第23話 『痛々しい難敵』
「さーて、俺の家はどこかな?」
日が沈み、今宵も月が空に浮かぶ。
吸血鬼の時間だ。心なしか身体が軽い。
獣人化の脚力を活かして垂直跳び。
電柱のてっぺんに着地して、周囲を見渡す。
月光を背景に燕尾服の吸血鬼がキメポーズ。
なかなか絵になるが誰かに見られたら恥ずい。
夜の帳を見透かす吸血鬼の眼は伊達じゃない。
ずっと向こうに街明かりが見える。駅周辺。
現在地はだいぶ町外れ。郊外らしい。
俺の家も郊外だが、正反対に位置している。
こんなところに怪しげな路地裏があるとは。
もしかしたら異能力者御用達の通りなのか?
ともあれ、現在地は把握した。帰ろう。
「ふはは! ようやく見つけたぞ吸血鬼!」
と、思ったら芝居掛かった高笑いが響く。
視線を向けると、夜空に浮かぶベッドが。
その上に1人は寝ていて、1人は仁王立ち。
大股を開いて腕を組む黒いマントの怪しい奴。
「誰だ、お前?」
「ふはは! 我こそは常闇の魔女なり!」
誰何すると返ってきた要領を得ない返答。
なんだか聞いたことがある声だな。
この独特の喋り口調。低く発せられた、女声。
「なんだ、うちのクラスの痛い子か」
「い、痛い子じゃないもんっ!」
芝居を忘れて子供っぽく否定する同級生。
クラスに1人は存在する痛々しい女の子である。
そしてもう1人はベッドに寝たままだらしなく。
「やっほー。テクノ君、こんばんわ〜」
眠そうな声でご挨拶。いつもダルそうな女子。
彼女は部屋着のままでモコモコした生地のパーカーと、同じ生地のショートパンツ姿。
肉つきのよい太ももが美味そうだ。いいね!
ちなみに、ベッドは折り畳み式の量産型。
あの孤島のダンジョンのかわゆいボスが寝ていた天蓋付きの寝台とは比べ物にならない安物。
それがなんとも残念極まる、空飛ぶベッド。
ともあれ、女子のベッドってだけで満点だが。
「くっくっくっ。我が美貌に見惚れたか」
勘違いをしている痛い子。彼女はスレンダー。
黙っていればクール・ビューティなんだけど。
口を開くとこの通り残念なので非常に惜しい。
そんな残念な彼女は同じくクール・ビューティである俺の姉ちゃんと双璧を成す美貌の持ち主であるが、先述の通り残念無念な強烈な個性をお持ちなのでマドンナ候補から落選している。
もっとも、俺には理解出来ないが、これがいいとほざく馬鹿な男子が一定数存在しており、彼らを下僕として日々厨二ライフを送っている。
しかし、まさか、校外でもこんな言動とは。
痛い子はセミロングの黒髪を夜風に靡かせ。
「夜の風が我をここに導いた。貴様を倒せと」
バタバタとはためく黒いマント。痛々しい。
どこでそんな物買ったんだ? 通販かな?
そんな考察をしていると強めの突風が吹いて。
ぶわっと、マントの下のスカートが捲れた。
「わわっ!? み、見るなぁっ!?」
慌ててスカートを押さえるが、時すでに遅し。
「お前……赤い下着とか、意外と大胆だな」
「ち、違う! 迸る強大な魔力に染まったの!」
無理な言い訳だ。魔力で赤く染まるとか。
いやでも、そういや神の瞳も赤く光ってたな。
けど、だからってパンツまで染まるか普通?
胡乱な視線を送ると、ダルそうな女子が。
「これはこの子の勝負パンツだよ〜」
「よ、余計なこと言わないでよばかぁ!?」
もう、色々と残念すぎる。帰っていいかな?
