表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/293

62、獣王の力


『ふひゃひゃひゃひゃ!』



 ガイアは笑う。

 圧倒的な強者を前に、震えながらも戦う人間たちを笑い続けた。


 おぞましい笑みを浮かべて、鋭い牙を覗かせる。血で塗られているその爪は既に赤黒く、その恐ろしさには身が凍る。

 獣としての強さの象徴は、本当に()()()としか言えない。

 西の戦線の『獣王』ガイアは、化け物だった。


 その姿が人の目を奪う。

 狼のような口だった。人のような目だった。尾は首がいくつにも別れた蛇のようで、四肢は猿のように細長いのに、爪は肉食獣のように大きくて鋭い。

 キメラと呼ぶにはあまりにも完璧で、キメラなどよりも余程冒涜的だ。

 

 ガイアは笑う。

 おぞましく笑い続ける。

 

 下品で嫌味な笑い声をあげながら、途方も無い愛と共に彼らを蹂躪している。



「おおおおお!」



 カイルは槍を向けた。がら空きだった体の側面を狙った、全身全霊の一撃だ。

 カイルの魔力をふんだんに込められた槍は炎を纏い、威力は言うに及ばない。仮にこれがヴァウツォウヘルンならその肉体に深々と刺さり、骨まで貫いていただろう。

 だが、全力で振るわれたその紅い槍は、その牙によって受け止められた。

 体の側面から突如生えた、狼の顔によって。



「うぐ!」


『ヒャーハハハハ!』



 さらに、腕が生えてはたき落とされる。

 いくつかはカイルの槍捌きによって弾き、壊していくが、幾らでも新しく生え揃う。

 数十という手が、カイルを襲い続けた。

 雨のような乱打がカイルの体を壊す。上手く躱し、最小限にダメージを抑えるが、それでも苦しい。致命傷にはならないが、骨は何本も折れて、血を流す。

 

 

「がはっ!」


「カイル!」


『へひゃひゃひゃひゃ!』



 その悪意は、次はリョウヘイに向く。

 ガイアの肉体から、リョウヘイの方向へ顔が幾つも生えてきた。

 鹿、猿、熊、獅子など、その全てがニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべている。その気味の悪さに怯える間もなく、その首たちがパカリと口を広げで魔力を込めた。

 エネルギーは凝縮し、レーザーとして一直線にリョウヘイに殺到する。



「ぐ、がああ……!」



 リョウヘイは咄嗟に『聖剣』を盾に防ぐ。

 防ぐが、防ぎ切れてはいない。熱量によって手がジリジリと灼けていき、レーザーの威力に押されて少しずつ後ろへ下がらされていった。

 


「『氷天劇』」

 

『ふふふふへへへへ』



 いつか、勇者一行を苦しめた魔物が使った魔術だ。

 辺り一帯に氷の壁が迫り上がった。

 不気味な笑い声はそのままに、ガイアは急速に足から凍っていった。

 体から首、頭の先まであっという間だ。

 複数の頭が不気味に笑う、見目だけなら最悪のオブジェが出来上がった。

 しかし、



「早く怪我を治せ! 体勢を立て直すぞ!」


「分かってます!」


「オッサン、結界はまだ出来ねぇのか!?」


「まだだ!」



 この『氷天劇』で出来た氷は、天然物の氷よりも遥かに頑丈だ。  

 炎では溶けず、ツルハシでも削れない。ラトルカが編んだ術式から生まれた氷は、異常の一言だ。その魔力が続く限り、決して破ることは出来ない拘束だろう。

 さらに、ラトルカが術式をアレンジしていたのである。言ってみれば氷で攻撃するだけの魔術に、『封印』という属性を編み込み、即興で魔術の効果の中に『閉じ込める』という効果が発生していた。

 

 万全


 恐ろしく硬い拘束が、さらに硬く強化された。

 これを破れる者などまず居ない。

 だが、氷漬けのガイアを前に、全員が焦りながら声を荒らげていた。



「また来るぞ!」

 

『へへへへへ!』



 バリン、と氷は割れる。

 盤石、万全、完璧。

 いっそやり過ぎとも思えるほどの、『閉じ込める』ための魔術がものの数秒で破られた。



『ヒャーハハハハハハ!』 

 

「少しくらいダメージ負っててくれよ!」

  


 リョウヘイのぼやきを完全に無視して、ガイアは笑い続けた。

 そこに一切の負傷は見られない。

 


『アァアァアァァァアァ!』


「『聖櫃』」



 ガイアのいくつもある頭から爆音が響き渡った。

 アイリスの判断によって、ガイアから全員を隔てる結界を張ったのだが、正解だったと言わざるを得ない。

 ガイアの魔力が大量に込められたその叫びに、当然ながら人体に影響がないわけがない。

 この状況で耳を塞ぐなどという、格上の強敵相手に隙を晒す行為を出来るはずもなく、すればギリギリで立て直した状況がまた悪くなる。


 しかし、デドレイトは結界の展開、維持のために動けない。そして、展開にあたって二十分の時間が必要だ。その間、デドレイトは何もできない。

 だから、デドレイトを守るしかないのだが、それを行っていたのがアイリスだ。結界によってデドレイトを守りつつ、負傷者の回復を行っていた。

 だが、王者の攻撃を防ぐほどの結界を、そういくつも張る事が出来るだろうか?


