第41話 『初恋の相手』
「とりあえず、片付けだな」
「よ、よろしくお願いしまっしゅ!」
出歯亀エルフの孤独を見過ごせず、そばにいてやることにしたお人好しな俺は部屋を片付ける。
床は大量の紙類で埋め尽くされており、沢山の本が乱雑に塔を成し、中には大きなビンもある始末。
「捨てていいものはどれだ?」
「本以外はゴミです! いりません!」
それらを拾い集めて、整頓。
不用品は出歯亀エルフに尋ねて廃棄。
異空間に収納して、あとで燃やしちまおう。
「んで、このビンはなんだ?」
「そ、それはその……誠に言いづらいのですが」
「おしっこだろ?」
「なっ!? ど、どうしてわかったれすか!?」
ビンの中身を言い当てると、驚愕された。
この程度の推理など造作もない。なにせ俺は。
尿入りのビンを片手に、ドヤ顔で告げる。
「俺は糞魔王だからな!」
「そこに痺れる憧れるです!」
羨望の視線を一身に受け、拍手を浴びる。
何やってんだ、俺は。それは、ともかく。
だいぶ片付いたな。それでは、お次は。
「湖で水浴びしてこい」
「遠慮しとくです!」
「いいから来いっ!」
「ら、乱暴しないでくらはい〜!?」
埃塗れの出歯亀エルフを連れて、外に出る。
いつの間にか、だいぶ日が傾いていた。
夕焼けに包まれるエルフの里を念力で飛行。
目指すは里の近くの湖だ。丸洗いしてやる。
すると、小脇に抱えた出歯亀エルフが喚く。
「た、高いところは怖いです〜!?」
「んじゃあ、歩くか?」
「無理です! お家帰してくらはい!」
「却下だ」
長いこと引きこもりだった出歯亀エルフ。
当然、足は萎えて、歩ける筈もなく。
帰りたいと喚く彼女を無視して、目的地到着。
「まだ時間が早いのかな……誰もいないな」
「うぅ……帰りたいよぉ」
西日を湖面に映す湖は、人気がなかった。
貸切状態ならば、いくら騒がれても構うまい。
俺はポイッと、出歯亀エルフを放り出した。
「わわっ!? な、何するですか!?」
「ザブンと浸かって、さっぱりしてこい」
「んぎゃああああああああっ!?!!」
ドップラー効果で遠ざかる、叫び声。
ややあって、ドボンと着水。ざまあみやがれ。
記事の件の遺恨はこれで解消された。しかし。
いつまで経っても、出歯亀が浮かんでこない。
「あいつ、泳げないのか? 世話が焼けるな!」
どうやらカナヅチらしい出歯亀エルフを救助。
水面付近でもがいていた彼女を抱いて、浮上。
盛大に水を吐き出しながら、彼女は大泣き。
「ぶはっ!? し、死ぬかと、思ったっ!」
「大げさだな。ほら、深呼吸しろ」
宥めつつ、深呼吸を促す。やがて息が整った。
水に濡れた彼女の埃を被った髪が、本来の亜麻色を取り戻し、湖の水がどす黒く染まる。
どんだけ水浴びしてなかったんだよ、こいつ。
しかしながら、エルフは老廃物を出さない生き物らしく、汚れは埃程度で、別に臭くはない。
それでも排泄はするのだから変わった生物だ。
不浄を洗い流した出歯亀エルフの髪を梳いて。
「ほら、気持ちいいだろ?」
「わ、私、お水に浮かんでるです!」
「俺が支えてるからな。顔を洗うぞ」
「うぷっ!?」
片手で肩を抱きながら、顔に水をかけてやる。
すると黒ずんでいた肌から、本来の白さへ。
顔や手についた黒ずみは、インクのようだ。
俺は甲斐甲斐しく、彼女の汚れを洗い流した。
「どうだ?」
「き、気持ちいいです……極楽です」
「なら、服を脱がせるぞ」
「んなっ!? は、恥ずかしいです!?」
野暮ったい無地のシャツのボタンを外す。
出歯亀エルフは抵抗するも、あまりに非力。
しかも、今は湖のど真ん中。暴れられない。
「お前にも一応羞恥心があるんだな」
「お、女の子、ですから!」
「仕方ない。物理結界を張ってやる」
紳士たる俺は周囲に物理結界を張る。
物理結界の透明度は、任意に変更可能だ。
曇りガラスのような球体に包まれ視線を遮る。
その結界の中で2人っきり。
これで周りからは見えない。
しかし、俺のせっかくの気遣いも効果はなく。
「そ、そういう問題じゃないです!」
「んじゃあ、何なんだよ?」
「お、男の人に、裸を見られるのが、怖くて」
一丁前にモジモジしてやがる。俺は鼻で笑い。
「安心しろ。お前には万が一も食指は動かん」
「うぅ……ふ、複雑でしあ」
顔を顰める出歯亀エルフ。何が不満なのか。
