第46話 コンソール
高くそびえる不可思議ながら美しい様式の建物とそれを囲む城壁に圧倒される。シャロマとはまた違う雰囲気だが、こちらの方が不法侵入しているということを除いても背筋が伸びてしまう。
船から降りるとシャロマの信仰神殿内と同じようにウェルデのあとについて進む。
ある樹ながらウェルデから教わった所作を頭の中で復習していた。今、私は巡礼者ということで連れているということになっている。この場所はその中でも一握りしか来れないため当然敬虔な信者ということになる。少しでも不審に思われればウェルデともども終わりだ。
門番に何やら見せて手続きを行っているウェルデの姿を眺めながらあたりの様子を探る。特にモンスターのポップなどはなくポップしそうな気配もない。もしかしたらこのエリアはボス以外のモンスターがいないのかもしれない。
(それとも、ボス自体いない……?)
そうしているうちに手続きが終わったのかウェルデに呼ばれる。
城門をくぐった先に広がっていたのは街だった。全体的に魔法の技術が使われているらしくこれまで訪れたどの街よりも異世界に来たという感じはする。
そしてどこよりも進んでいるように見える。
だが、どこか奇妙だった。
ここがなんなのかは分からないが、行き交う人々はすべてエルフでウェルデと似たような衣服を身に着けている。よく言うと洗練された、悪く言えば人間味のない空気にうす気味悪さを感じてしまう。
前を行くウェルデの表情もどこか緊張しているようでならない。
(ウェルデも、この街の人たちもみんなAIだっていうのに……)
ディアザの時もそうだったが、少々違和感があるだけでそれほど人間と変わらないように感じてしまう。この世界も作りものではなく、本当に歴史を積み重ねてきたようなそんな感じがするのだ。
街の中央にそびえる建物へ向かうのかと思いきや、ウェルデは街の東部へ向かってゆく。
やがて見えてきたのは東の門だった。
入った時と同じように手続きを済ませ出てゆく。そこまでは同じだったのだが、近づいてきたウェルデは一瞬ためらった後、門番から受け取ったアイテムを私に使う。
装備系のアイテムだったのか、アバターの周りにエフェクトが立ち上る。
「っ!?」
そう思った瞬間、両手首と首にズシリとした重みを感じたのだった。
白の装束の上からつけられたのは拘束具だった。革製の首輪と手錠から伸びる鎖をウェルデが握っている。
「ウェ……」
「静かに」
口元に当てられた人差し指に黙り込む。
それ以外は変わることなく、街の外の草原を歩き始める。
索敵範囲から衛兵NPCの反応がなくなったころ、ウェルデは口を開いた。
「すまない。こうするしかなかったんだ」
「……どういうこと」
「この場所はこの地に住まうエルフにとって重要な場所だ。聖地といえばわかるだろうか」
語るウェルデの口調から敵意は感じられなかった。抵抗することなく彼のあとに続く。
最北端にあるこの島の名はアドヴェント。
エルフたちの言い伝えでは、この地の祭壇に女神フィティリスは再び降臨するという。だからこそ、聖地。信仰神殿は他の種族の教会や祠と同じ役目を果たしているが、たった1つだけ違う側面を持っていた。
他の種族がただ女神を祀り崇め祈りをささげるだけなのに対し、信仰神殿は意図的に女神を再降臨させようとしているという。
全く異なる種族ながらも最もハイエルフに近いエルフ。姿かたちだけではなく、魔力的にも近い特性を持っているらしい。
そこで彼らは古典的ながらもこの世界では最も合理的な方法を取っているのだ。
「すなわち、生贄だ」
「……いけにえ?」
信仰神殿の長が巫女、女性なのはそこに理由がある。彼女たちは高い魔力とハイエルフに近い魔力構造を持っている。彼女たちは生贄の候補なのだ。
同時に巫女ではないものの自らより高い適性を持つ者を推薦する役割を持つ。
「女神フィティリスの依り代となれること、それはこの上ない名誉だ。……だが、他の種族は受け入れないだろう。それが封鎖している理由の一つだ」
「ウェルデは……」
「俺も否定はしない。生まれたときからこの文化で育ってきたし、そう教わってきたからな。でもな、どこかおかしいと思って調べているんだ。そしたら、どうだったと思う?」
立ち止まった勢いで鎖同士がぶつかり音をたてる。
「どう……。何か、変えられていた?」
