31.手紙
「えっ、何で……」
呆然とした王子の呟き。
「見て分からないのか?俺が護衛をそうしたんだよ」
それに対する青年の言葉は酷く冷たかった。
そしてその何でもないように呟かれた言葉にようやく王子は事態を悟る。
ーーー つまり、今自分は命を奪われるかもしれない危機であることを。
「近寄るな!俺は王太子だぞ!」
だが、そのことを悟ってもなお、王子にできるのは自分の権威を相手に見せつけることだけだった。
そんな言葉、青年が王子を暗殺しに来た人間であれば何の意味もない、そのことが幾ら王子といえ分からない訳ではないだろう。
しかし、それでも王子には自分の権力を振りかざすことしかできないのだ。
それを日々振りかざし続け、その権威が自身を構成する一番大きな要素となってしまった今。
ーーー 例えその権威が全くの意味をなさないことに気付きながらも……
「あぁ、そうかお前は知らないんだな」
「っ!」
そしてその王子の言葉に青年は嘲笑を浮かべただけだった。
目の前の王子を心底憐れむような視線を浮かべ、腕を上げる。
「ひっ!」
王子はその青年の態度にまた殴られるとでも思ったのか、身体を縮めて悲鳴をあげる。
だが青年が王子に暴力を振るうことはなかった。
ただ、あげた腕の指をパチンと鳴らす。
王子は最初、殴ろうとした訳でないことに気付き安堵の息をついた。
「っ!」
だが、青年の指に反応するようにスクリーンのようなものが空中に突然現れた時、王子は絶句する。
ーーー そしてそれからが本当の王子の転落の始まりだった。
◇◆◇
「ぅぁっ!」
スクリーンの中、突然現れたのは貴族の令嬢と思われる女性だった。
だが、その顔は悲痛に歪んでいて、私は思わず息を飲む。
おそらくこれは失われた魔術の1つで、マジックスクリーンと呼ばれるものだろうと私は推測する。
それは過去に起きた出来事を魔術で生み出したスクリーンで公開するもの。
もちろん過去を見せられるのは本人か、それかマジックスクリーンを使えるものが当事者に許可を貰わないと使うことが出来ないものだったはず。
「カリン嬢?」
しかし私のその思考はそのスクリーンに映った女性に見覚えのある令嬢であることに気づき、止まった。
スクリーンの中にいた令嬢はあまり親しいと言える程では無かったが、それでも会えば挨拶を交わす程度には交流のあった女性だった。
しかし彼女はある時から家から出なくなってしまって、交流はそれっきりになっていたのだが……
「カリン……すまない……」
だが、私の疑問を他所に次の瞬間カリン嬢の父親つまり貴族が現れた。
その顔も何故か苦痛に歪むように唇を噛み締められていて、何があったのか私には思いつかず、呆然とスクリーンの中の経緯を見守る。
「あの王子からお前を守ることができなかった……」
「っ!」
だが次の瞬間私はようやく全てを悟った。
カレン嬢が突然表に出てこなくなった理由それは王子に手を出されたから。
つまりカレン嬢は不当に王子に襲われたのだ。
そしてその後の情景。
それこそが今目の前でスクリーンに映っている光景だろう。
「っ!貴様、今すぐこの忌々しいものを消せ!」
そしてその私の推測が事実であることを王子の態度そのものが示していた。
王子は青年に襲い掛かろうとするが、あっさりと返り討ちにあって地面を惨めに転がることとなる。
「おい、お前のやったことだろう?だったら最後まで目を逸らさずに見ろよ」
ーーー その青年の言葉と共に新たな令嬢とその家族の映像がスクリーンに映し出された。
そしてそれも王子に手を出された令嬢の1人だった。
どうしようもない状況に頭を抱え、そして諦める。
そんな余りにも悲惨な情景。
そんな情景が何度も別々の人間になって繰り返される。
それは酷く胸が痛くなる光景だった。
かける言葉は違う。
行動も全然違うのに、誰1人として傷ついた娘のことを気に病んでいない貴族はいない。
けれども王族という立場に泣き寝入りするしかない。
「巫山戯るな!俺は王子だぞ!」
ーーー だが、その光景を見てもなお王子の顔には屈辱以外の感情が浮かんでいなかった。
その顔には一切自分のやったことを悔やんでいる雰囲気は無かった。
ただ、自分の失敗を指摘するかのようなそのスクリーンの映像に腹を立てている、それだけの表情で、
「やっぱりお前は愚鈍だな」
その王子の姿を見て、青年はそう嘲笑を顔に浮かべた。
「これも見てもお前はそう言い続けられるか?」
そして何枚もの手紙を王子へと投げた。
「っ!」
王子は突然投げられた手紙に挑発されたとでも感じたのか手紙を跳ね除けようとして、
「えっ、」
ーーー そしてその自分が今まで令嬢に送りつけていた手紙を見て、言葉を失った。




