第36話 『エルフとドワーフ』
「超展開過ぎて、何がなにやら……」
森林の上で空中浮遊しながら、途方に暮れる。
馬鹿デカい木を見上げていると、気づく。
地平の向こうから巨大な蒼い月が昇っていた。
蒼い月明かりが、広大な森を照らす。
野生動物の鳴き声が月夜に木霊する。
改めて、異世界に来たのだと、実感した。
端的にあらすじを述べると、ひょんなことから吸血鬼属性を得た俺は、神を殺し、2人の聖女に看取られて、死んだ。その筈だったのだが。
どうやら、セカンドステージがあるらしい。
とはいえ、驚きはそれほどでもない。
異能力者は前世がどうのこうの言っていた。
だから、そんな別世界があっても不思議ではないのだが、腑に落ちないのは、この状況だ。
「そもそも俺は、どうやって誕生した?」
意識が戻ると、異世界にいた。そんな馬鹿な。
普通は赤ん坊で産まれるのではないか?
それなのに、身体は前世のまま。不思議だ。
不思議と言えば、記憶に関してもそうだ。
前の世界の異能力者達は、前世の記憶を神に見せて貰ったらしい。記憶を喪失していたのだ。
それなのに俺は、はっきりと覚えている。
姉ちゃんが死んだこと。
異能力者達を沢山殺したこと。
神を殺して、廃人になったこと。
そして、姫巫女と聖女様に、殺されたこと。
何故覚えているのだろう。正直、困る。
嫌な思い出も沢山ある。忘れたい記憶も。
これから新たな人生を送るなら、不要だ。
全てを忘れられたら、どんなに幸せだったか。
「これも、人殺しの責任ってやつかね」
陰惨な記憶を忘れることすら、許されないか。
これはもしかしたら、罰なのかも知れない。
全ての記憶を保持したまま、懺悔し続けろと。
だとすれば、この美しい世界は地獄だろうか。
それにしては、楽しそうな世界である。
もっとも、記憶がある以上、素直に喜べない。
憂鬱な気持ちで空を漂っていると、物音が。
「なんだ? 誰かいるのか?」
ガサゴソと、森林を駆ける、複数の足音。
気になって、千里眼を用いて、観察。
暗闇を見透かす吸血鬼の眼で、生物を発見。
「あの毛むくじゃらの生き物はなんだ?」
毛玉のようなずんぐりとした生き物だ。
直立二足歩行で森林をひた走っている。
数は……だいたい、5名程。人間だろうか。
「しかし、随分と背丈が小さいな」
周囲の樹木と比較すると、だいぶ小さい。
俺の胸あたりの身長しかない。子供かな?
それにしては、毛むくじゃらすぎる。
ボサボサの髪やら髭やらが見てとれた。
あれでも成体のようだ。何かを喚いている。
翻訳スキルにて、異世界言語を解読。
「早くしろ! エルフ共が追ってくるぞ!」
「くそっ! ようやく捕まえたってのに!」
「こんな上玉、そうそう捕まんないぞ!」
何やら追われている様子。荷物を抱えている。
いや、荷物ではない。人間だろうか。
毛むくじゃらの背にぐったりと担がれている。
何がなんだかわからないが、とにかく。
「とりあえず、話だけでも聞いてみっか」
念力で彼らの先回りをして、降下。
一応、ヒヒイロカネ製の盾を取り出す。
空間魔法に収納した物は、全て残っていた。
その僥倖を喜びつつ、待ち構える。
「ん? なんだお前はっ!?」
「エルフ……いや、人間か!?」
「こんなところで何してやがる!?」
俺を視認した彼らは、矢継ぎ早に質問をする。
改めて、正面から観察すると、亜人のようだ。
背は低いが、筋骨隆々。がっちりしている。
俺を警戒して、手斧を構える。物騒だな。
とりあえず、事を荒立てないよう、慎重に。
「待ってくれ。俺は怪しい者じゃない」
「全裸の人間が、何言ってんだっ!?」
早々に怪しまれた。全裸だったのが原因。
しかし、今更服を着たところで無意味だ。
俺はそのまま、見せつけるように語りかける。
「ほら、よく見ろ。見ての通り、敵意はない」
「なんつーもん見せつけてんだ!?」
おかしい。益々警戒された。全裸なのに。
このままでは埒があかない。話にならない。
俺は全裸のまま、彼らに質問をした。
「お前達は、何者なんだ?」
「見りゃわかんだろ! ドワーフだよ!」
意外にも素直に返答してくれた。ドワーフか。
言われてみれば、なるほど。ドワーフっぽい。
しげしげと観察していると、彼らは慌てて。
「おい! やべーよこの人間!!」
「俺らを見つめてやがる!」
「きっとホモだぜ!? 逃げようぜ!!」
こらこら、俺はノンケだ。逃がさん。
踵を返した彼らの前に、闇のゲートを展開。
