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そのダンジョン事故、保険金は出ません。 〜元査定員の俺はログ鑑定で無謀な探索者の嘘を暴く〜  作者: 平八
第二章 その判断ミスは、誰に教え込まれたものですか

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第18話 その魔法弾、本当に訓練用ですか

低出力。


 安全基準内。


 訓練用。


 どれも、事故報告書でよく見る言葉だ。


 便利な言葉でもある。


 低出力と書けば、危険ではなかったように見える。


 安全基準内と書けば、責任はなかったように見える。


 訓練用と書けば、事故ではなく教育だったように見える。


 だが、人間の身体は、報告書の言葉では焼けない。


 骨膜に残る魔力焼け。


 筋繊維の断裂方向。


 治癒魔法の浸透効率。


 傷は、言葉ではなく出力で決まる。


 俺、黒木司は、青嶺探索者育成学校から提出された魔法弾発射装置の出力資料を見ていた。


【提出資料】

【訓練用魔法弾発射装置 事故当日出力記録】

【学校側説明:訓練用低出力設定】

【平均出力:一八・二%】

【安全基準:基準内】

【異常検知:なし】


 綺麗な数字だ。


 平均出力、一八・二%。


 安全基準内。


 異常検知なし。


 この三つだけを見れば、学校側の説明は通る。


 だが、御園ミミは資料を見ずに、治療記録を見ていた。


 いつものことだ。


 俺は数字を見る。


 御園さんは傷を見る。


 その両方が一致しない時、事故報告書のどこかに嘘がある。


「低出力では、説明できません」


 御園さんは、静かに言った。


「理由を」


「右肋部の魔力焼けが深すぎます」


 彼女は治療記録の断面図を指差した。


「訓練用低出力なら、魔力は浅い層で散ります。水が布に染みるように、表面で広がって、そこで止まるんです」


「今回の傷は違う」


「はい」


 御園さんの声が、少し低くなった。


「これは、熱した油を注がれたような焼き付き方です。表面を癒着させて、奥の細胞を窒息させています。だから、治癒魔法が入りにくかった」


「治癒魔法の浸透効率低下」


「はい。最初の二十分、処置が入りにくかった理由はそこです」


 俺は端末に入力する。


【御園所見】

【訓練用低出力魔法弾としては、骨膜魔力焼けが深い】

【魔力焼き付きにより治癒魔法浸透効率低下】

【平均出力一八・二%との整合性に疑義】


 御園さんは、さらに資料をめくった。


「それと、傷口の焦げ方です」


「焦げ方」


「魔力痕が一点に集まっていません。横へ流れています」


 彼女は、指で傷の流れをなぞる。


「身体を右へ開いた時に、左側から入った傷に見えます。退避ゲート側へ向かおうとしていた姿勢と矛盾しません」


「逃げなかった傷ではない」


「はい。ただし、それは私の担当ではありません」


 御園さんは、そこで止めた。


「私が言えるのは、傷の向きと深さです。事故原因にどう繋がるかは、黒木さんの仕事です」


「十分です」


 役割がはっきりしてきた。


 御園さんは、傷から事実を取り出す。


 俺は、その事実をログと照合する。


 それでいい。


 午後。


 青嶺探索者育成学校の小会議室。


 出席者は前回と同じだった。


 柳原早紀。


 大鳥圭一。


 技術員。


 そして、事故査定課から俺と御園さん。


 真鍋課長は庁内で待機。


 胃薬もおそらく待機している。


 柳原は、出力資料を机に並べた。


「ご覧の通り、事故当日の魔法弾は訓練用低出力設定です」


 声は落ち着いていた。


「平均出力は一八・二%。安全基準内です。発射装置にも異常検知はありません」


「平均出力ですね」


「はい」


「瞬間最大出力は」


 柳原の指が、わずかに止まった。


「訓練用魔法弾は、平均出力で管理しています」


「質問は、瞬間最大出力です」


「安全基準上、平均値での管理が認められています」


「安全基準内と、訓練用低出力は別です」


 柳原の笑顔が薄くなる。


「どういう意味でしょうか」


「安全基準内でも、訓練用低出力の範囲を超える瞬間出力があれば、負傷原因になります」


 俺は資料を指差した。


