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30、無慈悲

今回からだいぶ話がショッキングになります。


 異端である『精霊信仰』は、精霊を、ひいては自然を信仰している。

 自然を、信仰、している。

 

 世界の大半の人間が神を信仰しているように、自然を神として信じているのなら、それに当たる存在はあるのだ。つまりは、精霊から力を得る事で、神聖術に相当する力が使えるようになるという事。

 自然を敬い、崇める事でその力の一端を借り受けられる。森に入った獲物を迷わせるなど、その御業のほんの小手先の部分でしかない。

 ただ一人のために使うにはそれで充分と判断してしまうほど、自然が関われば強い強制力が生まれるのだ。

 その一人が自力で強制を上回ったのは、腰を抜かして目を飛び出させる結果だと言えるほど信じられている、強い力なのである。


 だから次は、コレを攻撃に使うだろう。

 地を割り、空を鳴かせる。

 術者がその気になれば天変地異すら起こしてしまうのが本当の威力だ。次はそのたった一人のために、災害を起こしてみせるだろう。

 異端と呼ばれたのも、呼ばれながらも残り続けたのも、この力を持っていたのがその理由の一つであることは間違いない。

 異端として神が一応警戒するくらいには、強い力なのだ。


『精霊信仰』では、その技術を精霊術と呼んでいる。

 

 まあ、そんな力を全員が全員使える訳ではない。神の元でも人類全員が神官になれる訳ではないし、使えるにしても才能次第だ。強い人間は本当に一握りだけだという事は、世界のどこでも変わらない。

 そんなめちゃくちゃが出来るのは、神の直属たる異端審問官に相当する人間だけだろう。


 

 ※※※※※※※※※※



 クララは走っていた。

 今度は迷うことなく、そこしかないと思っている場所へ足を向けている。視線も、足も、体も真っ直ぐとそちらへ向けて全速力だ。一刻も早く異端を殲滅するために、最高速で向かっている。

 一歩一歩踏みしめる度に無造作に木々の残骸を踏み潰す。なのにそこからまったく木屑が舞わない。足音を鳴らさず、異端の警戒を抜けるための配慮である。

 敵の力場の森は壊したために敵の妨害はないという期待があったのだ。そんなに簡単な事はないと考えてはいたが、打てる手はすべて打つのがクララだ。


 だが、慎重を心がけるクララに多少の焦りは生まれている。

 マズイ事に来ているということがバレているのだ。口ぶりからして、異端審問官が来たことが伝わっている。『精霊信仰』がクララの動向を掴むなど、一つしか方法はない。

 それは誰かが情報を流したということ。そしてその誰かは、間者か裏切り者かの二択。

 前者なら、関わりが深ければ確実に分かる。神聖力とは水と油なその性質を持つ人間が長い時間関われば、自然と分かってしまうものだ。

 そして、後者ならば厄介だ。前者とは違って、その異質さは存在しない。『神は誰にでも笑いかける』のだから。


 それも知れれば良かったのだが、先の拷問で引き出せた情報は少ない。

 ラランネンという男は裏切りを許さなかった。痛みを与え、苦痛で支配するはずだったが、意志が強すぎた。あれだけ派手な行動をして敵を警戒させる要素を作ったのは、居るだろう監視役を捕まえて情報を吐かせるため。だというのに、ものの五分で殺したのは何も得られずじまいを確信したから。

 結局、仕草からクララに行かれてはマズイ方向を推測するしかなかったのは誤算としか言いようがない。



「面倒くさい……」



 僅かな情報を元にして走る。

 最悪なのは、既に全員が逃げる準備が出来ていること。探している間に逃げられれば、一人ひとり殺すのは骨だ。

 せめて、ある程度範囲が分からなければ手が打てない。

 異端の隠れていた集落にでも行ければ、もう少しやりようがあるのだが、現状は悪い。



「邪魔くさい……!」



 最悪の最悪、もう既に逃げているかもしれない。それも数手に別れて。

 そうなればもう絶望的だ。異端を殺せと命じられれば、皆殺しが基本だ。それを殺し損ねるなど、神になんと言われるか分からない。

 


