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路傍の石  作者: マグガネ
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第一話


「ねぇ、もし死んだとしたら、来世は何になりたい?」


ふと、そんな若い女性の声が耳に届いた。どうやら向こうのテーブルで話している女性の声が、このファミレスの喧騒が途切れた瞬間に聞こえてきたようだった。


「来世かぁ......」


ため息交じりにつぶやく。正直なところ、今働いている会社はいわゆるブラック企業だ。だが、厄介なことに世間一般の評価ではホワイト企業だと言われている。それが何よりの問題だった。


残業はほとんどなく、繁忙期だけ多少の残業があると会社は宣伝している。しかし、残業で深夜0時を超えることはざらにある。だが、定時になると皆一斉に動き出す。帰るためではない。遮光カーテンを引いて外に光が漏れないようにするためだ。周りにこの残業がばれないようにするための方策の一つだった。結果として月に九十時間ほど残業している。それなのに、見かけ上は残業がないように記録を改ざんされている。


また、社員のワークライフバランスを重視した労働環境を謳っている。仕事は人生の一部で、家庭も大切にしなさいというのが表向きの理由だ。反吐が出る。


会社から支給されたパソコンは、操作するとその履歴がすべて記録、監視されている。十分操作が止まるとすぐに上司から携帯に連絡が入る。会社のパソコンは定時になると強制的にシャットダウンされる仕組みになっていた。もちろん、それで仕事が終わるわけではない。その後は別のパソコンを使い、作業を続ける。


給料も一見すると高額に見えるが、みなし残業や各種手当で水増しされているだけ。その手当も、申請したところで通ることはない。結局、手元に残るのは雀の涙ほどだった。そのほかにも、上司からのバカ、給料に見合う仕事をしろといった暴言だったり、言葉にするだけでもおぞましいようなセクハラだったり......。ハラスメントを数えていけばきりがない。


こんな会社で働いていて、辞めたくならないかと言えば、もちろん辞めたい。「気に入らない」の一言で数か月取り組んできた作業をなかったことにされる。一週間下から上がってくる確認書類に承認ボタンを押すだけの仕事。時間があれば突っ込まれる何を決めたいかもわからないただただ時間を無駄にしているだけの会議。本当に辞めたい。


だが、周りがそれを許してくれない。同僚からの、


「お前はこの地獄から逃げないよな」


という怨嗟の声。上司からの、


「絶対に辞めさせない」


というプレッシャー。それらに負けて、今も俺はこの会社に張り付けにされている。


「石になりてぇな」


石であれば、何も考えなくていい。その日一日、ただぼーっとしているだけでいい。とにかく動きたくない。働きたくない。


ヴヴッ、ヴヴッ。テーブルに置いたスマホが振動する。今日は数少ない休暇を楽しんでいる最中だ。そんな貴重な時間を邪魔するのは誰だ?スマホの画面を覗く。表示されていた名前は、会社の同僚――尾白だった。会社からではないことに少しだけほっとしながら、電話に出る。


「はい、相良。どうしたんだ? お前から電話してくるなんて。俺は休暇をエンジョイしている最中なんだが?」


おどけた声でそう言う。


「やったぞ! 俺らは勝ったんだ!」


喜びに満ち溢れた声で、尾白はそう宣言した。


「何がどうしたんだよ?」


「お前、ニュース見てないのかよ。集団訴訟だよ。お前も乗ってただろ」


「......?」


「......あっ、そうか。詳細はあんまり説明してなかったな。前に勤怠記録とか、その辺を提供してもらったことがあっただろ? あれで弁護士に相談して、訴訟を起こしてたんだ」


記憶をたどってみる。確かに数か月前に渡したような気がする。あの時は単純作業の繰り返して精神が死んでいた。記憶が薄いのも当然だった。


「はっ!? お前、そんなことしてたのかよ! 渡したときに聞かなかった俺も悪いけど、それならちゃんと説明しろよ!」


「すまんすまん。それじゃあ、一緒に退職しようぜ」


「話が飛びすぎて、わからん......」


結局、話を要約するとこういうことだった。会社がこれまでの残業代未払いや、ハラスメント行為について全面的に非を認めたらしい。その中でも俺が提供した証拠が大いに役に立ったそうで、尾白からは非常に感謝された。そして、賠償金などが支払われることになった。だから、こんな会社は辞めてしまおう。それが、尾白の言いたいことだった。


今日という日を、俺の中で記念日に認定した。それほど素晴らしい日になった。


それからの行動は早かった。翌日出社する。隣の......名前は何だったかわからない彼もうっすら笑顔だ。そして定時の直前皆一斉に立ち上がる。いつもだったらカーテンに近づくが、今日は違う。部長の席に立つ。そして、退職届をたたきつけた。自分で提案したことだが、周りの連中の笑顔と部長のひきつった顔を見れて気分がよかった。そのあとは残業などするはずもなく皆帰って行った。もちろん皆これから出社するはずもない。これまで使わせてもらえなかった有休がたっぷり残ってるからな。


俺は晴れて自由の身を手に入れた。これから何をしようか。賠償金やその他諸々を合わせれば、数年間は働かなくてもいいほどの金が手に入った。あんなに苦労したのだ。少しくらい遊んでも罰は当たらないだろう。


そうだ。そういえば、昔やっていたゲームの最新作が出ていたはずだ。VRMMOになって、一時期かなり話題になっていた。よし、やろう。思い立ってすぐに行動をする。家電量販店に到着し、ゲームに必要な諸々の機材をピックアップしていく。ここでケチってはいけない。快適なゲーム体験を得るためにはやはりお高い機材の方が


良い。これらを買ってもまだ余裕がある。そう結論付け気前よく購入した。

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