 答えは、不可能だ。



「アイリス! 戻せ!」


「!」



 地中から忍び寄るガイアの尾に気付いたのは、カイルが最初だった。

 すんでの所で間に割って入り、弾き飛ばす。

 蛇の牙には触れないように、下から上へと槍を全力で叩き上げた。

 


(おっも……!) 



 ガイアの攻撃の重さには、全員が嫌になっている。

 特に生身で攻撃を受け流し続けるリョウヘイとカイルの二人はそうだ。

 受けた瞬間に関節という関節がギシギシと音を立てているかような感覚。巨大な山が押し寄せて来るかのような、圧倒的なパワー。

 強さの上限が全く見えない。



『ヒャハ?』


「…………!」




 リョウヘイはガイアの首を切り落とした。

 両の手では数え切れないほどある首の一つだが、確かに斬った。

 だが、再生能力も桁違いだ。

 本当に文字通り、瞬く間に再生する。

 肉体を削いでもまた生えてくる。無限を思わせるほど、ガイアの力に限りはない。そして、西の戦線に現れる獣の魔物の、厄介だと思う武器は全て有している。

 あらゆる物を、その肉体で再現出来る。



「天より居出て邪を断つ楔! 輝き、縛り、燃え尽きよ! 我が手にあるは汝の魂! その罪業を炙り出せ! 『罪過の鎖』!」



 だが、リョウヘイの攻撃は止まらない。

 そんな事は知っていたとばかりに、首が再生するよりも早く魔術の詠唱を開始していた。

 リョウヘイはアイリスやラトルカのように、術式だけの無詠唱で高位の魔術を発動出来るほど魔術には長けていない。だが、詠唱すれば高位の魔術も使えるのだ。気軽に使えない分、間違いなく難しい選択をしなければならないが、適切な判断さえ出来れば状況を変え得る。


 そしてリョウヘイは、悪くない判断をした。


 その動きを少しでも制限しようと、拘束するための魔術を選んだ。

 低位なら弾かれてしまうが、この魔術なら大丈夫だろうと、大丈夫でないと困るとすがりながら。


 第七階梯魔術『罪過の鎖』


 対象は、熱く焼ける鎖によってその身を戒められる。

 燃える鎖は対象の魔力によって温度を上げて、術者が解除するまで決して消えない、というえげつない高位魔術だ。

 熱による苦痛が効かずとも、鎖によって動きを阻害され、魔力を無駄に使わされるという事を期待した、ガイアに有効だろう手だった。



『ううえへへへ』



 だから、弾き飛ばされるなど考えもしない。



「……嘘だろ?」


「あの野郎、どこまで化け物なんだ……!」


「頭が痛くなる」


「そんな……」



 ガイアが行ったのは、魔術に対する対抗策、魔力による抵抗だ。

 かけられた魔術は、持ち前の魔力を発することによって弾く事が出来る。

 術に込められた魔力の、およそ倍を用意すれば可能だが、恐ろしく効率が悪いために普通の魔術師は使わない。

 だが、ガイアはやった。

 リョウヘイは『勇者』であり、身に有するエネルギーも化け物クラスだ。

 先の魔術も、全てという訳ではないが、それでも相当の魔力は込めている。だというのに、ポンとその倍を軽々出されてしまった。凄腕の魔術師の、軽く十人分には及ぶであろう魔力量だ。

 これがかなり無理をして出したと信じたいが、きっとそう甘くはないだろう。



『ゲヒヒヒ』


「化け物が!」



 雷が光を撒き散らしながら走った。

 ラトルカが行使したのは、第四階梯魔術『雷光』だ。魔術で生み出した雷は、自然で発生したものと速度は変わらない。

 雷の魔術は、魔術の中でも『速い』魔術なのだが、それも簡単に避けられてしまう。



「おおっらああ!」


「死ね!」



 避けられる。いとも容易く。

 顔はどれも襲い来るリョウヘイとカイルを見ていなかったはずだが、タイミングまで合わされて、気が付けばソコには居なかった。

 よく見れば、体表には至るところに『目』が作り出されている。ギョロギョロと動く所を見れば、その『目』がただの模様ではないのが分かる。

 


「『六道冥』」



 六つの『道』が生まれる。

 六つの『部位』がやって来る。


 頭、右足、左足、右手、左手、尾の六つ。

 骨だけで出来たソレらは、執念を燃やすようにガイアによって集る。


 第七階梯魔術『六道冥』


 肉体の部位に対応した骨がやって来る。そして、その骨は対応する部位を壊し尽くすまで止まらない。

 高位の魔術であり、骨たちは壊されても即座に直る。骨たちは瘴気を纏っており、生物には猛毒そのものだ。

 だが、足止めにしかならないと理解していた。 



『ふふふふふ』 



 不滅の骨たちが、あっという間に肉によって埋め尽くされる。

 いったいどこに消えたか分からないが、もう骨たちはどこにもない。完全に吸収されきってしまったのだろう。

 

