第40話 『因果応報』
「平和だねぇ……」
痛い子の下僕兼家畜となって早一週間。
俺は任された仕事をこなしながら、ぼんやり。
下僕の仕事は家事全般。掃除洗濯料理など。
現在はせっせとご主人様達の洗濯をしている。
もともと家事は姉ちゃんと分担していた。
だから、それなりに仕込まれていたのだが。
「下着まで俺に洗わせるとは、思わなんだ」
カラフルな布切れを揉み洗いしながら、溜息。
痛い子とダルっ子には、恥じらいはないのか。
もちろん、俺はやましい気持ちにはならない。
姉ちゃんの物と同様に、洗う前にひと嗅ぎしてから丁寧に洗った。ひと嗅ぎは当然の対価だ。
「よし、終わりっと」
パンパンシワを伸ばして、天日干し。
次の仕事である、料理に取り掛かる。
とはいえ大したことではない。実にシンプル。
この世界の料理は、食材をそのまま使う。
もちろん、火を通したり茹でたりはする。
しかし、基本的にはあまり手間をかけない。
何故ならば、食材自体がかなり美味しいのだ。
豊富なフルーツや、得体の知れない魔獣の肉。
ちなみにこれらは、ご主人様が採ってくる。
空間魔法の使い手を合わせた3人で、森林の食材探しが彼女達の仕事だ。今はもちろん仕事中。
帰ってくる前に、保存してある食材を調理。
魔獣の肉に香辛料を塗して、焼く。
その間にさっぱりとしたラズベリーソースをこしらえて、魔獣のステーキにかける。
新鮮なサラダとフルーツを添えれば、完成。
「くっくっくっ……今帰ってたぞ、下僕よ」
「ただいま〜」
「お邪魔しまーす」
洗濯物を取り込もうと外に出たら帰ってきた。
ご主人様の後に続くのは、空間魔法使い。
仕事の後は、こうして夕食を共にする。
「おかえり。飯は出来てるよ」
「やたー! もうお腹ペコペコ〜」
「ふははっ! それでは夕餉にしよう!」
嬉しげに中に入っていく2人。
「あ、テクノ君。これ、今日の戦利品」
「おっ! 今日は大物だな」
空間魔法使いのショタコンエルフが、今日の戦利品である魔獣を取り出す。デカい豚だ。
それをこちらの異空間に収納して、保存。
異空間の中では腐らないので、便利である。
「それじゃ、いただきま〜す」
「ふははっ! 肉だ肉だ! 我は肉が好きだ!」
「こらこら、行儀悪いっての」
騒がしい食卓。実に良いものだ。
痛い子がはしゃぎショタコンエルフが嗜める。
ダルっ子はマイペースに食べ進める。
俺は基本的に腹が減らない為、食事は不要。
それでも食えないわけではないので付き合う。
フルーツをつまみながら、団欒に混じる。
一週間が過ぎて、だいぶ異世界にも慣れた。
エルフが暮らすこの里では魔法が主体。
便利な魔法を用いて、自給自足生活である。
たとえば、リビングの片隅の機織り機。
一見普通に見えるが、実は魔道具である。
魔力を注ぐと、自動で布を作ることができる。
その仕組みは、魔法陣の力によるものだ。
ルーンとかいう文字を刻むと、魔力が通る。
すると、その意味に沿った作用が働くらしい。
肉を焼く時も、コンロ代わりの魔法陣に魔力を通せば、焼きあがる。IHヒーターっぽい。
魔力量によって、加熱の持続時間も変わる。
適切な魔力を注ぎ込めば、あとは待つだけだ。
そんなお手軽な魔道具がゴロゴロあった。
見てくれは原始的だが、性能はハイテク。
改めて、魔法は便利であると実感する暮らし。
夜も更けて宴もたけなわで、食事を終えると。
「それじゃ、あたしはそろそろ帰るね」
ショタコンエルフが暇を告げる。
彼女は晩飯を食べ終えると帰ってしまう。
それが不可解で、俺は疑問を口にした。
「お前はどうして一緒に暮らさないんだ?」
「い、いろいろあるのよ、女の子には」
要領の得ない返答。
何か裏があると思ってると。
ダルっ子エルフが朗らかに。
「ショタを部屋に連れ込みたいんだよね〜」
「ちょっ!? 余計なこと言わないでよ!?」
「ふむ。これは事案だな。通報しました」
「ち、違うからぁああああああっ!?!!」
思惑を暴露され、顔真っ赤で退室した。
ショタコンエルフも相変わらずらしい。
もっともあの様子では成功してないだろうが。
友の秘密を暴露したダルっ子は、欠伸をして。
「それじゃ、私たちも寝よ〜」
