68、再会
ただ、街をぶらりと歩いた。
少し前までは森を歩いていたのだが、今はコンクリートの上だ。靴の下から固い地面はよく分かるし、周囲を見渡せばあるのは人工物ばかりだ。
人っ気があるというだけで、これまでの鬱蒼とした森から帰ってきたのだと体感出来る。
クララは別に、人が好きという訳ではない。
人付き合いなどはむしろ煩わしいと思っているし、関わる必要がないのなら積極的に関わることはしない。
けれども、一応は人の子なのだ。
森の中よりも街の中の方が過ごしやすい。寝るのならベッドの上だし、休むのなら椅子の上だ。飯を食うにも保存食ではなく、店で食う方が良い。
「…………♪」
鼻歌交じりに、クララは歩く。
久しぶりにゆっくり出来るという現状が、クララ自身で思っているよりも機嫌を良くさせた。
というのも、最近疲れが溜まっていたのである。
仕事を任されてはいるが、どの仕事も血を見るものばかりだ。異端審問官として、これは当たり前の事ではあるのだが、本当に多かった。
一族郎党という規模でもない限り、月あたりにここまでの数を殺すのも珍しい。
クララは今、久しぶりに神官服も脱いでいる。
仕事場へ向かうためのちょっとした休日だ。辺りの異端は掃除しきった後で、出発は翌日のために完全にフリーの日だ。
だから、クララは珍しく私服を着ている。
ちなみに、それは誰かに選んで貰ったような、クララに似合う服ではない。ブカブカでとんでもなく似合っていない、クララのセンスで選んだ服だ。
偶にあまりのダサさに二度見されているのだが、クララが気にすることはない。
「ほふほふ」
クララは買ってあった串焼きを頬張る。
出店で買ったら店番のおじさんに『お嬢ちゃんカワイイからサービスね』と一本多めに貰った物だ。女扱いに思うところがなくはなかったが、それをしても機嫌が良かった。
かなり塩が効いた肉だ。
香ばしい匂いが脳まで届き、熱々の肉汁が口いっぱいに広がって美味しい。
クララはさらに機嫌が良くなる。
今なら、もしもアレンに服がダサいなどと言われても笑って流すだろう。
「ホント、最近クソばっかだよ」
つい愚痴をこぼしてしまう。
誰の耳にも届くことはないし、聞かせるつもりもなかったが、うっかりだ。
溜め込んだ分を吐き出すように、クララの愚痴は止まらない。周りからは一人でブツブツ言っているようにしか見えないのだが、クララは気にしない。
今は特に機嫌が良いのだ。
これが機嫌が悪い日だったなら、本当に何が起こったか分かりはしない。
「ったく……重要施設の管理くらいちゃんとしろ」
クララが忙しかったのは、少し前にサルベ牢獄という聖国にある大監獄が襲撃されたからだ。
大監獄という名に相応しく、万を超える重罪を犯した犯罪者や生け捕りにした異端を収容する大施設。神の威光によって護られたその場所は、脱獄など不可能の絶対要塞。
出入りもかなり厳しく、限られた人員しか入れない。囚人なら二度と日の目を見る事はない。建物自体もかなり頑丈で、魔力で加工された金属で出来た特別製だ。
襲撃、とはあったが、いったいどうやったやら。
現場を見ていないクララには、何故そんな事になったのか皆目検討もつかない。
だが、言えるのは面倒くさいという事だ。
施設の大きさが大きさだけに、収容人数もかなりのもの。そこから逃げ出した人間も、勿論驚くほど多い。半壊に至るまでの過程で脱獄前に処分された者も居るが、襲撃をかけた組織の手腕か、それでも万を超える脱獄者が出た。
それらの処分を任されるのは、当然ながらクララの仕事なのである。
しかも、
「アレンの分まで仕事を任されるとは……」
クララのワガママを神が汲んだ結果だ。
本来ならアレンと二人で当たるはずだった脱獄囚の処分を、クララ一人でやる羽目になった。
当たり前だが、その分忙しい。
血塗れになった回数を数えるなら、世界中を探してもクララよりも真っ赤に染まった人間は居ないだろう。
「―――♪」
だが、それも一日休みがあれば良い。
どれだけ深い怨嗟も、呪いも、たった一日ゆっくり休めば忘れる事ができるのだから。
「おっといけない」
クララは自身の考え方に首を振る。
これはいけない。
殺しはしてはいけない事だ。たとえ知らない、どうでもいい誰かを殺すとしても、心を痛めてしかるべきなのだ。
異端審問官を続けている内に、死への認識が薄くなってはいけない。
元より、他人の死にそこまでの興味があった訳ではないが、それでもだ。悼むことを忘れては、それは他の異端審問官と同じである。
どんな敵が相手でも、彼らには彼らの人生がある。
あの囚人たちもそれは同じで、というかほとんどは罪のない人間たちである訳で。
「お」
だが、やはりどうでもいい。
クララの興味は、既に別のものに移っている。
