37、気に喰わない
クララ視点
『よくやったね』
「いえいえ、どうも……」
不貞腐れたように答える。
自分でそう思いながら言うのはどうかと思うけど、とにかく腹が立ったのだ。
とにかく、このささくれた感情をどこかにぶつけたかった。そしてぶつけるのには、諸悪の根源である神こそ相応しい。
だが、悩ましいのは神と関わるほどにその負の感情が強まっていくのである。
神のこの声には認識というものは働かないから、その声が高いのか低いのか、女なのか男なのかも分からない。分からないが、軽い調子で言っているのは分かる。
それがなんとも神経に障る。
こっちがどれだけ苦労したのか知らないで。いや、知ってるか……
神は大体、こういうイベントは見逃さない。
ちゃんと観戦してたはずだ。観戦してた上で、この神は軽く言う。観戦だから軽く言う事が出来るんだろう。
腹が立つ。
いつもいつも、神は的確にボクの癪に障ってくる。
報告のために聖国に戻って来る度に、眉間のシワが深くなっているように思える。
そのうち胃に穴が開いて吐血しそうだ。本当に神と話すのにはストレスがかかりまくる。
『異端は全滅。隠れた人間も含めて全員とは、君の執念には恐れ入るよ』
「仕事ですからね」
聖国、神の言葉を受け取る場所。
トロンから戻った後に、そこでボクは顛末を説明することになった。
異端をどう殺した、どんな異端が居た、予想できる異端の生活状況は、とか色々なことを神に言うだけだ。そして、これを言えば完全に仕事は終了である。
このために走って聖国まで戻ったのだが、それは別にいいだろう。
神の元へ出向くということに気が滅入る。
コレを相手にするのは、ある意味どんな異端との戦いよりも苦しいのだ。
なにせ、神はいつだってウザいのだから。
「かなり大きい『精霊信仰』の集落でした。『精霊信仰』が今後、大きな力を持つにはかなりの時間がかかるでしょう」
『やっぱり君に任せて正解だったよね。「武天」の彼や「大聖堂」の彼女なんかは絶対にここまで出来なかった。君らみたいに細かい事が出来る気質じゃないからね』
名前も聞きたくない二人だ。ボクが上と言われても、比べられるのが不愉快である。
異端審問官の一人、『武天』のおっさんは大雑把で適当でうるさいし、『大聖堂』のサイコ女は一刻も早く死んでほしい。
ルシエラの鬼ババァと残りのジジイもいつになったら天に召されるのだろうか?
本当にロクでなししか居ないな、異端審問官。
『君は本当に彼らが嫌いだねぇ』
「仕事でなければ関わりたくもありません」
神はよくもあんな狂人どもを見つけてきた。
それに、アイツらのことを面白いと思って好きにさせているのだから質が悪い。それに、アイツらとボクが一緒の扱いというのも嫌で嫌でしょうがない。
それもこれもこの神のせいだ。
『おいおい、褒めたのになんで怒るかね?』
「……気が立ってるんです」
『いつもイライラしてるくせに』
ムカつく
本当にムカつく事だらけだ。
悪い事が起れば後に良い事があるなんて誰が言い出したんだろうか?
少なくともボクはこの七年、良い事なんて全然ない。もっとバランスよく両方来てほしいのに、あるのは悪い事だらけだ。
頭が痛くなる。
痛すぎて、神聖術じゃ治せないくらいに。
そのまま頭を抱えたいけれども、それをすれば余計な言葉を神に喋らせてしまう。
もう胃まで痛んできそうだ。一刻も早くここから出て行って、ベッドに突っ伏してしまいたかった。
『そんなに仏頂面ばかりだと、嫁の貰い手がないぞ? せっかくカワイイ顔してるんだからさ』
「気持ち悪い、気色悪い、胸くそ悪い」
『あははは!』
何が面白いというのか?
姿も形もない神が、腹を抱えている様を何となく見えてしまう。
というか、カワイイとは何だ?
カワイイとか、そんな言葉はもっと相応しい人間が居る。ボクに言うくらいなら、アイリスに言えばいいんだ。
いやまあ、お世辞とは分かってるけども。自分でもこんな可愛げのない女は居ないと思うし、ボクなら願い下げなんだけどもさ。
いや、自分で自分を自然に女って思うのはマズイか?
……もしかして、大分染まってきた?
『君はさ、ほら。猫みたいなものだよ。普段は素っ気ないのに、エサをチラつかせると擦り寄ってくるみたいな? 君の普段のツンケンした態度も、その一環だよねぇ。割とモテるんじゃない?』
「願い下げです」
『直球だねぇ』
モテるなんて馬鹿なものは必要ない。
相手が男ならなおさらだし、女でも結構だよ。
ボクは一人だけを、ずっと想ってるんだから。
『君はかなり優秀だよ。ただ一つ欠点があるのが残念でならない』
「…………」
『君は殺人に意味を出しすぎてる。もっと人間の命は軽いものだって思えばいいのに。だから、仕事が終わる度に荒れるんだよ』
ああもう、腹が立つ。
こういう所が嫌いなんだよ、神様。
『君は仕事の後はいつも気が高ぶるよね? もっとリラックスしてもいいのに。そしたらきっと、慣れられるよ?』
「……知ったような口をきかないでもらえますか?」
『知ってるからきくんだよ。その下手くそでやる気のない敬語だって、抱えた怒りをなんとか抑えるためだろう? 君が、あの、ほら、そうだ! ラフィーニアちゃんを殺して、ヘコんでるのも……』
ガアアアアアン!!
