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88、劣化版


 クララの肉体には秘密がある。

 これまでクララが隠し通してきたという訳ではないが、部外者がヒントを頼りに解き明かすには、その構造があまりにも複雑怪奇なだけだ。だから、クララの肉体は、クララから直接説明を受けた者にしか分からない。 

 世界の誰にもクララのソレを解せない。

 誰にも理解出来ないほどに、クララの神聖術の扱いは常軌を逸しているのだ。


 まず言わなくても分かるだろうが、クララの肉体は異常過ぎる。

 人間に耐えられるはずのないほどのエネルギーを注ぎ込んでも平然とし、素の体でも魔力などで強化した戦士を真っ向から捻じ伏せる事が出来る。

 世界中どこを探したとしても、こんな事を出来る存在はクララを置いて他にはない。仮にクララの数倍は巨大な魔物が居たとして、勝つのはクララで、負けるのは魔物だ。身体能力だけの話なら、世界最強の生命体であるシモンすらも上回る。


 だが、クララの見た目は少女そのもの。

 本人が忌み嫌ったとしても、事実は変わらない。四肢は小枝のようで、肉体は薄く、背は低く、彼女の同僚たるデドレイトとは比べようがないほど弱々しく見える。

 しかし、クララはデドレイトに勝つ。

 そうなる理由がある。


 クララは七年かけて、これまで誰も思い付く事の無い外道をもって、その弱い肉体を化け物の体に変えてみせた。

 そこまでするのかと竦むほどに、どうしてするのか疑問しか出ないほどに、そこには狂気と愛情以外の感情が欠落している。

 聞けばきっと、悍ましいクララの執念を垣間見る事になるだろう。

 クララの狂気は、痛ましい想いは、フィリップの、いや、神の予想すらをも遥かに上回っていた。



 ※※※※※※※※※



 戦闘に幕は降りない。

 壊しても壊してもなお足りず、クララは是が非でも異端を殺すために立ち上がる。 

 そこに一切の躊躇も、慈悲もない。

 さらに恐ろしい事があるとするのなら、クララは死への恐怖は持てども、苦痛への恐怖は皆無だという事だろう。

 


「…………」



 人の痛みを知らないのではなく、痛みなど問題にもならないと心から思うからこそだ。

 痛みを知らないのかと声に出したくなるほど、クララは苦痛を撒き散らす。それは、誰かだろうが、自分だろうが、対象は問わない。異端を滅するためならば、どんな苦痛でも浴びせるし、被ってみせる。

  

 その狂気がフィリップの眼前で現れた。



「!」


「避けんなよ」



 メイスはフリだけだ。

 フィリップに向けて真っ直ぐに走り、これまで通りにメイスを振り抜こうとしたクララ。しかし、フィリップはその途中で動きの違和感に気付いた。

 明らかに速度が落ちていたのだ。

 しかも、メイスで攻撃するには遠すぎる。これまで間合いは徹底して管理され、メイスでは届き、剣では届かない絶妙な距離感を保っていたというのに、それを崩した。

 しかも、その違和感に目を取られ続けるフィリップではなく、どこまでも彼は目ざとい。

 クララの首飾りから、銀色に何かが一瞬光ったのは見えた。そして、それがいつもより遅いメイスによって弾かれ、フィリップの顔面に飛んだのもちゃんと見えた。

 だから避けたのだが、正解だ。

 ファインプレーと言っても良いほどに。


 クララの首飾りは、物体を収容する効果がある。

 異端審問官専用に作られたソレは、空間操作の魔術が込められた最高級の魔道具だ。神によって直々に作成され、賜ったソレを、この場面で使用したのである。

 では、何を取り出したのか?

 クララが計十五トンまで収納出来るソレから取り出したのは、大型で高威力の破壊をもたらす魔道具でも、あらゆる人間に必殺を生み出す伝説の魔道具でもない。クララが取り出したのは、なんの変哲もない二本の細い針だった。

 

 バットでボールを打つようにして弾き出したソレ。

 他と違う所があるとするのならば、それは、ただ掠るだけでも即死する毒を塗ってあるだけだ。

 フィリップもそれを見抜いている。

 だから、次のクララの行動に目を剥いた。


 クララはその毒針を、自身に突き刺したのだ。



「ぐ、がああ!」


「何して……!」



 穴という穴から血を流す。

 それが猛毒なのは、クララの殺意と摂取したクララの様子を見ればわかる。

 フィリップはそんなクララを見て動けない。

 胸に手を当てて祈るように跪くクララ。その心臓には凄まじいエネルギーが凝縮しているのが分かるが、その隙を突いて攻撃など出来るはずがない。まるで楔を打ち込れたように、クララに見入ってしまった。

