↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/293

60、仮面


 その日の晩、砦の中。



「皆の衆、勇者一行に乾杯!」


『おおおおおお!!!』


 

 デドレイトの言葉に反応し、兵士たちは各々のジョッキを上へと掲げた。

 普段からは想像が付かないほど、食堂の雰囲気は明るい。実際に明かりを灯す魔道具を掻き集めているために、物理的にも明るいのだが、そこはいいだろう。

 今、彼らは別にそこを指摘するほど気を張ってはいない。


 要するに、砦中の気が緩みまくっていたのだ。

 普段はほとんど飲めずに年中閉めっぱなしの酒樽を開けて、食料品はやたらめったらに集められている。

 普段は襲撃に備えて気を張っているというのに、今のガヤガヤしている雰囲気を見れば、緩んでいるというのも仕方がない。

 西の戦線で戦う彼らからしてみれば、何百年も変わらなかった状況が変わったのだ。三体居た『獣王』の側近たちは死に絶え、残すところはあと一体。

 たった一体倒すだけで、地獄の一つが終わるのである。これで浮かれるな、と言う方が無理な話だ。

 この場での最高責任者であるデドレイトが乾杯をしているのだから、察するには余りある。


 熱気は最高潮。

 希望も充分灯っている。


 この状況を壊すのは、流石に忍びない。

 主役に担がれている彼らもそうだ。

 リョウヘイは酒を勧められて困りながら断りつつ、戦闘の詳細を詳しく聞かれていた。困っているようには見えるが、戦闘時ではあり得ないほど浮かれている。仮に後ろから叩かれても、避けることなくまともに喰らうだろう。

 カイルもリョウヘイと変わらない、というかリョウヘイよりも酷い。ガブガブと浴びるように酒を飲みつつ、兵士たちと心から意気投合しているのだ。ベロベロに酔っ払う姿から、そこに警戒の二文字が消え失せていることはひと目で分かる。


 そんな彼らを、ラトルカは侮蔑の目で見ていた。

 

 今さっき、この場で奴らの顔面に魔術を放ってやろうか、と考えて思い留まった所だ。  

 冷徹さはここでも変わらない。

 チビチビと酒を飲みつつも、彼女は警戒を緩めることはしなかった。

 ひとえに、彼女は他人に自分の領域に入り込んでほしくないからである。人と関わるのが億劫な彼女は、魔術を使って自分の存在感をゼロにしていた。

 騒ぎ立てる彼らを見つめながら、一人でただ考え続ける。



「…………」



 ほんの一瞬の、小さな違和感だった。

 けれども、確実にそれは心のなかに刻み込まれているのだ。今この時も警戒を怠らないのは、人と関わりたくないという理由の他にも、その違和感があったからかもしれない。


 牛の魔物は強かった。

 後から聞けば、デドレイトは間違いなくアレが『獣王』の中でも最強の眷属だろうと言っていたのだ。

 そして、アレは魔術を操る、学習する頭を持っていた。それに、アレは死にたくないという、何よりも誰よりも強い本能を有していた。

 戦闘はあまり経験したことはなかった彼女だが、ここを違えたりはしない。最後まで生きるために足掻こうとしていた目を、見間違えたりはしない。

 あの一瞬だが、本当に気圧されたのだ。

 金属の触手で絡め取られながらも、アレは間違いなく生を諦めることはなかった。



「…………」



 あの戦いの後、出来たクレーターの下には牛の死体は見つからなかった。

 アイリスが放った攻撃が、一撃で木っ端微塵にしたと思えなくもないが、おそらくは無理だろう。

 アレの頑丈さは、きちんと体験している。あの一撃でも、骨の一欠片すら残らないのは不自然だ。あの攻撃の性質は魔物にとっては最悪の効果なのだが、回復能力も考えればおそらくは。

 

 酒を流し込みながら考える。

 ほんのりと酔いながらも、思考は素面の部分を確保している。

 これはちょっとした魔術師の技術だ。

 思考を分割、加速させるというものだが、考え事をするにはとても役立つ。



「…………」


 

