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凡人と神様  作者: 遺志又ハ魂
第一部 【詰まらない物語】
12/72

第11話 『かわゆいボス』

「ここは俺の力で隔離した島なんだ」


洞窟の階段を下りながら神は説明した。

なんでも現在地はバミューダ海域とのこと。

無知な俺でも聞いたことのあるこの海域では、色々と不可思議な現象が起こったりするのだが、それはこの神の仕業らしかった。


「とはいえ、洞窟の中にいる奴の力のせいでもあるんだけどな。魔力が強すぎるんだよ」


魔力ってなんだよ。非現実的過ぎるだろ。


「ま、実際にその目で魔物の1匹でも見れば……って、言ってるそばから現れやがったな」


神が前方を指差す。そこに化け物がいた。

恐らく元はトカゲか何かだったのだろうが、デカ過ぎる。ドラゴンと呼んでも過言ではない。

もっとも、翼らしきものは見当たらないので、俺のファンタジーの知識と照らし合わせると、地龍に該当するようなトカゲである。


「ガァッ!!」


馬鹿デカい口を開き、咆哮を上げる地龍。

ジャキジャキと剣山のように生え揃った牙が如何にもモンスター然としていて、ということはもしかして火でも吐くのではないだろうかなんて、余計なフラグを立てると現実となった。


「ゴァッ!!」

「よしきた、任せろ」


青色の高温の炎が迫り来る。

神は片手を上げて不可視の結界を展開。

炎を押し留めて、そして跳ね返した。


「ギャアッ!?」


開いた口に吐き出した炎を逆にぶち込まれた地龍は口腔内を盛大に火傷した様子でもがく。

その隙に神は地龍の傍に歩み寄り手刀を一閃。


巨大な地龍の頭部がボタリと地面に転がる。


断末魔の悲鳴すら残さずに、地龍は絶命した。


「な? よくわかっただろう?」

「あ、ああ。この洞窟はダンジョンなんだな」

「そゆこと。んじゃ、先に進むぞ」


異形の化け物が蔓延るダンジョン内を進む。

神はエンカウントするモンスターをバタバタとなぎ倒していった。よく切れる手刀である。

明らかにゲームバランスがおかしいが、味方としては大変心強い。それに神は白くなってから常時発光しているので、真っ暗な洞窟内で足元を明るく照らしてくれる為、非常に助かった。

とはいえ戦闘中の俺は呆気に取られているだけなので、パワーレベリングのように経験値のおこぼれに預かることは期待できそうにない。


「さて、そろそろボス部屋だぜ」

「ボスがいるのか」

「入る時に言ったろ? 奥にヤバいのがいるって。この洞窟がダンジョン化した元凶だ」


それはとてもやばそうだ。

なんでもこのダンジョンに魔力とやらを満たして魔物を発生させているのがそのボスらしい。

もちろん俺には魔力なんざちっともこれっぽっちも感知など出来ないが、やばさはわかる。

ただのトカゲをドラゴンに作り変えちまう程の力を持った存在。さぞかし恐ろしいんだろう。


「なら、俺はここで待ってるから」

「馬鹿。お前がそのボスを倒すんだよ」

「はい?」


今こいつはなんと言った? 俺が倒す?

いやいやいや。おかしいから。ありえないよ。

先述した通り、ここまでの道中で経験値を獲得したような手ごたえなど皆無だし、俺は見ての通り徒手空拳だ。せめて聖剣でも授けてくれ。


「お前に剣なんか扱えるわけないだろ」


そらそうだ。聖剣だって才能ゼロの俺が握った瞬間になまくらを通り越して木刀に様変わりしちまうかも知れない。あるいはボイコットして地面に突き刺さったまま抜けなくなるかもな。