「適当に使うか……?」



 逃げ道を塞ぐ手はある。だが、そう何度も使える手ではない。ただ全力を使ってその手を打ってもいいのだが、その隙を狙われれば少し厄介だ。

 それは最悪の最悪の最悪だ。それだけは、やってはいけない。神の命令に命をかけるつもりなど、クララには微塵もないのだ。

 どうしようか迷っていた。

 早く手を打たなければと思っていた。

 すると、





 「…………!」




 居た

 

 人の暮らした痕跡が見える場所の中心。

 いくつか家を挟んでいてクララからはまだ見えないが、そこに居ないわけがない。そういう存在感を持った何かなのだ。

 化け物と呼んで差し支えない、化け物だ。


 そしてその力は強大で、雄大で、偉大だ。

 自然という力そのものを凝縮したような、莫大なエネルギー。

 人間のそれとは、性質も限界値もまったく違っていた。


 その先には、一人の男だ。

 黒の服に金色の刺繍が施されている、位の高そうな服を着た男だ。茶髪と褐色の肌は先の密偵役の者たちと変わらず、歳は二十代前半ほどで若い。黄金の錫杖からは男と同等の強いエネルギーを感じる。

 クララの外見と神聖力に騙される事なく警戒を怠らない所だけを見ても、他とは違う。強さも、心構えも、装備も、これまでとはまるで違った。


 強い、と確信させられる男だ。



「……あの雑魚どもをボクに付けたのは君だね?」



 クララの雑魚という言葉に微かに反応を示す。男の制御するエネルギーが僅かにブレたのだ。そして一瞬だが、不快そうに眉をひそめていた。

 クララはそれを笑う。思い切り頬を吊り上げて、嘲るような顔を作る。挑発が効くと分かったなら、使わない手はない。



「とっ捕まえて少し脅したら、ペラペラ喋ってくれたよ。『精霊信仰』はああいう軟弱を育てるのが趣味なのかな? どうしようもなく、弱かったよね」 


「黙れ」



 男が口を開いた。その声もやはりまだ若いが、不思議と威厳に満ちている。

 今度は不快感を隠そうともせず、クララを静かに睨んでいた。錫杖を握る力は強まり、手へ渡る血が滞って赤く変色してもなお強まる。


 クララはそれを見て、さらに深く笑う。普段ならばニコリともしないのに、人を侮辱する時だけはそれまでが嘘のように。

 これまで、話が通じる相手を前にして、挑発という手を取らなかった事はなかった。

 クララは常に、相手と自分を嘲っている。



「あんな雑魚をなんで庇うのかねぇ?」


「雑魚ではない。ラランネン、ガーデンゼン、カルネア。あの三人は戦士だ。お前如きに、心が屈する事はない。つまらない嘘は止めろ」



 男は変わらずに、怒気で体を強張らせながらクララを睨んでいた。

 きっと信頼しているのだろう。

 挑発と知りながらも、仲間を悪し様に言われた事への怒りを隠さない。

 男がどれだけ誇り高いかが嫌なくらいに見せつけられた気がした。



「気色悪い誇り、馴れ合いだな。皆無駄死にだよ。あの三人も、何の意味もなく死んだんだ」


「……知ったような口をきくな。お前が一体奴らの、俺たちの何を知っているというのだ……!」


「知っているさ。お前たちが薄汚い異端だってな」



 青筋を浮かべながら男は構えた。腰を落とし、錫杖に腕を絡めるように握る。独特な構えだが、隙などどこにもない。

 肌を刺すような殺気がクララへと向けられるが、男の方から動くことはなかった。怒りに突き動かされながらも、下手にクララの間合いに踏み込む事はしなかった。

 だが、クララはその冷静さを付け狙う。理性と知性がある敵が最も面倒だと知っている。だから、そのために落ちぶれていく。貶めていく。



「お前の友人、家族。全員殺す。一人だって生かさない。おまえたちのくだらない、何の意味もない歴史はここで終わるんだ。安心しなよ。赤ん坊も一緒に殺してやるからさ。良かったね、寂しくないよ?」


