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けなげな王子に愛を  作者: 春野セイ
第一部 中学生編
9/51

お客さん


「ただいまあ」


 夕方、空はだいぶ薄暗くなった頃、部活を終えた祥太が元気いっぱいの声を張り上げて帰ってきた。

 そのまますぐに階段を駆け上がり、制服を脱いで私服に着替える。

 部活で使用した汚れたシャツとパンツを取り出して、洗面所に持って行く。洗濯機の中にそれらを放り込むと、その勢いはとどまらずに玄関へと向かった。

 靴を履いて飛び出そうとした矢先、兄に呼び止められた。


「祥太っ、待て」

「え?」


 すっかり日に焼けた顔で振り返ると、呆れた顔で兄が立っていた。


「何? 兄ちゃん」

「どこへ行く」

「宏人の家」


 そう言うと、またか、と裕一が顔をしかめた。


「それより、ちょっと俺の部屋に来いよ」

「ダメだよ。宏人の家に行くんだから」

「待て。約束しているのか?」

「そうじゃないけど……」

「だったら、今日ぐらいいいだろ?」


 裕一は、立ち止まっている祥太の腕を引いた。

 サッカー部で鍛えた腕にはわずかだが筋肉がついた。

 昴流学園に入った祥太はサッカー部に入部した。

 当然、全国を目指す学園のサッカーのレベルの高さにまず驚いた。

 今まで自分がやっていたものは何だったのだろう。

 厳しい部で毎日、追いかけるのに必死だ。

 辛いこともたくさんあるけど、おかげで宏人の事で落ち込む余裕もなかった。


「兄ちゃん、俺、兄ちゃんの相手なんかしている暇は――」


 強引に腕を引かれて、兄の部屋に押し込まれると人がいた。


「こんにちは。お邪魔しています」


 祥太は驚いて目をぱちぱちさせた。


「あ……」


 兄に肘で突かれてハッとした。


「あ……こ、こんにちは」


 慌てて頭を下げる。顔を上げると、ほっとさせるような笑顔があった。


「祥太、彼は俺のアルバイト先のバーテンダーで深谷ふかや茂樹しげきさんだ。茂樹さん、こいつは弟の祥太です」


 バーテンダー?

 聞き慣れない言葉に戸惑いながら茂樹を見た。

 見れば見るほど綺麗な人だった。身長は兄と変わらないだろう。繊細そうな雰囲気は大人だ。


「祥太くんは高校生?」


 祥太は見つめられどぎまぎした。睫が女の人みたいに長い。薄い唇がにっこりとほほ笑んだ。


「あ、はい……」

「何か部活しているの? 鼻が真っ赤だ」

「あ……。サッカー部です」

「そうなんだ。楽しい?」

「うん……」


 こくりと頷くと茂樹が笑って裕一を見た。


「だからか」

「え?」

「祥太くんはサッカーに夢中なんだってね、裕一がいつも言っているから。君みたいに可愛い弟なら、構ってもらえないといじける気持ちも分かるよ」


 くすくす笑うと白い歯が零れる。裕一は隣で口を尖らせた。


「こいつ、俺が部屋でトントンと音を立てていても見向きもしないんですよ。隣の部屋にいて熟睡しているんだから、まさかここまでサッカーにはまるとは思わなかったけど」

「え? え?」


 祥太にはわけが分からなくて、交互に二人を見た。

 そして、兄の部屋ががらりと変わっている事に気付いて口を開けた。


「何これ……」


 目の前に悠然と置かれてあるのは木のカウンターだった。

 置いてあるというより備え付けてある。

 背後には棚があって、わずかだがお酒の瓶が並んでいた。


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