視線の先には人だかりがあった。
「美味しいよぉ。ラトラの実のジュースだ! 滅多にお目にかかれないよぉ」
「!」
クララの目が釘付けになる。
人だかりが出来るのも納得だった。
ラトラの実は強い甘味が特徴の果実で、クララが育った東部や聖国がある中央では流通数がかなり限られている。
けれども、ヒロベストは北部。寒く、乾燥した土地には多く成るのだ。
クララからすればレア物。
そして、クララは結構甘い物が好きだった。
「♪」
さて、どんな味か。
表情があまり大きく変わることがない代わりに、楽しみで鼻歌が大きくなる。
周囲の人間に丸聞こえなほどだ。
もちろん、クララは気にしない。
「♫」
「お、君カワイイねぇ!」
後ろから声がした。
まさしく軽薄な、声だけで性格が知れるほどの鬱陶しい声色だ。
間違いなく、これはどこの馬の骨とも知らない男がナンパを仕掛けたのだろう。
「ねぇ、そこの君。俺とお茶しない?」
「あ、結構です」
「そう言わずにさ」
まあ、その男に声をかけられたのはクララではないのだが。
クララとはまったく関係ない、真後ろでの出来事であり、見向きもしない。
「まあまあ、そう言わず」
「ちょっと、しつこいですよ」
クララはまだ鼻歌を歌っている。
まだ機嫌が良い。
うるさいというのも、また街の風情ということで流している。そもそも、人は口を使って言葉を紡ぐ稀有な存在だ。そこに戸を建てるというのが間違っている。
クララの武力なら暴力的に戸を建てられるが、クララが暴力に訴えるのは然るべき者に向けてのみ。うるさいからとちょっかいはかけない。
何分機嫌が良いのだから。
「まあまあ、いいからさ」
「きゃっ! ちょっと!」
男が女の腕を捕まえる。
無理矢理な行為の不快感と、思いの外な力の強さに悲鳴をあげた。
ここまでしてもクララは無視だ。
それはさておき、この世界には一応クッキー、ケーキ、アイスクリームにチョコレートなど、様々な甘味は存在する。
クララもよく小遣いを切り詰めて食べているし、ぼんやりとした異世界の記憶を刺激するには充分な味だ。前にも語った通り、世界に存在する様々な技術は独自の体系を取りつつも発展している。こと食において、クララの舌を満足させる程度は余裕なくらいに。
流石にゲームや漫画といったものはないが、小説等の娯楽もある。意識として、一応日本のものもある彼女にはやや退屈な文化であるために、食に娯楽を求めるのも、ある種当然だったのだろう。今の仕事が殺伐としているために、なおさらだ。
つまり何が言いたいのかと言うと、クララの食へのこだわりはそれなりにあるという事だ。
「おい、お前止めてやれよ」
「やだよ。アイツ、冒険者だろ? しかもあの指標見ろ。Cランクだ」
「クソ、チンピラめ……」
囁く声も大きくなってきた。
実力主義ゆえに気性が荒い者が多い冒険者。こういう輩は一定数生まれるものだ。まあ、チンピラと違うのは普段から魔物を狩っているために実力があるということだろう。本当に質が悪い話だ。
そしてさらに質が悪いことに、Cランクから冒険者は質が変わる。
Dでも一人前以上の実力があるのだが、Cはそこに才能というモノが絡むのである。つまり、男は町民からすれば恐ろしく強いのだ。
絡んだところで痛い目を見るだけなのだから、手を出す事ができない。
少し離れたところから静観するのが正解だ。
だが、勿論クララには関係ない。
「お願いですから、離して!」
「へへへ、いいじゃねぇか」
「…………?」
クララは他人の言葉など、ただのノイズ扱いだ。
別にどうでもいい事に心を動かしたりしないように、ノイズを把握したりしない。真後ろで行われていたとして、大きなノイズになっただけだ。
そして、大きなノイズを無視する程度には機嫌が良い。何が起きているかなど全く知らない。
クララの興味のなさから間抜けを晒す。
「ていうか、あのお嬢ちゃんはなんで動かねぇんだ?」
「まさか、耳聞こえない?」
「おい、連れ出せ! 巻き込ませるな!」
クララの見た目は実年齢より三つか四つは若く見える、普通の少女だ。
周りの退避している大人たちは、なんとかクララを逃がそうとして、その役を押し付け合う。
クララと二人のギリギリの領域は何とか交わらずに進んでいった。
だが、
「え?」
「え?」
「なんだあ?」
当然だが、ずっとは無理だ。
男から逃れるために後ずさりすると、女の体がクララの背に当たった。
トン、という軽い音が鳴る。
男はがんとして動かない少女が居ることは分かっていたが、どうでもいいと無視した。女はクララの存在のことなど既に忘れていた。クララは二人のことなど全く興味がなかったし、触れられて初めて存在を認識した。
よくここまで無視出来るものだ。
「え、ダサ……」
まだ、クララの機嫌は良い。