回り込むように、転移して行く手を塞いだ。
「おい、まだ話は終ってないぞ」
「こ、こいつ、魔法を使いやがった!」
「耳が短い癖に、なんで魔法を!?」
動揺するドワーフ達。するとガラの悪い声が。
「怯むな! どうやら、俺の出番のようだな」
目つきの悪い、ちょい悪ドワーフ。
どことなく、ちょい悪クラスメイトに似ているなと思っていたら、彼はこちらに手を向けて。
「魔法が使えるのはこっちも同じだっ!!」
水弾を放ってきた。それなりの大きさ。
まともに食らって、吹っ飛ばされた。
そのまま背後の樹木に、後頭部を打ち付ける。
ドサッと倒れ伏す俺を見て、どよめく彼ら。
「お、おい! 殺しちまったのか!?」
「だってよ! こいつ、得体が知れねぇから」
「とにかく逃げるぞ! エルフに見つかる!」
なんとも気の弱いドワーフだ。情けない。
もちろん、俺は無傷である。高硬度な肉体。
ヒヒイロカネの身体は、あのくらい平気だ。
もう一度、闇のゲートを展開。回り込む。
「人をびしょ濡れにしといて、逃げんなよ」
「ひぃっ!? 生きてやがった!?」
「嘘だろ……この俺の水弾が効かないなんて」
伸びた髪から、水滴を滴らせて、凄む。
すると彼らは怯えた様子。びびってる。
水使いのドワーフは、認めたくないようで。
「くそっ! 生意気な、人間風情がっ!!」
先程の何倍も大きな水弾を形成。
それは形を変え、水龍となって襲い来る。
それで確信した。この技、間違いない。
このチョイ悪ドワーフは、俺の同級生だ。
「その技はもう、攻略済みだ」
「なにっ!?」
敢えて水龍に呑まれる。そして、吸水開始。
みるみる小さくなる水龍。飲み干した。
それは、クラスのちょい悪男子との戦闘で培った、対処方法。吸血鬼の牙は、伊達じゃない。
「ふぅ……気が済んだか?」
「お前は……何者なんだ?」
「お察しの通り、化け物さ」
そこから先は話が早かった。彼らは戦意喪失。
「な、何でも答えますんで、命だけは!」
「とりあえず、事情を聞かせてくれ」
平伏して許しを請う、ドワーフ達曰く。
彼らは若さを持て余していた。
しかし、同族の女は毛むくじゃら。
それに耐え兼ねて、美少女の誘拐を画策。
水使いの不意打ちにより、作戦成功。
戦利品を村まで持ち帰る最中だったらしい。
うん。完璧に犯罪ですね。一応、確認する。
「すると、お前らは誘拐犯ってことか?」
「そうだよ! 悪いかよっ!?」
「そりゃ悪いだろう。誘拐は犯罪だ」
「お前に俺達の気持ちがわかんのかよ!?」
開き直った彼らを糾弾すると、泣きながら。
「毛むくじゃらの女なんか女じゃねぇ!!」
その気持ちはよくわかるけども。駄目は駄目。
「とにかく、その子達を置いて帰れ」
「こ、こんな上玉、諦められっかよ!?」
「でなけりゃ、雷撃を食らわせるぞ?」
バリッと、手のひらに帯電。水使いが怯む。
「くそっ! 俺の弱点を知ってやがんのか!」
「痺れて追跡者に捕まりたくないだろう?」
「チッ! お前ら、撤退だ! 覚えてやがれ!」
舌打ちをして荷物を置いて退散するドワーフ。
その後ろ姿を見送りながら同情を禁じ得ない。
毛むくじゃらの女か。可哀想に。気の毒だ。
ドワーフに転生したちょい悪男子が、憐れだ。
「まあ、それでも誘拐はよくないからな」
生前、大罪を犯した俺だからよくわかる。
人の罪は一生消えない。だから、止めた。
彼らに罪を、背負わせたくないから。
死して尚、罪に苛まれる、俺の善意である。
「さて、被害者は大丈夫だろうか?」
捨て置かれた、2人の少女に歩み寄る。
彼らはエルフに追われていたらしい。ならば。
この被害者も、もしかしたら。そう思って。
「すっげー……本物の、エルフっ子だ」
長い耳。サラサラの髪。美しい、美貌。
正真正銘のエルフの少女が、そこにいた。
水で溺れたらしく、気絶している。
水使いの奴め、手荒な真似をしやがって。
「おーい! 大丈夫かー?」
ペチペチ頬を叩いてみる。すると、反応が。
背の小さい方のエルフっ子が、薄目を開く。
大きい方のエルフっ子は、すやすやお眠り。
小さいエルフっ子は、しばらく寝ぼけ眼で。
「ふにゃ? ここ、どこ……?」
「さてな。どっかの森の奥だよ」
「あなたは、誰……?」
「一応、正義の味方ってところかな」
えっへんと胸を張ると、下半身が強調されて。
「きゃあああああああああっ!?!!」
ぎょっとしたエルフっ子が、突然叫んだ。
なんだなんだ、いきなりどうした!?
