日課
中学を卒業して、日課を決めた。それは挨拶をきちんとする。
真面目な性格じゃないし、続くかどうか分からないけど、高校生活の基本は挨拶にしようと決めた。
友だちを作るのもまずは声をかける事から始まるし、何より、宏人に声をかける言い訳になる。
待ちに待った入学式の日。祥太は早めに家を飛び出した。
宏人の母親に、宏人が家を出る時間をさりげなく探っておいたから、待ち伏せするつもりでいた。
宏人とはあれから一度も話していない。
春休みの間も会う機会がなかった。
今日はただ、おはようって声をかけるだけでいいのだ。
難しい言葉じゃない。
朝の挨拶なんだから、勇気を出せば宏人も答えてくれるだろう。そう思った。
四月になったばかりの朝は清々しく空気は新鮮だ。
少し肌寒く、祥太はポケットに手を突っ込み、壁にもたれて宏人の家の前にいた。
がちゃっとドアが開いた。
「あ…」
祥太は体を起こした。
ブレザー姿の宏人が現れる。深みのある赤いネクタイに、落ち着いた紺色のブレザーを着て、グレーのチェックのズボンを穿いている。前より少し髪が伸びたのだろうか、痩せて精悍になった気がした。
祥太は高鳴る胸を押さえた。
一度、大きく息を吸い込んで吐き出す。
それから宏人に駆け寄った。
「宏人っ」
真新しいカバンを持っていた宏人は目を瞠った。
「お……おはようっ。宏人っ」
声が裏返った気がしたが、何度も練習したのだ。おはようを練習するなんて、この先あんまりないかもしれない。
それなのに、宏人は口を真横にすると、ぷいと横を向いた。
「あ……」
祥太の前を素通りしていく。祥太は愕然としたが、我に返って後を追った。
「き、今日から学校だな。楽しみだな」
声をかけたが、その背中は頑なに拒んでいた。
「ひ、宏人……俺……っ」
手を伸ばそうとしたら、宏人が突然走り出した。
「あっ。宏人っ」
宙をさまよった行き場のない手を下ろして祥太は立ち尽くした。
「何で……だよ…」
ここまで無視される理由が分からなかった。
どうして許してくれないのか。謝るチャンスすら与えてくれない。
落胆した祥太は立ち止まったままうつむいた。それから、ポケットに手を突っ込むと歩き出した。
宏人に無視されたのは今に始まった事じゃないんだ。また、明日やったらいいだけの事。
歯を食いしばり、顔を上げると祥太は走り出した。
絶対にあきらめるつもりはなかった。
宏人は大切な幼なじみだ。
仲違いしたままでいるのは絶対に嫌だった。
それから毎日のように祥太は宏人の家に行った。
竜之介には、未だに無視されていると言う話は報せていない。いつまでも女々しく、毎朝、待ちぶせしている事を知られたくなかった。
しかし、祥太も粘り強いが、宏人の方もしつこかった。なにゆえここまで無視するのか分からない。兄の裕一ですら、もう放っておけと匙を投げた。
「ただいまあ」
夕方、部活を終えた翔太が、元気いっぱいの声を張り上げて帰ってきた。そのまますぐに階段を駆け上がり、制服を脱いで私服に着替える。
部活で使用した汚れたシャツとパンツを取り出して、洗面所に持って行く。洗濯機の中にそれらを放り込むと、その勢いはとどまらずに玄関へと向かった。
「行ってきますっ」
靴を履いて飛び出そうとした矢先、
「ちょっと待て」
と、兄に呼び止められた。