 時間にして十秒はかかっていない。

 赤い涙を流しながら、明らかに良くない顔色をしながら、クララは変わらぬ速度で駆けた。

 


「じ、ねぇぇええ!」



 メイスにはドロリとしたクララの血がベットリと付いていた。

 これまで顔だけは可愛らしいものだったが、凄まじい形相で詰め寄る彼女にはそんなものはない。殺してやろうという気迫が何よりも伝わって来る。潰されたようなその恐ろしい声を聞けば、誰しもが総毛立つ。

 フィリップは襲い来るメイスを剣で受け流そうとしたのだが、



「…………!」


「やっば気付ぐが」



 フィリップは血に触れなかった。

 それに触れてはいけないと、本能で察した。

 メイスは白いキャンバスに赤色をぶち撒けられた程度のものだが、血の滴る地面はまったく別だ。犯して、冒して、侵し尽くすように、茶色は濃い赤色に染められていった。ボコボコと沸騰して、気持ち悪く燃えている。


 猛毒とは分かっていた。

 だが、クララの体に侵入しただけで、その血液まで全て毒に変えるほどの激物とは思わないだろう。触れればどうなるか分かったものではない。

 クララの体だからこそ死なない。

 フィリップならば、確実に死ぬ。


 フィリップは何度目か分からない戦慄する。

 そんな毒を、自分を殺すために、なんの躊躇いもなく身体の中に入れた。

 苦しみなど度外視だ。痛みなど無視だ。

 クララはその毒を神聖術で治す事も出来る。だが、体を侵される苦痛を置いてでも、フィリップを殺すことを優先する。



「君は、そこまで……」


「ごろじて、やる」 



 憎悪ではなく、怒りでもない。

 ただ使命だというだけで、情熱ややる気もないのにここまで入れ込める。クララという人間の歪さが最大限に発揮された結果だろう。

 痛みに対して無頓着すぎる。

 使命に対して忠実すぎる。 



「があああ!」


「…………!」



 咆哮と共に血が撒き散る。

 フィリップは魔力で壁を作り出す。この場合、作り出すしかなかった。

 一滴でもかかればどうなるか分からない。しかし、目の前のクララを見れば、察する事が出来る。クララですらこんな苦しみ方をしているのだから、フィリップなら激痛の果てに息絶えるはずだ。

 けれども、悪手だった。

 フィリップは命を失わないために悪手を打たざるを得なかった。



「ぐ、ぎゃああああ!」


「あ」



 攻撃を中断して防御を固めるしかなかったフィリップに、絶叫と共にクララの強引な前蹴りが突き刺さった。毒から身を守るしかなかった彼の腹に、毒から身を守るために作りだした結界を突き破って、内臓を破壊する。

 メキ、ともグシャ、とも判断しがたい音が鳴る。

 口から大量の血をまき散らして、フィリップは吹き飛んだ。意識が飛びそうになり、視界がチカチカと点滅したが、ギリギリで受け身を取った。

 曲がりなりにも防御をしていたというのに、受けたダメージの甚大さと言ったらない。

 フィリップはクララを警戒しなければ、と視線を地面からクララに戻すが、その光景に思わず息を呑んだ。



「チッ……!」



 左足がボトリと腐り落ちたのだ。

 クララは血で染まった眼球をギョロリとグズグズの脚を向けて、忌々しそうに舌打ちをした。

 片足を失ったというのにその体はズレず、反応も淡泊だ。無様に転がって、悲鳴をあげてもおかしくはないというのに、クララは全く怖じない。

 だから、フィリップは思わず声が漏れる。



「は?」


「なにを、呆けた顔を。ごれは予想通りだ。毒龍のだい液、ごカトリスの血、腐滅苔、その他毒虫毒草オンばレード。これくらいで済んでるのがおがじいんだ」



 クララとアレンの共作の猛毒。

 この世界に存在するありとあらゆる毒をかき集めて、最も効果が発揮されるように培養した。どんな毒物よりも浸透しやすく、どんな酸よりも刺激的だ。クララの強靭な肉体すら殺すほどのものを、と求められて作られた毒。それを体に打ち込んだクララの愚かさといったら、本当に度し難い。