「傷は平均値で焼けません」


 会議室が静まった。


 御園さんが、少しだけ顔を上げる。


「骨膜の魔力焼けは、瞬間的なピーク出力の影響を受けます」


 彼女は、治療記録を開いた。


「平均出力が低くても、一瞬だけ高出力が入れば、傷は深くなります」


 柳原は、御園さんを見る。


「それは、治癒師としての所見ですか」


「はい」


「装置管理の専門ではありませんよね」


「装置管理は専門外です」


 御園さんは頷いた。


「ですが、傷がどの程度の魔力を受けたかは、治癒師の所見です」


 柳原は、すぐに俺へ視線を戻した。


「では、装置管理の記録で確認しましょう。発射装置は安全基準内です」


「安全基準内と、訓練用低出力は別です」


 同じ言葉を繰り返す。


 必要だからだ。


「瞬間最大出力のログを提示してください」


 技術員が、柳原を見た。


 柳原は笑顔のまま、わずかに顎を引く。


「閲覧のみで」


「必要箇所は保全要求します」


「未成年事故の記録ですので」


「公開と保全は別です」


 昨日から三度目だ。


 柳原の笑顔が、少しだけ疲れた。


 技術員が端末を操作する。


 画面に、出力ログが表示された。


【魔法弾発射ログ】

【十四時二十七分〇五秒:発射準備】

【十四時二十七分〇五・三秒:出力上昇】

【十四時二十七分〇五・六秒:発射】

【平均出力:一八・二%】

【瞬間最大出力:六七・九%】

【ピーク継続時間:〇・四秒】

【モード:適応負荷補正】


 柳原が、何も言わなくなった。


 大鳥教官の目が、画面に固定されている。


 技術員の顔色は悪い。


 俺は画面を見る。


 六七・九%。


 〇・四秒。


 適応負荷補正。


 平均出力一八・二%という数字は、嘘ではない。


 だが、傷をつけたのは平均ではなくピークだ。


「瞬間最大出力、六七・九%」


 俺は言った。


「これは訓練用低出力ですか」


 技術員が口を開きかけた。


 柳原が先に答える。


「瞬間ピークです。平均出力は基準内です」


「質問を変えます」


 俺は端末から目を離さない。


「椎名遥斗さんの骨膜魔力焼けは、平均出力一八・二%で説明できますか」


 柳原は答えない。


 御園さんが言った。


「説明できません」


 短い。


 十分だ。


「では、瞬間最大出力六七・九%なら」


「説明できます」


 会議室の温度が、一段下がったように感じた。


 大鳥教官が、机に両手を置いた。


「待ってください」


 声に、焦りが混ざっている。


「適応負荷補正は、実戦を想定した訓練では一般的です。探索者は、一定の負荷に適応しなければならない」


「事故報告書には、訓練用低出力とあります」


「低出力設定の中で、瞬間的な負荷をかけることはあります」


「その訓練目的は、事故前の計画書にありますか」


 大鳥教官の言葉が止まる。


 柳原が引き取る。


「黒木査定官。現場では、教官の裁量で負荷を調整することがあります」


「裁量の範囲は」


「訓練生の能力に応じて」


「数値で」


 柳原は黙った。


「教官裁量で六七・九%まで上げられる規程はありますか」


「確認します」


「提出してください」


 柳原の表情が動かない。


 だが、指先だけがわずかに机を叩いた。


「我々は、生徒を危険に晒すために訓練しているわけではありません」


「はい」


「実戦では、出力が一定とは限らない。だから、揺らぎに対応する訓練が必要です」


「その教育方針は否定しません」


「では」


「事故報告書に書いてください」


 沈黙。


 俺は続けた。


「訓練用低出力ではなく、適応負荷補正により瞬間最大出力六七・九%の魔法弾を使用した、と」


 大鳥教官の顔が強張る。


「それでは、誤解を招きます」


「現在の報告書の方が、より誤解を招きます」


 御園さんが、治療記録を見た。


 それから、静かに言った。


「所見を書き換えることはできるかもしれません」


 柳原が、御園さんを見る。


「でも、患者の身体に残された高出力の記憶までは消せません」


 御園さんは、治療記録を丁寧に閉じた。


 その手が、ほんの少しだけ震えていた。


 怒りを抑えているのだと、分かった。


「この傷を低出力と呼ぶなら、それは治癒師への侮辱です」


