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27、要求

 

 冒険者ギルドはどこにでもある。

 少なくとも、町という規模で人が集まるのならば、必ず設置される。世界中で手広くやっている組織など、冒険者くらいのものだ。その手の届く範囲の広さから、冒険者にしかない様々なプラスが働くのである。

 例えばだが、情報の交換。教会のように誰かと誰かで連絡を取り合う道具はないが、冒険者は冒険を行うのだ。慣れ親しんだ町や国を出て、また別の場所で仕事を開始する。そしてその時、出て行った人間が持つ情報も外へ流れていく。

 冒険者は実力主義だ。だから特に、強さに関する情報の展開はとても早い。あの場所の誰々が強い、あんな特徴を持っていて、こんな戦い方をする、性格はどうだ、どれくらい強いのか、だので、言ってみれば噂話が付きやすいのだ。


 当然ながら、異端審問官もその噂話の対象である。王者の戦線で、最も多くの敵を葬り去っているのが彼ら彼女らであるからだ。戦線で怪我を負い、引退した者たちが動くと、同時に噂話の方も動く。異端審問官という存在は、案外広く知られているという事だ。



「おい、アイツ誰だ?」


「知らねぇ。けど、明らかに神官だ……」


「神官があんな物騒な訳ねぇだろ……! 戦える神官なんてマジで限られてるはずなのに、なんでこんな所に?」



 酒を飲み、酔っていた冒険者たち。ギルドの扉が開かれた瞬間、そちらに意識を寄せていた。それが仲間の見知った冒険者なら、またすぐに酒を飲み、料理を口に運んだだろう。

 だが、そうはならなかった。ギルドに足を踏み入れたのは、体運びに一切の隙がない黒い髪の少女だった。神官の服とメイスから十分に少女がどんな役割を持つ者か理解できる。だが、尋常ではない神聖力がダメ押しで彼女の正体を知らしめた。

 

 冒険者たちは警戒を顕にする。コソコソと話し合い、少女は誰かと考える。それは自分たちの見たことがない未知であり、自分たちの及びもつかない格上だと悟ったからだ。だから冒険者たちは少女を観察し、推察していた。そのための見た目というヒントはとても多くを冒険者たちに与えていたため、容易に正解へと彼らは辿り着く。



「枯れた黒い白磁草の花の首飾り。あの意匠は間違いない」


「異端審問官……!」


「とんでもねぇ大物じゃねぇか」



 ざわつきは収まらない。異端審問官は世間的に、英雄に位置する立場である。王者という規格外が存在する世界において、神の加護と強者は人間という種族の存続のための要なのだ。そして異端審問官は、神に関わりの深く、かつ絶対的な強者でもある。下手をすれば、小国の王よりも強い権力を持ち得るかもしれない。それは言い過ぎにしても、トロンなどという田舎の国の冒険者ギルドに、ふらりと顔を出すようや存在ではない事だけは確かだった。



「異端審問官は確か、今は六人だったな?」


「何年か前に二人入ったんだ。北の『超人』か、西の『万能』のどっちかだ」


「あんなガキがか?」


「馬鹿、あんなヤベーガキが何処に居んだよ!」


「化け物だな、アレは……」



 恐れ、慄き、クララを見る。歳下の少女とは分かっているが、遥か格上の天才だとも知っている。だから、実力をただの噂だと鼻で笑う者は一人もいない。

 王者たちの戦線で戦うとはそういう事なのだ。才ある人間だけが辿り着く領域に達した人材を湯水のように使い、なんとか押し留めているという現状。そんな地獄で生き残るだけでなく、活躍できるなど本当に限られている。

 戦線の英雄として何百年も語り継がれる異端審問官として選ばれた一人を、侮れるはずもない。

 

 静かでやかましい冒険者たちを無視して、クララは先へ進んで行く。行き先は真正面の受付だ。先日はできなかった目的を果たそうと、進んだ。



「ギルド長に話があります。呼び出していただけますか?」


「は、はい! ただいま!」



 慌てた様子で受付の男は奥へと走っていく。本来ならば、受付で何の用か聞いてからなのだが、異端審問官相手にそんな悠長をしている暇はなかった。待たせるなど、論外すぎて考えもしない。その場の全員の首を、権力的にも、物理的にも飛ばせる人間を前に、規則は謳えない。