 しかし、フィリップからすればふざけるなという話だ。



「そ、そんな毒を取り込んで、神聖術も使わないで、どうしてそこまでうごけ、いや、死んでいないんだ?」



 クララにも効く毒を求めてクララが作り出した、という因果関係を知らないフィリップからすれば、それを体内に入れて死んでいないことが不思議でならない。

 それに、フィリップが言ったのだ。

 どうやってその力を手に入れたのか、と。

 

 クララは何も躊躇わない。

 再生させた脚は、未だに腐りかけだ。

 完璧に治してしまっては毒まですべて消してしまうために、中途半端に効果を発動させるしかなく、その分苦しみも痛みも引き伸ばされる。

 死に体をそのままに、クララは表情を歪める。

 片眼だけは大きく開けながら、クララは引き攣ったような笑みを浮かべた。

 戦闘に関係ない部分の筋肉はまるで手を付けていないために、表情筋の使い方がおかしくなったのかもしれない。



「神聖術は『回復術』『けっがいじゅつ』『だい魔じゅつ』の三つがある」



 喉まで腐りかけているのか、気味の悪い声で答える。

 絶えず口から血が溢れているため、水を含んだようにも聞こえた。

 フィリップは口や目から漏れ出た血が地面に垂れて、その部分が侵食されるのをぼんやりと見ながら、クララの言葉に神経を尖らせる。



「ぞれは、人の願いを、がみが叶えた結果。ずくってほじい、たずけてほじい、そういう願いを神に祈っで、神が祈りにこだえたがら、起こるんだ」



 目が充血しているのではない。

 滝のような血が、泣いているかのように流れて、それで白目が染まっているだけのこと。

 それだけの事だから、狂気がクララの目を赤く染めたと思うのは勘違いだ。

 その勘違いに、フィリップは囚われた。

 クララの放つ雰囲気に呑まれてしまった。



「ボグは、その、人が普段は曖昧にもおめている、願いを言語化して、みだんだ」



 クララが恐ろしかった。

 溶けかかり、死にかけて、それでもなおこれまでと変わらない身体能力を発揮するクララ。

 心なしか、発するエネルギー量が増えているように、フィリップは感じた。いや、これは勘違いではなく、確実に増えているのだろう。

 この体では万全を発揮するのは難しい。

 難しいが、いくらか手段を用いれば不可能ではない。例えばエネルギーによるゴリ押しで、無理矢理体を動かすなど、如何にもクララらしいと言えるだろう。



「神への祈りは成就する! 不特定多数がこれまで神に祈り続けた言葉は、今こうして世界に術として刻まれている! 信じられるか!? ボクは『回復術』を使って、使って………」


「?」



 クララはボリボリと頬をかく。

 皮膚が爛れ落ち、血と肉が落ちる。

 だが、クララが気にすることはしない。その綺麗で白かった肌が赤く染まり、さらにその下に白の塊が見えた。

 時間とともに醜く、悍ましく姿を変える。

 けれども、最も悍ましく、不思議なのはクララの態度だった。

 また、ただ事ではない錯乱を見せている。

 すると、



「『神がそう望まれた』」


「…………」



 また同じ言葉を放った。

 するとまた、同じように直る。

 不気味で、人間味が無さすぎる様子だ。だが、滴る血肉も、濁りきった眼も、れっきとした人間のものなのが恐ろしい。

 しかも、濁った瞳には理性があるのだ。

 腐った死体寸前だというのに、ちゃんと人間が残っている所がなんとも気持ち悪い。 



「駄目だ、喋り過ぎた。符丁は覚えてるけど、これ以上は無理だ、治さないと。脳はちゃんと守らないといけないのに、コレとは呆れる。いや、そもそも毒の巡りが早すぎるんだ。確かにボクに効く毒がコンセプトだけど、アレンも優秀過ぎるな。改めて天才は違うって分かる。いや、アレンを褒めるのは待とう。今する事はもう少しあるんだった」



