64、決着
『まったく、お主もまだまだよな』
誰かの声がした。
リョウヘイにとっては、威厳に満ちた老人の声だ。少なくとも、リョウヘイにはそう聞こえる。
だが、その声を発した者を認識出来ない。声はどこかからかけられた気がするし、頭の中で響いているだけのような気もする。
何もかもが曖昧だった。
その声も、景色も、リョウヘイの意識も。
『まだ早かったか……だが、ここで死んでは筋書きが狂う。それに、放っておけば■■■の奴が敵に回るな』
ただ、フワフワしていて、眠い。
だというのに、眠ることは絶対に出来ないと感覚で理解していた。何故分かったかは分からないし、考えた所で意味もない。
リョウヘイは、声を待ち続ける。
『他の面子が死ぬのも早い。仕方がないな。介入するのは気が進まんが……』
リョウヘイに、何かが流れ込む。
それは光であり、神聖であり、神だった。
未知だが既知という矛盾。
気味が悪いが、心地が良い。
人間一人には決して入り切らないエネルギーだが、リョウヘイは『勇者』である。エネルギーの許容量は、人間の域を超えているのだ。
今の彼には使いこなせない量だが、その点は問題ない。出来る出来ないはなく、彼にはやるという選択肢しか用意されていないのだから。
『うむ、これで死なない。死ぬ未来は見えない。だが、お主も罪な男だ』
寝ぼけた『勇者』に向けて、神は言う。
驚くほどすんなりと沁みる言葉は、リョウヘイを背中をそっと押すように。
『じゃあ、行って来い。もう負けん』
それはまるで、未来を見通したかのような……
『どこかの誰かに、後ろから刺されんように気を付けい』
※※※※※※※
「リョウ、ヘイ」
つい、アイリスが自信なさげに彼の名を呼んでしまったのは仕方がない。
一瞬の間に色々あり過ぎた。
仲間たちが無残に破れていった。死を前にして、ようやく自らにかけた呪いのような仮面が壊れた。自分の命を刈り取ろうとしていた、とてつもない化け物が吹き飛ばされた。
そして、目の前には彼が居た。
リョウヘイと呼ばれた青年、のはずだ。
あまりにも様相が異なっていたため、一見別人のように見える彼だ。
黒髪黒目だったというのに、髪の一部と左の目が白く輝いている。
「…………」
彼の武器、『聖剣』からは莫大なエネルギーが漏れ出ている。
それこそ『勇者召喚』を思わせるほどだ。
ラトルカとカイルを足して乗にしても足りないほどの、圧倒的過ぎるエネルギー。それを彼は取り込み、腹の大穴を光で埋めていた。
それだけではない。
彼はその力を取り込み、還元し、倒れ伏す二人の仲間にも注ぎ込んでいる。死ぬ寸前だった彼らはギリギリで息を吹き返し、ただ意識を失っていた。
神秘
あまりにも神秘的で、圧倒的だ。
神からこぼれ落ちた奇跡が溢れた。
死の淵から帰ってきた男の底力と呼ぶには、大いに異常が過ぎる。
神と神秘に最も触れてきたアイリスが、その異常の一端を理解していた。
「リョウ、ヘイ……それは、神様の……?」
「分からない。でも、多分そうだと思う」
短い言葉でも、リョウヘイはアイリスの言いたい事が分かった。
リョウヘイ自身も、今が異常だと分かっているのだ。さらに言えば、何もかも都合が良いことなどないとも考えている。
今感じている全能感がいったいいつまで続くのか、それは誰にも分からない。一秒後まで続くのか、襲い来る脅威を撃退出来るまで続くのか。だから、分からないのならやる事は決まっていた。
アイリスへの返答もそこそこに、リョウヘイは別の方向へ視線を向ける。
「アイリス。立てるか?」
「も、もうちょっと待って……腰が抜けて……」
「分かった。動けるようになったら、二人を治して結界で守ってくれ。あの光は応急処置だ」
リョウヘイの意識に反応するように、いくらかの光に指向性が生まれてきた。目を開けていられないほど眩いはずなのに、その光が優しすぎて全てを把握出来る。
アイリスは、その光の方向を思わず見た。
すると、そこには忘れていた絶望が居る。