「んじゃ、いいもん見れたし俺はこの辺で」
「ちょっと待ってっ! いや、待つのだっ!!」
律儀に厨二めいた口調に言い換える痛い子。
すぃっと、ベッドが回り込み、行く手を阻む。
なんのつもりだと視線に込めて、問いただす。
「今度はブラも見せてくれんのか?」
「ち、違うっての! さっきから何なの!?」
顔真っ赤で喚く痛い子。ちなみにチビだ。
両手を広げると貧相な身体が強調される。
そもそもブラなんかする必要ないのでは?
「ブラじゃなくてキャミだもんね〜」
「あ、あんたは黙ってよ! もぅ……嫌」
予想通り、キャミソールで十分な模様。
ま、生前の姉ちゃんはキャミすら不要だがな。
暴露された痛いちびっ子は、涙目で。
「わ、我の質問に答えよ! 吸血鬼っ!!」
口調を厨二に戻して、紙切れを突き出す。
「貴様は本当に我が同胞を殺したのかっ!?」
痛い子の同胞。さて、誰だろう。そう言えば。
「あの気さくな子と、仲良かったよな?」
「そうだ! あの者を殺したのは貴様かっ!?」
空間魔法の使い手の気さくな女子。
持ち前のコミュ力で痛い子とも親しかった。
なるほど、仲間だったのか。悪いことをした。
言い訳をせずに、罪を認めて、謝罪をしよう。
「確かに、俺が殺したよ」
「ほ、本当に……?」
「ああ、これが証拠だ」
空間魔法魔法を発動。痛い子が目を見開く。
「本当に、すまなかった」
頭を下げる。すると、ダルそうな声で。
「許さないよ〜。テクノ君、アウト〜」
断罪と同時に、横っ面を張られる感覚。
「ぐっ!?」
電柱の上からはたき落とされる。不可視の力。
まるで巨大な手のひらに叩かれたような。
近くの建物の屋上に着地。すると、第二撃。
「死ねっ! 虫けらのようにっ!!」
「ぐぎゃっ!?」
痛い子が右手を振り抜く仕草。首が折れた。
背骨も砕けて、屋上が陥没。折り畳まれた。
正座の姿勢で全身を圧迫され、這い蹲る。
ヒヒイロカネの防御力が、意味をなさない。
「ぐっ……じゅ、重力魔法か……?」
「ふっ。我が異能は、もっと実用的な能力だ」
痛い子は否定して、雑巾を絞る仕草。
すると上半身と下半身が捻れる。メリメリと。
折れ残った骨が、バリバリ砕けていく。
全身を襲う激痛に、絶叫。痛い痛い痛いっ!
「ぎゃあああああああっ!?!!」
「精々苦しめ。そして、死ね」
ギリギリ締め上げてくる。こうなったら。
炎のスキルで全身を発熱。だが、無意味。
この不可視の力には、熱など通用しない。
痛みに耐えて、待つ。死の、その瞬間を。
「がっ……は……」
「死んだか。他愛もない」
白目を向いてくたばった俺を見て、力が緩む。
そのタイミングで復活。意識が回復した。
すぐさま距離を取る、獣人化の脚力で飛ぶ。
「ふむ。そうでなくては、面白味がない」
脱兎の如く飛び退いて、隣の屋上に着地。
痛い子はキメポーズで不敵な笑みを浮かべる。
追撃は来ない。ここは能力の範囲外らしい。
安全圏を確認して、水スキルを使用。
水弾を作り出し、空飛ぶベッドに投擲。
しかし、着弾することなく、弾かれた。
「無駄だよ〜。私の結界はさいきょーだから」
欠伸をしながら、ダルそうに最強宣言。
結界使いか。面倒だな。打つ手がない。
転移魔法で炎を転移して火あぶりにするか?