「今日も水浴びしてきたのか?」
「くっくっくっ……乙女として当然の嗜み」
帰宅前に水浴びを済ませて来たらしい。
里の近くには小さな湖がある。そこが浴場。
ちなみに、ドワーフに襲われたのもその場所。
水浴びしようと湖のそばに行ったら、水龍に飲まれたらしい。ちょいワルドワーフは姑息だ。
「また襲われないように気をつけろよ?」
「水浴び中は物理結界を張ってるから平気〜」
「なら大丈夫か。……しかし、やはり心配だな」
万が一ということもある。熟考して、提案。
「そうだ。これからは一緒に水浴びをしよう」
「寝言は寝て言えっ! この下僕風情がっ!!」
「ぐえっ!?」
念力で首絞め。痛い子はいつも暴力をふるう。
「馬鹿なことを言ってないで早く変身しろ!」
「はいはい、わかりましたよ」
「はいは一回だ! 全く、生意気な下僕で困る」
大人しくスライムになると、乱暴に抱かれた。
酷いご主人様だ。イライラするとすぐこれだ。
だから俺は、夜な夜な仕返しをするのである。
この生意気なちびっ子に、天罰を与えてやる。
一夜明けて、翌朝。
「ぎゃっ!? ま、またやっちゃった!?」
「おいおい、これで何度目だよ」
起床と同時に悲鳴をあげる痛い子。計画通り。
痛い子のシーツには世界地図が描かれている。
その広大な地図を描いたのはもちろん、尿だ。
要するに、彼女はおねしょをしたのだ。
しかも、今日で3日連続。なんとも恥ずかしい。
当然、それには俺が関与しているのだが。
素知らぬ顔で、おねしょした痛い子を責める。
「あーあー。こんなにして。駄目じゃないか」
「ご、ごめんなさい……」
「洗うのは俺なんだぞ。いい加減にしろ」
「そ、そんなの! 下僕なんだから当然だ!」
「ダルっ子に言いつけるぞ」
「あぅ……も、申し訳ありませんでした」
完全勝利だ。俺は愉悦を噛み締める。
もちろんこの惨事は尿意促進魔法によるもの。
痛い子の睡眠中に、膀胱に水を転移した。
彼女は俺を胸に抱きながら、漏らしたのだ。
これぞ、因果応報だ。ワハハハハハッ!!
高笑いを堪えて、俺はテキパキと後片付け。
「ほら、ダルっ子を移動させろ」
「あ、うん。わ、わかった」
爆睡中のダルっ子を念力にて移動。
結局あれから毎晩俺たちは同衾していた。
彼女達の寝台に運んでから、シーツを剥ぐ。
「んじゃ、洗ってくるから」
「あの、本当に、いつもありがと」
「いいさ。このくらい、気にするな」
とびきりの爽やかスマイルを披露。
すると、痛い子の頬がぽっと染まった。
マッチポンプだ。悪戯の有効活用である。
「今日も良い天気だな」
気分上々でシーツを洗い、天日干し。
この世界の気候はとても穏やか。
暑くもなく、寒くもない、春や秋の気候。
たまに雨は降るけれど、本日は快晴。
この分ならば、すぐに乾くだろう。
「おっ? なんだこれ、新聞かな?」
家に入る前にポストを覗くと、紙切れが。
それを持って、玄関を開ける。すると。
良い匂いがした。痛い子が台所に立っている。
「お前が食事を作るなんて、珍しいな」
「たまには、ね。迷惑を、かけたしな」
「ほーん。そりゃ、立派な心がけだな」
殊勝なことだ。偉いぞちびっ子。頭を撫でる。
「や、やめろっ! ほら、早く席について!」
「ああ。そういや、新聞が届いてたぞ」
「新聞? 珍しいな……号外だろうか?」
俺から新聞を受け取り、それを眺める痛い子。
それを横目に俺はダルっ子を起そうとして。
その刹那、首を念力により無理矢理捻られた。
「いだだだだっ!? いきなり何すんだ!?」
「それはこちらの台詞だ! このど変態っ!」
「はい?」
いきなりど変態呼ばわりされて、困惑。
この完全無比な上級紳士に対して、失礼な。
憤慨して言い返す前に、紙面を突き出された。
目についた異世界文字を翻訳して読みあげる。
「なになに? 洗濯前の下着をくんかくんか?」
号外らしき新聞には俺の悪事が書かれていた。
「おい、下僕」
「ふぁいっ! 何でしょう! ご主人様!」
「ここに書かれていることは、真実か?」
「滅相もありません、根も葉もない戯言です」
「ほう? それならこの記事はどうだ?」
即座に否定すると、次の記事へ。なになに?
