67、人殺しの日々
更新二回目。
章のはじめは短めって昔から決まってる。
月明かりが薄く辺りを照らす。
ザワザワと草木は揺れ、薄ら寒い空気が流れ、不気味な雰囲気が漂っている。だが、薄暗い闇夜の中でもその惨劇は何とか窺えることだろう。
その元は、血だ。
むせ返るほどの血の匂い。
白い月明かりが、赤く染まったのかと誤解してしまいそうなほどに、血が流れ出ている。それだけではなく、血と共に溢れる臓物は木に叩きつけられたり、土に埋もれたりと散々だ。
耐性がないなら一瞬で失神する。
少々ショッキングが過ぎるが、幸いにもそこは街中ではない。そういう人間が目に付くような機会には恵まれない場所だった。
その中で、生きている人間が二人。
深い森の中、魔物という脅威があるにも関わらず、二人はそこに居た。
「だからさ、諦めなって」
「はあ……はあ……」
一人は血塗れで膝を折っている男だ。
息も絶え絶えで、見るからに死にかけ。足元にはバラバラになった剣の残骸が散らばっており、男がどれだけ奮闘したかが察せられる。
まさしく、死闘の末だ。
彼は、死闘の末に負けていた。死に体であり、もう自力でその重い体を持ち上げられない。
何とか体を地面に伏せさせないのも、ひとえに彼の気力によるものだ。そして、その気力すらも嵐の前の灯火と化している。
そんな彼を嘲るように、もう一人は言う。
彼の小さな火を消そうとする、嵐の化身が。
「何もかも無駄だ。足掻くのはやめて、楽に死のう? ねぇ、仲間はどこに居るの?」
心底うんざりした声だった。
甲高く、可愛らしい声なのだろう。けれども、そこには聞こえない溜息が聞こえてきそうだ。
気だるげな態度がこの上なく嫌味だが、彼女にとってはそんなつもりはない。ただ、無駄な足掻きをする彼が本当に面倒くさいだけなのだ。
「だれ、が……ぐあっ!」
「メンド」
その美しい黒髪は、闇夜によく溶け込んでいる。
体中に返り血が付いているが、紺に近い神官服と暗さのおかげで目立ってはいない。
今も死にかけの男よりも遥かに背は低く、まだ幼い少女といった顔立ちだ。
そして、その少女がコレを作り出した。
まさにこの世の地獄とも言える景色を。
「仲間も死んだ。守るべき者も死んだ。なら、最後に諦めてもいいじゃん。誰も君を責めたりしない。ボクだって君を責めない」
「うっ……がっ……!」
「だから、お願い。君たちの拠点はどこ?」
じっくりと追い詰めていく。
ゆっくりと折っていく。
その言葉は甘い毒のように染み込んでいく。
「ねぇ、お願い」
「…………」
男は、土気色の顔を少女へ向ける。
もうすぐ死ぬ。
間違いなく、放っておけば死ぬ。
血を流し過ぎるかもしれない、内臓が傷付き過ぎているために衰弱するかもしれない、寄ってきた魔物に喰い殺されるかもしれない。
男は死を前にして、
「舐めるな……! ぐっ!」
「はあ……君もそういう口か……」
否定する。
男は少女の言葉には惑わされない。
否定の言葉に、少女はその顔面を踏み付ける。踏みにじり、ミシミシとその頭蓋で鳴ってはいけないような音を鳴らす。
辟易としているが、その拷問に一切の情け容赦は存在しない。
「めんどくせー」
「ぐっ、異端、審問官め! き、貴様らが、どれだけ罪なき命を……! がはっ!」
男の言葉など聞く価値もないとばかりに、少女はさらに足に力を込める。
男の尊厳を、誇りを踏みにじり続ける。
「君さあ……そんな事実を言った所でなんだっていうのさ?」
「開き直った、な……化け物、め……」
「そういう人間だって知ってるでしょ?」
何を当たり前のことを、少女が言う。
彼女にとって、異端審問官とはロクなものではない。もちろん、自分も含めての話だ。それを指摘された所で、何も少女には響かない。
彼女の信念は揺るがない。
「人の誇りすら、忘れた、化け物め……!」
「人でなしの誇りを持ってるからこそ、ボクらは異端審問官なんだよ」
本来なら、こんな拷問に意味はない。
少女は同じような事を既に数十は行っている。
これは、情報を擦り合わせているだけだ。別にここで何も得られなくても良い。
既に話す輩は口を割っている。
ならば、話す気がない者は殺せばいい。
「まったく、君らとは合わないね」
「死ね、化け物どもめ……!」
グチャリ、という音が鳴った。
頭蓋は壊れ、中身がはみ出している。
靴が汚れた事に溜息を吐く。
「サルベ牢獄の囚人、か……」
少女は、クララは思い返す。
あの最低最悪な牢獄の囚人たちが野に放たれたせいで、対人の仕事が増えてしまった。
既に殺した人数は、この一ヶ月で五百人超だ。
うんざりだった。
別にどうとも思わないが、少しばかりは飽きが来るし、気が滅入る。
朝から晩まで殺してばかり。
血塗れの服を『浄化』で綺麗にするのも、本当にもう面倒くさい。
「次はヒロベスト王国だな」
虐殺の場は決まっていた。
誰一人として逃さない。
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