61、最後の戦いは不信と共に
王者の一体、『獣王』ガイアは動かない。
これまで、変わらない状況が一気に変わったというのに、動こうとはしない。
ただ、その気の高ぶりが高ぶり過ぎないように押さえつけるだけで、身動ぎ一つせずに待っているだけだ。
何もせずに、待っているだけだ。
『…………』
そう、待っているのである。
姿形も知らない何かを、ずっとずっと。
もしかすれば、生まれた時から待ち続けていたのかもしれないと言えるほどに。
そう思うのにも理由はあった。
自身の眷属の中でも最強の三体の内の一体が倒され、そしてそれを倒した人間が一騎打ちを行ったのだ。
これまで、人間がその三体を倒すことは何度もあった。その度入れ替え、さらに強くなるを繰り返してきたのだが、まさか一騎打ちをさせられるとは思わなかった。
ガーノオリアを名乗る人間は、三体の内の一体を死力を尽くして倒した後に、ガイアに傷を付けた。
言ってしまえばそれだけだ。
三体の眷属にしても替えがききにくいだけであって、絶対に居なくてはいけない訳ではない。傷もガイアの再生能力なら瞬く間に完治する。無謀な人間が一匹紛れ込み、ほどほどの被害を出して駆除されただけ。
少なくとも、男を見ずにいたのなら、ガイアはそう評価を下すだろう。
いつも、殺す時は何も考えない。
ただ、己が本能のままに。ただ『人間を殺せ』という、自身の奥深くにまで刻み込まれた命令に従い続ける。
魔物とはそうあるべきなのだ。
意味などなく、理由などなく、ただ本能のままに人間を殺せばそれで良かったというのに。
だが、見た。
それでも、感じた。
互いに触れ合い、感じ合い、知り合ってしまった。
人間は、『槍王』ガーノオリアは、思わず気圧されそうになるほどの、ナニカを背負った男だった。
そのナニカをガイアが知るはずもない。けれども、それを思わず尊いと感じるほどに魅入っていた。
ガイアは彼を見て、敬意を評する。
コレが人間かと、初めて人間というものに興味が湧いたのだ。
だから、ずっと待っている。
きっと生まれた時から決まっていたのだ。こうなる事こそが運命だったのだろう。
人間を見て、人間に魅入る。
魔物の王として、これ以上失格なことはない。
けれども、酷く憧れた。
その誇り高さだけは、忘れることが出来ない。
『……ふへへへへへ』
自然と笑いが溢れる。
ギラギラと獰猛な眼が輝いて、吸収していた眷属たちの骨を噛み砕いた。
ガイアが見るのは、彼が鎮座する王座から、およそ十キロは先に居るだろう敵たち。神聖たる神の気配が濃い人間が五人。
自分を討ち取りに来たのだと確信。
その瞬間、ガイアは一歩を踏み出した。
『へひゃひゃひゃひゃ……!』
景色が流れる。
この白いだけの大地にはほとほと愛想が尽きていたのだが、今は全てを愛でられそうだ。
退屈という感情を覚えたのはいつの日か?
興奮という感情を忘れたのはいつの日か?
今はただ、全てがどうでもよく、全てに感動している。この新しい日に恋している。
二歩目を踏んで、蹴り出した。
土は散弾のように弾き飛ばされて、後にはガイアの足跡以外は一切ない。
クレーターが出来てもおかしくはない脚力だったが、放出する力を凝縮し、その結果として一つの足跡を生み出していた。
ガイアは真っ直ぐに彼らへと向かう。
きっと、自分を殺すために最大限の準備をしているのだろう。
漏れ出る微かなエネルギーから、彼らの強さは推し量れる。それで全てが分かる訳ではないが、強者であることは間違いない。
彼らはきっと、ガーノオリアのように期待出来る。
三歩目を踏んで、牙を見せた。
思い出すのはいつかの記憶。
いつの日か、戯れに人間が使っていた武器を噛んでみた。アダマンタイト、という鉱物としては最上位に近い金属を使った魔剣だ。その性能はかなり高く、あらゆる武具の中でも指折りの逸品だったのだろう。
だが、結局あっさりと折れてしまった。
無用の長物
これほど似合う言葉はない。
どれだけ機能が凄まじくとも、期待された役割を担えないのであれば無駄な物だ。
これまでずっと使う事すら出来なかった牙を使う日が来るのかと思うと、胸躍る。
そうこうしていると、彼らが見えた。
『あーっひゃっひゃっひゃ!』
四歩目を踏み込む。
そのままでも充分に辿り着く勢いではあったが、加速して威力を高めるためだ。元より音速を超えていた速さがさらに跳ね上がり、衝撃波を飛ばしながら接近する。
爪と牙の準備は十分だ。
飛びかかる姿勢に入って、彼らの中でも一番近くに居る男を爪で掴んで、牙でトドメを刺す気でいた。
だが、魔術の気配を感知した。
『!』
咄嗟に体を捻って回避する。
先程までガイアが大口を開けていた場所に、巨大な金属の棘が出来上がっていた。
棘の硬さは未知数だが、流石にガイアの体内よりは頑丈なはずだ。お互いが視認出来る距離まで詰めたガイアなら、作り上げた魔術師の力量を大まかに判断することは出来る。その上で、ガイアは危なかったと安堵した。
