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57、大いに悩め


 勇者一行が戦線に赴いてから十日目。

 それだけ言うと、デドレイトは四人を引き連れていつもの戦場よりも少しだけ外に行った。

 四人全員を、だ。

 回復役であるアイリスも連れて、否応なしに無理矢理に近い形で連れ出した。今日は魔物の進行は自分一人で防げると、戦線の全てをデドレイトの結界で封印して。



『……化け物か?』



 カイルが言ったのか、リョウヘイが言ったのか、ラトルカが言ったのか分からない。

 それだけ凄まじい光景だったのだ。

 デドレイトの祈りと共に爆発的に神聖力が増加し、周囲数十キロ四方が彼のエネルギーだけで満ちた。そうして生まれた結界は、凄すぎて何が何やら分かりやしない。その結界の規模と、触れた魔物を消し炭にした所を見れば、どれだけ強力か分かるだろう。

 五百年生きた異端審問官が見せた本気の一端は、彼らの想像を四段も五段も上回っていた。

 ただ思う所は、『なんでコイツが王者を倒さないんだ?』という一つの疑問に限る。


 だが、それにデドレイトが答えるはずはない。

 地面を埋め尽くすほどの魔物たちの海を真っ二つに割り、そこをずんずん進んでいく。

 魔物たちは、デドレイトたちを襲わない。

 襲えない。

 大きすぎる力の差を感じ取って、動けない。

 

 だからデドレイトは無視して、進み続ける。

 王者を人間の世界に入れさせないために神が作り出した結界までだ。



「…………」


 

 王者が直接人間を攻め滅ぼしに来ないのは、神の結界によって近づくことが出来ないからだ。

 東西南北、人間の生息範囲を取り囲むように張られたソレは、()()()()()が大きすぎるモノの出入りを禁止する。人間やAランク程度の魔物ならばまったくもって問題はないが、王者ほどの存在になるとこの結界を超えることが出来なくなるのだ。

 だから王者は眷属を生み出して侵攻する、という遠回しな手段を取らざるを得ない。


 五人はゆるりと進んでいく。

 魔物たちを尻目に、徒歩で進んでいく。

 進んでいく先にあるのは、デドレイトの結界を遥かに上回る結界だった。



「これ……」



 規格外、という言葉ですら言い表せない。

 いったい何がどうなっているのか。デドレイトの常識外の結界を軽く上回るその力を見せつけられる。これまで積み上げてきたものが茶番に思えてしまうほど、そこには絶対的な力があった。

 そして、その力が大地を浄化しているように、地面は白かった。これまで、散々呪われた赤い土を踏んできたというのに、今は真っ白な土を踏んでいる。

 


「……デドレイトさん?」


「この結界は、我らが神がお作りになられた物だ」



 デドレイトに、今日はいったいどうしたのかと尋ねようとしたリョウヘイに被せる。

 彼の視線は依然として結界に向かっており、そこには大きな尊敬の念が込められていた。



「神はおっしゃった。『これは試練である』と。我らは試練を乗り越えなければならぬ」


「デドレイトさん?」


「そして、その要が汝らだ」



 自身の実力を見せ、神の結界を見せ、勇者一行に何かを訴えようとしている。

 そして、その何かをカイルとラトルカは理解していた。カイルは目を丸くして、ラトルカは忌々しげに顔を歪めて。



「我らほどの力は必要ない。だが、汝らはもう少し力を得る必要はある。もう少し、あともう少しだ」


「……何が言いたいんですか?」



 要領を得ないデドレイトに、リョウヘイは食い下がる。

 こういう場面では、リョウヘイの疑問に反応してアイリスが聞きに来るものだが、彼女は今朝からずっと黙ったままだ。

 皆が皆、少しいつもと違う態度を取ることに不思議そうにしているリョウヘイに、カイルが冷静に言った。



「リョウヘイ、黙ってろ」


「?」



 カイルの言葉に、リョウヘイは首を傾げる。

 傾げるが、カイルには素直に従った。


 カイルはわきまえているのだ。

 勇者一行に参加し、リョウヘイを支えると決めた日から、ずっと彼なりに努力は続けてきた。

 だから、この場面でもすることは決まっている。デドレイトの言葉はリョウヘイに必要なものだと判断し、それを遮らせない。

 リョウヘイもカイルの殊勝な態度に違和感を隠せなかった。なんとなく素直に言うことを聞こうと思う程度には、おかしなものだったろう。



「西の王者である『獣王』は、特に強い力を持つ眷属三体を『三獣士』と名付け、側に侍らす。百年に一度ほどはどれか一体は死ぬものだが、最近一体死んでな」


「…………」


「少し前に、『槍王』ガーノオリアが暴れた結果だ。今『三獣士』は二体だけ。全体の戦力でいうなら、西は今かなり弱っている」


 