敵襲かと思い、姿勢を低くして、周囲を索敵。
その中腰の姿勢が、余計に不味かったらしく。
「きゃあ!? 痴漢! 変態! エッチ!」
「痴漢だと!? どこにそんな奴が!?」
「貴様だ! この変質者! 前を隠せっ!!」
言われて、気づく。俺はずっと、全裸だった。
「はい、服着たよ。これでいいか?」
「貴様……人間の癖に魔法を使えるのか?」
獣人化の能力で、体毛を変化。
とりあえず、高校の制服姿になった。
それを見て、チビなエルフっ子は驚いた様子。
そういやドワーフも驚いてたな。何故だろう。
まあ、もっとも俺は、人間ではないけれど。
それはひとまず置いておく。とにかく説明を。
「お前らは、ドワーフに攫われるとこだった」
「ドワーフだと……?」
「そうだ。それで、俺が救出したってわけ」
自らの活躍を自慢すると、彼女は訝しみ。
「信じられん。お前が誘拐したんだろう?」
「違うっての! 疑うなら、記憶を見てみろ!」
「へっ? あ、ちょっと! 何をするっ!?」
心外とばかりに、彼女の額へ額を擦り付ける。
泥棒スキルで記憶を垣間見せる。すると。
チビエルフは、ようやく納得したようで。
「くっくっくっ。なるほどな。よくわかった」
「ああ、それなら良かった」
「よし! 貴様を我の下僕としてやろう!」
「はい?」
誤解が解けたと思ったら、状況が悪化した。
というかこの子の口調、聞き覚えがあるぞ。
あの痛々しいクラスのチビっ子にそっくりだ。
いや、そんなことより、下僕は勘弁して。
「えっと……下僕は、ちょっと……」
「遠慮するな! 家畜として可愛がってやる!」
「具体的には?」
「まずは足を舐めろ! 犬のようにな!!」
「わんっ!」
「きゃああああああああああっ!?!!」
素直に舐めて仰天させる。懐かしいやり取り。
「こら、暴れんな。舐めにくいだろうが」
「ふぁっ!? ゆ、指の股まで! やめろ!!」
「へぶしっ!?」
シャイなエルフっ子が、念力を発動。
森の腐葉土へと叩きつけられた。
痛みはないが、何故か泣けてくる。嬉しい。
そうだよな。水使いだって、転生したのだ。
ならば、この痛い子も同じく、転生したのだ。
それが堪らなく嬉しい。良かった。
また、逢えた。逢いたかった。話したかった。
感極まって、痛い子に抱きついた。
「逢いたかったぜこの野郎!!」
「きゃああああああああっ!?!!」
「ほら、再会のちゅーをしようぜ!」
「はあっ!?」
ひとしきり頬擦りをして、唇を突き出す。
すると痛い子は目を丸くして、逡巡。
そして何故か目を閉じて、顔を近づけて。
「ようやく見つけた!」
ガサガサと、草木をかき分ける物音。
ぎょっとして、キスを中断すると。
現れたのは、ボブカットの美少女。
エルフ耳をぴんと伸ばして、俺を指差し。
「燃え尽きろ! 誘拐犯っ!!」
「熱ッ!? 何しやがるっ!?」
火だるまとなり、悶絶。なんつー熱量だ。
炎耐性がなけりゃ、消し炭だった。
というか、この強力な炎魔法は、もしや。
「お、お前は、まさか……!」
「ボクの仲間に手を出すとはいい度胸してるね。けど、もうおしまい。絶対に許さない」
ボブカットが逆立ち、燃え上がる。
その煌めく火の粉を、俺は知っている。
その嗜虐的な、小悪魔のような笑みも。
どうやら炎の生徒会長も、転生したらしい。




