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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第二部 【詰むまでの物語】
43/72

第42話 『嫌われたがり』

「ボツ。書き直し」

「そ、そんなぁ〜っ!?」


出歯亀エルフの担当編集になって早2週間。

その間に蒼い月は半月となり三日月となった。

現在の時刻は深夜。丑三つ刻である。

出歯亀エルフの絶望の悲鳴が室内に響き渡る。


その情けない悲鳴を聞きながら、振り返る。


俺の異世界生活は穏やかなものだった。

朝起きて、洗濯。午前中は掃除。

昼になったら出歯亀新聞記者エルフを起こす。


午後はダラダラ本を読み、洗濯物を取り込む。

その間は新聞記者エルフも一緒にだらける。

日が暮れるとダルっ子と痛い子が来訪。

狩猟した得体の知れない魔獣の肉を食べる。


2人が帰ったら、出歯亀エルフを洗浄。

わざわざ湖までいくのは面倒なのと、カナヅチエルフが溺れた一件で水浴びを拒む為、水魔法と念力と異空間ゲートの三種を併用して洗う。


具体的なスキルの使い方は、全裸にひんむいた出歯亀エルフを念力で浮上させ、水弾をぶつけて、飛び散った水を異空間で回収という流れ。

非人道的だが、室内を汚さずに洗えて便利だ。


その後、着替え終えたら、お仕事開始。

翌日の朝刊に間に合うように、書かせる。

俺は仮眠を取りつつ、静かに入稿を待つ。

だいたい書き上がるのは夜中だ。校正開始。

それから何度かボツを出して完成度を高める。


これが、最近の俺と出歯亀の生活風景である。


「ぐ、具体的にはどこを直すですか!?」

「ここの一文だ。もっと過激にしてみろ」

「と、仰りますと?」


度重なるボツによって涙目の出歯亀に指南。

そこには、ありきたりな一文が書かれている。

問題の箇所だけを抜粋すると、この部分だ。


『糞魔王は夜な夜な記者の胸を乱暴に揉みしだき、己自身をいきり立たせ、高笑いをあげる』


もちろん、根も葉もない虚実である。

それについては諦めている。問題は別だ。

この表現では俺は普通の変態となる。

しかし、読者はこの程度では満足しない。


よって俺はボツを出した。具体的に説明する。


「いいか、ここはこうするんだよ」

「ふむふむ。なるほど!」


出歯亀エルフは例によって俺を座椅子にしてもたれているので、頭頂部のインクの香りを嗅ぎながら、二人羽織の要領で後ろから手を伸ばし、持っている原稿に赤ペンで修正していく。


