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籠の鳥王女は愛されたいので好きにすることにした  作者: 狭山ひびき
籠の鳥王女と魔法使い

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恋する王女 2

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 わたしとシャルルとの婚約は、凱旋パレードから一月後にまとめられた。

 ただのシャルルからシャルル・サティ侯爵になった彼は忙しく、魔法師団長の仕事の合間を縫っては与えられた領地へと向かい、視察し、仕事を覚える。

 小さな余暇すらないようなスケジュールで働きづめだった彼との婚約は、用意された紙にそれぞれがサインするという簡素なもので、婚約式も開かれなかった。


 ……でもいいの、結婚式はしてくれるって言ったし。


 というか、しなければお父様たちが激怒して暴れまわりそうだったからね。

婚約式は省略しても結婚式は絶対にすると、シャルルは誓約書まで書かされていたわ、お父様に。


 ……あんな面倒くさい舅がいるなら結婚病めるとか言わないわよね?


 婚約したのにちっともシャルルと会えていないわたしは、日を追うごとに不安になって来た。

 そんな不安から目を背けるように、わたしはせっせと手を動かす。


「エドウィージュ様のお裁縫の腕は国一番ですね」

「レーヌ、いくらなんでもそれは褒めすぎよ」


 春の終わりからわたしがせっせと取り組んでいるのは、結婚式に身に着けるベールを編むことだ。

 細いレース糸でちまちまと編み進めていたベールは、初夏になった今ではだいぶそれっぽくなってきている。


「でも、なんでベールの柄が猫なんですか?」

「それはもちろん、わたしとシャルルを繋いだ愛のキューピッドだからよ。ねー? マノン」

「にゃー」


 ソファに座ってちまちまとレースを編むわたしの隣で、マノンがくわっと欠伸をしながら返事をする。


 ふわふわの真っ白な毛に覆われたマノンは、十三年前はあんなに小さかったのに、今やわたしが両手で抱えるほどに大きい。

 青と緑のオッドアイはくるんと大きくて、毎日ブラッシングしている毛は艶々だ。

 十三歳を数えたマノンだけど、まだまだ元気いっぱいで、子猫の頃に上って降りられなくなったのが嘘のように木登り上手になっていた。そしてたまに脱走する。まあ、脱走しても夜には戻って来るんだけど。


「それはわかりますけど、猫柄のベールをかぶった花嫁なんて聞いたことがないですよ」

「わたしらしくっていいでしょう?」

「はあ……まあ、旦那様になられるシャルル様がいいのであれば、それでいいのですけど」


 レーヌに言われてわたしはハッとした。

 勝手にベールを作っているけれど、そういえば猫柄にするってシャルルに言ってない!

 ぴたっと手を止めたわたしに、レーヌが半眼になった。


「まさか、お伝えしていないんですか?」

「う、うん。領地にいるシャルルに手紙を書いた方がいいかしら?」

「結婚式当日にくだらない喧嘩をなさりたくないのであれば、ぜひ」

「そうする!」


 結婚式当日に喧嘩なんて縁起が悪すぎる。

 編み針を置き、わたしはレーヌに便箋を用意してもらった。

 ぺろぺろと毛づくろいをしていたマノンが、毛玉を吐き出すような声で「へっ」と笑った……ような気がする。


「ねえ、わたし思うんだけど、マノンってなんか人間臭いわよね」

「人に飼われているんですからそんなものなんじゃないですか? 噂では城下町に『ごはん』ってしゃべる有名猫がいるらしいですよ」

「なにそれすごい!」

「けっ」

「あ! マノンが今笑ったわ!」


 変な鳴き方をして、マノンがまたくわっと欠伸をする。


「ねえマノン。『ごはん』って言える?」


 するとマノンは片目だけ開けてわたしを見て、すぐにぷいっと顔を逸らす。うーん、ツンデレ。そこが可愛いんだけど!

 わたしは、レーヌが用意してくれた便箋を前に、「なんて書こうかしら」と悩む。


「ねえレーヌ。わたしとシャルルは婚約者同士よね? だからお手紙もそれっぽく書いた方がいいと思うんだけど、書き出しは何がいいと思う? やっぱり『愛する未来の旦那様へ』かしら?」

「普通に、『シャルル・サティ様へ』でいいと思います」

「それは味気ないと思うの」

「そんなことはありませんよ。エドウィージュ様の奇妙……こほん! 愛の詰まったお手紙を読まれると、まだエドウィージュ様耐性……げふん! エドウィージュ様の可愛らしさをしっかりとご存じないシャルル様はとっても驚かれると思います。愛を伝えるにも段階的にです」


