30.もっとまじめに勉強しておけば良かった
「アルトさん?
ポーラちゃん?」
私に視線を固定したまましばし硬直していた二人だったが、声をかけたことによって正気を取り戻してくれた。
それにしても、私が初めて魔法を使ったことが、二人にとってそれほどの衝撃だったのだろうか。
それとも私のあまりに不甲斐ないこの状況に、衝撃を受けてしまったのだろうか。
確かにポーラちゃんが灯した火に比べれば、私が灯した火は明らかにしょぼい。
ポーラちゃんが灯したのはソフトボールくらいの大きさだった。
対して私の火はピンポン玉…は誇大表現だ。
ビー玉程度の火だ。
しかもその大きさになるまでかなり燻り、時間がかかった。
ポーラちゃんはその点、ノータイムだった。
私にとってあれが精一杯だったことには変わりないんだけど…。
「お姉ちゃん…今のって、何?」
先に声を発したのはポーラちゃんだった。
何って、魔法で火を点けたつもりなんだけどな。
「私なりに魔法で火を点けてみてたんだけど?」
ほら、と言わんばかりに先端に火の灯った小枝を差し出す。
ちっぽけな火だけど、今の私の精一杯だ。
私が火を点けた方法は、魔法を用いたとはいえ限りなく理科の実験に近い。
多くの小学生が虫眼鏡を用いて行うアレだ。
レンズによる光の屈折を利用して、黒い紙に火を点けるというあの実験。
幸いこの世界は夏。
森の中とは言え、木々の隙間から零れた日光にはそれなりの勢いがあった。
黒い紙の方が熱されやすく火が点きやすいが、残念ながらここには無い。
さらに言えば光を集める凸レンズも、もちろんない。
でも、要は光を集めることが出来れば良いってことだから…。
凸レンズの代わりを魔法で行えば火が点くのではないか。
…と思い、行動を起こした結果がこれである。
「…確かに火だけど。
お父さん、ポーラにはよくわからないよ…」
ポーラちゃんは説明を求めるように、アルトさんを仰ぎ見た。
「うーん…。
俺も同じだよ。
カナ、火ならその枝に灯せば良いだけじゃないか。
どうして、こんな方法で火を?
そもそもなぜこの方法で火が点くんだ?」
「えーと。
太陽の光エネルギーを集めて火を起こしたんですよ。
光を集めるのに魔法を使いました」
「太陽の光を集めて…?」
「そうです。
光も熱エネルギーですから、集めれば火が点くんです」
「エネルギーって?」
「あー…と、エネルギーは力って意味です」
「光の熱の力を集めて、火を起こしたってこと?」
「そうです」
アルトさんはいつの間にやらメモを取り出していた。
これは、研究モードだな。
このモードになるとアルトさんは容赦ない。
心して挑まねば。
私は来るべくアルトさんの質問に身構えたが、帰ってきたのは意外な言葉だった。
「…で、なんで?」
「は?」
「なんで火を出すのに、そんなことするの?」
純粋にどうしてそうなるのかわからない、という顔をアルトさんはしていた。
「枝に火が点くよう魔法をかければ、火は点くじゃないか」
…?
なんだか、さっきから話が嚙み合っていないような気がする。
私は火を点ける『方法』として、太陽の光を利用することにした。
そして、光を集めるための凸レンズの代わりとして魔法を使った。
アルトさんは『方法』事態の説明ではなく、なぜ『方法』が必要なのかと聞いているのか…?
ということは、火を点けるのに『手段』は必要ないって…こと?
「…アルトさん。
一つお伺いしますが、魔法を使えない人って火はどうしているんですか?」
「魔法を使えない人かい?