修正内容は、以下の通りである。


『糞魔王は毎夜記者の胸をもぎ取り、まるで果実のように咀嚼して、己自身をいきり立たせる』


出歯亀エルフは目を丸くして、感嘆の溜息。


「ふぁ〜……一気に猟奇的になりましたね」

「だろ? このくらいやんないと飽きられる」

「わかりました! これでいきましょう!」


訂正内容を受け入れ、書き直す出歯亀エルフ。

背中を丸めてタイプライターをカシャカシャ。

すぐに再稿は終わり、稿了。お仕事終わり。


「よし、いいんじゃないか?」

「やほーい! 疲れたでふぅ〜」

「お疲れさん。ゆっくり休め」


原稿を手渡し、くたっと脱力する出歯亀。

完成原稿を受け取り、労うと。

新聞記者エルフはいつものおねだり。


「またあの音の出る耳あてが聞きたいです!」

「あいよ。ちょっと待ってろ」


音の出る耳あてとは、ヘッドホンのことだ。

前の世界から持って来たそれを異空間から取り出して、彼女の頭にかける。そして再生開始。


「やっぱり何言ってるかわかんないです!」

「俺の前の世界の歌詞だからな」

「でもいい曲ですね〜」


シャカシャカ鳴る音楽は彼女には解読不能だ。

それでも気に入ったようで、毎夜聞きたがる。

俺の身の上については、既に話してある。

もちろん、前の世界の新聞記者についても。


それを話した時、出歯亀はこんな反応をした。


『えっ!? 私の扱い、酷すぎませんか!?』


しょうがないだろ。ついでだったからな。

そう説明すると、しょぼくれたので。

その後フルーツを食わせたら元気になった。

わりと、あっさりとした性格らしい。


「むにゃ……眠くなってきました」

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさいれふ〜……ぐぅ」


暫く音楽を聴かせたら、寝た。俺の膝の上で。

音量を絞って、優しくヘッドホンを外す。

起こさないように、慎重に念力で持ち上げる。


そのままベッドに運び、布団をかけてやる。


「さて、始めますか」


出歯亀を寝かしつけてからは、俺の仕事だ。

完成原稿を机の上の魔法陣に翳す。

すると、内容が読み取られ、下の紙に転写。

要するに、これはコピー機の魔道具である。

原稿を大量の紙に複写出来る、便利な道具だ。


原稿自体は魂を込めてタイプライターで書く。

それを魔道具で複写する、矛盾。効率重視だ。

じゃないと、朝までに印刷出来ないからな。


出来た紙束を持って、外に出る。

深夜のうちに、配達。もちろん、転移魔法で。

次々闇のゲートを開き、届けていく。


ダルっ子と痛い子の家。

ショタコンエルフの家。

炎使いの会長エルフの家。


余談だが、会長エルフは何度も挑戦してきた。

新聞に書いている俺の悪評が、彼女の拗れた正義感を刺激したらしく、戦いを挑まれたのだ。

もちろん本当に鵜呑みにしている訳ではなく、ある程度手合わせすると、あっさり戦闘終了。

ただ単純に、暇を潰したいだけらしい。


そんな傍迷惑な会長エルフは、さておき。


雷使いのお姉さんエルフの家の前に、転移。

彼女には音楽プレーヤーの件で世話になった。

異世界に来て2週間程で、電池が切れたのだ。

それをダルっ子に相談すると、紹介された。


雷使いのお姉さんも、エルフに転生していた。

もちろん、彼氏持ち。罪深いお姉さんだ。

相手は筋骨隆々なドワーフ。毛むくじゃら。

もちろん、彼は重力使い。転生者である。


エルフとドワーフのカップルは珍しいらしい。

毛むくじゃらゆえに、忌避されているようだ。

でどうして雷使いは付き合ったのかと聞くと。


『え? 身体の相性が良かったから』


とのこと。許せん。リア充爆発しろ。


閑話休題。


そんな盛んなお姉さんは、雷使いである。

電気的な知識は、エルフの里一番の識者だ。

よって、音楽プレーヤーを充電してくれた。


持ってきた充電用のACアダプターを調べて、適切な100Vの交流電源を生み出す魔法陣を作成。

それによって魔力を電気に変換可能となった。

雷はそのままだと直流。危なかった。

俺の拙い雷魔法では壊してしまうとこだった。

ゆえに雷使いのお姉さんには頭が上がらない。


俺の異世界音楽ライフは、こうして救われた。


そんな恩人の家にも、新聞を配る。

沢山の家を巡ると、お返しがちらほらある。

新聞のお返しの、食べ物や、装飾品などだ。


狩猟を生業としているエルフにとって、新聞記者の千里眼のスキルは貴重だ。情報源である。

おかしな記事以外にも、魔獣の分布の情報なども、紙面には掲載されていた。それゆえに。

読んでくれたエルフは、こうして物で返す。

物々交換で、物流を形成していた。


引きこもりのエルフが餓死しなかった理由。

彼女はこうして、お返しの品で生活していた。

とはいえ世の中にはお人好しも存在しており。

その筆頭たるダルっ子や痛い子などは、たまに食事を届けてくれていたそうな。優しい子だ。


紙作り職人の家の前には藁半紙が積まれ。

インク作り職人の家の前にはインクの瓶が。

大事な仕事道具を頂き、代わりに新聞を置く。