 それに、人生の大半を魔術に捧げてきた彼女だ。例え一瞬の出来事だとしても、魔術が行使されたのであれば見逃すことはない。

 複雑な術式が展開されるのなら、絶対に気付く。

 魔術師としての腕はラトルカの方が上なのだ。

 だからきっと、






「ラトルカさん」


「わっ!?」



 思考が完全に途切れた。

 横から予想外にもかけられた声から、間抜けな声が漏れ出てしまう。

 ラトルカは睨みながら声をかけてきた相手の方を向くが、相手も驚いたような顔で固まっていた。


 相手、アイリスは気まずそうに顔を下げる。

 ラトルカは若干苛ついたが、必要以上は何も言わない。自然と頬が引きつって何も言えなかった。



「あ、す、すみません……」


「……別にいい」



 ラトルカは間抜けな声を漏らしたことを恥じつつ、あまり歓迎していない、という空気を出した。

 もちろん、アイリスを追い返すために。



「それで何の用、というか何故気付いた? ちゃんと姿は隠していたはず……」


「『隠蔽結界』ですよね? 私なら神聖力を部屋全体に満たして魔力の反応を探れます」



 人当たりの良い笑顔で答えられる。

 歓迎してない空気は効いていないようで、ここから動かないぞ、と訴えられているようにも感じた。

 ラトルカはそれに溜息を吐く。



「……それで、私に何か言いたいことでも?」


「ええ。何やら思い悩んでいたようですので」


「鬱陶しいな」


「『聖女』の仕事ですよ」



 隠蔽の範囲内に居る二人を気付く者はいない。

 バカ騒ぎは続き、酒と食事と言葉が飛び交う。

 それを冷めた目で見ながら、ラトルカはアイリスを追い返すのは無駄だと悟って話し始めた。



「あの牛、多分生きてるぞ」


「…………」



 表情は変わらず、優しく微笑むアイリスはそれほど驚いているようには思えない。

 案の定、といったリアクションだ。

 ラトルカはまた一段温度を下げた目を全てへ向ける。バカ騒ぎをしている兵士たちだけでなく、アイリスにもだ。



「アレのしぶとさは尊敬ものだ。お前の攻撃が当たる直前、私の『転移』の術式を真似て、どこかへ飛んでいった。極限の状況でよくやってのけたよ」


「……それで、魔物はどこに?」


「さあ? この世界のどこかには居るだろうが、私には分からん」



 実際に見えた訳ではないが、術式はおそらく完璧だったはずだ。

 ここ一番で『転移』という高位の魔術を、即時でかつミスなく行えたことに驚きだ。

 あの魔物に凄みすら感じる。

 世界中で見たとして、あれほどの魔術師は数えられるほどしか居ないだろう。

 


「それより、驚かないんだな」


「……元より、私の『退魔術』なんてたかが知れています。私の専門は『回復術』と『結界術』ですよ?」


「あれだけのエネルギーを使って仕留めた自信がなかったのか?」



 神聖術は大きく三種に分けられる。

 傷を癒やす『回復術』と、何かを守る『結界術』。

 そして、魔を滅する『退魔術』だ。


 全ての『退魔術』は、魔物に対して凄まじい威力を発揮する。

 あらゆる魔物は『浄化』され、無へと帰す。

 魔術と同じくエネルギー量や技量、使う術によって威力は上下するが、使ったのはアイリスだ。

 ラトルカも、あの魔術反応を見なければ、死体が残るという可能性など考えもしていなかっただろう。そう思わせるだけの凄さがあった。

 だが、アイリスは間違いなく考えていた。

 術者がアイリスなのだから、術者ではないラトルカが考え付きもしない事を思い付く可能性もある。あるが、アイリスの反応から、思う所がある。



「なあ、誰かから聞いてたのか?」


「……なんの事でしょう?」



 アイリスが何かを隠しているのは確定だった。

 いくつかの可能性に当たりを付けていたのだが、ラトルカは正解だったと確信する。

 元より、アイリスが他人の事情に詳し過ぎた。

 全てを見通しているかのように行われた彼女の説得は、本当に良く心に沁みる。そして、心の奥底まで見通しているかのようなソレは、少々踏み入れ過ぎだ。

 当人同士でしか知り得ないことを知っていた。調べて出て来ないようなことも知っていた。

 


