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「俺は普段からビーンズは使わないようにしているんだが、さすがに今日は使った。」
その日の夕食時、ギリムさんは言った。ギリムさんは仮眠を取った後、シャワーを浴びて着替えたらしい。黒い綿のシャツに、カーキの草臥れたカーゴパンツと身に着けている姿は若者に見えなくもない。因みに私も水色のワンピースかネグリジェのようなファンシーなカッコに着替えた。もしかして彼女のだったら申し訳なさすぎると辞退したが、何人もいる姪っ子(小学生高学年ぐらいらしい)のものだそうだ。ギリムさんにはまだ彼女や奥さんは居ないから、沢山いる姪っ子甥っ子の絶好の預け先になるらしい。若いのに子育て?に苦労しているんだね。
しかし、何で普段はビーンズを使わないんだろうか?
私は首を傾げて話の続きを待った。
あの時、唸るように泣き出した私を見て、ギリムさんは慌てふためいてソファに移動させた。
辛いなら横になれと言い毛布を持ってきたら、私はそのままソファで泣き寝入りをしていたらしい。
面目ないかぎりです。
そして夕食時にお腹がすいて目が覚めた私。もう開き直るしかない状況になり、シャワーを借りて、私の心は一周回って凪いでいた。
あの時ものすごい顔で泣いていただろうが、考えてはいけない。いけないったらいけない。
「ビーンズ情報では、聖貴人は教会にいるそれ専用の能力者に選び出されるんだとさ。そして教育を受けてから貴族に渡される。
あんたの時はちょっと違ったな。突然教会の使者がお屋敷に来て、北の使っていない別荘に聖貴人がいるってお告げがあったから今すぐ迎えに行けって言われた。あの時は半信半疑で旦那様と護衛達とで迎えに行った。」
ギリムさんはフォークを口に運びながら言った。もぐもぐしながら喋るギリムさんはなんてお行儀が悪いんだ。いやしかし、そうじゃない!私は混乱した。
お告げだって? 私がこの世界で最初に居た場所は、教会のヒトが知っていた。私をこちらに呼んだのは教会の人?
「能力者?魔法使いみたいな?そんな人いるの!?」
もしかしなくても私を呼んだヤツだ。責任を持って私を送り返して欲しい。
「魔法使い?おとぎ話を信じている辺りまだまだ子供だな。能力者は少数だがそんな珍しくないだろ?
教会の能力者は中でも強力な力を持つと言われているしな。」
何とかして教会の私を呼んだヤツに会わなくてはいけない。味のしなくなった口の中の物を飲み込んだ。
「どうしたら会える?そのお告げをしたヒトに。」
「まあ、一般人はアポ取るのも難しいだろうな。ああ、落ち着け。身分の低い教会の職員なら伝手があるから、身内のコネ使って会えるか聞いてみよう。どうせ俺は明日は休みだし、あいつも今の時期は暇だろ。行くか?」
私は大きく頷く。何もしないよりマシだ。教会の能力者に何とかして会う手段を作らなくてはいけない。
一縷の望みを得てやっと出た食欲に従い、素朴な煮込み肉を切りにかかる。一口大にしないと噛みちぎれないのだ。
「話は変わるが、あんた本当に働きたいのか?今朝の話だと普通の家庭で暮らしていたのに?
無理やり連れて来られたなら、船で家まで送ってやるぞ。
人種が違うってんなら他国に行くなら難しいが、あんた人だろう?」
「・・・・・・人種ってそんなに違うの?」
「その知識の無さもチャーチ先生から学んでいた理由か。
よく聞け。人種ごとに住んでいる大陸が違うのはわかるか?
人種は二足種、四つ足種、うろこ種、えら呼吸種の4種類にだいたい分けられている。
それぞれの人種は見た目も文化も違いすぎて交流がひどく難しい。
ビーンズで交流が出来ないこともないが、余りに思考が違いすぎて精神汚染されるから、滅多なことでないと交流しない。」
「精神汚染?」
「ああ、あんたはビーンズを知らないんだったな。
ビーンズは使いすぎると戻って来られなくなるんだ。いや、普段仕事で連絡を取るぐらいなら大丈夫らしいぞ。問題は情報や人と深く関わる場合だ。精神が世界樹を介してといえ、色んなモノと混じるんだ。普段使いでも精神汚染が進むと廃人になると言われている。
他人種は精神構造が違いすぎて、お互いに負担が大きい。過去に実際に被害が出て、他人種間は使用が制限されている。」
廃人と聞きゾッとした。スマホ依存症のさらにスゴイやつみたいなのか。私、一晩使ったよね?