魔法を使える者に火を出してもらうか、種火を利用する」
「種火?」
アルトさん曰く種火とは、集落で管理する決して絶やしてはならない火なのだそうだ。
「では、魔法を使えない人は火を起こせないってことですか?」
「そうだよ。
人は魔法でしか火を出すことは出来ない」
なるほど、だから嚙み合わなかったのか。
「アルトさん。
私のいた世界の人間は、火を起こせます。
方法も様々ありますが、魔法を使える人はいません」
「うん」
異世界に来た初日。
アルトさんから精霊や魔法に付いて教わっている。
それらを一切知らない私に懇切丁寧に。
だから、私のいた世界に魔法が無いことはもちろん知っている。
「火を起こす『方法』を用いらないと、私の世界の人間でも起こせません。
今回はその方法に光の熱エネルギーを使ったのです。
魔力を知覚できない私には、『方法』を介せず火を灯すことは出来ませんでした」
「…なるほど。
ね、ね、その『方法』を、もーう少しだけ詳しく説明してくれないかな」
そうして、私はアルトさんとポーラちゃんに火の起こす『方法』をレクチャーするのだった。
…日がとっぷり暮れるまで。
「へえ、カナのいた世界は本当に面白いんだね。
まさか、祖先が猿だったとは。
行って戻って来れるなら、俺も一度カナのいた世界に行ってみたいよ」
アルトさんはスープを煮立たせながら、キラキラ眩しい笑顔を私に向けた。
いい加減アルトさんのイケメンフェイスに慣れた私に、有難味は全く無いのだけど。
私はあの後、今回使った理科の実験の説明の他、人が人として始まった起源に火があることを熱く語ってしまったのだった。
後者は明らかに脱線だ。
おかげでポーラちゃんは、話の途中で夢の世界のお姫様になってしまった。
それにしてもアルトさんは好奇心旺盛だ。
今回の火を起こす『方法』については、元の世界の知識なので魔法は関与しない。
人の起源が猿であることもだ。
それにも関わらず、私の一語一句を聞き漏らすまいとメモをバリバリとる。
私は異世界の言葉をヒアリング出来るが、読むことは出来ない。
一度アルトさんのメモを見せてもらったことがあるが、さっぱりわからなかった。
それでも、アルトさんのメモの速度は凄かった。
速記レベルだと思う。
そんな勉強熱心なアルトさんをみて、私ももっとまじめに勉強しておけばよかったと思う。
部活もあったから、勉強は平均点すれすれ取れば良いか位にしか思っていなかった。
部活を引退すれば大学受験を予定していたから、嫌でも勉強することになるからだ。
しかし、火を起こす『方法』をアルトさんに説明していて、自分の知識不足にもどかしくなる。
そうすれば、アルトさんに質問されてももう少しまともに返すことが出来るのに。
…まあ、今更言っても仕方のないことだけど。
「そういえば、アルトさんはあの時なんで固まっていたんですか?」
「あの時って?」
「あの時って、私が火を点けたときですよ。
親子揃って氷漬けみたいでしたよ。
そんなに、私の魔法ってしょぼかったですか?」
アルトさんは好奇心旺盛なだけに、知識欲に忠実に私を質問攻めにする。
なのにあの時は、ポーラちゃん以上に衝撃を受けていた様だった。
アルトさんの今までの口振りから、私にはそう少なくない魔力があるらしい。
だから、あの火の小ささに落胆したのかもしれないが、それだけでは無いような気がする。
火を起こす『方法』が衝撃的だったとしても、いざ説明したら感心こそすれ固まるほどの衝撃を与えていたとは思えない。
何かほかの理由があったのかもしれないと、火を起こす『方法』を説明しているときに思っていたのだ。
「そりゃあ、固まるよ。
カナは木々から漏れた光に向かって両手を合わせたかと思ったら、その光が枝に集めたんだから」
…確かにそうだ。
そうしないと、私には火を点けることが出来ないと思ったからだ。
「光を集めるってどんな魔法だと思う?
魔法の体系の話をしただろう。
光を集めるって、どの体系に入ると思う?」
「えーと…。
あれ、無い?」
「いや、あるよ」
「…?」
ポーラちゃんが言っていたのは、火・水・土・風、そして聖魔法。
光は無い。
「光は、浄化だ。
カナの行ったのは聖魔法なんだよ。
聖魔法は適性があって使える人間は少ない。
もちろん、俺もポーラも使えない」
「…」
「大抵聖魔法の適性は、元素魔法を一通り修練してから試すものなんだ。
それなのにカナは、魔法の基本である火を出すために聖魔法を使っただろう?
これが驚かないでいられないよ」
「…」
「ほんとカナは魔法のびっくり箱みたいだね」
「…ソウデスカ」
さて、どのように料理(研究)してやろうかと言わんばかりのワクワク顔で、アルトさんはそう言った。
あれが、聖魔法。
その事実は私にとってまさに青天の霹靂だ。
無い想像力を振り絞って出した答えが火では無いなんて…。
そのことの方が、ショックが大きかった。
登場人物紹介アップしてます。
お暇があるときにでもどうぞ\(^o^)/
追記:登場人物紹介に合わせてナンバリングしたため、全話(改)となりましたが、内容に変更はありません。
時間ある時に直していきたいとは思っています。