 そこまでして、全員が気配を感じた。

 勇者一行の四人からすれば、寒気すら感じるほど恐ろしいものだ。

 殺意を持って近付いて来るソレは、これまでの魔物たちとは比べ物にならないほど隔絶している。

 間違いなく天災と呼べるほどの力を秘めた、恐ろしくもおぞましい、王に近しいモノなのだろうと誰もが察していた。



「神の結界を越えれば、そこは王者の領域だ。そこを我のような者が踏み荒らせば、その側近が飛んで来る」


「まさか……!」


「ああ、来たぞ」




 ド  ン  !  !

 

 


 粉塵が舞う。

 凄まじい衝撃が駆け抜けて、大地を大きく揺らした。

 人間には知覚する事が困難なほどの速度と、生物の限界を超えた身体能力による踏みつけは、その下に居た脆弱な五人の人間たちを粉々のミンチにする、はずだった。

 だが、



「強いな。我の結界が一瞬軋んだぞ?」



 デドレイトの強固な結界に阻まれる。

 半球状に五人を取り囲むソレは、僅かに沈みながらも形を崩す事はない。

 だが、これよりも目を向けるべきなのは、その結界を鷲掴みにしている爪だろう。

 禍々しくも美しい、黒曜石のように真っ黒な爪だ。

 その爪の持ち主はというと、



「―――――――――――!」



 それは、巨大な狼だった。

 歪で大きく口は裂けて、赤くて不気味な目は顔の両面に三つずつ。真っ黒な毛並みはまるで光を吸い込んでいるかのようで、輝きなどは一切ない。

 巨狼の遠吠えは、まともに聞けば聴覚を失っていただろう。音の大きさだけでなく、その不気味な姿に相応しい呪いが込められていた。



「デドレイトさん、アレって……」


「うむ。『三獣士』の一体だ」  


「…………」


「これは、イケるか?」



 リョウヘイはその強さに圧されている。間違いなく自分よりも強いと感覚で分かる。

 ラトルカ、カイルも同じだ。だが、二人はどうやって巨狼を倒すかを考えていた。

 しかし、デドレイトがしたい事はそうではない。



「まあ待て。焦るな。汝らの出番はこの後よ」


「? どういう?」



 デドレイトは獰猛に笑う。

 巨狼よりもずっと深く、恐ろしい。



「見ておけ」



 結界をそのままに、デドレイトだけはスルリと隔たりをすり抜ける。

 巨狼を前にして、たった一人で向かい合う。

 その燃え上がるような闘志と共に、ただでさえ膨大な筋肉が一段と膨れ上がったよう見える。



「――――――――――!!」


「喝あああああああ!!!!」



 そして、戦い(蹂躪)は始まった。



 ※※※※※※※※



「…………」


「……凄かったな」


「何回目だよ、それ……」



 リョウヘイとカイルは食堂で話をしていた。

 話す内容は決まっている。

 別の話に逸れることもあるのだが、結局辿り着くのは一つだけだった。

 それだけ鮮烈で、凄まじかった。



「アレは、化け物だ……」


「それも何回目なんだ?」


「ウルセェ」 



 思い出すのは、デドレイトと『三獣士』の戦い。

 いや、戦いというのも違う。

 圧倒的な強者であるはずの巨狼が、それをさらに大きく上回るデドレイトによって蹂躪される。


 巨狼が弱いなどという馬鹿なことは考えない。

 巨狼の爪も牙も、良質な魔道具であろうと真っ二つに出来る硬度と鋭さを持っていた。

 その巨体と体重を完全に無視したしなやかで素早い動きは、人間の動体視力をブッチギリ、一切対応などさせずに相手を殺しきることが出来ただろう。

 その巨体から繰り出させる攻撃のパワーたるや、歴戦の重歩兵が百人集まったとしても止められるか怪しい。


 だが、デドレイトには関係なかった。


 爪と牙は薄皮すら破けない。

 どんな速さ、動きをしても完璧に対応される。

 膂力など、拮抗すら生まずに負けていた。

 巨狼がデドレイトに勝てる要素など、塵一つ分だって存在しなかったのだ。



「……俺たちならあの狼、勝てたかな?」


「……多分イケたと思う。ちゃんと上手くやれれば、全員無事生き残れただろうな」


「じゃあ、相手がデドレイトさんなら?」


「絶対に無理だ」



 二人が気にするのは、そういう事だった。

 