だって、こいつだぞ? 悪いが好印象は皆無。
意外とグラマーな胸が露わとなっても無感動。
そのまま衣服を剥ぎ終え、洗浄開始。
「あっ……そんなとこまで!」
「脇の下だろうが。変な声出すな」
童貞の俺は、デリケートゾーンは避けた。
そこらへんは、自分で洗わせる。紳士だから。
一通り洗い終えると、辺りが暗くなってきた。
そろそろ日が暮れるようだ。
物理結界の上部を透明化すると、蒼い月が。
来た時は満月だったが、今は少し欠けている。
「綺麗……ですね」
「ああ、すげー月だよな」
湖面に漂いながら、ぽかんと月を眺める。
しばらく眺めて、視線を下げる。
出歯亀エルフの眼鏡の奥の瞳がキラキラ輝く。
その輝きが気になって、眼鏡に手を伸ばす。
「ちょっと、眼鏡を外すぞ」
「あっ!? な、何するれすか!?」
何故か、服を脱がせた時より抵抗された。
しかし、引きこもりは非力である。
俺は容易く眼鏡を取り上げ、素顔を見つめる。
ふむ。これはなかなか。そう、悪くはない。
透き通ったダークグレイの瞳に、思わず感嘆。
「へぇ……綺麗な目だな」
「は、恥ずかしい、です……」
「なんかどっかで見覚えがあるような……」
その瞳の輝きに既視感を覚えて、暫し黙考。
前の世界では結局眼鏡を外すことはなかった。
ならば、どこでこの瞳を見た? 思い出せない。
じっと見つめて考えて込んでいると。
彼女は何故か赤面して、そわそわ。
目を泳がせ、恐る恐る、尋ねてきた。
「あの、その……どうかしましたか?」
「ん? いや、昔どっかで見た気がするんだよ」
「そ、そそ、それは、口説いてる……ですか?」
「はあ?」
意味不明な質問。誰が誰を口説いたって?
冗談も休み休み言え。憤慨して否定する前に。
勘違い出歯亀エルフは、ぎゅっと目を瞑って。
「ごめんなさい! 異性としては見れません!」
なんか、振られた。えっ? なんだ、これは。
おかしいだろ。男の人に裸を見られたくないとか言っといて、異性としては見れないなんて。
いやいや、そんなことはともかく。この状況。
まるで初恋の終わりの焼き増し。いや、待て。
そこで既視感の正体に気づく。そんな馬鹿な。
この出歯亀エルフは。この悪質な新聞記者は。
俺の、初恋相手の、生まれ変わり? 嘘だろ。
しかしながら。
認めたくない現実とは裏腹に、身体は正直で。
「な、なんか……背中に当たってるでしあ!?」
おっと。俺のジョニーが粗相をしちまったぜ。
初恋相手の全裸を見たのだから、当然である。
ゆえに俺は開き直ってニヒルな笑みを浮かべ。
「当ててんだよ。言わせんな、馬鹿」
「あ、ああ、当てないでくださいよぉ!?」
「黙れ。ちょっと動くな」
「ぷぎゃっ!?」
暴れる初恋相手の顎を掴み、観察。
間違いない。この、どこにでもいそうな感じ。
中の上程度の可愛さ。そして瞳の輝き。
俺の記憶の彼女は、地味な女子だった。
小学校の図書室で、いつも本を読んでいた。
それがどうにも寂しげで、何度か声をかけた。
次第に打ち解け、好きな人の話をする間柄に。
その流れで告ったら、見事に振られた。
そんな、ありがちな、初恋の記憶である。
あの後、中学は別々で離れ離れになった。
どうしているか気になっていたが、まさか。
あの子が、異能力者だったなんて。マジかよ。
ジョニーを押し付けながら、驚愕していると。
「め、眼鏡、返してくらさい!」
「あ、ああ、悪い。ほらよ」
眼鏡を返却。ぐるぐる眼鏡をかけ直す出歯亀。
すると、ジョニーは萎れた。わかりやすい奴。
初恋相手は好きだけど、新聞記者には無興奮。
ジョニーも萎れたので、そろそろ潮時だろう。
「んじゃあ、帰るか」
「へっ? ふ、服は……?」
「大丈夫だ。転移出来るから」
闇のゲートを作り出し、物理結界ごと転移。
日が暮れたら、おっかない痛い子が来ちゃう。
あの綺麗好きは毎日水浴びするらしいからな。
前のご主人様に見つかると面倒なので、退散。
「はい、到着」
「うぅ……暗かったです。怖かったですぅ〜」
昼間片付けた、出歯亀エルフの部屋に戻った。
全裸の初恋相手は闇のゲートが怖かった様子。
泣きべそをかいて、蹲っている。実にエロい。
「ほら、さっさと服着ろ」
「えっ? 襲わないんれすか?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ……」