「獣、王……」
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、ガイアは笑っている。
おぞましい姿をさらに歪めて、かつてないほどの臨戦態勢に入っていた。
『クヒヒ、ヒヒヒ』
二メートルほどだった体はその倍ほどの大きさに留まっている。
狼の、猿の、獅子の、虎の頭がいやらしく笑い、ソレは悪意そのものを煮詰めた生物のように見えた。あらゆる獣の王者であることは分かっているが、その悪意はまるで人間のようだ。
他にも鷲のような大きな翼が三対、猛禽や肉食獣の鋭い爪がギラギラと輝き、胴体は最早混じりすぎて何か分からなくなっていた。
間違いなく、本気も本気だ。
リョウヘイというはじめての脅威を、この王者は心から楽しんでいる。
『リョウヘイ、リョウヘイ、あそぼう!』
楽しんでいる。
彼の長き生涯の中で、今が一番楽しいという想いが発露していた。
最高の、最期の脅威だ。
初めての敵に、最大の敬意を送る。
「ああ、遊びたくねぇ……!」
※※※※※※※※※
超常
ただその一言で事足りる。
ガイアもリョウヘイも、あり得ないエネルギーをふんだんに使いながらお互いを傷つけ合っていた。
「があああ!」
『ケヒヒヒヒヒヒヒヒ!』
爪と『聖剣』が交差する。
何十、何百という攻防。
接触した遥かあとに、遅れて金属音がやって来るという異常な戦い。リョウヘイの雄叫びが大気を震わし、ガイアの笑い声が耳が壊れるほどけたたましく響く。
凄絶過ぎる戦いだが、凄まじいのは生まれる余波だ。
お互いが保有するエネルギーを爆発させながら、まったく遠慮なしにぶつけ合っている。
リョウヘイの魔術は天変地異だ。
竜巻を起こす魔術『龍の息吹』
体が樹木で出来た巨人を生み出す魔術『ギガガーディアン』
辺りを炎の地獄に変える魔術『滅火葬』
影で敵を握り潰す魔術『鏡華影月』
全て第六階梯以上、一般に凄腕の魔術師複数人によって発動される大魔術。
一つ発動するだけで、万の軍隊を殲滅し得る可能性を秘めている。だが、コレを使うのはたった一体の化け物を殺すためにだ。
これだけの地獄を作り出して、なお衰えもしない本物の化け物。
何もかもを引き裂く竜巻を逆に切り裂いた。
樹木の巨人を無残に牙で噛み千切った。
魔を焼き尽くす炎を翼が巻き起こす風で消した。
自身を締める実体なき影を弾いた。
王者の名に相応しい。
どんな地獄も、彼にとってはその身を削るには至らない。
森羅万象、全ての生物となり、全ての生物を超える彼は、その地獄に適応する最適な肉体を瞬きの間に再構築出来るのだ。
確かに、魔術に込められた魔力量は尋常ではない。けれども肉体の強度、適応を考えれば、ガイアなら充分過ぎるほどに耐えられる。
リョウヘイは、すぐに『聖剣』へと攻撃手段を切り替えていた。
そして、ガイアもそれに応える。
肉弾戦ゆえ、破壊の規模は多少小さくはなったが、それでも馬鹿げた範囲だ。剣を振るえばその延長の大気と大地が割れ、爪とぶつかれば衝撃波が地面を捲る。
空気が物理的に軋む。
周囲の空間が、リョウヘイとガイアのエネルギーに当てられて捻れていった。
「しつけぇ!」
『ヒャアハハハハ!』
ガイアの手数はリョウヘイを超える。
新しい手足が、牙や爪が生まれる。生まれて、その一つ一つが先の威力を発揮するのだから、本当に馬鹿げた生物だと言わざるを得ない。
さらに、吐き出す熱線は『聖剣』によって逸らされ、地面に当たれば大爆発する。身動き一つで竜巻のような風が発生する。
周囲のことなど考えられない。
人間が入り込める隙間など微塵もない。
「ああああ!」
光が爆発する。
正確には凄まじい量の光が凝縮し、一気に弾けたのだが、そこに発生した熱とエネルギーによる衝撃波が爆発したように見えただけだ。
だが、ただの爆発よりも余程威力は高い。
リョウヘイは自分も巻き込みながら、至近距離でガイアに爆発を喰らわせた。
それでも、
『おもしろい、おもしろい、おもしろい!』
