外出
寝返りを打とうとして、身動きが取れない事に気付く。
「ん……。何?」
薄目を開けて体を動かそうとすると、抱きしめられてギョッとした。
ぱっちりと目を開けると、宏人の顔が目前にあって、悲鳴を上げそうになった。
祥太は慌てて口を押さえて息を止める。宏人は静かに寝息を立てて熟睡していた。しかし、身動きが取れなかったのは宏人が祥太を抱き枕にしているからだった。
ぐっすりと眠っている宏人を見て苦笑した。
器用な寝方をするものだと呆れる。
ようやく目を覚ました宏人が顔を動かした。
「あ……」
祥太と目が合って彼も驚いたらしい。ハッと体を離した。
「お、おはよう」
なぜか恥かしくて祥太は目を逸らした。
「おはよう」
宏人が起き上がる。枕元の時計を眺めて、七時過ぎだと呟いた。それから再び横になった。
「今日は土曜日でしょ。まだ七時だからもう少し寝ていようよ」
祥太は何となく目を合わせられなくて、視線を逸らすと首を振った。
「今日は出かけるから」
「えっ?」
宏人がびっくりして飛び起きた。
「どこに行くのっ?」
「兄ちゃんの友だちのところ」
咄嗟に嘘をついてしまった。
「誰? 僕の知っている人?」
「宏人は知らないと思う……」
詰問口調の宏人に、少し怯えながら祥太は口をもごもごさせた。
なぜ、こんな言い訳がましい態度を取っているのだろう。
「僕も一緒に行くっ」
「ええっ? だっ、ダメっ」
「どうしてだよ」
「だ、だって……」
言い訳が見つからない。茂樹には何の連絡もしていなかった。それなのに宏人に嘘をついてしまったのである。今さら嘘ですとは言い出せなかった。
「宏人は関係ないから」
関係ないと言われて宏人はムッとして目を吊り上げた。
「そんなひどい事言わないでよ。裕一兄ちゃんの友だちなら、僕だって知り合いになる権利はあるはずだよ」
めちゃくちゃなこと言っている。
しまいには祥太を納得させ、これから茂樹の家を訪ねるのは、前々から決まっていた事のような気にさせてしまった。
兄に言うと、確実に叱られるので、先日教えてもらった携帯電話に電話をすると、茂樹は快く承知してくれた。
祥太の方が拍子抜けしたくらいであった。彼は電話の向こうで、仲直りできてよかったねと言ってくれた。更に、ご馳走してあげるよとまで言ってくれたのである。
複雑な気持ちで茂樹の家に向かった。
茂樹の家は同じ沿線の区内にあった。教えられた通りに行くと目の前に瀟洒なマンションが現れた。
オートロック式のエントランスの前でインターフォンを鳴らすと、ロックが解除されてドアが開いた。
エレベーターで二十八階まで上がる。茂樹の部屋は突き当たりにあった。
「本当にここ?」
宏人がこそっと耳打ちした。
「うん……」
祥太も内心びくびくしながら、本当に茂樹が一人で住んでいるのだろうかと訝しく思った。
チャイムを鳴らすとドアがすぐに開いた。
「いらっしゃい」
白地のシャツに薄い水色のシャツを羽織、デニム姿のラフな格好で茂樹が顔を出した。