 会議室に、沈黙が落ちた。


 御園さんは怒鳴らなかった。


 泣きもしなかった。


 ただ、治療記録を閉じた。


 それだけで十分だった。


 俺は、適応負荷補正の詳細ログを開かせた。


 技術員は明らかに嫌がっていた。


 だが、拒否はしなかった。


 画面に、追加ログが表示される。


【適応負荷補正ログ】

【発動条件:恐怖反応遅延検知】

【補正内容:刺激強度上昇】

【目的設定:前進判断促進】

【対象:椎名遥斗】

【発動者:訓練管理システム】

【承認:教官端末 未確認】

【安全管理室確認:未入力】


 前進判断促進。


 俺は、その言葉をしばらく見た。


 恐怖で立ち止まった少年の背中を、高出力の魔力で焼いて、前へ押した。


 システム上は、そういう意味になる。


 教育という名の、強制執行だ。


「これは、管理システムによる自動処理です」


 柳原は、すぐに言葉を整えた。


「AIが椎名君の反応を検知し、個別の適性に合わせて負荷を最適化した結果です」


 効率的。


 最適化。


 個別適性。


 公平な負荷調整。


 どれも、耳当たりのいい言葉だった。


「人間の感情が介在しないからこそ、公平な指導が行われたと見るべきではないでしょうか」


 柳原は、さらに続けた。


「AIは嘘をつきません。人間のように依怙贔屓もしません。これ以上に信頼できる指導がありますか?」


 俺は画面の二行を指した。


【承認:教官端末 未確認】

【安全管理室確認:未入力】


「AIは嘘をつきません」


 俺は言った。


「ですが、管理者は嘘をつきます」


 柳原の表情が止まった。


「AIの判断という言葉で、人間の確認漏れは消えません」


「確認漏れと断定するのは早計です」


「では、承認ログを提示してください」


 柳原は黙った。


「教官端末、未確認。安全管理室確認、未入力。現時点で確認できる事実は、それだけです」


 技術員が、画面から目を逸らした。


 大鳥教官が、かすれた声で言った。


「そんな設定は……私は」


「承認していません」


 俺は画面を見る。


「少なくとも、ログ上は」


 大鳥教官は何も言えなかった。


 柳原は、まだ諦めない。


「システムの自動処理を、ただちに学校の過失とするのは早計です」


「過失とはまだ言っていません」


「では」


「訓練用低出力という説明は、不正確です」


 柳原の目が細くなる。


「不正確」


「はい」


「虚偽とまでは言わないのですね」


「現時点では」


「慎重ですね」


「査定ですので」


 柳原は、短く息を吐いた。


 その顔には、もう柔らかい笑顔はなかった。


「……つまり、何が言いたいんですか」


 大鳥教官が言った。


 声に、怒りではなく、混乱が混ざっていた。


「私は椎名を殺そうとしたわけではない」


「はい」


「強くなってほしかった」


「その発言は記録します」


「記録じゃなくて!」


 大鳥教官が声を荒げた。


 初めてだった。


「私は、あいつが本当に探索者になれると思っていたんだ!」


 御園さんが、わずかに目を伏せた。


 大鳥教官は続ける。


「あいつは臆病だ。でも、周りをよく見る。危険に敏感だ。それは才能だ。だから、恐怖に負けずに前に出られれば――」


「退避判断訓練で、前に出る必要はありません」


 俺は言った。


 大鳥教官の声が止まる。


「危険度上昇時、退避指示が出ていた。退避ゲートは開放されていなかった。魔法弾は恐怖反応遅延を検知して刺激強度を上げた」


 俺は、ひとつずつ並べる。


「その状況で、椎名さんに求められていた判断は何ですか」


 大鳥教官は答えない。


「退避ですか」


 答えない。


「前進ですか」


 答えない。


「学校側のシステムは、前進判断促進をかけています」


 会議室の空気が重くなる。


「指示とシステムが矛盾しています」


 柳原が、すぐに言う。


「システム上の用語です。前進判断促進という表現は、必ずしも前へ進めという意味では――」


「では、何を意味しますか」


 柳原が止まる。


 技術員が、小さく言った。


「……対象を、停止状態から動かす補正です」


 柳原が技術員を見る。


 技術員は、もう目を合わせなかった。


「刺激を上げて、動作再開を促します」