深夜のエルフの里は、静寂に包まれている。

出歯亀エルフは、1人でこの作業をしていた。

たった独りで、ずっとそうして暮らしていた。


人と触れ合う機会は、皆無。

皆が寝ている間に、新聞を配り終える。

そんな生活を、どれほど続けたのか。


あのおかしな喋り口調も、納得できる。

きっと、人との会話の仕方がわからないのだ。

何があって、そうなってしまったのか。

それを俺は、未だに聞けてない。なんとなく。


待っていればそのうち話すだろうと期待して。


新聞を配り終えて、帰宅。

室内に転移すると、ぎょっとした。

寝かしつけた出歯亀エルフが、起きていた。


しかも、何故か、泣きじゃくっている。


「ひっく……えっく……」

「ど、どうしたんだよ! 何があった!?」


慌てて駆け寄ると、彼女は鼻水を垂らして。


「こ、怖い夢を……見たれす」

「怖い夢? どんな?」

「ひ、独りぼっちに、なる夢です」


なんだそれ。まるで子供みたいだ。

ひとまず大事無いことに安堵して。

俺はベッドに腰掛けて、出歯亀をあやす。


「大丈夫だ。ちゃんと帰って来ただろう?」

「う、うわぁあああんっ! ぴぎゃー!」

「そんな泣くなって。あと、鼻水つけんな」


抱きついてきた新聞記者エルフに困り果てる。

こんなことは初めてだった。どうしよう。

とりあえず、背中を撫でて、宥めてみる。


すると彼女は、よろよろと立ち上がって。

すとんと、俺の股の間に収まった。

そのまま背を預けて、こちらの手を握る。


その手を握り返すと、徐々に泣きやんだ。


「大丈夫か?」

「は、はい。……すみません」

「いや、謝んなくていいけど……」

「ごめんなさい」


駄目だ。童貞には難しい場面だ。とりあえず。


「不安なら、事情を話してみろよ」

「えっ?」

「聞くだけなら、聞いてやるから」


手探りで、距離を詰めるような、言い回し。

小学生の時と、同じだ。何も成長していない。

だけど、俺にはそれが、精一杯だった。


それが伝わったようで、彼女は話してくれた。


「つまらない話ですけど、聞いて、くらはい」


彼女の話をざっと要約すると、こんな感じだ。

出歯亀新聞記者エルフは、千里眼の使い手。

幼い頃は、ごく普通の少女だったらしい。


しかし、思春期を迎えて、思い悩むように。

自分の近しい相手を、つい目で追ってしまう。

しかしながら、ずっと見ていると粗が目立つ。


人の悪いところ、醜いところ、駄目なところ。


それらが四六時中、視界に入る日々。

次第に塞ぎ込むようになり、引きこもった。

なるべく他人と関わらないように。

そして、何も見ないように。

外部との接触を断ち、今に至る。


そこまで聞いて、俺は口を挟んだ。


「あのさ、嫌なら見なければいいだろう?」

「私の千里眼は、とても強力なのです」

「とても強力?」

「こうして目を閉じても風景が浮かぶのです」


そりゃすごい。

いや、酷いな。気が狂いそうだ。

新聞記者は、眼鏡を外して、溜息を漏らす。


「この眼鏡のおかげで、少しはマシですが……」

「その眼鏡は特別な物なのか?」

「結界使いさんの特注品なのです」


結界使いというと、ダルっ子か。

その特注品ならば、効果はあるだろう。

物理結界のレンズならば、透視出来ない筈。


「眼鏡越しには、いくらかぼやけるのです」

「ぼやけるだけなのか」

「はい、モザイクのようなものでしあ」


ふむ。モザイクか。なんだか、見る場面によっては余計に卑猥そうだ、なんて思っていると。


「見えそうで見えないのが、逆に唆るです!」

「おい」


鼻息荒くする出歯亀に呆れる。駄目だこいつ。


「最近では他人の情事ばかり見てしまい……」

「それは完全に、ただの覗きだろう」


同情して損した気分だ。

出歯亀根性は、天性の物らしい。

とにかく事情はわかった。


「また嫌な物を見たら、相談しろ」

「吸血鬼さんは、嫌わないですか?」

「は?」

「こんな私を、嫌いにならないですか?」


こちらを裸眼で見つめ、おかしなことを言う。

そのキラキラしたダークグレーの瞳の輝き。

諸事情は抜きにしても、こいつは初恋相手だ。


だから、答えなんざ、決まっている。


「嫌わないよ。だから、安心しろ」

「どうして……嫌わないですか?」

「嫌われるのは、辛いからな」


それは俺の経験談でもある。

吸血鬼化して、様々な恨みを買った。

最終的には全人類に憎まれて、死んだ。


そんな嫌われ者の俺に人を嫌う資格などない。


「私は……嫌われたいと、思ったです」

「えっ? なんでだよ?」

「嫌われたら、罪悪感が、薄れるから……」


それで合点がいった。だから、あんな記事を。

それが俺を怒らせるような記事を書いた理由。

俺に嫌われて、怒って貰いたかったらしい。


「なんだそれ……理解に苦しむな」

「吸血鬼さんなら、わかるでしょう?」

「ちっとも、さっぱり、わからねぇな」


言ってやると、彼女はそっと俺の頬に触れて。


「だって、あなたも嫌われようとしてたから」

