お客さん
「え?」
すっかり日に焼けた顔で振り返ると、呆れた顔で兄が立っていた。
「何? 兄ちゃん」
「どこへ行く」
「宏人の家」
そう言うと、またか、と裕一が顔をしかめた。
「それより、俺の部屋に来いよ」
「ダメだよ。宏人の家に行くんだから」
祥太は、靴を履いてしまうとドアに手をかけた。
「約束しているのか?」
「そうじゃないけど……」
言いよどむと、兄が、そらみろと言う顔をした。
「今日ぐらいいいだろ?」
裕一は、立ち尽くす祥太の腕を引いた。
サッカー部で鍛えた腕にはわずかだが筋肉がついた。
高校生になり、星陵高校に入った祥太はサッカー部のレベルの高さにまず驚いた。
今まで自分がやっていたものは何だったのだろう。
厳しい部だが、自分が上手くなっている事が実感できた。
そういう訳で、祥太はたちまちはまってしまったのである。
毎日、汗を流して体を動かしていると、宏人の事で落ち込む余裕もない。
「何? 俺、兄ちゃんの相手なんかしている暇は――」
強引に腕を引かれて、兄の部屋に押し込まれると人がいた。
「こんにちは。お邪魔しています」
「あ…」
祥太は驚いて目をぱちぱちさせた。
「祥太」
兄に肘で突付かれてハッとした。
「あ……こ、こんにちは」
慌てて頭を下げる。顔を上げると、ほっとさせるような笑顔があった。
「祥太、彼はアルバイト先のバーテンダーで深谷茂樹さんだ。茂樹さん、こいつは弟の祥太です」
バーテンダー?
聞き慣れない言葉に戸惑いながら茂樹を見た。
見れば見るほど綺麗な人だった。身長は兄と変わらないだろう。
繊細そうな雰囲気は大人だ。
「祥太くんは高校生?」
二重瞼の切れ長の瞳は綺麗で目を細めると優しく見える。
祥太は見つめられどぎまぎした。
睫が女の人みたいに長い。薄い唇がにっこりとほほ笑んだ。
「あ、はい……」
祥太は何度も頷いてしまい、恥ずかしくなった。
「何か部活しているの? 鼻が真っ赤だ」
「あ……」
祥太はひりひりする鼻を擦った。
「サッカー部です」
「そうなんだ。楽しい?」
「うん……」
こくりと頷くと茂樹が笑って裕一を見た。
「だからか」
「え?」
祥太は首を傾げた。
「祥太くんはサッカーに夢中なんだってね、裕一がバイト先で言うんだ。君みたいな可愛い弟なら構ってもらえないといじける気持ちも分かるよ」
くすくす笑うと白い歯が零れる。
裕一は隣で口を尖らせた。
「こいつ、俺が部屋でトントンと音を立てていても見向きもしないんですよ。隣の部屋にいて熟睡しているんだから、まさかここまでサッカーにはまるとは思わなかったけど」
「え? え?」
祥太にはわけが分からなくて、交互に二人を見た。そして、兄の部屋ががらりと変わっている事に気付いて口を開けた。
「何これ……」
目の前に悠然と置かれてあるのは、木のカウンターだった。置いてあると言うより備え付けてある。背後には棚があって、わずかだがお酒の瓶が並んでいた。