神の言葉の途中で、硬いものが強くぶつかり合った音が響く。
そこそこ広い神殿で、他に人も居ないから余計に大きく響いたみたいだ。
音の正体はボクである。
むしゃくしゃして、メイスを振り下ろしたのだ。唐突に自分でも驚くほど腹が立った。
物に当たるのはよくない、なんて分かってるけど、それでも人に当たるよりはマシだと思うんだ。ボクなんて人に当たればその人を殺しちゃうから、なおさら。
美しい大理石で出来た神殿に凹みが出来る。
魔術的にかなり補強してあるし、ボクも力を四分の一も込めていないなら凹みで済んだ。でも、かなり補修のために経費がかかるだろう。
ボクのムカつきを抑えるための必要経費だし、仕方がない。
『相当ご立腹みたいだねぇ?』
「ボクの腹の中なんて全部お見通しのくせに」
『まあね? でも、僕は本気で君を褒めてるんだよ? 「精霊信仰」の精霊王は厄介だ。その使い手を殺したのは凄いんだよ? 君は誇っていい』
「人殺しを誇る気はない」
姿も形も見えはしない。しないが、なんとなく、やれやれとでも言いたそうな雰囲気がする。
コイツに肩をすくめられるのは相応に腹が立つ。
手が届くのなら、首を絞めてしまいたい。
けれども、出来ないのだから仕方がない。
立ち上がって後ろを向いた。
自分の足音が響く。
引き止める誰かは居ないし、邪魔をする人間も居ない。神は人間一人を引き止めるために力は使わない。
使うのは、言葉だけだ。
『もう少し喋っていかないかい? きっと、君と話すのはとても楽しいんだけど』
「ボクは楽しくない」
『ほら、君の大切なお姫様の話なんてどうだい?』
言葉だけだが、一番その人間が足を止めやすい所を突いてくるのだ。
だから、思わず足を止めそうになった。
けれども、そんな見え見えのエサに飛び付けばどうなるかは察せる。止まってやるもんかと思っていたから、なんとか止まらずにすんだ。
『ええ……あの娘が頑張ってる姿を見せてあげようと思ってたのにさあ……興味ないのかい?』
「アンタに聞くことじゃない」
そうだよ。神に借りを作ることをしたくないし、神に聞くまでもないことだ。
これ以上関わること自体が、ボクにとっては不利益でしかない。さっさと切り上げて、気晴らしになることをパーっとするのが一番なのだ。
そもそも神と関わって楽しい人間なんて狂人しかいない。
『あ、そうだ。少しの間休暇をあげるよ。二日は聖国でゆっくりしているといい』
「……そりゃ、どうも」
それだけ返すと、ボクも神も黙って終わった。
神は満足そうにして、ボクは不機嫌そうにして。一刻も早く離れようと、少しずつ早足になっていくのが自分でも分かった。
静寂を通り抜けて、扉を開く。
そこは聖国の中央の中央、人間が神から言葉を託される場である『神託の間』。荘厳な空間から解放されれば、明るい光が飛び込んで来た。
神と話すためのあの場所は、暗いから困る。限られた人間しか入れないから何か静かというより寂しい感じで心地悪いし、その居心地の悪さを壊すのがあの神経を逆撫でしてくる神だ。
本当に色々嫌になる。
この教会は、ボクにとってストレスの温床だ。
神もそうだが、神官たちも、教会に通う信徒たちも、何となく気に障る。
まともな人間が居ないのかとつい思ってしまう。
本当に、この世界は歪んでる。
ムカつきを抑えながらフラフラと練り歩き、教会に用意された自室にまで戻った。教会のかなり奥にある、高級ホテルを思わせる造りのエリアだ。ここで何人かとすれ違ったが、誰もが豪奢な神官服を着ている。
ボクは別に気にはしないが、アレンは前に、『高級感が凄すぎて慣れねぇ』とか言っていた。小市民にはちょっとハードルが高いらしい。
ボクはそんな高そうなエリアの一室の扉を、無遠慮にガチャリと開けた。
そして速攻で気を抜きまくる。
体をベッドに投げ出して、枕をぼふぼふと殴る。布団を引っ剥がして、綺麗なシーツがグチャグチャに乱れさせた。
ここは一応、異端審問官のように身分が高い人間用の部屋だ。枕もシーツも最高級品で、驚くくらいに肌触りが良い。
この寝具の上が気持ち良くて、ちょっとだけ落ち着けたかもしれない。
「…………」
そのまま寝ても覚めても良かったが、そういう訳にはいかない。
聖国に着いてから何も食べてないんだ。だから、キュウと小さく腹が鳴る。
何か食べないといけないけれど、お金は大体全部アレンに管理させてるから今は持ち金が少ない。つまり、飯を食うにはアレンと合流しないといけない。
神曰く、彼はもう聖国に戻っているらしい。
ならもう、次にすることは決まっていた。
「…………」
そのまま行こうとしたけれど、一つ袋が視界に映ってしまった。とある少女が渡そうとした、まだ中身を見ていない袋である。
でも、何となく何が入ってるかは分かる。
きっと多分間違いなく、服なのだろう。女の子らしくて、ボクに似合うような。
「……着るか」
何となく着てみる事にした。
別に理由なんてないし、本当にただの気まぐれのつもりでそう思った。
恐る恐るで身に着けたのでかなり時間はかかったが、とある少女の思惑通りに、ボクは彼女の選んだ服を着てしまった。
その場で悶ても良かったが、埒が明かないから止めておく。
頬を赤らめつつ、人目に付かないようにしながら、ボクはアレンを探すために部屋の外へ出た。
「はあ……何やってんだろ……?」
入れ込みすぎれば、呪いのようにその後を付きまとわれる。
分かっていたのにそれを犯した、バカな自分に溜息が漏れた。