もしも突っ込んでいれば、口内を突き破り、心臓、胃から腸にまで届いていたかもしれない。再生は可能だが、突き刺さったままでは出来ない。棘から逃れる間に他の四人に嬲られ、そこをさらに大魔術で攻撃されたら死んでいた。
そして、この距離まで近付いて初めて気付いたこともあった。
五人の内一人から、思わず恐怖を感じるほどの神聖力を感じ取ったのだ。
おそらくその一人とは、筋骨隆々で一人だけ容貌と力量が桁違いな危険な男だ。男は他の四人に囲まれながら、確実に力を練り上げている。
『げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』
ガイアは笑う。
自分を打倒し得る敵へ、笑い続ける。
※※※※※※※
『獣王』ガイアと戦う少し前。
「勝てるのか?」
どうやって王者を倒すか
当然ながら、五人はこの最重要事項について話し合いをしていた。
勇者一行もデドレイトも、その側近を個別に倒せるだけの力はある。けれども、それで王者が倒せるのか、と聞かれれば、分からないとしか言えない。
きっと、力は側近たちとは比にならないはずだ。
これまでの戦線における王者の記録と、どうやって倒すかという作戦会議を行っていた。
そんな中、カイルの純粋な疑問が飛び出る。
それに反応するのは彼の仲間三人。一人、デドレイトは腕を組んで頷いた。
全員がその頷きに注目する。
「王者は強い。だが、決して倒せない敵ではない」
だが、緊張感は抜けない。
全員が全員、王者という存在の格を理解しているからだ。強いというだけでなく、世界中から恐れられてきたという生きた伝説でもある。
それは、―――――――ということだ。
おかげで『獣王』の強さは規格の外側に居る。王者と呼ばれているのは伊達ではなく、最強の生物の一角なのだ。倒せない敵ではない、というのが怪しくなるほど、彼らは強い。
だが、デドレイトは勝てる、と訴える。
「神より、我ら異端審問官は王者の力を抑える結界の術を賜っている」
「なるほど」
話が見えてきた。
その結界さえあれば、王者に勝てる。
神より、とは異端審問官にとっては、いや、全神官にとっては最も信用出来ることだ。
アイリス、デドレイトの二名はそれだけで事足りる。だが、残りの三人には疑念が残るのは仕方ない。
「本当に大丈夫なんですか? 神だよりって……」
「そうだ。神官の言う神ってのは、どうにもよく分からん。俺はオッサンは信用してるが、それが神からって言われても怪しいって思うぜ」
命がかかっている事柄だ。
中途半端では、いざという時に何が起きるか分からない。ラトルカは変わらずに距離を置いて何も言わないが、それでも男二人の意見に賛同している。
「神は絶対だ。間違いはない」
「……効果があるのかも分からん。効かなかった時に終わりじゃ、死にに行くのも一緒だ」
「大丈夫だ。絶対に問題ない!」
別の作戦はないのか、と。
カイルの言葉に、ニカリと笑うデドレイト。だが、どこか誤魔化されたようにしか思えない。
埒が明かない、と今度はラトルカが言う。
「はあ……それなら術式を見せろ。私が判断すればそれで良いだろう?」
「……スマンな。神にはそれはするなと言われておる」
話がさらに進まなそうだ。
三人は首を傾げることになる。
そもそも、神の言葉を聞くというのがあまり馴染みのないことだ。極一部の神官にしかされない、神秘の最奥のようなものである。彼らにとって、どれだけそれが重要かは分からない。
「……何を隠す必要がある?」
「それは神のみぞ知る。我らにその意思を推し量る能力も、権利もない」
全ての神官の模範の答えだ。
神官にしか伝わらない答えでもある。
はぐらされている、とラトルカが感じてしまうのも仕方ない。けれども、言えないことは言えないのである。
「ごめんなさい。デドレイト様も、わざと言わないのではないのです。本当に言えないのです」
「…………」
「私たちにとって、神は『絶対』なんです。どうか、ご理解を……」
アイリスの真摯な態度に、リョウヘイとカイルは引き下がった。どうにもしっくりこないが、引き下がるしかなかった。
ラトルカはそれに疑念を持ち続けるが、問い詰めても無駄だと判断した。
「……それで、何をしてほしいんだ?」
「申し訳ないな! だが、感謝する!」
疑念は尽きない。
けれども、この疑念だけで関係がどうこうなるほどの事ではない。
リョウヘイは神経質過ぎたか、と反省する。
だが、あとの二人ははぐらかされたと心に刻んだ。
それを無視して、話は続く。
「我は結界の展開と維持を行うため、動けない! だから、王者は汝らが倒してほしい!」
不信を抱いて、彼らは戦うのである。
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