適当な服を放ってやると、驚かれた。
心外すぎる物言いに、呆れ返っていると。
出歯亀エルフは先程名乗った異名を口にした。
「だって、糞魔王なんですよね?」
「糞を撒き散らしたいのか?」
「ひぃっ!? ご、ごめんなさいれす!!」
凄んでやると、大人しく着替えた。
俺はその間に、濡れた衣服を外に干す。
夜風に当ててれば、朝には乾くだろう。
干し終えて、部屋に戻ろうとすると。
「あー! やっと見つけた!!」
「やっほ〜テクノ君」
呼び止められ、振り向くと、お馴染みの2人。
痛い子と、ダルっ子のコンビだ。
前の世界のダルっ子の遺品のベッドに乗って、念力でわざわざここまで飛んで来たらしい。
懐かしいその飛び方に軽く驚きつつ、尋ねる。
「どうしたんだ、お前ら」
「ずっと探してたんだよ〜」
ずっと探していた? なんの為に?
まさか、まだ怒り足りないのだろうか。
そう訝しんで、警戒していると。
「ほら、早く謝りなよ〜」
「あ、うん。あの……朝は、言い過ぎた……」
「えっ?」
「だから! もう怒ってないから戻ってこい!」
唐突に謝られて、困惑。許してくれたのか?
「どうして許してくれたんだ?」
「べ、別に許したわけではない!」
「じゃあ、なんで?」
「えっと、その……」
返答に窮する痛い子。俺はピンときて。
「さては、おねしょが癖になったんだな?」
「んなわけないでしょ!? このど変態!!」
おや? 違うらしい。では、何故だろうか。
「じゃあ、どうして謝るんだよ」
「追い出したら、なんか可哀想になって……」
どうやら罪悪感を感じていたらしい。
それで夜までずっと探してくれていたと。
なんて良い子だ。見直したぞ、痛い子。
感心していると、ダルっ子が朗らかに。
「この子も反省してるからさ〜帰ろ〜?」
「いや、そう言われても……」
「追い出したことを根に持ってるのか!?」
痛い子に詰め寄られるが、言い淀む。
「まあ、とにかく中に入れよ」
「あれ〜? この家って、もしかして〜?」
「新聞記者の家ではないか!?」
新聞記者は有名人らしい。
驚く2人を連れて、中に入る。
すると出歯亀新聞記者エルフは目を丸くして。
「お、おお、お客様!?」
「お邪魔するよ〜」
「くっくっくっ……久しいな、新聞記者」
挨拶を交わす3人。しかし、どこかぎこちない。
とりあえず、俺はもてなしの用意をする。
異空間には昨日彼女達が狩った大ブタがいる。
それを取り出して、来客に尋ねる。
「飯はまだ食ってないんだろ?」
「あ、うん! もうお腹ペコペコ〜」
「ふははっ! 早く馳走を持ってこい!」
謝りに来たくせに、調子いいな。
しかしながら、狩ったのは彼女達だ。
ブタをヒヒイロカネの爪で捌いて。
台所のコンロ魔法陣で加熱。ポークステーキ。
付け合わせはなし。まさに、男の料理である。
「はい、たんと召し上がれ」
「いただきま〜す!」
「くっくっくっ……肉汁が滴っておるわ」
ガツガツ食い始める2人。それを眺める俺。
そんな俺の背後に隠れている、出歯亀エルフ。
来訪者を警戒……というよりは照れている様子。
「ほら、お前も食えよ」
「は、恥ずかしいれす……!」
「いいから、ほれ」
「あむっ! う、美味いです!」
「そりゃ良かった」
人見知りな出歯亀の口にステーキをぶち込む。
口の周りを肉汁塗れにして目を輝かせて喜ぶ。
ナプキンでその口元を拭っていると、視線が。
痛い子とダルっ子がぽかんと口を開けている。
「なんだよ?」
「いや〜びっくりしてさ〜。テクノ君、いつの間に新聞記者ちゃんと仲良くなったの〜?」
「別に仲良くしてるつもりはないんだけど」
ダルっ子に聞かれて答えると、痛い子が。
「まさか下僕っ! 浮気か!? 浮気なのか!?」
うるせえ。なんだよ、浮気って。意味不明だ。
「いつから俺はお前の彼氏になったんだ?」
「彼氏ではない! 貴様は我の下僕だろう!?」
「今朝、解雇されましたがね」
「や、やっぱり根に持ってるのかっ!?」
面倒臭い痛いエルフにげんなり。
すると、ダルっ子エルフがくすくす笑い。
眠そうなタレ目を意地悪そうに光らせて。
「新聞記者ちゃんに惚れちゃったの〜?」
「それはない」
「あぅ……即否定は悲しいです」
きっぱり否定すると、出歯亀が不満を漏らす。
こいつ、俺を振った癖に、何なんだ?
