第47話 《歌姫》
「……すまん」
信仰神殿前で私たちを出迎えてくれたウェルデは開口一番すまなそうに頭を下げながら謝罪する。
「俺が自分から推薦したことを不審に思われた。……で、何をしようとしたのか正直に話せ、と」
「……で、話したと」
私の言葉にウェルデは項垂れる。
彼の行動は理解できる。今更彼を責めてもどうにもならないだろう。
それに、ウェルデがあれほど規約違反を犯しているのに捕らえられていないあたりこのシャロマの巫女は面白い人物だと思える。それは私たちを街の兵を動かして捕らえず、呼び出すという方法を取るあたり同義だ。
先日と同じようにウェルデのあとについて神殿内を歩くが、今日はあの白い装束は着ていない。アラキアは知らないがあれが何かわかった以上、二度と着たいと思えるような代物ではない。
外部のエルフ、ことに人間が深部を歩いているということもあり注目を集めることとなったがウェルデが共にいることもあり止められることはなかった。
重厚な扉を開くとその奥に広がるのは礼拝堂らしき場所だった。
「巫女様、お連れしました」
「ご苦労様、ウェルデ」
そう答えたのは中央に立つ女性だった。毅然とした態度で、とても鋭い眼光に射抜かれると相当強いのだと分かる。レベルでは推し量れない強さだ。
左右には7人の神官たちが並んでいる。全員ウェルデを同じような衣装だ。彼らが巫女の付き人なのだろう。
「私はシャロマの巫女イナフィナだ。あらましは聞いた。仮染めとは言え生贄がアドヴェントへ、それも祭壇までゆき無事に戻ってくるとはな。……驚いたぞ」
生贄、と呟いたアラキアに後で説明するといい止めると巫女の言葉を待つ。
「そなたらに聞きたいことが山ほどある。そなたらのこと、ダークエルフのこと、……そしてかの行動の理由。でないと上から守れぬではないか」
「……え?」
「なに驚いているウェルデ。この早とちりの阿呆が。我は咎めるつもりなどこれっぽっちもないぞ。むしろ逆だ。歓迎するぞ客人よ。そうでもないとシャロマの巫女など務まらん。のう?」
興味津々、といった様子で目を輝かせる巫女に付き人たちは苦笑する。その表情に今は違う世界にいる懐かしい人たちを思い出してしまった。
そういえば、私もよく彼らにこんな表情をさせていたような気がする。
「して、話してくれるかの?」
私は頷くとダークエルフと共闘について話す。これはこの世界のことであるためそのまま伝えても大丈夫だろう。
次に自分たちのことを話そうとするがうまく言葉が見つからない。違う大陸から来たのだとまでは言えたのだが、何故中央にあるアークルイナまで行きたいのかというのがうまく説明できないのだ。
言葉に詰まっているとアラキアが続けてくれた。
「私たちは、ダークエルフと共闘の約束をしました。単に森林エリアでの一件があったからだけでなく、私たちの元居た場所へ帰るために。利害が一致したと考えたからです」
「かの大陸か?」
「いえ、こことは違う世界です」
「アラキアっ!?」
それだけは言わないでおこうといっていたことだ。
彼らにとって現実という異世界は理解できるものではない。たとえ理解してくれたとしても信じてくれるかどうか。だからディアザに語るときもどこか遠い場所と語ったのだ。
「ほう? 違う世界とな。おもしろいではないか」
「かの地へ訪れたのも、それが理由です。……私たちの世界と、連絡と取るため。そして、力を得るため。……アルマ」
アラキアがそっと私の背を押す。
何が言いたいのか分かった私は前に進み出ると目を閉じ両手を広げる。同期するように背に生えたのは光の翼だ。
「これが、その求めていた力です。これがあってはじめて私は私として戦うことができるから」
呆気にとられている巫女たちの前で浮き上がってみる。感覚としては現実と全く同じだ。
私は嘘は言っていない。
この羽は汚灰の戦いの中で大いに力を発揮してくれた。私の力の一部だ。
「……ハイエルフの光翼。……なるほど。それならばあの地でなければならぬ理由があるな」
「み、巫女様っ!?」