 勇者一行は、完全に負けている。

 ガイアの体は変幻自在だ。

 あらゆる形を作り出せ、あらゆる物質に成りきれる。決まった形を持たず、絶えず変形して最適の形に成る様は、最早スライムに近いのかもしれない。

 柔くなれば水のように、硬くなれば世界最高硬度の物質であるオリハルコンのように。

 自由自在、千変万化、流転無窮。

 あらゆる生物、あらゆる武器、あらゆる物質の性質を併せ持つ。

 そこまでが、『獣王』ガイアの()()()()だ。


 百万の人間を束ねてもなお勝る魔力量、それを攻撃の手段として変換する術、瞬時に危険を見分けて最適の行動を取らせる本能、その他諸々は含まれていない。

 それを束ねた時の脅威は、まだまだこんなものではないのである。

 だから、



『たのしい』




 勇者一行は負ける。

 



「!」



 ガイアの肉体はおよそ二十メートルほどで留まっていた。そこから攻撃は、多彩な肉体変化や光線などの術によって行われていたのである。

 しかし、ほんの瞬きの時間だ。

 瞬きの時間で、その巨体は十分の一にまで縮小した。


 ここで間違えてはいけないのだが、リョウヘイは既に一流の戦士に成長していた。

 かつての弱く、迷ってばかりの青年から、戦うことを覚悟した男へと変わっていたのだ。

 実力は世界でも有数であり、高位の魔術を繰り出しながら、一流の剣士としての腕前もあるというとんでもないものだ。さらに、『聖剣』という特殊な武器も合わされば、戦線でガイアの眷属を相手に無双したように強さの桁が跳ね上がる。

 彼の勘が悪いという訳ではない。

 悪い訳ではないが、如何せん経験が他の面子と比べて少ない。

 対応出来ずに、腹に大穴を空けられたのも、仕方がないと言えば仕方がない。



「リョウヘイ!」


「リョウヘイ様!」



 血を吐き、崩れ落ちるリョウヘイを無視して、事態はさらに進んでいく。


 次にガイアが目を付けたのは、リョウヘイの大怪我を見て、大魔術を起動しようとしたラトルカだった。

 辺り一帯の人間のみに対象を限定した、超技術による『転移』の魔術。

 一秒しない内に発動するその術式は、ガイアを含む全員が感知していた。


 ラトルカの有能な所は、何よりも早い所だろう。

 アイリスの神聖術は確かに大怪我でも瞬く間に治してしまうが、それでも精神までは治せない。これで怪我を負ったリョウヘイ、ないしは癒し手であるアイリスの心が折れていれば、この先の勝負自体が成り立たなくなる。

 王者との戦いに、瞬時に見切りを付けた。

 だが、この判断に至った理由を考えれば本当に悲しくなる。

 ラトルカは面倒なことに、人を遠ざけるくせに、人を良く見ているのである。

 カイルは生粋の戦士であるために心配はしていない。だが、リョウヘイ、アイリスの二名は元より戦いの場などから無縁だった。そして、二人が戦いというものをあまり好いていないのは、少し見れば分かってしまった。血を見るのも、敵を傷付けるのも、大層な期待を受けるのも、全てが嫌なのだ。

 だから、ショックのせいで動けなくなる、という可能性も大いにあったのだ。

 気を遣ったという一面も、無くは無い。

 根は悪い人間ではないのだ。

 


「ラ……!」



 カイルの顎が砕かれた瞬間、ラトルカの胸にリョウヘイのような穴が空いた。

 


『へひゃひゃひゃ!』



 カイルへの攻撃は執拗に行われる。

 顎を砕かれ、打ち上げられて、なお彼は抵抗を続けていたのだ。

 視界は真上のまま、見ずにガイアへと槍を振るっていた。ラトルカに攻撃した直後の彼はこれに対応出来ず、胴体に槍が刺さり、炎に包まれる。

 だが、炎に焼かれながらもガイアは笑う。

 笑いながら、その鋭い爪でカイルの体を刻み続ける。カイルも血走った目で抵抗し、爪の傷と同じだけの穴と火傷をガイアに付けた。

 だが、ガイアは再生能力を有しており、カイルはただの人間だ。

 傷付け合いの勝負に勝てるはずがない。

 奮闘虚しく、おびただしい血と共に倒れ伏す。 

 

 これで、戦える者は居なくなった。



「…………ぁ」


 

 アイリスは一連を、呆然と見ていた。

 見ることしか出来なかった。

 自然と力が抜けて座り込む。


 

 ガイアは、気の抜けた獲物に舌なめずりをして、気味の悪い笑みを浮かべ続けた。

 


面白ければブクマと評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