それでも、致命傷には至らない。
ガイアの再生能力は、その程度では止まらない。
「クソがあああ!」
『アハハハハハ!』
ガイアの恐ろしい所、と言えば数え切れないが、それでも今ここでリョウヘイに対して効いているモノを一つ挙げるなら、それは勘の良さだ。
ガイアは的確に攻撃を見極め、的確に反撃をしている。その耳障りな哄笑を聞けば、余程『獣王』は獰猛で獣らしいのだろうと勘違いしそうになるが、それは間違いだ。
彼は、人間の武人同士がやるような高度な読み合いを平気で行える。
王者はただ、規格外という言葉で言い表せる。けれども、規格外と似た意味を持つ言葉もある。
いわゆる、天才
ガイアは完璧に初見を対処しきる優れた感覚がある。
リョウヘイの攻撃を、狙いを見抜き、躱しきれる。
対処を間違えないというのは本当に強い。間違えなければ負けないし、負けなければその内勝てるのだ。再生能力を有し、疲れ知らずなガイアならなおさら。
「うっ!」
『キャハハ!』
向こうの攻撃は当たらず、こちらの攻撃は当てられる。そこにあるのは確かな技だ。
そして、ガイアが有する技の自由度は、人間が想像出来る範囲を踏み越えている。
肉体を自由自在に変形させられるのはこれまでで分かるだろう。有るものをなくし、ないものを作り出せる。
蛇の尾を作り出し、噛み付かせる事が出来る。そして、能力を用いて毒を分泌する事も可能だ。
「ガハッ!」
目、耳、口から血が吹き出る。
王者が作り出した毒がまともなはずもなく、リョウヘイの体内に分泌された毒はもちろん猛毒だ。常人なら即死、手を施さなければリョウヘイとて十分持たない。
けれども、リョウヘイも学ぶ。
咄嗟に正しい、もしくは敵に予期されない判断を下せるというのが、どれだけ有効かは分かっている。今だって、それをされて追い詰められた。
これまでの、ほんの少しばかりの経験が彼を予想外へと導いた。
『ぎ!?』
このとき、ガイアの目は二つだけだった。
普段から二つに留めているし、目で言えばこの形が最も自然なものだからだ。
頭を幾つも作れるが、その中身に脳はないし、頭が有する機能だってハリボテだ。本当に頭の機能を持っている、いわば本物の頭は一つしかない。
いや、目の機能を持つ器官を作り出せはする。あの四体一の場面では、四人を一気に相手取るために一時的に目を増やしていた。
だが、リョウヘイとの一騎打ちになった時、ガイアは目を二つに絞っていた。リョウヘイのみに集中するためであり、周りの人間たちを警戒する必要がなくなったからだ。
だから、二つしかない目を、吐いた血で潰されるという行動はなんと有効だった。
「ぜぇあああ!」
『グギィィ!』
一瞬だが、視覚を奪われるのは大きい。
リョウヘイの光は簡単にガイアの肉体を切り裂き、その肉体を焼く。
すぐに再生されるだろうが、それでもだ。
リョウヘイの意地が、猛毒に侵されるという苦痛を押し止めて彼の体を動かし続ける。
その剣速は万全の彼をも上回った。
窮地の中で、彼は成長していた。
だが、ガイアも黙っている訳がない。
目を潰され、体を刻まれた瞬間には新しい目を作り出している。
上がり続ける剣速に対応し、ガイアも必死で爪を振り続けた。
「――――――――!」
『――――――――!』
最早、お互い声が声にならない。
全身全霊をかけて、リョウヘイはガイアを、ガイアはリョウヘイを殺しにかかる。
お互いを傷付け合うその姿を、血を撒き散らしながら戦う姿を、野蛮と呼ぶか、尊いと呼ぶか。
二人はお互いの誇りをかけて戦っていた。
「!」
反応速度はなお上がる。
光はガイアを焼いていく。
肉体がリョウヘイを壊していく。
最早、意識があるのかも怪しいほどに、死闘に没頭していた。
思考すら省かれて体は戦う。
避ける、攻撃を繰り出す。
たったこれだけの動作だが、ここに込められた工夫の数を数えれば、途中で発狂してしまう。
フェイントは何度? 本命の攻撃はどれ? どうやって最小限の動きで躱して反撃する?