「なに、多少目の前で奇跡が起ころうとも我は動じぬぞ。我が願いはただ一つ。女神フィティリスの再降臨じゃ。それも、上とは違い生贄ではない方法でのな。……この者はフィティリスではない。ならば、そう騒ぐくことではない」
はっきりとした信念に感嘆すると羽を閉じ降り立つ。この巫女ならどんな状況でも自分の意志で動いてくれるだろう。
今回のようなストーリー展開でなくとも、プレイヤー側についてくれたはずだ。
「さて、あと2点ほど聞かなくてはいけないことがある。ここ数日、シャロマに歌姫と呼ばれる者がいると聞く。神官に調べさせたところ、ハイエルフの秘術を用いた歌を操る少女だ。彼女がこの街にとどまることは危険が伴うだろう。たとえエルフ以外の種族であろうと、ハイエルフの秘術となれば上が黙っていることはない。この信仰神殿でもかばいきれん。かといって我らが動けば上は勘付くだろう。もっとも、伝えるも伝えないもそなたらの問題だ。そなたらの同胞だろうからな」
そう言われて思いつくのはたった一人だ。
シヴィアハイエルフ・ガーディアン戦やプロミネンスフレイムドラゴン戦で《吟唱》スキルを用いて補助をしたあの少女だ。そして昨日、あの祭壇に現れた少女。
同じプレイヤーなのかと聞かれれば確かにそうだとは言い切れないが、危険が迫っているというのならばプレイヤーであろうとNPCであろうと彼女を放っておくことはできない。
「そして、これが一番気になっていたことなのじゃが……」
巫女は右手を前に突き出すと声高に詠唱する。
ゲーム内で見たことのないような複雑な魔方陣から巨大な何かが召喚される。その何かの姿を見て思わず息をのんだ。
アドヴェントで襲われかけたあの神官と天使のようなモンスター、リ・デーオスウィンリガムとほぼ同じ姿のモンスターだった。カラーリングだけが違う。
レベルを見ると620.ちょうど今の私と同じだ。
それでもこのエリアの推奨レベルからは100レベルほど高い。
「祭壇にて、この子と同じような使い魔を見たはずだ。……どうやって倒した。いや、出会っていたのならば何故生きていられる?」
「それは……」
私ではない。
あの少女と白銀のドラゴンが倒したのだ。
しかし、それを伝えていいのだろうか。この巫女だけならば大丈夫だろうが、彼女の言う上が関わっているとなると厄介だ。
「……どうしても、答えないとダメ?」
「実は、それが一番聞きたかったことでな。あれは、リ・デーオスウィンリガムはアドヴェントの生贄の祭壇に根付いたいわば精霊だ。そして我ら巫女の使い魔の元でもある。そして最後の剣を振り下ろすものでもある。生贄の魂を奪い器とするものだ。それを倒したとなると、とっくにハイエルフにそなたらの存在がばれている可能性もある」
「それは、まずいな。上だけならばエルフ内の問題だが、ハイエルフとなると……。それこそ信仰神殿ではかばえなくなる」
「……っ」
彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。正直に話そうと口を開きかけるが、巫女の声にさえぎられる。
「とはいえ、どちらにしろ我らはハイエルフに対抗することに変わりないのだがな!」
「!?」
ウェルデだけでなく他の付き人たちも驚きの声をあげた。
当然私たちも唖然とする。ハイエルフに対抗するだと。
「あれだけの話を聞いておいて今まで通り従っていられるものか。上の連中はともかく、我らは我らだ」
「しかし、あの者共の話を信じるというのですか!?」
「阿呆。もともとおかしいと思っていたところに信憑性の高いこの情報だ。踏ん切りがつかないでいたがいい機会だろう。のう? そなたらも後ろ盾がほしいはずじゃ」
「それは、そう……だけど……」
種族差別だったりこの大陸独自の歴史だったりとなにかと行動しづらいのは事実だ。今回の行動制限もウェルデというNPCのおかげでどうにかなったものの不安は尽きない。
それに、こちらだけに構っている余裕はない。エイムス大陸に向かったイアン達からあまり芳しくない報告が入っている。できる限り心配事は減らしておきたいのが現状だ。