「神のみぞ知る、ということか?」


「!」



 意味深に言うラトルカに、アイリスは肩を震わせる。

 表情は変わらないが、微妙な変化を見逃さない。

 


「……あの魔物はこちらで処理します。心配しなくて大丈夫です」


「認めたな?」


「私が何を言っても、無駄ですからね」


 

 ラトルカは、アイリスの言うことを聞かないだろう。言い訳と受け取り、心の底では暴いてやろうと躍起になるはずだ。無駄に足掻けば、無駄な労力が要る。

 そこを見抜いているアイリスは、少しだけ機嫌悪そうに言った。



「私は別に悪いことはしていません。リョウヘイ様もカイル様も、悩みを解消し、快く勇者一行に参加していただきました」


「私もそうやって仲良しこよし一味にしようと?」


「想像以上に根強いようで困ってます」



 睨み合うように二人は語り合う。

 ラトルカは実際に睨んでいるのだが、アイリスは笑みを浮かべていた。

 少しだけ曇った、らしくない笑みだ。



「騙してるのと変わらないだろうが」


「それで二人は救われてます。二人は前に進めました」


「結局、神の手駒に成り下がっただけだろ」



 ラトルカの意志は硬い。

 何者にもなびかないという、絶対がある。

 アイリスにとっては都合が悪い。

 敵視され過ぎているのは本当に良くない。仲間であり、これから魔物たちを倒さなければいけない

 

 どうしようかと頭を悩ます。

 


「私はただ、使命を……」


「私はお前が嫌いだ」



 アイリスは、いきなりの言葉に目を丸くする。

 これまでの話の流れが完全に途切れて、かつストレート過ぎる言い分に一瞬言葉を失う。

 その彼女を見て、ラトルカは鼻で笑いながら続けた。



「他の二人はまだ良い。そこまで悪い人間ではないし、私もそこまで嫌いじゃない」


  

 遠ざけるのは、最後にはどうしても相容れなくなると分かってるからだ。

 異端審問官に挑もうとすれば、確実に止められる。おそらくは、そうする性格だ。気を許せば後になって頭が痛い問題が生まれるかもしれない。それに、関わるのが良い人ならば、もしも戦うことになるときに鈍るかもしれない。

 


「だが、お前は嫌いだ」


「……酷いですね」


「他人と関わるのに自分を隠そうとする奴をどうやって信用するんだ?」



 アイリスは、一度として素を見せた事はない。

 いつも、どんな時でも、誰とでも、アイリスは絶対に腹の底を見せようとしない。 

 ただ、絆されそうな表情で、絆されそうな仕草で、絆されそうな言葉を吐く。そこにアイリスの心がどこまで籠もっているのかなど、分かりはしない。



「お前が何もしなくても、二日後の王者殺しも、これからの戦いも協力してやる。だから、必要以上に関わるな」


「…………」



 突き放す、冷たい言葉だ。

 七年、いや、生涯で言われたことがない、いっそ新鮮とも思える言葉であった。

 


「その気味が悪い笑い方を止めるなら、少しは話を聞いてやってもいい」



 ラトルカは隠蔽を解いて、姿を消した。

 ガヤガヤという喧しい騒音が響き、酒の匂い鼻腔に入り込んでくる。そして、明るい光と雰囲気が虚しくアイリスの体を包み込んだ。

 アイリスはただ呆然と立ち尽くす。

 悩むというより、悲しそうに。

 ラトルカの言葉をそうだとも肯定出来ず、違うと否定も出来ずに。



「…………」



 誰にも話しかける事も、話しかけられることもなく、アイリスは宴を後にした。

 

面白ければブクマと評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。