 ところどこおかしな言葉があった気もするが、確かにわたしとシャルルは十三年という空白の壁がある。どれだけ愛し合っていても、いきなり「大好きよダーリン!」みたいなテンションの手紙が届くと困惑させてしまうだろう。


 ……なんか思っていたのと違うとか言われて婚約解消されたら嫌だから、レーヌの言う通りにしておこうっと。


 わたしは手紙に「シャルル・サティ様へ」と書くと、当たり障りのない時候の挨拶をしたためて本題に移った。


『結婚式のベールを編んでいます。柄はあなたとの出会いを導いてくれたマノン……猫にしようと思うのですが、よろしいでしょうか?』


 ……こんな感じかしら?


 愛のキューピッドだなんだと書いていないからきっと大丈夫だろう。


「ねえレーヌ。挨拶と用件だけで、便箋一枚で終わっちゃったわ。どうしましょう? わたしの近況報告とかをあと三枚くらい書いた方がいいかしら?」

「やめましょう。重い……ごほん! きっとエドウィージュ様のことが大好きなシャルル様は、こちらから報告しなくてもエドウィージュ様の近況をご存じのはずです」

「そう?」

「はい。それに、爵位と領地を賜り何かと忙しいシャルル様は、エドウィージュ様のお手紙をしっかりと読むために無理をなさるかもしれません。旦那様の体をいたわるのも妻の役目です。ここはシャルル様を思い、あえて短めのお手紙で行きましょう」

「なるほど!」


 それもそうね! レーヌ、賢いわ!


 わたしは書き終えた手紙のインクが渇くのを待って、いそいそと封筒に手紙を入れる。


「ねえレーヌ、封筒のこのあたりにキスマーク……」

「エドウィージュ様、いったい何の本を読んで変な影響を受けたのですか? そのようなことをすれば変態……じゃなくて、エドウィージュ様の貴重なキスマークを、郵便屋さんがべたべたと触ることになりますよ。愛する未来の旦那様はきっと嫉妬して激怒なさいます」

「それもそうだわ!」


 何の本の影響を受けたかと言われたら、二番目のお姉様であるファヴィエンヌお姉様が嫁ぐときにわたしにくださった本の数々よ。わたしはそれを、恋愛バイブルと呼んでいるわ!


 ファヴィエンヌお姉様は旦那様であるドゥファン国の第二王子殿下とやりとりした手紙に、恋愛バイブルに則ってキスマークをつけて送ったって言っていたもの。それでコロッと落とした……じゃなくて、見事にお心を手に入れたと言っていたわ。


 でも、わたしとシャルルはもう婚約者で相思相愛だから、そんな小細工はいらないわよね!

 人生初のキスマークというものをつけてみたかったけれど、それはまた次の機会に取っておきましょう。


「じゃあ、この手紙を――」


 出してきてとレーヌにお願いしようとした、そのときだった。

 扉がコンコンと叩かれる音がして、返事をしたら、わたしの専属護衛騎士のジェラルド・ヴィクスが何やら焦った様子で入って来た。


 ジェラルドは八歳年上のヴィクス子爵家の次男で、わたしが十歳の時から専属護衛を務めてくれている。

 銀色の髪に青い瞳の、わたしのお兄様たちよりもずっと王子様然としたキラキラしい外見の男性よ。社交界でとっても人気なんだけど、お仕事に専念したいからってまだ独身なの。


「ジェラルド、どうしたの?」


 いつも落ち着きを払っている彼が慌てるなんて珍しい。


「それが……」


 ジェラルドはわたしの側まで歩いてくると、片膝をついてわたしと視線を合わせた。


「どうか落ち着いて聞いてくださいませ、エドウィージュ様」

「わたしは落ち着いているわ。落ち着いていないのはジェラルド、あなたの方だと思うの。ほら、深呼吸をした方がいいわ」

「深呼吸はまたあとで。では、お伝えしますね」


 なんだかとっても仰々しいわね。

 なにかしら。お父様が階段から落っこちて骨折したとか、もうすでにいいお年のお母様がわたしの弟か妹を妊娠したとか、そんな感じのことかしら。大丈夫よ。その程度のことなら、わたしはちょっとしか驚かないわよ。「まあ!」とかその程度よ。だから安心して。


 ジェラルドは真面目くさった表情を作ると、わたしの目をじっと見つめて、言った。


「エドウィージュ様のご結婚が、延期されるそうです」


 わたしは、ショックのあまりぱたりとソファに倒れ込んだ。





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