「…………」


「ああそうだ。殺されるのが嫌なら、今ここで全裸になって踊ってみるか? それでくだらない精霊への忠誠を捨てるなら、生かしてやらんでもないよ?」



 心の底から見下す姿は物語の悪役のそれだった。

 そして安い挑発ではあったが、効果はてきめんであった。


 男は一歩を踏み出す。

 凄まじい剣幕で、身が凍るような殺気を放ちながら。

 今すぐにでも殺してやる、とその顔が物語っていた。



「貴様は、畜生だ……! 」


「お前はその畜生に負ける異端だよ。さっさと殺してやる」



 男はクララへ駆け出す。

 内に秘めた激情のままに、礼を尽くす必要すらない外道を一刻も早く殺すために。

 そして、冷静さを欠いた男は悪手を選んだ事に気付けない。その手で叩き潰してしまいたいという衝動を抑える事ができず、突っ込んでしまった。

 男はもっと慎重になるべきだった。クララの手の届かない場所から遠距離攻撃を取れば、クララは今から打とうとする手を一端諦めただろう。



「…………!」



 クララの神聖力が吹き荒れた。

 薙ぎ払いの瞬間以外、これまで隠していた分をすべて外へ出し、その場にクララを中心とした圧が発生した。大型の魔物が体当たりをしたような、それだけで大半の人間は死に絶える威力だ。残っていた建物は残骸と化し、小物や家具などが砕かれて彗星のように飛んでいく。

 だが、その程度で男は怯みはしない。男の力は大型の魔物の体当たり程度で屈してしまう程度ではなかった。人間離れしたパワーを発揮する男は怒りのままに前へと進んだ。どんな小細工も叩き潰す自信があったのだ。


 一歩、また一歩と男がクララへと近づき、クララは圧を強めていく。

 そして、



「…………!」


「バイバーイ!」



 クララは男とは向かい合わず、明後日の方向へと走り出した。超人的なクララの脚力はあっという間に男からクララを引き剝がす。二歩目を踏む頃には、もうその姿は常人には見えないほど遠くへ進んでいた。

 一瞬呆けた男であったが、クララの進んだ方向からすぐにその目的に察しがついた。なるほど、その力があったならその先に居る()()を捉えることができるだろう。

 驚きと、完全に挑発に乗ってしまった自分への愚かさを内心で罵った。



「クソッ!!」



 クララは男との会話の最中も、男への口撃と観察を止めなかったのだ。どの方向を守ろうとしていたか、どこに逃がしたかを考えた。もちろんそれは参考程度にしかならないだろう。しかし、その後の神聖力による爆撃で、かなり視界が開けてしまった。クララはその周囲の状況から理解したのだ。



「何故わかったのだ!?」



 標的、戦えない女や子ども、老人を逃した部隊が出発したのはほんの十一、二時間前の事である。だから、男は追手を止める、時間稼ぎのために残った。

 数百人規模の大移動だ。時間はかかるが、三日もすればもう追い付けない所まで行けるだろう。三日三晩の戦いなど、男にとっては少し我慢すれば簡単に為せる程度なのだ。

 だから、男は怒り以前に油断していたのかもしれない。

 

 十一、二時間というのもそうだ。

 人間が固まって移動するのだから、当然その痕跡は残る。そして、その痕跡を消そうと思えば、魔術を使うしかない。当然魔術を使った跡は残るし、それはとても致命的なものだろう。

 けれども、移動の跡を消すのは大して難しい技術ではない上に、その魔術を使ったあとの反応もとても弱いはずなのだ。一時間もしない内に空気中の魔力に溶けて消えてしまう。

 バレるはずがないと確信していた。

 クララが男と対面した時点で、ほとんど目標は達成されていたのである。


 だが、クララにはそんな当たり前は通じない。

 クララは自身の神聖力で辺り一帯を塗り潰し、さらには空気中の魔力が散る前に『結界術』で閉じ込めたのだ。

 魔力は一人一人、指紋のように微妙に性質が異なる。元は一人の人間によって生まれて、同一の存在だったのだ。それが空気中の魔力に呑まれて、散り、別の存在へと変わった。

 そこを『回復術』で治してみればどうなるか?



