者エルフを起こす。
午後はダラダラ本を読み、洗濯物を取り込む。
その間は新聞記者エルフも一緒にだらける。
日が暮れるとダルっ子と痛い子が来訪。
狩猟した得体の知れない魔獣の肉を食べる。
2人が帰ったら、出歯亀エルフを洗浄。
わざわざ湖までいくのは面倒なのと、カナヅチエルフが溺れた一件で水浴びを拒む為、水魔法と念力と異空間ゲートの三種を併用して洗う。
具体的なスキルの使い方は、全裸にひんむいた出歯亀エルフを念力で浮上させ、水弾をぶつけて、飛び散った水を異空間で回収という流れ。
非人道的だが、室内を汚さずに洗えて便利だ。
その後、着替え終えたら、お仕事開始。
翌日の朝刊に間に合うように、書かせる。
俺は仮眠を取りつつ、静かに入稿を待つ。
だいたい書き上がるのは夜中だ。校正開始。
それから何度かボツを出して完成度を高める。
これが、最近の俺と出歯亀の生活風景である。
「ぐ、具体的にはどこを直すですか!?」
「ここの一文だ。もっと過激にしてみろ」
「と、仰りますと?」
度重なるボツによって涙目の出歯亀に指南。
そこには、ありきたりな一文が書かれている。
問題の箇所だけを抜粋すると、この部分だ。
『糞魔王は夜な夜な記者の胸を乱暴に揉みしだき、己自身をいきり立たせ、高笑いをあげる』
もちろん、根も葉もない虚実である。
それについては諦めている。問題は別だ。
この表現では俺は普通の変態となる。
しかし、読者はこの程度では満足しない。
よって俺はボツを出した。具体的に説明する。
「いいか、ここはこうするんだよ」
「ふむふむ。なるほど!」
出歯亀エルフは例によって俺を座椅子にしてもたれているので、頭頂部のインクの香りを嗅ぎながら、二人羽織の要領で後ろから手を伸ばし、持っている原稿に赤ペンで修正していく。
修正内容は、以下の通りである。
『糞魔王は毎夜記者の胸をもぎ取り、まるで果実のように咀嚼して、己自身をいきり立たせる』
出歯亀エルフは目を丸くして、感嘆の溜息。
「ふぁ〜……一気に猟奇的になりましたね」
「だろ? このくらいやんないと飽きられる」
「わかりました! これでいきましょう!」
訂正内容を受け入れ、書き直す出歯亀エルフ。
背中を丸めてタイプライターをカシャカシャ。
すぐに再稿は終わり、稿了。お仕事終わり。
「よし、いいんじゃないか?」
「やほーい! 疲れたでふぅ〜」
「お疲れさん。ゆっくり休め」
原稿を手渡し、くたっと脱力する出歯亀。
完成原稿を受け取り、労うと。
新聞記者エルフはいつものおねだり。
「またあの音の出る耳あてが聞きたいです!」
「あいよ。ちょっと待ってろ」
音の出る耳あてとは、ヘッドホンのことだ。
前の世界から持って来たそれを異空間から取り出して、彼女の頭にかける。そして再生開始。
「やっぱり何言ってるかわかんないです!」
「俺の前の世界の歌詞だからな」
「でもいい曲ですね〜」
シャカシャカ鳴る音楽は彼女には解読不能だ。
それでも気に入ったようで、毎夜聞きたがる。
俺の身の上については、既に話してある。
もちろん、前の世界の新聞記者についても。
それを話した時、出歯亀はこんな反応をした。
『えっ!? 私の扱い、酷すぎませんか!?』
しょうがないだろ。ついでだったからな。
そう説明すると、しょぼくれたので。
その後フルーツを食わせたら元気になった。
わりと、あっさりとした性格らしい。
「むにゃ……眠くなってきました」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさいれふ〜……ぐぅ」
暫く音楽を聴かせたら、寝た。俺の膝の上で。
音量を絞って、優しくヘッドホンを外す。
起こさないように、慎重に念力で持ち上げる。
そのままベッドに運び、布団をかけてやる。
「さて、始めますか」
出歯亀を寝かしつけてからは、俺の仕事だ。
完成原稿を机の上の魔法陣に翳す。
すると、内容が読み取られ、下の紙に転写。
要するに、これはコピー機の魔道具である。
原稿を大量の紙に複写出来る、便利な道具だ。
原稿自体は魂を込めてタイプライターで書く。