 デドレイトの力の一端は見続けてきたが、ここまで違うとは思わなかった。

 そして、未だに力は一端のままだということも理解してしまう。

 底を見せないその力を、まだまだ遠い全力を、いったいどう形容すれば良いのか分からなかった。



「あのオッサンは強い。俺らの十倍は余裕でな」 


「……なんであの人が王者を倒さないんだ?」



 リョウヘイの素直な疑問に、カイルは答えられない。

 王者を見たことがない二人だが、それでもデドレイトが倒せない所が想像出来ない。仮に勝てないのだとしても、勇者一行に勝てる訳がない。

 あまりにも違いすぎた。

 デドレイトが強いことなど知っていたが、いつかは追いつけるだろうと漠然と考えていたから、気は沈まなかった。

 だが、絶対に追いつけないと分かってしまった。



「俺も結構強くなったと思ったのにな……」


「……オッサンがおかしすぎるだけだ。俺らはちゃんと強いの内に入ってる」



 五百年という月日は、長かったのだろう。

 そこで積んだ研鑽と時間を、たかが数ヶ月、たかが十数年で超えられるはずがない。

 当たり前の事を思い知らされた。



「あのオッサンは、もっと強くなれって言ってるんだろうなぁ……」


「これくらい出来るようになれって事か?」


「絶対そうだ」



 一呼吸置くように、カイルは水をあおる。

 溜息混じりに、半ば呆れるように。



「異端審問官が全員アレかと思うと、人間ってなんだろうなって思うわ」


「ああ、確かに……」


「オッサンは俺らに自分みたいになって欲しいんだろうが、少なくとも俺なら百年かかる」


「じゃあ王者を倒すのにも百年かかるかな?」


「いや、そうとは限らんぞ!」



 ナイーブになっている所に、隣から爆音が響く。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの声量で、耳鳴りが後から響く。

 そして、二人が横を見れば、予想通りの筋肉の塊がそこには居た。



「デドレイトさん……」


「なんだなんだ、二人して辛気臭い顔を!」



 ガハハ、と笑いながらバシバシと二人の背中を叩く姿は、二人と真逆で明るいことこの上ない。

 リョウヘイもカイルも、砦に来てからデドレイトが明るい所しか見たことがなかった。

 リョウヘイは自然と出た苦笑いで迎える。



「どうしたんですか、今日は?」


「いやあ、ただ汝らが浮かない顔をしていたのでな! どうしたのかと思っただけだ!」



 デドレイトが原因なのだが、気付いていない。

 力の差を見せつけられて落ち込んでいるとは思いもしないらしい。


 

「……オッサンがスゲェなって話をしてたんだよ」 


「? ほう、我が凄い、か……」


  

 だが、カイルはリョウヘイとは違って落ち込むばかりではない。

 デドレイトの力を見てから、それについて話したいと思っていた。

 何を思って、どうやって、どのように強くなったのか。デドレイトほどの強者なら、その興味が湧くというものだ。

 だから、カイルが話に誘ってみた。



「俺たちは、オッサンが強すぎてビビってんのさ。情けねえことにな」


「……なるほど。確かに、我は汝らよりも強い」


「圧倒的に、が抜けてるぜ」



 デドレイトは考えながら接している。

 どこまで二人を思っているのかは分からないが、なにか気の利いたことを言おうとしているのだろう。

 腕を組んで、厳しい顔をしていた。



「まあ、あの『三獣士』を倒した所しか見ていないなら、そうだろうな」


「あ? なんだよ?」


「我は、汝らが思うほど強くないさ」



 どういう事か分からない。

 リョウヘイもカイルも、デドレイトが強くないなどとは冗談でも思うことが出来なかった。

 二人が驚いている様子を見て、今度はデドレイトが苦笑いを浮かべた。



「まあ、他の人間よりは大概強い。汝らよりも強いし、他の英雄と呼ばれるような若造共と比べても同じだ」


「……それなら、」


「だがな、異端審問官の中では強い方でもない」



 頭がおかしくなりそうだ。

 この強さを見せられて、それでもまだ上がある。

 途方も無さすぎて、言葉もない。



「異端審問官は全員で六人。我より弱いのは、新入りの内の一人。南の戦線のリリーロクス殿とは同程度か」


「…………」


「北の戦線に居る筆頭殿、東の戦線のルシエラ殿と、新入りの片割れには負ける」



 ルシエラは知っている。

 本当に力の一端の一端しか知らないが、勝てると言われても納得だ。それに、ラトルカからの情報が確かなら、ルシエラは最古の異端審問官らしい。

 デドレイトが勝てないというのも、分かる。


 筆頭とやらもだ。

 異常な強さの異端審問官の中で、それを束ねる位置に居る人間が弱いとは思えない。推測でしかないが、異端審問官の中でも一番強いのが、筆頭なのかもしれない。

 

 だが、新入りとはどういう事か?