「いいから行けよ。姉ちゃんを救うんだろ?」


卑怯な神だ。

それを言われたら尻込みできない。

盛大にため息を吐いて俺はボス部屋に入った。


「なんか、散らかってんな」

「その玉は割らないように気をつけろよ」


ボス部屋と言っても洞窟内なので壁面は岩肌で広さは20メートル程の円形のホールである。

その床面にはゴロゴロと人の頭部程の玉が大量に転がっていた。見た目はガラス玉だ。

しかし、その玉の内部には閉じ込められた煙のような気体が渦巻いていて、その色も様々で七色に変化していた。不思議な球体だった。


その玉を踏まないように気をつけながら部屋の中央へと向かうと、そこに天蓋付きの寝台が。


「んじゃ、ちょっとボスを起こすからよ」


おいこら。寝てるならわざわざ起こすなよ。

なんて文句を口にする暇も無く、神は寝台の天蓋の中へと入って、寝ていたボスを抱き起す。


「ボスって……まさか、その女の子か?」

「ああ、驚いたか?」

「驚くも何も、その子の顔は……」


寝台に寝ていた少女。それがボスらしい。

けれど、俄かには信じ難い。色々な意味で。

まずはそれが可愛らしい女の子であること。

純白の柔らかそうな生地のドレスみたいなネグリジェに身を包んでいる。まるでお姫様だ。

顔つきはあどけなさが残るような寝顔であり、その反面身体つきはダイナマイト・バディ。

薄いネグリジェからこぼれ落ちそうな程発達したバストは、神のそれと引けを取らない。

というか、その身体も、寝顔も、明らかに。


「どうしてお前と同じ姿をしているんだ?」


似ているというレベルではない。瓜二つ。

まるでコピーしたように神とそっくりな少女。

相違点があるとすれば、彼女の髪くらいか。


「信じられないくらい綺麗だよな。この銀髪だけはどうしても再現出来なくてよ」


神はそう言って、銀髪を手で梳いた。

すると、キラキラと銀色の輝きが舞う。

それは息を呑め程の美しさだった。


美の女神が存在するのならば、この少女だ。


そう言い切れるくらいに美しい。

それをこの神は再現しようとしたらしい。

理由はわからないが、わかることは一つ。


「この女の子の姿を借りてるってことか?」

「ああ、その方がいろいろ都合が良くてな」


なるほど。それならば納得だ。

じゃなかったら神とこの子が双子になる。

そのくらい完璧に模倣していた。髪以外。


「おーい、起きろよ。ほらほら」


神は抱き起こした少女の肩を揺らす。

けれど起きる気配はない。

そんな彼女の豊満な胸に神は手を伸ばし。


「起きないと揉んじゃうぞ〜」

「ぶっ殺すぞ貴様っ!?」

「ぶっふぉっ!?」


ひと揉みしたら、少女は飛び起きた。

起きた瞬間に張り手を見舞う。

血飛沫と共に神の頭部が粉砕された。


シーツを胸元に引き上げて肩で息をする少女。


「おいおい。久しぶりだってのに何すんだよ」


首から新しい頭を生やしておどける神。

すると、銀髪の少女は目を丸くして。


「んん? その再生力は、まさか……?」

「ああ、俺だよ。7万年ぶりくらいか?」


ヘラヘラと片手を上げて挨拶をする神。

少女は絶句して、髪と同じ銀色の目を見開き。

ガサゴソと寝台に上にも散乱しているガラス玉のひとつを手に取り、丸い額に押し付けた。

そして、しばらくそのまま黙り込み。

ポロリと、その両眼から銀色の涙を零した。


「どうだ? 俺のこと、思い出したか?」

「ほ、本当にお前なのか……? 夢じゃない?」

「俺だよ。随分待たせちまったな」

「ああ……会いたかった! ずっと待ってた!」


何やら感動的な再会シーンらしい。

事情を知らない俺が口を挟む余地はない。

てか、7万年ぶりって。スケールデカすぎだろ。

あと、見た目だけじゃなく声もそっくりだ。


「大袈裟だな。たかが7万年だろ?」

「阿呆。貴様にとっては7万年ぶりだろうが、我輩の体感時間ではその10倍は待っていたのだ」

「そうだったのか……そりゃ、辛かったな」


泣きじゃくる少女をあやす神。

会話の内容はさっぱりわからないが、この流れから展開を推察するに、十中八九濡れ場になるのではなかろうか。オラ、ワクワクすっぞ!