 フィリップを見る。

 侮蔑と嘲りを含んだ目だ。

 見た目に似合う、地獄の底で生者を羨む亡者のような粘り着く目ではないとは思う。

 ただ、人間らしかった。

 他者を見下しつつも、その奥底には他者に対する恐怖があるのだ。愚かしさを固めたような、どこにでもある醜さがフィリップを見つめている。



「フィリップざん。貴方はボクに勝てない」



 クララは脅威を見誤らない。

 自身の命を脅かさんとするものを、クララが恐れない事など絶対にない。クララの、クララとしての在り方が、恐怖を持たない事を赦さない。

 そしてクララは、フィリップを脅威と認めていた。目の前に居るコレは、自身の命を脅かす外敵だと分かっているのだ。つまりは、自分がフィリップに殺される可能性があると、本気で思っている。

 フィリップならば、クララを殺す可能性がゼロとは言えないだろう。

 

 その上でクララは、フィリップが自分に勝つ事はないと本気で言っている。

 フィリップはクララには勝てない。



「フィリップさん、づよい」



 その技は確かに厄介だ。

 魔術、剣術共に最上位に位置するだろう。

 それだけでなく、フィリップはそれらを使った戦い方が恐ろしく上手いのだ。すぐに学習し、組み立てて、どんな敵にも対応出来る。本当に限られた人間しか出来ない、唯一無二の宝石のような才能と、それを正しく磨き上げた血の滲む努力があればこそ。馬鹿げた技術も、それに後から付いて来たもの。

 才能という面で見れば異端審問官にもなれるほどだ。

 この世界の人間という枠組みで見れば、フィリップよりも強い存在など十人は確実に居ない。この土壇場で成長し、強くなれるという、まるで物語の主人公のような、誰もが目を輝かせるほどの素養はある。

 

 クララもそれにハマった。

 こうして苦しめられているのも、フィリップという人間の強さに圧倒されたからだ。

 けれども、



「でも、要するにシモンの劣化だ」



 その部分だけは、やけに舌が回っていた。

 これまでとは全く違う、想いがこもる。

 


「他にまどもな戦闘員が居ないなら、貴方だちは、もう終わりだ」



 呪いの言葉を告げる。

 そして、



 反撃はもう起こらない。



 ※※※※※※※※



「私はクララを高く評価する」



 シモンは一人だけの世界で語る。

 全てが完結した彼は、彼の中でしか始まらないし、終わらない。

 その他の存在など何一つ見ていない。

 目の前で地に伏す男の事など、何一つだ。



「まずは内面の話だが、彼女は冷徹だ。殺すべき場面、殺さなくてはならない場面で、クララは絶対に手を緩めない。知り合いの彼が相手でもそうさ。彼女は合理的に、そして貪欲に敵を殺すことが出来るんだ」



 ただ一人で、シモンは言った。

 にこやかな笑みには曇りはなく、まるで仮面が張り付いたかのような不気味な笑い方をしている。

 剣を鞘に仕舞って、腕を後ろに組んで、少し前まで戦闘をしていたようには思えない。



「それに、彼女は怖がりなのさ」



 可愛らしい、と後に呟く。

 目を僅かに細めながら、



「怖いものを遠ざけたい。取り除きたい。そういう願いこそ、彼女の強さの源になっているんだ。祈りが深いほど、神との繋がりは強くなるからね。怖いと恐れるほどに、神に縋り付き、助けを求めて、さらに強くなる。理解出来ないほどに死を恐れるからね。私には決して真似出来ない」



 クララについて、本当に感慨深く語るのだ。

 どこか自慢するように言う様は、クララの事を高く評価する、という言葉が嘘ではないと示していた。

 そして、さらに笑みを深める。

 ここからが本番だと言うかのように。



「それに彼女は、神聖術に対する理解が人並み外れているんだよ」



 どこまでも深くなっていく。

 胡散臭い笑顔も、言葉に宿る感情も。

 


「『回復術』にはね、『在るべき形に戻れ』という確かな祈りが反映されているんだ。悠久の時を経て、数え切れないほどの人間が同じ祈りを重ね続けた結果が、私達が今使う神聖術の元になっている」