(十一、二時間って所かな? 危ない危ない。もう少しで逃がす所だった)



 全力で駆けながらクララは考える。

 後ろにはおっかない形相の男が追い付こうと必死だが、クララからすれば余裕だった。速度で言えばクララの方が速い上に、駆け出したのもクララの方が先。特殊な技術を用いて追い抜かす事はしていない。

 考え事をできる程度には余裕であった。


 

(一日経ってたら、流石に治せなかった。『あるべき形へ戻れ』っていう認識は、やっぱり自由度が高い)



 神聖術は物にも影響する。というより、クララの神聖術は物にも影響する。

 それはクララが自分で、道具が無ければ死ぬという強迫観念にかられているからだ。道具という存在の有用性を何よりも理解し、期待しているのである。

 話が少しズレるが、クララは他の人間を治す事ができない。何故なら、別に他人が死んだ所で自分にはどうでもいいと心から思っているからだ。救いたい、救われたいと願わなければ、『回復術』は成立しない。

 クララが人間へ期待していないのと同様で、物に対しては無くてはならないと理解しているのだ。普通の神官にはあり得ない思考で、クララにとっては当たり前の本能だ。


 だから、武器や防具の再生という不可能を可能にしている。



(見えた……!)



 後ろで男が絶叫している。

 クララはそれを無視して、ターゲットへ向けて走る。

 まだ何も分かっていないだろう、戦えない人間の所へ。



「…………?」



 彼らの護衛の戦士の一人が別の方向をふいに向いた。彼がクララの動きも、男の叫びも感じ取れるはずがないのだが、奇しくもそちらを向いたのだ。

 その瞬間に、首を刈られた。



「シィィイイ……!」



 それから戦える人間をすべて殺し終わったのは、一番はじめの彼の血が地面に落ちた瞬間だった。



「キャ……!」 



 その異変に、一番はじめに気付いた女が叫ぼうとした瞬間、心臓を潰されて死んだ。それから、一秒毎に人が五十人殺される。

 頭を潰される、体が消える、首が引き裂かれる。

 男も女も、子どもも老人も同様だ。女の腕の中に抱かれた小さな命も、蟻も同然に踏み潰された。

 クララの動きに対応できるはずもなく、四秒すればすべてが終わった。



「きさ……!」


 

 貴様、とは言えなかった。

 さらに一秒して辿り着く男であったが、それよりも早くクララは動いていた。

 目を閉じ、力を練り、深く深く息を吐く。集中している状態だろう。一秒未満であったが、これまでただ漂っていた神聖力は意味ある形として陣を作っていく。複雑怪奇な精密画のような、途方も無い術式だった。


 展開されれば、それは壁として現れる。

 縦はおよそ十メートル、横は広がり過ぎて分からない。地面からそれ以上縦に長い物体はすべて切られた。木も、魔物も、山すらも。

 まるで世界を分けるような、凄まじい白い壁だ。まさしく神の如く、クララは神聖な防壁を作り出した。

 

 その名は、『聖域』


 神聖術の一つの系統である『結界術』の、その最奥に近い術だ。

 これで、塵一つすら入り込めず、出られない。

 空から隕石が降ろうとも、傷一つ付かないだろう。



「いいくらいの距離だ。他に二つ、同じような人の集まりが居たんだろうけどもう囲った」


「…………!」


「君を殺してから、残りをゆっくり殺そうか」



 ある種、余裕が男にはあった。

 もう大丈夫だろうと、思っていた。いち早く異端審問官の情報を取得できた事で生まれた優位が、一瞬で消え去った。



「死ね」



 クララにはもう嘲りはない。

 もう必要のないものへ労力を費やす事はしない。

 これから先は暴れるだけだ。そしてそれは、異端を殺すまで止まらない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ圧倒的理不尽、無慈悲と思ってタイトル見返したら無慈悲だったのでニッコリ。 クララちゃん、改めてぶっ壊れてるなぁと。戦闘力的な意味でも、精神的な意味でも。
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