なんて希望的観測をしながら見守っていると。


「待ってる間に我輩は色々と考えていたのだ」

「へぇ。70万年も何を考えてたんだ?」

「我輩が孤独を感じずに済む方法だ」

「そら永遠のテーマだな。見つかったのか?」

「ああ、お前と子供を作ることにした」


ほらみろ! やっぱりだ! 濡れ場ktkr!!

思わず両手を握りしめ、食い入るように前のめりで事態の推移を伺っていると、神が。


「何馬鹿なこと言ってんだよ」

「なっ!? わ、我輩は本気だぞ! ほら、早く男の姿へと戻れ! だいたいなんだその不細工な女子の姿は。まさか我輩を模しているわけではあるまいな!? 我輩はもっとかわゆいぞっ!!」


フラグをへし折った神に食ってかかる少女。

確かに銀色効果も相まって少女の方が遥かに神よりもかわゆい。お持ち帰りしたいくらいだ。


「お前は確かに可愛いけどな。子供は無理だ」

「なんで!?」

「だってよ、子供まで俺たちと同じ苦しみを味わうことになるんだぜ? それは可哀想だろ」

「そ、それはそうだけど……苦しみを分かち合うことは出来る筈だ。だから、私は……!」


果たして苦しみとはなんのことだろう。

俺にわかるのは濡れ場展開がおしゃかになったってことくらいで……ええ、大変悔しいです。


「そろそろ、終わりにしようぜ」

「ふっ……なんだ。引導を渡しに来たのか? そうか……それは、悲しいな。だが、たしかにそろそろ潮時かも知れないな。しかし、我輩が死ねば貴様は本当に一人きりになってしまうぞ?」

「俺も、覚悟は出来てるよ」


少女は寂しそうで、神も遠い目をしている。

なんとなく、重苦しい雰囲気だ。

死ぬ前に最後に1回だけ……なんて性懲りも無く濡れ場を期待している俺に、出番が来た。


「とはいえ、引導を渡すのは俺じゃない」

「なんだと?」

「ほら、そこにいるだろ?」


突然ご指名に預かり、いや〜どうも、なんてぺこりと首を上下させると、少女は驚愕した。


「なんと! あまりに存在感がなくて気づかなかったぞ! それにしても、なんと弱々しい」

「なんか、すみません」


存在感の無さを指摘されてしょんぼり。

そんな俺を見据えて、銀髪少女が命じる。


「そこの人間、近う寄れ」

「は……いっ!?」


寝台から手招きをされたと思ったら、ものすごい力で引き寄せられた。まるで胸ぐらを掴まれたように、靴底を削りながら引きずられた。


「顔をよく見せろ」


少女は俺の顎を掴み、しげしげと眺める。

最初はつまらなそうな表情だったが、次第に銀眼を見開いて、口をポカンと開いた。

その口内に鋭く長い八重歯が見て取れて、神と同じ人外のその牙に戦慄して固まる俺をよそに、ケラケラと笑い始めた。笑顔が可愛い。


「なるほどな。ただの人間では不幸を増やすだけだと思ったが、この者ならば問題はない」

「お気に召したか?」

「ああ、来るべきが来たというわけだ」


ようやく全てを理解したと言わんばかりに納得する銀眼の少女。そろそろ顎を離してくれよ。


「おお、すまん。最後に確認の為のテストだ」


顎から手を離して、テストすると言う少女。

何をするのかと思っていたら耳鳴りがして。


《どうだ? 我輩の声が聞こえるか?》


まるで神と同じように脳内に響く声。

どうやらテレパシーを使えるらしい。

そのことに驚きをつつも、返事をする。


「はい。ばっちり聞こえますけど」


《合格だ。貴様に我輩の血を飲むことを許す》


は?