いや、それでは血が吸えない。
俺は無意味な人殺しはしたくない。
己の血肉として糧にするのが、最大の礼儀だ。
でなければ、ただの殺戮に成り下がる。
ならば、頭部だけを転移するか。
手刀を作り、ヒヒイロカネの爪を伸ばす。
転移魔法のゲートを開き、首を切断。
落ちた首はゲートに入り、結界内の出口へ。
「愚かな。薄汚い生首を近づけるなっ!!」
「ぶべっ!?」
痛い子が能力で俺の頭部をナイス・ショット。
夜空に向けて放物線を描いて、ぶっ飛ぶ。
途中、闇のゲートを開いて、頭部を回収。
出口は元の場所。身体に頭部がくっつき再生。
首をコキコキ鳴らして、お手上げ状態。
いやはや、参った。どうにもならんな。
転移魔法で身体ごと転移出来たら良いんだが。
生憎、まだそこまで大きなゲートは開けない。
いっそ彼女らの一部を異空間に送ってみるか?
両手両足をもぎ取れば、抵抗は出来ないかも。
だけど、嫌な予感がするんだよな。
獣人化の第六感が告げている。やめとけと。
とはいえ、他に方法はないので、試そう。
痛い子に照準を合わせて、攻撃宣言。
「悪いが……その邪魔な腕、貰い受けるぜ」
「やってみろ。我が腕の呪いを、思い知れ」
おいおい、腕に邪竜でも飼ってんのか?
訝しみながらも、転移ゲートを展開。
痛い子の細腕を飲み込んで、拒絶反応。
「臭っ!? くっさー!? 何持ってんだよ!」
「くっくっくっ。やはりニンニクは苦手か」
このちび、ニンニクを隠し持ってやがった。
なんてベタな。しかし、効果は覿面だ。
これでは取り込めない。ニンニク臭すぎ。
きっとダルそうな子も持ってるんだろう。
こりゃ参った。本当に打つ手がない。
問題は、3点。
ひとつは、謎の不可視の力。
もうひとつは、ニンニク。
最後は、結界。
だが、謎の不可視の力については予想がつく。
「なあ、お前の力って、念力か?」
「違う。サイコキネシスである」
「同じだろ。へっ、地味な技だな」
「じ、地味って言うな! 実用的だろう!?」
確かに実用的で、万能だ。念力は強い。
あまり遠距離には使えないようだが、中距離においては無敵だろう。なにせ見えないしな。
だけど、やっぱり、あまりに、地味だ。
「黒マントの癖にしょっぱい能力だな」
「だよね〜。スプーン曲げとか得意そう〜」
「スプーンを曲げたら勿体無いでしょ!?」
ツッコミどころが間違っている。残念だ。
言い合いを始める2人に、呆れていると。
いきなり痛い子が俺を指さして、指摘した。
「貴様だって、燕尾服を着てるではないか!」
「うぐっ!?」
「くっくっく。まったく似合ってないがな」
似合ってないのかよ!? 悪かったな!
痛いところを突かれてしまった。恥ずかしい。
いやだって、吸血鬼と言えば燕尾服だろ?
だから別にこれは厨二病ではない。正装だ。
「我と同じ美意識の者が敵になるとは残念だ」
「一緒にすんなよ頼むからさ」
「それも吸血鬼。ああ、なんと甘美な響きだ」
「えっ? いや〜それほどでも……」
急に誉めんなよ。照れんだろうがこのやろー。
「顔さえ良ければ言うことなしだったのだが」
「悪くはないけど〜平凡すぎるよね〜」
「放って置いてくれよ! 気にしてんだよ!」
女子2人に貶されて、心に深い傷を負った。
悪くはないけど、平凡すぎる。酷くない?
悪くないならいいじゃん。受け入れてよ。
妥協してくれよ! 優しくしてくれよ!って。
いかん! 駄目だ! 完全に痛い子のペースだ!