それを魔道具で複写する、矛盾。効率重視だ。
じゃないと、朝までに印刷出来ないからな。
出来た紙束を持って、外に出る。
深夜のうちに、配達。もちろん、転移魔法で。
次々闇のゲートを開き、届けていく。
ダルっ子と痛い子の家。
ショタコンエルフの家。
炎使いの会長エルフの家。
余談だが、会長エルフは何度も挑戦してきた。
新聞に書いている俺の悪評が、彼女の拗れた正義感を刺激したらしく、戦いを挑まれたのだ。
もちろん本当に鵜呑みにしている訳ではなく、ある程度手合わせすると、あっさり戦闘終了。
ただ単純に、暇を潰したいだけらしい。
そんな傍迷惑な会長エルフは、さておき。
雷使いのお姉さんエルフの家の前に、転移。
彼女には音楽プレーヤーの件で世話になった。
異世界に来て2週間程で、電池が切れたのだ。
それをダルっ子に相談すると、紹介された。
雷使いのお姉さんも、エルフに転生していた。
もちろん、彼氏持ち。罪深いお姉さんだ。
相手は筋骨隆々なドワーフ。毛むくじゃら。
もちろん、彼は重力使い。転生者である。
エルフとドワーフのカップルは珍しいらしい。
毛むくじゃらゆえに、忌避されているようだ。
でどうして雷使いは付き合ったのかと聞くと。
『え? 身体の相性が良かったから』
とのこと。許せん。リア充爆発しろ。
閑話休題。
そんな盛んなお姉さんは、雷使いである。
電気的な知識は、エルフの里一番の識者だ。
よって、音楽プレーヤーを充電してくれた。
持ってきた充電用のACアダプターを調べて、適切な100Vの交流電源を生み出す魔法陣を作成。
それによって魔力を電気に変換可能となった。
雷はそのままだと直流。危なかった。
俺の拙い雷魔法では壊してしまうとこだった。
ゆえに雷使いのお姉さんには頭が上がらない。
俺の異世界音楽ライフは、こうして救われた。
そんな恩人の家にも、新聞を配る。
沢山の家を巡ると、お返しがちらほらある。
新聞のお返しの、食べ物や、装飾品などだ。
狩猟を生業としているエルフにとって、新聞記者の千里眼のスキルは貴重だ。情報源である。
おかしな記事以外にも、魔獣の分布の情報なども、紙面には掲載されていた。それゆえに。
読んでくれたエルフは、こうして物で返す。
物々交換で、物流を形成していた。
引きこもりのエルフが餓死しなかった理由。
彼女はこうして、お返しの品で生活していた。
とはいえ世の中にはお人好しも存在しており。
その筆頭たるダルっ子や痛い子などは、たまに食事を届けてくれていたそうな。優しい子だ。
紙作り職人の家の前には藁半紙が積まれ。
インク作り職人の家の前にはインクの瓶が。
大事な仕事道具を頂き、代わりに新聞を置く。
深夜のエルフの里は、静寂に包まれている。
出歯亀エルフは、1人でこの作業をしていた。
たった独りで、ずっとそうして暮らしていた。
人と触れ合う機会は、皆無。
皆が寝ている間に、新聞を配り終える。
そんな生活を、どれほど続けたのか。
あのおかしな喋り口調も、納得できる。
きっと、人との会話の仕方がわからないのだ。
何があって、そうなってしまったのか。
それを俺は、未だに聞けてない。なんとなく。
待っていればそのうち話すだろうと期待して。
新聞を配り終えて、帰宅。
室内に転移すると、ぎょっとした。
寝かしつけた出歯亀エルフが、起きていた。
しかも、何故か、泣きじゃくっている。
「ひっく……えっく……」
「ど、どうしたんだよ! 何があった!?」
慌てて駆け寄ると、彼女は鼻水を垂らして。
「こ、怖い夢を……見たれす」
「怖い夢? どんな?」
「ひ、独りぼっちに、なる夢です」
なんだそれ。まるで子供みたいだ。
ひとまず大事無いことに安堵して。
俺はベッドに腰掛けて、出歯亀をあやす。
「大丈夫だ。ちゃんと帰って来ただろう?」
「う、うわぁあああんっ! ぴぎゃー!」
「そんな泣くなって。あと、鼻水つけんな」
抱きついてきた新聞記者エルフに困り果てる。
こんなことは初めてだった。どうしよう。
とりあえず、背中を撫でて、宥めてみる。
すると彼女は、よろよろと立ち上がって。
すとんと、俺の股の間に収まった。