そして二人に対する興味はない。
女がクララを見てつい口に出してしまった本音など、クララの耳には届いていない。
そして、男はそこに興味がないのだろう。
下卑た笑みのままに、クララに優しく言う。
「お嬢ちゃん、ちょっと向こうへいきな。ここは大人じゃないと居られない場所だぜ」
「?」
男に声をかけられて、初めてクララは男がチンピラの類だと理解する。
だが、興味は依然として皆無だ。
心底どうでも良さそうな目で、男が女の腕を掴んでいる状況をなんとなく眺めている。
「ボクはジュースが欲しいんですけど?」
「あ? この状況分かってる?」
「え、でも前に人が居るし……」
興味が無さすぎて、会話を成立させる気もない。
どけ、と言われても前に人が居る、と返すだけだ。男が女の腕を掴んでいるのも、その『前の人』とやらが自分たちを避けるように距離を取っている事も見てはいない。
男も女も、ちょっと意味が分からない。
だが、男は少ししてから馬鹿にされていると認識したようだった。
「おい、俺はCランクの冒険者だぞ? 痛い目に遭う前に、どけ。邪魔だ……!」
「? なら無視していては? ボクは貴方たちが何してようがどうだっていいんですから」
「ちょっと、お嬢ちゃん!」
腕を掴まれた女が焦ったように、クララへと声を荒らげる。
明らかに怒りを買っていることは、手に込められた力と、握られたことによる痛みで分かる。
クララは、女にとっては関係ない少女だ。本格的に巻き込んでしまってはいけないと焦る。
「どうしました?」
「おい、調子に乗んなよ、ガキ」
一瞬だが、クララの表情が崩れる。
「俺が誰か知らねぇのか? 俺はCランク冒険者のガイ様だぞ? もうすぐBランクに昇格する、この街の未来の英雄に対して態度がなってないんじゃねぇか? あぁん?」
クララの抑えていた神聖力が、ほんの少し外に漏れ出る。
機嫌が悪くなっている。
少々『ガキ』はマズかったらしい。
「口の利き方を知らねぇガキには、お仕置きが必要だよなぁ……?」
「……また、ガキって」
怒りはあるが、冷静だ。
男を殺そうとは思っていない。
ほんの少しだけ、痛い目に遭わせようとしただけだ。別に二日も寝れば元気になれる程度の怪我。少し調整が必要だが、冷静だから出来る。
「……? おい、ガキ」
「…………」
男の手がクララへと伸びる。
それをクララは快く迎え入れる。
まずはじめに腕をへし折らない範囲で優しく握り、二日は何も胃に送れないように中身を壊そうかと考えた。
男にクララの実力を見抜いたりは出来ない。
Cランクとはいえ、完全に舐め腐っている上に、クララが力をひけらかすような真似もしていないのだ。
ほんの一瞬、冷や汗が出た気がしないでもなかったが、無視した。
クララの危険さには気付かない。
気付けない。
こんなガキがそんな訳ない、と無視する。
そして、ゆっくり手が伸びて、
「おい、止めろ。嫌がってるだろ」
途中で待ったがかけられた。
横を見れば、先程まで人混みにすら居なかった青年が、男の腕を掴んでいたのだ。
かなり背が高く、洒落た服を着た青年だ。
声からしてそこまで歳を重ねていないのは感じ取れるし、青年と呼ぶのに違和感はない。
だが、その顔と輝くような金髪は、クララには見覚えがあった。
思い返せば、忘れかけていたその声も、確かこんな感じだった気がするとクララは微妙に考える。
クララの興味は、その青年にだけ向けられた。
「な、なんだよ、お前」
「いいから放せ」
「ぐっ!」
青年は男の腕を握った。
かなりの力が込められていたらしく、男は痛みで顔を歪め、声を漏らす。ギリギリと力は強まっていき、やがてその力を理解した男は女の腕を離した。
それと同時に青年も離して、男は弾かれるようにその場から飛び退く。
「クソ!」
捨て台詞すらなかった。
あっという間に男は人混みに紛れて、見えなくなっていく。
しばらくして、もう警戒する必要もなくなった所で、大きく息を吐いた。
それから、女に向き合う。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとう、ございます」
「気を付けないと駄目だよ」
女は礼を言って、青年にお辞儀をしてから去って行った。
もうジュースを買おうとは思わなかったらしい。
傍観していた人たちもザワザワと騒いだまま青年には寄り付かず、中央に居るのは二人だけだ。
そして、クララと青年は向かい合う。
クララも青年も、お互いの事をよく知る間柄だと気が付いていた。
「久しぶりだね、クララ」
「フィリップさん……」
騎士と化け物の、実に七年ぶりの再会であった。
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