無限に湧いて出る問いに答える。いちいち思考する暇すら存在しない。
だが、リョウヘイはずっと自分の事を俯瞰しながら眺めていた。
(…………?)
小さな違和感、いや、既視感。
ずっと『聖剣』とは向き合ってきたつもりだったが、ここに来て認識を改める。
発する光の正体など、知ろうともしなかった。
だが、俯瞰しながら自分を見るという、かつてない経験が彼の思考を働かせる。
何かに似ていて、何かに使える。
思考する。
考える。
『聖剣』とは、あの光とは何なのか?
……………………
「あ」
リョウヘイは、悪手を打った。
高速の打ち合いの最中、思考して、やってみようかと考えていたことに歯止めをかけられなかった。
だが、奇跡だった。
ガイアの攻撃の、ほんの小さな隙間が、リョウヘイのアイデアを間に合わせた。
「『裁き』」
『ぎゃあああ!』
神聖術の一つ、『退魔術』。
前に一度だけアイリスが見せた、魔物を殺すためだけの神聖術。
極大な術式だったが、覚醒し、時が延びたように思考出来たリョウヘイには一瞬あれば事足りた。
神聖術『裁き』
効果範囲内の殲滅対象を『浄化』する。
神聖術の中でも上位に位置する神の鉄槌。
それが、突如下った。
だが、これでも終わらない。
「!」
『ぎぃひひひひ!』
ほんの僅かな隙間は、ガイアが意図的に作り出したものだ。
これまで行われていた最善手の打ち合い。どうやって効率的に敵を殺すかという神速の勝負の中で、あの一瞬、ガイアは小さな小さな隙を作ったのだ。
なんのため? 決まっている。勝つためだ。
攻撃範囲が異常過ぎたが、一度受けてから刺すというガイアの目的は達成される。
あえての悪手という意味の不明さに、反射で行われていた攻防に思考が挟む。
ややガイアの目的からは予想外が起こったが、それでも良かった。
受けても問題ない部分を作り出した事が幸運し、リョウヘイの『裁き』は致命傷にはならなかった。
勝った
確信する。
伸びた爪はリョウヘイの心臓を抉る。
「『聖櫃』!」
『!?』
何かが、合間に挟まった。
最高のタイミング、最高のシチュエーションに、いきなり意識の外から待ったがかかる。
忘れていた。
たった一人だけ、傷を付け損ねた女。
アイリスによるリョウヘイへの掩護。
見る者が見たのなら、よくやったと膝を叩いて褒め称えたことだろう。
『ぎひひ!』
だが、アイリスのこれは咄嗟のものだ。
最高硬度には程遠い。
無防備なリョウヘイの命がほんの零コンマ数秒延びただけのことだ。
使われた技術自体は凄まじいが、所詮は無駄な足掻きとしか思えない。
ガイアはもう邪魔は来ないと確信し、殺し損ねたアイリスへ内心で称賛と侮蔑を送る。
だが、零コンマ数秒だ。
天才ラトルカが魔術を発動させるには、充分過ぎるほどの時間だった。
「よう、クソ王者」
『!』
爪の先に、リョウヘイは居ない。
その代わり、入れ替わるように現れた別の声。
ガイアは後ろを振り向いた。
だが、それは声をかけられたからではない。空間の揺らぎを感知したからでも、発せられた燃えるような熱に反射したからでも、後ろに現れた者の殺気を感じ取ったからでもない。
あまりにも濃い、遥か昔に出会っていた、東のトカゲに近い気配を感知したからだ。
そして、
「魔物の心臓は二つ。一個はただの心臓。テメェならいくらでも補えるが、もう一つはどうかな?」
ラトルカの『転移』によって、リョウヘイとは入れ替わりに近い形でガイアの真後ろへ飛ばされたカイルが狙うのは、胸でも頭でも首でもない。
体内で高速で動き回らせ、隠していた、ガイアの、魔物の最大の弱点。
魔物の第二の、替えが効かない心臓。
魔石
「くたばれ」
龍の鱗に身を包むカイルが、ガイアの目にも捉えきれない速度で槍を振る。
まるでその姿は、その昔太陽と恐れられた龍のようで、あまりにも魔物に近い気配を放っている。
燃える刺突。
神速の一撃。
それは、見事にガイアの魔石を抉り取った。
面白ければブクマをお願いします。
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