そのまま背を預けて、こちらの手を握る。
その手を握り返すと、徐々に泣きやんだ。
「大丈夫か?」
「は、はい。……すみません」
「いや、謝んなくていいけど……」
「ごめんなさい」
駄目だ。童貞には難しい場面だ。とりあえず。
「不安なら、事情を話してみろよ」
「えっ?」
「聞くだけなら、聞いてやるから」
手探りで、距離を詰めるような、言い回し。
小学生の時と、同じだ。何も成長していない。
だけど、俺にはそれが、精一杯だった。
それが伝わったようで、彼女は話してくれた。
「つまらない話ですけど、聞いて、くらはい」
彼女の話をざっと要約すると、こんな感じだ。
出歯亀新聞記者エルフは、千里眼の使い手。
幼い頃は、ごく普通の少女だったらしい。
しかし、思春期を迎えて、思い悩むように。
自分の近しい相手を、つい目で追ってしまう。
しかしながら、ずっと見ていると粗が目立つ。
人の悪いところ、醜いところ、駄目なところ。
それらが四六時中、視界に入る日々。
次第に塞ぎ込むようになり、引きこもった。
なるべく他人と関わらないように。
そして、何も見ないように。
外部との接触を断ち、今に至る。
そこまで聞いて、俺は口を挟んだ。
「あのさ、嫌なら見なければいいだろう?」
「私の千里眼は、とても強力なのです」
「とても強力?」
「こうして目を閉じても風景が浮かぶのです」
そりゃすごい。
いや、酷いな。気が狂いそうだ。
新聞記者は、眼鏡を外して、溜息を漏らす。
「この眼鏡のおかげで、少しはマシですが……」
「その眼鏡は特別な物なのか?」
「結界使いさんの特注品なのです」
結界使いというと、ダルっ子か。
その特注品ならば、効果はあるだろう。
物理結界のレンズならば、透視出来ない筈。
「眼鏡越しには、いくらかぼやけるのです」
「ぼやけるだけなのか」
「はい、モザイクのようなものでしあ」
ふむ。モザイクか。なんだか、見る場面によっては余計に卑猥そうだ、なんて思っていると。
「見えそうで見えないのが、逆に唆るです!」
「おい」
鼻息荒くする出歯亀に呆れる。駄目だこいつ。
「最近では他人の情事ばかり見てしまい……」
「それは完全に、ただの覗きだろう」
同情して損した気分だ。
出歯亀根性は、天性の物らしい。
とにかく事情はわかった。
「また嫌な物を見たら、相談しろ」
「吸血鬼さんは、嫌わないですか?」
「は?」
「こんな私を、嫌いにならないですか?」
こちらを裸眼で見つめ、おかしなことを言う。
そのキラキラしたダークグレーの瞳の輝き。
諸事情は抜きにしても、こいつは初恋相手だ。
だから、答えなんざ、決まっている。
「嫌わないよ。だから、安心しろ」
「どうして……嫌わないですか?」
「嫌われるのは、辛いからな」
それは俺の経験談でもある。
吸血鬼化して、様々な恨みを買った。
最終的には全人類に憎まれて、死んだ。
そんな嫌われ者の俺に人を嫌う資格などない。
「私は……嫌われたいと、思ったです」
「えっ? なんでだよ?」
「嫌われたら、罪悪感が、薄れるから……」
それで合点がいった。だから、あんな記事を。
それが俺を怒らせるような記事を書いた理由。
俺に嫌われて、怒って貰いたかったらしい。
「なんだそれ……理解に苦しむな」
「吸血鬼さんなら、わかるでしょう?」
「ちっとも、さっぱり、わからねぇな」
言ってやると、彼女はそっと俺の頬に触れて。
「だって、あなたも嫌われようとしてたから」
「ッ!?」
「わざとパンツ嗅いだり、おねしょさせたり」
「だ、黙れよっ!」
それは俺が痛い子に働いた悪事だ。
特殊な性癖を持つ俺の、稚拙な悪戯。
そう。ど変態な俺の、ただの悪行。なのに。
「俺があいつらから嫌われたがってるって?」
「そう、見えました」
「阿呆らしい。草も生えねぇぜ。ふし穴だな」
出歯亀の千里眼をふし穴と言って、鼻で笑う。
さすがにむっとするかと、思いきや。
彼女はまるで自分のことのように顔を歪めて。
「ぐすっ……私には、わかります……!」
「お前に俺の何がわかるって?」
「吸血鬼さんは、嫌われたいんでしょう?」
「だから、違うって」