「もちろん、表向きは今まで通り従っているようには見せる。でないとこの都市自体の存在が危ぶまれるからな。だから我らは直接的に動くことはできない。できるのはどこかの誰かを優遇することぐらいじゃ。な?」
つまりはその『どこかの誰か』がほしいということだ。
「……わかりました。その申し出、受け入れます」
私の返事に巫女イナフィナは笑みを浮かべるのだった。
シャロマの街中に戻った私たちは巫女からもらった商会の証明書をガルドグルフに渡すと、同じく与えられた物件に案内する。中心地からほど近い場所にある商業施設でかなりの広さをほこる。私たちの同盟全員に個室を割り当てても部屋が余るくらいだ。
驚くガルドグルフにこれまでの経緯を説明すると、その後の手続きを任せ再び街へ出た。
巫女が《歌姫》と呼んだあの少女を探すためだ。
ガルドグルフやこちらに残っているマオをはじめとする情報屋たちに連絡をとってみると、すんなりと少女の情報は集まった。
白いフード付きの装備で相変わらず素顔は不明だが、この街の広場にあるモニュメント前に現れては歌っているという。大体は夕方ごろでたまに昼間に歌っていることもあるが、歌い終わり声をかけようとするとすぐにいなくなってしまうらしい。
そんなわけで広場に面したカフェで張り込んでいるわけなのだが、昼過ぎから時は過ぎおやつ時になっていた。夕方が多いということは、まだ可能性は大いにあるがこれだけ長い時間同じ場所にいると落ち着かない。
それも人通りが多い場所に面しているとあって賑やかだ。
お茶や軽食もいい値段をしている。
「……食べる?」
頼む前にアラキアが気にしていたフライをすすめると、彼は迷った末に一個だけ口に運ぶ。
「別にもっと食べていいんだよ?」
「大丈夫だよ。旨いなこれ。なんだっけ?」
「天空サーモンのフライ。……このエリアの食材みたいだけど、鮭いるのかな?」
「さあな。でもシャロマにないだけで他の島にはあるのかもな。なんだっけ、あの島だって大きいって言ってたし、下手したら湖とか海みたいなのもあるんじゃないのか?」
アドヴェントと言いたかったのかアラキアは北を指さしていた。
「……まあ、あるかもしれないけど。なんかゲームの湖とか海ってあんまりいい思いをするクエストがないような気がして」
大体は討伐系クエストなのだが、討伐対象がうねうねしていたりねちょねちょしていたりとあまり仮想現実で観たいと思えるものではない。前に大旅団で一斉休暇があったとき、第78番艦ウォーランでハルが起こしたヒュドラ事件も悪いイメージを形成する要因になっている。
あれはもう勘弁してほしい。休暇どころではなかった。
そんな話をしているとだんだんと眠くなってくる。
ソファにより深く沈み込むとひじ掛けに頭を預ける。
「……なにかあったら起こして」
「はいはい」
諦めたようなアラキアの返事を聞きながら眠りに落ちていった。
ポン、という弦の音に顔をあげる。
あたりは夕日に染まっていた。
「ちょうどよかった。起きたか」
アラキアと共に店を出るとモニュメントの方へ歩いてゆく。
聞こえてきたのは済んだ歌声と弦楽器の音だった。
歌詞自体は知らないが、どこか聞いたことのあるメロディーだ。懐かしい感じがする。
その曲が歌い終わるともう一曲歌い始める。
先ほどまでの静かな曲とはうって変わり、現実にもありそうなアップテンポな曲だ。
「さあ手をとって」
「!」
そのメロディーと歌詞に目を見開く。
私はこの曲を知っている。いや、知りすぎている。隣でアラキアも同じような表情をしている。
「この曲……ユーリの……!」
ガライアのPRキャラクターユーリ。彼女のデビュー曲である空の先という曲だ。
調整で何度も聞いた。それに、ユーリ自身も喜んで歌ってくれていたためはっきりと覚えている。
同時に結城が何か言いかけていたことを思い出す。
「キミと共に……!」
そうしている間に少女は歌いきり一礼する。沸き起こった拍手の中、踵を返すのが見えた。
「待って……!」
人ごみを必死にかき分けるが、結局彼女の姿を見失ってしまったのだった。