ちょっと眼鏡を外せば可愛いからって。
イライラした俺は、出歯亀の頬をつねる。
「じゃあ俺と付き合うか? あ? どうなんだ?」
「む、無理です! ごめんなさいっ!!」
「舐めんな! こっちからお断りだ馬鹿野郎!」
そんな俺たちのやり取りを見て、ダルっ子が。
「あはは〜お似合いだよ〜」
「そんなんじゃないっての」
「じゃあ、なんでお世話を焼くの〜?」
知ってる癖にズルい質問だ。仕方なく答える。
「なんか……ほっとけなくてさ」
「そっかそっか〜青春だね〜」
なにその年上目線。ジト目をすると席を立ち。
「それじゃ、そろそろ帰るね〜」
「あ、おい! まだ私の話は終ってないぞ!?」
「いいからいいから〜」
うるさい痛い子を連れて暇を告げるダルっ子。
家主は引きこもりなので、俺が見送る。
ダルっ子はベッドに乗らず痛い子におぶさる。
「そのベッドは返すね〜」
「いや、これは元々お前の物だから……」
「だってこれから必要でしょ〜?」
下衆の勘繰りもいいとこだ。苦い顔をすると。
「新聞記者ちゃんを、よろしくね〜」
「えっ?」
「あの子ずっと寂しそうだったからさ〜」
突然そんなこと言われても。すると痛い子が。
「全てを見通せるがゆえに彼女は孤独なのだ」
「どういう意味だ?」
「詳しいことは本人に聞け。同居人だろう?」
意味深なことを言って、念力で浮かびあがる。
「ふははっ! それではさらばだっ!!」
「また遊びにくるね〜!」
あっという間に飛び去った。勝手な奴らだ。
置いて行ったベッドを異空間に収納。
やれやれと肩を竦めて、家の中に戻る。
すると出歯亀がトテトテ駆け寄ってきて。
「か、帰ったれすか?」
「ああ、また来るってさ」
「そ、それは本当ですかっ!?」
「迷惑じゃないのか?」
「嬉しいです! わーい! わーい!」
終始照れていた癖に、不思議と人恋しい様子。
全てを見通せるゆえに孤独、か。気になるな。
だけど、根掘り葉掘り聞くのはやめておこう。
そのうち、折を見て、事情を聞いてみよう。
その後、食器を片付けているとカタカタ音が。
気になって様子を伺うと、執筆作業中。
タイプライターで、記事を書いているようだ。
「それは魔道具じゃないんだな」
「魔道具では、魂が込められませんので」
真剣な表情で、タイプを打ち込む出歯亀。
魔道具には頼らないところが、プロっぽい。
腐っても物書きらしい彼女の邪魔をしないように、そっとその場から離れようとしたのだが。
「ここにいてくらさい」
「邪魔じゃないのか?」
「いて欲しい、です」
ズボンの裾を掴まれて、懇願された。
そう言われては無下に出来ずに、腰を下ろす。
すると、出歯亀エルフは俺を座椅子にして。
「これなら、寂しくないですね」
「ああ、そうかい」
出歯亀エルフは俺の膝の上でタイプを打つ。
洗い立ての亜麻色の髪からは。
やはり、インクの匂いがして。
ちっとも興奮はしないけれど。
こんな風に過ごすのもそう悪くないと感じた。
けれど。
「おい、出歯亀」
「なんれすか?」
「なんだ、その記事のタイトルは」
現在執筆中の記事のタイトル。
【美人記者の陵辱日記】
こればっかりは、見過ごせない。
「どこに美人記者がいるんだ?」
「それは……あなたの心の中れす!」
「上手いこと言ってんじゃねぇ!」
「ああっ!? 破かないでくらさいっ!?」
この傍迷惑な新聞記者を野放しには出来ない。
ボツ原稿を破き捨てながら、決意する。
俺はこいつの……編集者になると。




