決心
「絶対!! 嫌だ」
目が回るくらい頭を振ると、宏人がふうっと息を吐いた。
「どうしてそんなに嫌がるの? 別に今すぐエッチしたいなんて言ってないでしょ」
祥太は恥かしさのあまり口を押さえた。
「祥太、可愛いなあ」
宏人が抱きしめる。
「祥太にとっても損はないと思うよ。祥太に彼女ができた時、上手くできたら女の子だって喜ぶと思うし」
「キス……」
宏人にされたキスを思い出した。
いきなり唇を塞がれて息ができなかった。怖い思いをしただけのトラウマだらけのキス。
もし、今でも宏人があんな暴力的なキスをするのなら、相手はかわいそうかもしれない。
「頼むよ、祥太」
宏人が囁く。祥太は思わずこくんと頷いた。それを見て宏人が一瞬息を呑んだ。
「いいの?」
「……いいよ」
祥太はきゅっと目と口を閉じた。宏人は苦笑しながら、祥太の肩を撫でた。
「そんなに緊張しないでよ。たかがキスだよ?」
たかがじゃない、と言いたかったが、ささやかなプライドが邪魔をして言えなかった。
本物のキスなんてした事ない。
「祥太、肩の力を抜いて、ね? 大丈夫だから」
優しく囁かれ、祥太はほっと息をついた。力を抜いて待っていると、ふわりと温かい唇が触れた。
「祥太…」
前とは全然違う優しいキスだった。
自分の事を気遣ってくれている。あの時のやり直しみたいで、祥太はじんわりと体が温かくなるのを感じた。
目を開くと宏人と目が合った。祥太は、あっと言って体を離した。
「どう? 気持ち悪くなかった?」
心配そうに言う宏人の言葉に祥太は胸を打たれた。あの日、祥太は宏人に向かって叫んだ。
やめろ、気持ち悪いっ。
恐怖のあまり、宏人を押し倒し逃げ出したのだ。宏人だって傷ついたかもしれない。
「気持ち悪くないよ」
恥かしそうに言うと、宏人が安堵したように胸を撫で下ろした。
「よかった」
嬉しそうな宏人を見て祥太は赤くなる。
「もう一回してもいい?」
「う、うん……」
答える前に宏人に抱き寄せられて唇を奪われた。
さっきより少し強い。しかし、宏人の唇は湿っていて、何だか切なくなった。
このままキスしていたい。角度を変えて試すように宏人はずっとキスをしていた。
「祥太、口を開けて…」
言われた通り少し口を開けると、生温かい舌がぬっと入り込んできた。面食らった。
「大丈夫だから」
「でも……」
「僕を信じてよ」
宏人が優しく唇を合わせながら囁いた。言われるままに口を開けると、もう一度、宏人の舌が入ってくる。
「やめ…」
「もう少しだけ…」
宏人はやめようとしない。
「やめろ」
赤面しながら涙声になる。恥かしくて死にそうだった。
祥太の目から涙が滑り落ちると、宏人はハッとして唇を離した。
「ごめん、祥太。嫌だった?」
「違う、けど、もう嫌だ…」
違うと言いながら嫌だと言っている。自分でも意味が分からないと思うけど、これ以上はできなかった。
くるりと顔を背けると、宏人が傷ついたような顔をした。
「分かった。やめる」
お互い背を向けると背中が密着した。
祥太は半泣きになって冷静になれと言い聞かせた。息を吸ったり吐いたりしながら自分を抑える。
そうだ。サッカーの事を考えよう。部活を思い出せ。長距離をみんなで走ったり、ドリブルの練習を死ぬほどやったり、難しいカリキュラムをこなす自分を想像した。
でも、どんなに他の事を考えようとしても、背中が温かい。
それだけで、恥かしくて死にたい気分になる。
滲んだ涙を擦って目を固く閉じた。
練習なんてできない。
こんな変な気分になるんだ。練習になんかならない。
おかしくなる前に、やっぱりやめるってはっきり言わなくちゃ。
翔太は、背を向けたままそう決心した。