お客さん
「ただいまあ」
夕方、空はだいぶ薄暗くなった頃、部活を終えた祥太が元気いっぱいの声を張り上げて帰ってきた。
そのまますぐに階段を駆け上がり、制服を脱いで私服に着替える。
部活で使用した汚れたシャツとパンツを取り出して、洗面所に持って行く。洗濯機の中にそれらを放り込むと、その勢いはとどまらずに玄関へと向かった。
靴を履いて飛び出そうとした矢先、兄に呼び止められた。
「祥太っ、待て」
「え?」
すっかり日に焼けた顔で振り返ると、呆れた顔で兄が立っていた。
「何? 兄ちゃん」
「どこへ行く」
「宏人の家」
そう言うと、またか、と裕一が顔をしかめた。
「それより、ちょっと俺の部屋に来いよ」
「ダメだよ。宏人の家に行くんだから」
「待て。約束しているのか?」
「そうじゃないけど……」
「だったら、今日ぐらいいいだろ?」
裕一は、立ち止まっている祥太の腕を引いた。
サッカー部で鍛えた腕にはわずかだが筋肉がついた。
昴流学園に入った祥太はサッカー部に入部した。
当然、全国を目指す学園のサッカーのレベルの高さにまず驚いた。
今まで自分がやっていたものは何だったのだろう。
厳しい部で毎日、追いかけるのに必死だ。
辛いこともたくさんあるけど、おかげで宏人の事で落ち込む余裕もなかった。
「兄ちゃん、俺、兄ちゃんの相手なんかしている暇は――」
強引に腕を引かれて、兄の部屋に押し込まれると人がいた。
「こんにちは。お邪魔しています」
祥太は驚いて目をぱちぱちさせた。
「あ……」
兄に肘で突かれてハッとした。
「あ……こ、こんにちは」
慌てて頭を下げる。顔を上げると、ほっとさせるような笑顔があった。
「祥太、彼は俺のアルバイト先のバーテンダーで深谷茂樹さんだ。茂樹さん、こいつは弟の祥太です」
バーテンダー?
聞き慣れない言葉に戸惑いながら茂樹を見た。
見れば見るほど綺麗な人だった。身長は兄と変わらないだろう。繊細そうな雰囲気は大人だ。
「祥太くんは高校生?」
祥太は見つめられどぎまぎした。睫が女の人みたいに長い。薄い唇がにっこりとほほ笑んだ。
「あ、はい……」
「何か部活しているの? 鼻が真っ赤だ」
「あ……。サッカー部です」
「そうなんだ。楽しい?」
「うん……」
こくりと頷くと茂樹が笑って裕一を見た。
「だからか」
「え?」
「祥太くんはサッカーに夢中なんだってね、裕一がいつも言っているから。君みたいに可愛い弟なら、構ってもらえないといじける気持ちも分かるよ」
くすくす笑うと白い歯が零れる。裕一は隣で口を尖らせた。
「こいつ、俺が部屋でトントンと音を立てていても見向きもしないんですよ。隣の部屋にいて熟睡しているんだから、まさかここまでサッカーにはまるとは思わなかったけど」
「え? え?」
祥太にはわけが分からなくて、交互に二人を見た。
そして、兄の部屋ががらりと変わっている事に気付いて口を開けた。
「何これ……」
目の前に悠然と置かれてあるのは木のカウンターだった。
置いてあるというより備え付けてある。
背後には棚があって、わずかだがお酒の瓶が並んでいた。