「その通り。俺たち下っ端には何にも知らされないものなのさ。まず第一に生贄を言い出した場所が違う」
「え?」
「エルフが言い出したんじゃない。ハイエルフ側から言ってきたことなのさ。しかも、天上王直々にね」
「天上王……ナハイラ?」
「その通り。現ハイエルフ王ナハイラ。いつからナハイラの代となったかは定かじゃないけど、確かなのは王と呼ばれるハイエルフがナハイラ以外いないってことと、ナハイラがエルフに何かしら働きかけたってことぐらいさ」
天上王ナハイラ。前にディアザから聞いたことがある名だ。
ハイエルフを祀るこの世界において女神フィティリスに次いで力を持つといわれる存在。しかし、ダークエルフとの一件に続いてこれではハイエルフという存在がきな臭いものに思えてならない。
「ハイエルフは、いったい何を……」
「さあね。カミサマたちのことはよくわからないよ。……と、まあ、話しているうちに着いたね。ここがお前さんが言っていた場所、生贄の祭壇だ」
鎖から手を離したウェルデは私から首輪と手錠を外す。
草原の先、島から突き出た陸地の端にポツンと青い四角い石が見えた。そこまでは階段状になっている。
「すまないが、俺はここで待っている。さんざん掟破りはしてきたが、この先に進むのはさすがに足がすくんでな」
「わかった」
おそらく、あれが管理者用のコンソールなのだろう。そこへ近づかないよう制限がかかっているらしい。
警戒しながら階段をのぼり切るとコンソールに両手をつく。
浮かび上がったのはキーボードのマス目とホログラムウィンドウだった。
(ここから、どうしろって?)
認証画面が出てくるが、そこにはIDとパスワードを求める表示がなされている。そうはいっても私は管理者ではない。試しに自身のものを打ち込んでみるが案の定エラーが出る。
伝言ではハッキングしろ、などといっていたがそんな芸当ができるほどの技術は持ち合わせていない。
「どうすれば……」
正攻法で行けるならば誰でもいいはずなのだ。
私でなければいけない理由。思いつくのはたった1つだが、それもこの世界では。
いや、やってみなければわからない。
「アトミアの力……」
「アルマっ!!」
「!?」
目を閉じ集中しようとした時、悲鳴に近いウェルデの叫び声が耳に届いた。
驚いて振り返ろうとした刹那、断崖絶壁となっている島の端から何かが勢いよく飛び上がってくる。陽の光を反射したその何かは私の方へ一直線に突撃してくる。
「り、竜!?」
神々しいほどの白銀の竜に身をかがめ防御姿勢をとる。大きく開かれた口が迫る。
が、閉じられた口が食んだものは私ではなかった。パキリ、という音と共にダメージエフェクトがすぐそばで上がる。
「へ?」
竜が咥えていたのは天使と神官をモチーフにしたよなモンスターだった。表示を見るとボスモンスターだった。そのレベルを見て思わず息をのむ。
レベル1200、リ・デーオスウィンリガム。
私の約2倍のレベルのモンスターだ。それこそかすっただけでHPは0になっていたはずだ。
背後で鳴り響いた弦の音。それに従うように竜はモンスターを放すともう一度咬みつく。
咬みつかれたまま徐々にHPを減らしていったリ・デーオスウィンリガムはやがて消滅エフェクトに包まれ消えていった。
「……大丈夫?」
「え?」
いつの間にへたり込んでいたのだろうか。差し出された手をぼうっと見つめる。
やがて左手に抱えられたリラが目に入り目の前に立つ人物を凝視する。
白いフード付きマントで全身を覆い素顔はほとんど見えないが、私は彼女を知っていた。
「あの時の……。一体……。なんで……」
うまく言葉が見つからず詰まる。そんな私に彼女は微笑むと手をとり立ち上がらせた。
「あなたならできるよ、きっと」
「え?」
「そう思うの。さぁ」
指がならされる音がしたかと思うと、最初から何もなかったかのようにその姿は消え去っていた。
「な……」
なんだったんだ。
しばらくあっけにとられていたが、今やるべきことを思い出し振り返る。
青い光を放っている盤上をのぞき込むともう一度集中する。
(どんなに些細な道でも)
――さ、力の導くままに
「アトミアの力、どうか……ボクに……。お願い、繋がって」
『アルマ君かねっ!?』
聞こえた懐かしい声に目を開く。
するとそこは何もない暗い空間だった。