使用時間や通信相手とか、ヤバい、気を付けなくては。
「他人種間の交流がない?じゃあ国交とかも無いんだ?」
「限られた者だけが行き来しているらしい。みんな関心がないから普通は会話にも上らないな。」
ギリムさんは言った。私のような、幼く見えるだけの人種など聞いたことがないと。
「で、だ。あんたはどこから来たんだ?どこに行きたい?
言えないってことは教会のヤツらに弱みでも握られているのか?」
さっきから私の煮込み肉はちっとも切り分けられていない。フォークでつついているだけだ。せっかく出た食欲は、明後日に逃げ去った。
「・・・・・・私のことは信じてもらえないだろうから言いたくない。」
もう身元を隠す限界なんだろうけど、異世界から来たから、働きながら帰る手段を探すつもりなんだと言うことは勇気がいる。半年以上かかってやっとギリムさんと話せるようになった。ガラは悪いが良い人だ。やっとできた味方(たぶん)に、嘘つきで頭の残念なヤツだ見放されたくない。
「そんなの言わなきゃわかんないだろう?」
「言えないことは言わなくて良いって言ったじゃん。」
「お前が隠していることは言えないことじゃないな。絶対たいしたことじゃねぇ。」
「あ!ヒドイ!」
「まったく。ガキのくせにもったいぶってんじゃねぇよ。」
「子供じゃないって。ギリムさんガラが悪すぎる。使用人の服を着てた時と大違いだ。」
私はギリムさんを指差して注意してやった。
「公私を分けられる大人ですから。おい、指を向けるな。行儀が悪い。」
手を取られてやんわりと元の位置に戻された。やはり口は悪くとも行動はやさしいんだと見直した。
が、そこでお互いがハッとした。
「悪い。また勝手に触った。」
「あの、それなんだけど。ギリムさんなら大丈夫になったみたい。船の時も怖くなかったから。普通にしてもらっても平気。」
そっか、良くなってるんだな、とギリムさんはぎこちなく言い、上がったお互いの興奮も覚めた。
ギリムさんはサッと手を伸ばして私の皿を取り、肉を細かく切り分けてくれた。気になっていたらしい。
「ゆっくり食べてくれ。食事中に言い過ぎた。すまなかったな。」
ギリムさんは客用のベッドを整えると言って、自分の空になった皿を持って退出して行った。
次の日はまたもや叩き起こされ、朝食も食べずに家を出た。ギリムさんのお友達に会いに教会へ行くのだが、早すぎじゃないだろうか?
不満はまだある。ギリムさんは灰色のトレーナーに黒のスリムパンツで落ち着いた感じなのに、私はパステルグリーンのフリル付きメルヘン風味なワンピースを着せられた。小学生なら喜べるかもしれないが、私の年では恥ずかしい。ギリムさんは私の年齢を信じてくれていないのだろうか。いや文無しな身分ですし。なにも言えません。
「あいつは言えば休みぐらい取ってくれるから。教会に入る前に捕まえる。早く行くぞ。」
ギリムさんは友達に当日に仕事を休ませるつもりらしい。それってすごく迷惑なことじゃないかと心配になる。友達無くすよ?