「新入りって?」


「七年前まで、異端審問官は四人だけだった。だが二人新しく入ってな。これがまた、可愛くない奴らなのだ」



 困ったように笑う。

 思い出に浸ろうとしたところ、本当に困らされた記憶ばかりだったらしい。

 ただただ豪快なオッサンというイメージだったデドレイトに、二人の知らない人間らしい部分が垣間見えた。



「奴らは、完成されている。我らと会った時は十かそこらだったが、子どもとは思えないほど異常であった。悩まず、曲がらず、折れない、まさしく神の使徒だ」


「それは……」


「片方はもう既に我より強い。アレは突然変異だな。意志とは、あそこまで人を高められるとは知らなかった」 



 そこには、微かな羨望が混じっている。

 リョウヘイとカイルも、同じ年でもそんな人間が居るのかと落ち着かない。

 何よりも、デドレイトを追い抜かしているという一人のことをもっと聞きたい。



「そんな奴らが……」


「まあ、汝らが悩むのも分からんでもない。だが、奴らに汝らが劣っている訳でもない」



 強さには差がある。

 今の彼らと比べるならば、確かに新入りの異端審問官たちの方がずっと強いだろう。

 だが、



「お前たちは我らを超え得る。それが勇者一行だからだ」


「…………」


「…………」



 だが、デドレイトはそのことを具体的にどうこう言える立場ではない。

 その言葉がどういう意味なのか、二人が理解出来ることはない。

 だが、デドレイトが言いたいことは分かる。

 彼はただ、焦るなと言いたいのだろう。先の言葉の通りに、あと少し、もう少し、と。だからもう少しだけ待ってみてほしい、と。


 しかし、リョウヘイの悩みは尽きない。

 いや、十分に成長しきったという二人の人間の話を聞いて、考えざるを得なかった。

 



「俺が必要なのか、分からないんです……」


「ほう?」


「デドレイトさんも、他の異端審問官の人たちも強いから、俺なんて必要なかったんじゃないかって……」



 そう語るリョウヘイは、どこか暗い。

 リョウヘイが『勇者』として召喚されて、必要だからと求められた。人類を救ってほしいと、願いを込められてからこそ頑張ってこられた。

 だが、自分は必要なのかと考えてしまう。

  


「……むむむ、分からん」


「やっぱり俺って……」


「そうではない。我は汝の悩みに気が利いたことなど言えんのだ」



 しかし、相談の相手が悪かった。

 デドレイトには、誰かの悩みを共に考えるなどという経験がない。

 人生をそこまでややこしく悩んだことはないし、これまでの後輩たちも全員漏れなくイカれていたのだ。

 悩みなど打ち明けられても困ってしまう。

  


「あ、すみません。困らせるようなことを……」


「いや、いいのだ。大人の我が、子どもの汝の話を聞いて導いてやれぬ力不足を許してくれ」



 お互いがお互いに、遠慮し合う。

 しかし、デドレイトは解決策にはならないが、と前置きをしつつ言った。



「お前の悩みを聞いてくれる人間は、隣に居るだろう? そちらに言った方がよほど良いぞ」


「…………」



 デドレイトの言葉に、リョウヘイはカイルの方を恐る恐る見た。

 すると、カイルは気まずそうに頬を掻いている。

 完全に丸投げと言ってもいいが、一応は答えを一つくれていたのだろう。



「まあ、悩め。悩んで、仲間と話し合え。お前も仲間の悩みを聞いてやれ。そうやって、成長していけばいい」



 デドレイトはそれだけ言って去った。

 もうこれ以上は何も言う必要はないと判断して。


 仲間に悩みを打ち明けられない少女二人を思い浮かべながら、その日は終わりにした。


面白ければブクマと評価お願いします。

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[一言] クララと勇者はいずれ会うんだろうか? どうなるのかすごく楽しみ
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