このままでは厨二道まっしぐらだ。危険だ。
ゆえに、俺は起死回生の一手を繰り出す。
「これ以上、お前らには付き合いきれん」
「ふっ。我らから逃げられるとでも?」
「その手配書に、俺の秘技が書いてんだろ?」
「秘技……? ああ、尿意促進魔法か」
「誰だよっ!? そんな名前つけやがったの!」
言うに事欠いて、尿意促進魔法とか。
なんかすごく響きが悪い。変態御用達っぽい。
まあ、ウォーター・ポンプもどうかと思うが。
だけど、便意促進魔法よりは遥かにマシか。
どっちも使えるけどね。今回は、前者だ。
「込み上げる尿意に震えるがいい。いくぞ!」
だいぶ厨二が移ったと自覚しつつ、発動。
水を生み出し、ゲートで2人の膀胱に転移。
すぐさま、彼女達の膀胱は水で満たされて。
「くっくっくっ。我らは既に手を打っている」
「じゃーん! 2リットルのペットボトル〜!」
ぺ、ペットボトル……だと? そんな、馬鹿な。
「これさえあれば、尿意も怖くないよ〜」
「うむ。予備のペットボトルも大量にある」
いそいそと、ペットボトルを手に取る2人。
うら若き乙女が、そんな。ペットボトルに?
固まっていると、痛い子に怒鳴られた。
「見るな、馬鹿者! 出る物も出ないだろう!」
「あはは〜おむつにしけとばよかったね〜」
そう言う問題じゃないよ!? 俺は踵を返して。
「ご、ごゆっくりぃ〜!!」
逃亡した。逃げるしかない。なんだこれ。
最近の女子高生、怖すぎ。とんでもない。
まさかこんな対策をするとは。頭おかしい。
ともあれ、なんとか窮地を脱した。
獣人の脚力で、建物の屋根伝いにひた走る。
あの2人組みには、まだ勝てない。戦略的撤退。
まずは家に帰って、策を練ろう。そうしよう。
と、その前に、邪魔な出歯亀を、見つけた。
「何してんだ、そんなとこで」
「あっ」
「お前だな? 手配書を書いてんのは」
「チガウヨ?」
「だったらその書きかけの記事はなんだよ」
かなり離れた場所で、不審者を発見。
野暮ったいジーンズと、ネルシャツ姿。
グルグルメガネをかけた、新聞記者。
その手には、書きかけの手配書の記事が。
転移魔法を使って、奪い取る。
「なになに……? 尿意促進魔法またも炸裂?」
「えへっ。ごめんちゃい」
「俺の秘技、その身で味わってみるか?」
「ま、待ってくらしゃ! 特ダネを教えます!」
慌てて耳打ちをしてくる新聞記者。
近くに来てわかったが、こいつ女だ。
グルグルメガネの奥の目が、キラキラ光る。
とりあえず、話を聞いてみるか。
「特ダネって、なんだ?」
「ダルそうな女の子がいたでしょう?」
「ああ、それがどうした?」
「あの子、ノーパンノーブラでしたよ」
「なんでそんなことがわかる?」
「ふっふー! それが私の能力、千里眼でふ!」
「そうか。そりゃ、美味そうな能力だ」
「あひゃんっ!?」
当然、吸血する。千里眼を逃す手はない。
「ち、ちなみに、私もノーパンノーブラです」
「は? なんだよ、触って欲しいのか?」
「男の人に、触られたこと、ないので……」
そりゃ寂しいこった。望み通りに触ってやる。
首筋に噛み付いたまま、吸血を続けながら、意外とグラマーな新聞記者の身体を弄ると。
「んっ……ありがとう。優しい吸血鬼さん」
彼女は満足そうに嬌声を遺して、消滅した。
彼女は死にたかったのだろうか。
あまりにモテなすぎて、絶望して。
だから俺を怒らせるような記事を書いて。
いまとなってはわからない。けれど、確かに。
まだ遠い筈の自宅が、この眼に見える。
視線の先に転移ゲートを開く。
余談ではあるがゲートの座標は視界内である。
遠い場所には扉を開くことは出来ない理由。
その難点が、千里眼によって解決した。
頭部をゲートに投げて、残った身体を燃やす。
無傷の頭部から身体が生えてきて、復活。
ようやく、我が家に帰ってきた。便利だな。
千里眼と転移を応用すれば、移動も楽チン。
「こっちこそありがとよ、新聞記者さん」
玄関のドアノブを捻りながら、感謝を告げた。