「じゃあビーンズで連絡したら?何も早朝から押しかけなくてもいいんじゃない?」
「ピリカは変わり者でな。いつもビーンズの通信は切ってる。自分が使う時しかつなげないんだ。ビーンズ無しのキリキリと話が合うかもな。」
それはスマホ無し状態と同じだね。お手上げです。それは会いに行くしかない。
ギリムさんは船の設定を始めた。私は何もできないので外の景色が見えるのを待った。
船の乗り方は今朝わかった。ボディ全体が自動ドアなのだ。どこからでも近づけば入れる。こっそりギリムさんを観察してわかったのだ。
ギリムさんは道中、これから会いに行くピリカさんについて話してくれた。
ピリカさんはギリムさんの同級生で、アフロでメガネで変わり者らしい。あと声が高いから長話はイライラするとか、酒は飲ましてはいけないとか、どうでもいい情報を聞き流して過ごした。
森(町)を抜けたすぐのところの小高い丘に、灰色の尖塔が密集して建っていた。教会といえばそう見えるが、城、いや軍事施設みたいに厳めしい様にも見えた。
そこの門の脇へ続く長い階段の上に、赤茶色のふわふわな毛玉が移動している。
ギリムさんは道の脇に船を寄せ、急いで階段へ走った。え、走るんだ?仕方なく朝から全力疾走でついて行く。この世界のヒトは怪力を含め身体能力が高いようだ。私は、日本ではいたって普通だったが。
横・腹が、イタ・い・・・・・・・。
「ピリカー!お前、今日は休みだ。俺だ!ギリムだー!」
赤茶色のふわふわはこちらを認めると、階段のかなり上方から両手を大きく振って言った。
「おはよーございまーす!僕はー、今日ー、出勤日だよー?」
「あー、やー・すー・めーーー!!!」
ギリムさんはジャイアンな類のヒトだったのか。ニッコリ笑いながら門まで駆けあがり、何かの手続きをして二人で階段を下りてきた。もちろん私は早い段階で横腹を抑えて蹲っていましたが、なにか問題でも?
「教会に入られると手続きが面倒だろ?呼び出すまでが長いからな。入る前に捕まえられて良かったよ。」
「ギリム君、毎回言うけど、前もって言ってくれたら僕だって休みぐらい合わせるよ?」
「ピリカと連絡を取ること自体難しいだろ?これが一番手っ取り早い。どうせ教会の仕事なんて暇だろ。」
「そうかなぁ。まあ忙しいとは言えないけど。ところで今日はなんの用事?また姪っ子ちゃんを連れてるの?あれ、体調が悪いの?」
運動不足が祟っているだけなんで、ちょっとそっとしておいてくれませんかね。
「あ、こいつ虚弱体質だった。ピリカ、こいつはキリキリ。ちょっと触れるだけでもあざになるんだ。握手も勘弁してくれ。」
「えー、それは大変だね。血筋かな?能力検査したの?」
「残念ながら記憶障害と虚弱体質なだけで有力な能力は無かったらしい。家でも持て余されてさ。しばらく預かることになった。」
ギリムさんは上手い事私の事を誤魔化して、姪っ子設定にしてくれた。力が弱い&男性恐怖症は虚弱体質・触るな、世間知らずを記憶障害にするとは言い得て妙だ。
ほら、挨拶しろって後ろ頭を押されたので、頭を下げてキリキリですって言ってみた。目の前には赤茶色のアフロを揺らした優しそうなタレ目の男の人がいた。黒縁メガネがずり落ちそうなのも似合っている。ほんわかな雰囲気を持つ人だ。ギリムさんと同級生と聞いたがこの人はまだ若く見えた。やっぱりギリムさんは老けて見える。
「それは可哀想にね。ギリム君のお姉さんたちも能力者を産むために神経質になってるんだろうし、少し離れた方がお互いのためになるよ。ところで甥っ子姪っ子って今は何人になったの?」
「たぶん12,3人になったはず。うち10人は確実に能力があるらしいから、まだ増やせって言われるんじゃないかな。」
「契約は長いの?」
「ああ。後何年だったかな。それが終われば姉たちは安泰だな。俺も託児所をしなくて済む。」
私はギリムさんの服をつんつんと引いた。話の内容が気になったが、船に戻って話しても良いのではと思ったから。あの階段を昇っていく通勤の人達がチラチラとこちらをみていたのだ。
「ああ、朝食はまだか?テイクアウトして俺の家に来てもらってもいいか?ちょっとキリキリについて相談したいんだ。」
朝食は教会内でいつも取るらしいピリカさんは、もちろんとにっこりと頷いた。
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