「ッ!?」

「わざとパンツ嗅いだり、おねしょさせたり」

「だ、黙れよっ!」


それは俺が痛い子に働いた悪事だ。

特殊な性癖を持つ俺の、稚拙な悪戯。

そう。ど変態な俺の、ただの悪行。なのに。


「俺があいつらから嫌われたがってるって?」

「そう、見えました」

「阿呆らしい。草も生えねぇぜ。ふし穴だな」


出歯亀の千里眼をふし穴と言って、鼻で笑う。

さすがにむっとするかと、思いきや。

彼女はまるで自分のことのように顔を歪めて。


「ぐすっ……私には、わかります……!」

「お前に俺の何がわかるって?」

「吸血鬼さんは、嫌われたいんでしょう?」

「だから、違うって」

「だったら、どうして、泣いてるですか?」


言われて、気づく。俺は、泣いていた。


どうしようも、なかった。

痛い子やダルっ子の優しさが、辛かった。

そして目の前の新聞記者な優しさも、また。


俺は人殺しだ。そう簡単に許されたくない。

だから、嫌われたかった。

新聞記者エルフにも、かなり酷いことをした。

それなのに、皆、余りに優しくて。怖かった。


まだ、炎使いの会長エルフの方がマシだ。

恨みこそはないけれど、ぶつかってきた。

ボコボコにされたって、文句はなかった。


だけど、他の奴らは、あっさり俺を許した。

それは記憶がないからかも知れない。

覚えていないから、気にしていないのだろう。


けれど、俺ははっきりと覚えている。

彼女達を吸い殺した感触、そして味。

異能力を狩っている間は、無我夢中だった。

殺らねば、殺られる。そんな修羅場だった。


しかし、神を殺した後、俺は廃人と化した。


死者とはもう、二度と会えないと思っていた。

謝りたくても、謝れない、絶望。

それがこの異世界にに来て、変わった。


自分が殺した相手と、また会って、話せる。


ゆえに、償うべきだと思った。

しかし、償いをさせてはくれなかった。

俺を責めることはなく、優しくしてくれた。

殺人犯に出来るのは、下僕になることくらい。


そんな自分が許せなくて。だから、俺は。


「……ふん。わかったよ。それでいい」

「吸血鬼さん……?」

「そんな理由の方が、格好がつくからな」


否定することを諦めて、強がる。

この出歯亀の言うことを、認めてやる。

そんなガキみたいな俺の見栄を見て。


何故だかわからんが新聞記者は、頬を染めて。


「……ちょっと、格好いいでふ」

「はい?」

「なんでもないです!」


ポカンとしていると、右手の小指を出して。


「ふっふー! ずっと一緒ですよ! 約束でふ!」


なんて言って、ゆびきりげんまん。

裸眼の出歯亀エルフは、俺の初恋相手。

まだ充血して赤らんだ目。濡れた目尻。

そんな彼女から、そんなことを言われて。


キュンときた。正直、ズルいと思う。

こいつ、新聞記者の癖に。本当にズルい。

くそ。なんなんだ。心臓がうるさい。

なんで、なんでこいつに、胸が高鳴るんだ。


ああ、酷く……喉が、乾く。


吸血鬼化した俺は、空腹を感じない。

代わりに、喉が渇いていた。血が吸いたい。

これもまた、嫌われようとした、理由だった。


ゴクリと喉を鳴らすと、出歯亀を首を傾げて。


「喉が渇いたですか?」

「ああ、カラカラだ」

「何か飲むですか?」

「何が飲みたいと思う?」

「へっ?」

「俺は、どんな生き物だと思う?」


無垢な子羊を脅している気分だ。

俺は凄んで、邪悪に笑う。

剥き出しとなった、鋭い牙を見た、彼女は。


「い、痛くしないでくださいね……?」


なんて言って、うなじを晒して、俺は諦めた。


「馬鹿なこと言ってんな」

「あれ? 血を吸うんじゃないですか?」

「吸わないよ。ほれ、眼鏡をかけろ」

「あ、はい。わかりました!」


キョトンとした彼女に眼鏡をかけさせる。

すると、吸血衝動は収まった。わかりやすい。

初恋相手は美味そうだが新聞記者は不味そう。


そんな不味そうな出歯亀を、押し倒して。


「さっさと寝るぞ」

「あれ? 襲わないですか?」

「襲わないよ。おやすみ〜」

「うぅ〜……複雑です!」


背後から抱きかかえて、目を閉じる。

出歯亀エルフは納得いかないらしく。

俺の手を、自らの胸まで持っていく。


「何やってんだ?」

「も、揉んでくらしゃ!」

「お安い御用だ」


即座に揉んだ。意外とグラマーな出歯亀の胸。

躊躇いなどない。躊躇ったら、負けだ。

揉めと言われたら揉むが礼儀。紳士だからな。


「んっ……おやすみなさいでふ」


すると出歯亀は安心したように笑い、眠った。


その穏やかな寝息に首を傾げながら、考察。

男である俺には、今の行動の意味が理解不能。

女が胸を揉まれたい理由。それはなんだろう。


「求められたいってことか?」


答えらしき物を独りごちるが、返答はない。

出歯亀エルフは寝つきが良すぎる。

結局モヤモヤしたまま、俺も眠った。


そしてこの1週間後、事態は急変するのだった。

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