 世界でも、知っている人間は数え切れる秘密だ。

 神聖術という存在が当たり前になりすぎて、何故そう在るのかを疑問に思わない。正確に知るのは大元たる神だけだが、それを教えられた者も数えられている。

 シモンも、教えられるまでは原理など考えもしなかったのが真実だ。

 しかし、



「これに自力で辿り着いたのは、神が見た限りではクララ以外にはいないらしい。それだけ頭が良いのと、強い執着を持っているからこそだ」



 クララが特別な人間なのだと信じている。

 シモンもルシエラも、そこを買ってクララに自分たちの全てを注ぎ込んだ。期待だけではなく、自分たちのあらゆる想いを全てのせて、もっと強くなりますようにと願いを込めた。

 すると、予想通りに、予想以上の最高の傑作が出来上がってしまった。

 いずれは自分たちを上回る逸材に成り得る、化け物を育て上げたのだ。

 

 何もかもが予想外。

 クララというイレギュラーのポテンシャルを、シモンは決して低く評価しない。

 過大なくらいが丁度いいと期待している。


 その期待が叶えられたと思ったのは、修練の合間にクララの様子を見たあの時だ。



「『在るべき形に戻れ』が、物にも適応されるとは思わなかった。修復のための魔術はあるから、神聖術で直そうとするなんて盲点だったよ」



 驚かされてばかりだ。

 その祈りの言葉を、ここまで自由に変えられるのかと目を剥いた。

 さらにはその進化系を見た時は、そんな事出来る訳ないと声に出してしまったものだ。



「クララはね、君よりも遥かに強靭な肉体をしていたんだよ」



 語りをしてから、初めて男を見た。

 穏やかな笑みの下には、ゾッとするほど恐ろしい狂気が隠れている。

 男を見ていなかった理由の一つがコレだろう。

 シモンは、目の前の男をクララの劣化としか認識していなかったから。



「『在るべき形に戻れ』の、在るべき形を変えるとは思わなかった」



 シモンが思い出すのは、クララが自室で自分に行っていた拷問の数々だ。 

 クララはこの七年ほどの時間、自分の体を壊して治してを繰り返し続けた。時には魔物の牙に貫かれ、時にはシモンの剣で斬られ、時には自ら肉を削ぎ落とした。

 その度に、馬鹿げた神聖力に物を言わせて強引に治し、長い時間をかけて土台を作り出した。



「在るべき形の認識を変えていったんだ。自分の体はもっと強い、この脅威に負けるはずがない、と強く思い込んだ。クララの肉体は、そうやって少しずつ人間を超えていった」



 シモンも当然自分で試した。

 けれども、治せば元に戻るだけ。クララのように、少しずつ変質させる事など出来はしない。

 きっと、そこには狂気と恐怖が必要なのだ。

 それをしなければ死ぬ、と自分を心で追い込んで、滅茶苦茶を常識にまで持っていく恐怖と、痛みに負けずに目標だけを見続ける狂気。

 クララはそれをもって、不可能を可能に変える。

 これを化け物と言わず、なんと呼ぼう?



「二年すれば、クララの筋肉は常人の数百倍の強度とパワーを発揮するようになった。骨は鉄を遥かに凌ぐようになった。ナイフが薄皮も切れなくなったのはこの頃だ。だが、クララは止まらない。それからクララは、オリハルコン等の金属を肉体に取り込むようになった。金属の特性、強度を体に馴染ませるとか言ってね」



 剣を鞘から取り出す。

 その所作は、見る者を魅力してしまうほどに美しい。剣自体も綺麗なのだが、抜き出す所作があまりにもお手本らしく、どんな人間も彼を見習いたいと思わず考えるほどだ。

 シモンは剣を扱いながら、



「金属の吸収は三年かけて完成させた。クララの体は、人でありながら人から外れたものになった。純粋な膂力なら私すら上回るほとだ。まったく、とんでもない化け物だよ。私の勝手な妄想だが、いずれは魔物も取り込めるようになるんじゃないかと思っている。まだまだ、伸びしろはあるという事だ」



 剣を、男の喉に突き刺した。

 ゴトリと、怨念の塊だった男の首が落ちる。


 シモンはどうでも良さそうな目を向けた。



「君とは違うんだ。クララの劣化」



 興味などない。

 何一つ、そそられない。


 シモンはゆるりと歩いていく。

 異端を殲滅するために。



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― 新着の感想 ―
[一言] 哀が凄くて、完結したらハッピーエンドかバッドエンドかは、分からないけど泣く気がする(´;ω;`)
[一言] クララの狂気は流石の神もドン引きしてそう
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