「怪しげな魔法でご主人様にお漏らし強要?」
「こ、ここ、これは、ど、どういうことだ?」
「いやいや、そんな魔法知りませんよ」
「お、おお、おかしいと、思ったんだ、毎晩」
「ご、ご主人様、落ち着いて……冷静に」
ぷるぷる震えるご主人様。
必死に宥めるが、時既に遅く。
血走った目で、こちらを睨み、怒鳴り散らす。
「毎晩、寝る前におしっこしたのに。ま、毎晩、毎晩、毎晩! お、おねしょさせたな!?」
もはや、万事休す。俺は潔く、悪事を認めた。
「てへ☆ 許してちょんまげ」
「許さんっ!! 出てけぇえええええっ!!」
「ぎゃああああああああっ!?!!」
念力でぶっ飛ばされて、外に転がる。
暫し悶絶して起き上がり、ドアに手を伸ばす。
しかし、痛い子はぴしゃりと、扉を閉めた。
何度かドアを叩くが、応答なし。
追い出された。因果応報である。
諦めて、エルフの里をとぼとぼ歩く。
すると、沢山の視線が刺さった。
エルフは基本的に在宅で仕事をする者が多い。
流行りの服をデザインするおばちゃん。
精巧な彫刻を得意とする職人のおじちゃん。
ジャム作りや漬物作りが得意なおばあちゃん。
皆、新聞を片手に、窓からこちらを見ていた。
それはもう、蔑むように。
当然、俺は、キレた。
「見せもんじゃねぇぞ! バッキャロー!!」
堪らず怒鳴るとさっとカーテンを閉められた。
俺は荒んだ目つきで、千里眼を発動。
どこのどいつがこの記事を書いたのか、捜索。
こんな記事を書く人物などあいつしかいない。
どこだ。どこで見てやがる? あの眼鏡女は。
「む? ……あそこか?」
該当物件を発見。天を衝く大木の中ほど。
だいぶ高い位置にぽつんとある、窓。
そこからチラリと覗いた、ぐるぐる眼鏡。
怪しい。あいつが新聞記者の生まれ変わりか?
余談だが、エルフの家であるこの大木は、『世界樹』と呼ばれているらしい。ありきたりだ。
そんな世界樹の根元にエルフは暮らしている。
それに比べて、あの窓の位置は、高すぎる。
まるで里全体を見渡せるような、そんな場所。
「とりあえず、行ってみっか」
念力で飛行。扉の前に立ちノック。返答なし。
「新聞記者さーん。いるんでしょー!?」
怒鳴ってみるが、返事はない。こうなったら。
「開けねぇなら勝手に入るぞこの野郎!!」
吸血鬼は許可なしには扉は開けられない。
だから俺は、泥棒スキルで窓から進入。
すると、室内は薄暗くて、散らかっていた。
ゴミ屋敷という表現がしっくりくる有様だ。
「おらっ! どこだっ!? 出てこい出歯亀!」
ゴミを掻き分け、室内を捜索。すると、発見。
「ぐすっ……こ、怖いよぉ……」
「……震えて泣くくらいなら、書くなよ」
「す、すんましぇんっ……!」
新聞記者のエルフは、布団に潜っていた。
布団を剥ぐと、ぐるぐる眼鏡が涙塗れ。
ガタガタ震えて、すっかり怯えていた。
なんだか拍子抜けして、溜息交じりに、諭す。
「いいか。それがたとえ真実でも黙っていないといけない時もあるんだよ。わかるか?」
「そ、それは重々承知してますけども……」
「じゃあ、なんで書いた?」
聞くと、新聞記者エルフは、鼻をすすって。
「か、構って、欲しくて……」
「はあ?」
「ずっと独りで、ざびじぐでぇっ……!」
「うわっ! お、おい、そんなに泣くなよ!」
号泣されて、たじたじ。女の涙は、ズルい。
前の世界でも、こいつは寂しい奴だった。
俺の悪評を広めて、わざと恨みを買ったりな。
そんな相変わらず根暗な彼女に、嘆息して。
「だったら、俺がそばに居てやるよ」
「ぐすっ……ほ、本当でしか……?」
「ああ、本当だ」
頷くと彼女はぐるぐる眼鏡の奥で瞬きをして。
「な、何故、私なんかに、優しくするです?」
「なんとなく……ほっとけないから」
それはダルっ子に言われた言葉。
その意味が、客観視して、ようやくわかった。
この新聞記者は、ほっとけない。俺と同じだ。
すると彼女は、ひゃっくりをしながら。
「ありがとう……優しい、吸血鬼さん」
「それを言われるのも、二度目だな」
「へっ?」
「なんでもないよ。ほら、鼻かめ」
なんとなく、俺たちは似ていた。
鼻をかませながら、親近感を抱く。
俺はなんとなく、つい、彼女に構ってしまう。
そうして、奇妙な同居生活が、始まった。