《何をしている。早く飲め》


いや、そんなこと言われても。


「首筋にがぶっと噛み付けばいいんだよ」


神に促されて、寝台に片膝をつく。

少女は銀髪をかき上げて、首筋を晒した。

その白く美しい素肌に、ゴクリと喉を鳴らす。


「ほら、がぶっとやっちまえ」

「いや、でも痛いだろうし……」

「血を吸えば、姉ちゃんを救えるんだぜ?」

「ほ、本当か?」

「ああ。だが、よく考えて決めな」


神は血を吸えば姉ちゃんを救えると言う。

ならば、他に選択肢はない。

少女には悪いが、俺は姉ちゃんを助けたい。


「覚悟が決まったみたいだな」


頷いて、選択をした。

それがその後の人生を大きく変えるものだとは、この時の俺は想像もしていなかった。


少女は黙ってこちらに首筋を晒している。

首筋を噛んで血を吸うような習慣や性癖はもちろん持ち得ない俺だったが、まるで強力なフェロモンに惹き寄せられるように誘導されて。


「じゃ、じゃあ、失礼します。……はむっ」

「ぁんっ!」


噛み付くと、少女は嬌声をあげた。

そのあまりの色気にドギマギしていると、少女の薄皮が裂けて、血液が口腔内に広がった。

生徒会長に蹴られた際にたらふく味わった自分の血は鉄臭くて酷く不味いと感じたのだが、この少女の血液はとても美味だった。

いや、血液とは思えない程甘く、美少女という生き物は血まで甘美なのだと俺は知った。


それにしても美味い。いくらでも飲める。

こんなにも美味い飲み物は初めてだ。

我を忘れて少女の生き血を啜る。


すると、彼女の手足の指先がサラサラと銀の砂となり、次第にその範囲が広がっていった。

少女は眠そうな視線を神にむけて、囁く。


「さらばだ……我が眷属よ。死後の世界があるならば、会おうぞ。我輩はそこで待っている」

「待たせっ放しで申し訳ないな。すぐ行くよ」


優しく少女の頬を撫でると彼女は目を閉じた。

そして、ぶわっと銀の砂が舞い、消滅した。

少女が消えたことを理解したと同時に、罪悪感を感じた。自分が彼女を殺した実感を覚える。


「お前が気に病む必要なんてない」


神は俺の肩を叩いて、慰めた。哀しげな視線。


「ただ、後悔だけはすんなよ」


後悔? それだけはしないさ。

姉ちゃんを救う為だ。

こうすれば、救えるんだろう?


「ああ。その前に、ちと副作用があるがな」


なんだよ。そんなこと聞いてないぞ。

副作用と言われてギョッとすると、異変が。

激しい頭痛と嘔吐感、全身を襲う激痛。


「あがっ!? ぎっ! おぇっ……げほっ!」


堪らず寝台の上でのたうち回る。

何度もえづくが、胃の中は空っぽで、代わりにポロリと二本の歯がシーツの上に転がる。

涙目でそれを注視すると、犬歯のようで。


「ぐぁああああああああっ!?」


一際大きな激痛を上顎に感じて、それからすぐに楽になった。息を整えながら、気づく。


「な、なんだよこの牙は。お前と同じ……?」

「そうだ。お前は吸血鬼になったんだ」

「きゅ、吸血鬼……だと?」


自分の上顎から犬歯の代わりに生えてきた長く鋭い八重歯。神と、そしてあの少女と同じ牙。

神はそれを生やした俺を吸血鬼と呼んだ。

いやいや、笑えない冗談だ。吸血鬼だって?


なんだよそれ。

ありえないだろ。

めちゃくちゃ面白いじゃねーか。


「さあ、そろそろ姉ちゃんを助けに行くぞ」

「……今の俺なら、会長に勝てるのか?」

「もちろんさ。何せ今のお前は無能じゃない」


神はにやりと嗤い、脳内で囁いた。


《おめでとう。ようやく、ゼロ才児卒業だ》


画して、つまらない話は幕を閉じて。


吸血鬼となった俺の物語が、幕を開けた。

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