「だったら、どうして、泣いてるですか?」
言われて、気づく。俺は、泣いていた。
どうしようも、なかった。
痛い子やダルっ子の優しさが、辛かった。
そして目の前の新聞記者な優しさも、また。
俺は人殺しだ。そう簡単に許されたくない。
だから、嫌われたかった。
新聞記者エルフにも、かなり酷いことをした。
それなのに、皆、余りに優しくて。怖かった。
まだ、炎使いの会長エルフの方がマシだ。
恨みこそはないけれど、ぶつかってきた。
ボコボコにされたって、文句はなかった。
だけど、他の奴らは、あっさり俺を許した。
それは記憶がないからかも知れない。
覚えていないから、気にしていないのだろう。
けれど、俺ははっきりと覚えている。
彼女達を吸い殺した感触、そして味。
異能力を狩っている間は、無我夢中だった。
殺らねば、殺られる。そんな修羅場だった。
しかし、神を殺した後、俺は廃人と化した。
死者とはもう、二度と会えないと思っていた。
謝りたくても、謝れない、絶望。
それがこの異世界にに来て、変わった。
自分が殺した相手と、また会って、話せる。
ゆえに、償うべきだと思った。
しかし、償いをさせてはくれなかった。
俺を責めることはなく、優しくしてくれた。
殺人犯に出来るのは、下僕になることくらい。
そんな自分が許せなくて。だから、俺は。
「……ふん。わかったよ。それでいい」
「吸血鬼さん……?」
「そんな理由の方が、格好がつくからな」
否定することを諦めて、強がる。
この出歯亀の言うことを、認めてやる。
そんなガキみたいな俺の見栄を見て。
何故だかわからんが新聞記者は、頬を染めて。
「……ちょっと、格好いいでふ」
「はい?」
「なんでもないです!」
ポカンとしていると、右手の小指を出して。
「ふっふー! ずっと一緒ですよ! 約束でふ!」
なんて言って、ゆびきりげんまん。
裸眼の出歯亀エルフは、俺の初恋相手。
まだ充血して赤らんだ目。濡れた目尻。
そんな彼女から、そんなことを言われて。
キュンときた。正直、ズルいと思う。
こいつ、新聞記者の癖に。本当にズルい。
くそ。なんなんだ。心臓がうるさい。
なんで、なんでこいつに、胸が高鳴るんだ。
ああ、酷く……喉が、乾く。
吸血鬼化した俺は、空腹を感じない。
代わりに、喉が渇いていた。血が吸いたい。
これもまた、嫌われようとした、理由だった。
ゴクリと喉を鳴らすと、出歯亀を首を傾げて。
「喉が渇いたですか?」
「ああ、カラカラだ」
「何か飲むですか?」
「何が飲みたいと思う?」
「へっ?」
「俺は、どんな生き物だと思う?」
無垢な子羊を脅している気分だ。
俺は凄んで、邪悪に笑う。
剥き出しとなった、鋭い牙を見た、彼女は。
「い、痛くしないでくださいね……?」
なんて言って、うなじを晒して、俺は諦めた。
「馬鹿なこと言ってんな」
「あれ? 血を吸うんじゃないですか?」
「吸わないよ。ほれ、眼鏡をかけろ」
「あ、はい。わかりました!」
キョトンとした彼女に眼鏡をかけさせる。
すると、吸血衝動は収まった。わかりやすい。
初恋相手は美味そうだが新聞記者は不味そう。
そんな不味そうな出歯亀を、押し倒して。
「さっさと寝るぞ」
「あれ? 襲わないですか?」
「襲わないよ。おやすみ〜」
「うぅ〜……複雑です!」
背後から抱きかかえて、目を閉じる。
出歯亀エルフは納得いかないらしく。
俺の手を、自らの胸まで持っていく。
「何やってんだ?」
「も、揉んでくらしゃ!」
「お安い御用だ」
即座に揉んだ。意外とグラマーな出歯亀の胸。
躊躇いなどない。躊躇ったら、負けだ。
揉めと言われたら揉むが礼儀。紳士だからな。
「んっ……おやすみなさいでふ」
すると出歯亀は安心したように笑い、眠った。
その穏やかな寝息に首を傾げながら、考察。
男である俺には、今の行動の意味が理解不能。
女が胸を揉まれたい理由。それはなんだろう。
「求められたいってことか?」
答えらしき物を独りごちるが、返答はない。
出歯亀エルフは寝つきが良すぎる。
結局モヤモヤしたまま、俺も眠った。
そしてこの1週間後、事態は急変するのだった。