どこなのだろう、という疑問よりも先に聞こえた声を求める焦りと希望がごちゃ混ぜになって自身でも訳が分からなくなってくる。
「ねぇ、ボクだよ。お願いだよ、誰か答えて」
『成功したのだな、アルマ君!』
「結城さん? 結城さんなの!?」
『ああ、そうだ。状況の説明はあとだ。時間が惜しい。まずはこれを』
手元に浮かんだ光はやがて全身を包む。背に移動した光は青い羽を形成する。
『翼だ。本来は……いや、時間がない。くれぐれも使う場所は選ぶように。いいかね?』
「……うん」
『それと、思った以上にまずい状況になっているかもしれん。警戒を怠らずに……まずい、時間が。もしそちらでユーリを……!』
プツリと、声が途切れる。
フェードインしてきた景色は元のコンソール前だった。
「結城さん……」
話すことはできたが、結局何も聞くことができなかった。
彼が今どうしているのかも、このデスゲームを引き起こしたのかさえ。ただ無事なことが分かっただけだ。
(それでもいいか……)
今はそれで十分だ。
目的は達した。帰ろうと階段を駆け下りウェルデの元へ向かう。
しかし当のウェルデは目を見開き手を組んでいた。
「……俺は……なんということだ」
「ウェルデ?」
「俺は、奇跡を……。女神フィティリス」
そう呼ばれたのは私だった。
「どういうこと……? ボクはアルマだよ?」
膝をつくウェルデの肩に触れると彼は恐れたように顔を伏せる。
「お許しくださいっ!」
「ちょ、ちょっと待ってウェルデ。ボクは女神なんかじゃないってば。ほらよく見て」
彼の肩を掴んでゆする。何をどう判断されたのか分からないが、女神だと判定されてしまっている。
(まさか、さっき受け取った『翼』のせい……?)
結城は想像以上にまずい状況になっているといっていた。もしかしたらストーリーの改変も世界の設定もそうなっているのだろうか。
ウェルデが見ていないのを確認して羽を広げてみる。
感覚自体は現実のものとほぼ同じだ。きっと私の感覚をもとに構成してくれたのだろう。それだけ確認して羽を消すと、もう一度ウェルデの肩をゆする。
今度は顔をあげたウェルデに精一杯頭を働かせて自分は女神でないと訴えた。
「……だが、しかし」
「ほら、何かの間違いだってば。ボクはアルマ」
「では、あの声は。そして翼は……」
「声……?」
翼は、きっと受け渡されたときに見えてしまったのだろう。声は。
「……男の人の声?」
「いや、女性だ。……ああ、確かに違う……な」
ようやく落ち着きを取り戻したウェルデにほっと溜息をつく。
あのままだと帰りに困る。それに、下手に女神だといわれても持っていない力ではどうしようもない。
「ボクの用事は済んだよ。ありがとう、ウェルデ」
「いや、俺は何も……。というよりはここからが本番でね。今から言う通りにしてくれ」
再び私に白の装束と拘束具を取り付けたウェルデは来た時と同じように鎖を持ち先導する。
そして街が見える場所まで来ると私を肩に担ぎ上げる。歩くことで生まれる振動を感じながらなるべく力を抜いていると門番と話す声が聞こえてきた。
「さっきの神官殿か。その様子だと」
「ああ、いつも通りだ。失敗さ。身元はこちらで引き受けていいな?」
「問題ない。話は通しとくからあとでアレ頼んだよ」
「近日中に送ると伝えておいてくれ。では」
そのまま静かな裏道を使って街を通り抜けると南門と船着き場でも同じような問答を繰り返す。床におろされたのはシャロマへ行く船の中だった。
「専用の部屋をもらった。動いてもいいぞ」
「……ああ、やっと生きてる心地がするよ」
起き上がり大きく伸びあがる。
今の今まで死体に扮していたため言葉を発することはおろか動くことができなかったのだ。一度死んだことのある身としてはとてつもなく奇妙な心地だった。
アラキアがみたらどうなるだろうか。
「そうそう。船を降りて俺の部屋に着くまでまた死体になってもらうからな」
「え、またぁ!?」
「そうじゃないとアドヴェントから来た船に神官以外のエルフが乗っていたことになる。現地住民ならまだいいわけがきくが、な」
「あー、そっか……」
部屋で待っていたアラキアがこのことを聞いて渋い顔をしたのは言うまでもない。
信仰神殿から出してもらって終わり。そう思っていた私たちは次の日、シャロマの巫女から呼び出しを受けたのだった。