「魔法弾の出力を上げて?」


 御園さんが聞いた。


 技術員は、沈黙のあと頷いた。


「はい」


 御園さんは、それ以上言わなかった。


 言わなくても、十分だった。


 大鳥教官は、両手を机の上に置いたまま、動けずにいた。


「期待は、出力上昇の承認にはなりません」


 俺は言った。


 大鳥教官の顔が歪む。


「あなたの期待が、システムの安全リミッターを外す言い訳に使われたのなら」


 俺は、端末のログを示した。


「それは指導ではなく、加害の構成要素です」


 大鳥教官は、息を呑んだ。


 柳原の表情が、完全に固まった。


 御園さんは、何も言わない。


 傷を見る者として、その言葉を必要以上に飾らなかった。


 俺は、一次整理に入った。


 今回は途中で細かい記録を表示しない。


 すべてを一度、最後にまとめる。


「……以上、魔法弾出力査定、暫定終了」


 俺は端末に所見を表示した。


【魔法弾出力査定 暫定所見】


一、学校側は「訓練用低出力」と説明していた。


二、提出資料の平均出力は一八・二%であり、安全基準内。


三、ただし、瞬間最大出力は六七・九%。ピーク継続時間は〇・四秒。


四、御園所見によれば、骨膜魔力焼け・筋繊維断裂・治癒魔法浸透効率低下は、平均出力一八・二%のみでは説明困難。


五、事故時、恐怖反応遅延検知により「適応負荷補正」が発動し、刺激強度上昇が確認された。


六、適応負荷補正の教官承認ログは未確認。安全管理室確認も未入力。


七、「訓練用低出力による接触事故」という学校側説明は、不正確である。


 柳原は、所見の七番を見ていた。


 不正確である。


 虚偽ではない。


 まだ。


 だが、逃げ道は狭くなった。


 大鳥教官は、椅子に座ったまま動かない。


 技術員は、端末を握ったまま青ざめている。


 御園さんは、治療記録に一行を書き加えた。


【御園追加所見】

【負傷は瞬間的な高出力魔力衝撃により生じた可能性が高い】

【低出力接触事故との説明は、治癒記録と整合しない】


 柳原が、ゆっくりと息を吸った。


「黒木査定官」


「はい」


「仮に、魔法弾の出力に確認すべき点があったとしても」


 まだ来る。


 この相手は、簡単には折れない。


「椎名君が、恐怖で動けなくなった事実は変わりません」


「はい」


「システムは、その停止状態を検知した」


「はい」


「であれば、やはり根本には本人の恐怖反応があるのではありませんか」


 責任が、また本人へ戻ろうとしている。


 退避ゲートから。


 魔法弾から。


 今度は、恐怖へ。


 俺は柳原を見る。


「次は、そこです」


「……そこ?」


「恐怖反応が、事故原因なのか」


 俺は、提出資料の束から一枚の紙を抜き出した。


 椎名遥斗の反省文。


 丸みのある、十五歳の筆跡。


 けれど、そこに並ぶ言葉は妙に硬かった。


 恐怖に負けた。


 前進判断を止めた。


 挫折を糧にする。


 判断ミスから逃げない。


 本物の探索者になる。


 俺は、その紙を机の上に置いた。


「この文章」


 柳原の視線が、反省文に落ちる。


 大鳥教官の肩が、わずかに動いた。


「本当に本人の言葉ですか?」


 会議室が静まり返った。


 事故査定は、まだ終わらない。


 退避ゲートは開いていなかった。


 魔法弾は、低くなかった。


 次は、言葉だ。


 椎名遥斗に「僕が悪い」と言わせた言葉を、査定する。


 まだ、本人の判断ミスとは認めない。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


第18話では、訓練用魔法弾の出力査定を行いました。


学校側の説明は「訓練用低出力」。

しかし、平均出力は低くても、瞬間最大出力は六七・九%。

さらに、恐怖反応遅延検知による「適応負荷補正」が発動していました。


退避ゲートは開いていなかった。

魔法弾は低くなかった。


それでも学校側は、次に「本人の恐怖反応」へ責任を戻そうとします。


次回は、いよいよ「反省文」の査定へ入ります。


遥斗はなぜ、自分を責めるようになったのか。

その言葉は、本当に本人のものだったのか。


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