 

 それから大した間は生まれなかった。受付の奥からやって来たのは、逞しい肉体を持った四十過ぎの強面の男である。見た目は冒険者としていつ引退してもおかしくはないほどで、ギルド長という、ギルドを仕切る立場となっている事を思えば実際に引退しているのだろう。だが、今居るどの冒険者よりも強いだろうと感じ取れた。



「お待たせしました。私がここのギルド長をしています」


「はじめまして。異端審問官の一人、クララ・ランフェルスです。以後、お見知り置きを」



 ギルド長は頭を下げる。トロンでは珍しくない茶髪に、少し白髪の混じった頭がクララへ向けられた。

 それに対して、クララも軽く頭を下げる。その後に左手を前に差し出すと、ギルド長は一瞬躊躇いはしたが、きちんと手を取った。

 


「……握手とは珍しいですね。私のような身分の者に」



 異端審問官の立場は高い。いちギルド長よりは、格段に高い。けれども、握手は同じ程度の立場がするものなのだ。少なくとも王侯貴族が、それなりの立場を持っているとはいえ冒険者相手にする事はない。する訳がない。よほどの奇人でなければ。

 クララはそれに疑問顔だ。そんなに握手がおかしいか、と態度で主張している。貴族同士などは分かるが、貴族と一般人とではおかしいとは思わないらしい。これは、異端審問官には貴族の位が与えられるという事をどうでもよくて完璧に忘れていた人間の反応である。



「私はこれから話す事になる人間全員に自己紹介と握手は必ず行います。社交辞令がそんなにおかしいでしょうか?」


「いえ、とても大切な事かと」


「……もういいです」 



 明らかに本心でなさそうな返答に、クララは若干気を悪くする。次からはもうやめようか、と悩むが、そのどうでもいい事をしっかり考える前に、ギルド長と受付が動いていた。



「どうぞ、奥へ。腰を据えて話をしましょう」



 ※※※※※※※※  



 クララが案内された部屋は、そこそこ豪華な部屋だった。高級感のある調度品が揃えられ、香りの良い紅茶が用意されていた。

 部屋の中はギルド長とクララの二人だけ。子と親ほど歳の差がある二人だが、持っている力の差はクララの方が遥かに強い。優雅で余裕のあるクララと、額から冷や汗が流れているギルド長を見ればそれは明らかだ。ギルド長は強面の顔をできるだけ柔らかく笑いかけようとしているが、余計に怖い。



「それで、本日はどのようなご用で?」


「簡単ですよ。失踪した冒険者の記録を見せてください」



 そんなギルド長に物怖じせずに、クララは豪胆に言う。何でもないように軽く言うクララであるが、困ったのはギルド長だった。強面の顔を困ったように歪めており、小さく眉が下がっていた。



「一応、ギルドの情報は機密なのですが……」



 冒険者と冒険者ギルドは雇用、被雇用関係にあるが、それは冒険者ギルドが冒険者を好きにできるという訳ではない。ベテラン相手でも、ひよっこ相手でも、きちんとルールによって定められた所があるのだ。

 例えばそれは、個人情報の扱いについて。実は、冒険者ギルドは冒険者の情報を守る義務があるのだ。というのも、冒険者は職業柄、腕っぷしで問題を解決する事が多い。全てがそうではないが、それが仕事であるし、暴力の強さが売りの職業だ。ぶっちゃけると、粗忽者がほとんどなのである。そのせいか、貴族を相手に対応を間違える事が本当に多い。これはとても問題だった。



「そこを押して、お願いしてます」


「これはギルドの歴史の中で定められたルールです」



 力を付け、名が売れると難易度の高い依頼を受けるようになる。そして、難易度の高い依頼というのは、他人よりも多く金を持った人間からのものだ。それは大手の商会や高名な鍛冶師などもあるが、大半は貴族の事。レアなアイテムのコレクションや転売を目的にした、高貴な生まれの人々だ。気位が高い彼らが冒険者から無礼な態度を取られると、当然ながら報復しようとする者も出てくる。貴族が依頼を出す人間となると、貴族が雇う手勢では報復できないほど屈強だが、その家族や友人となるとそうではない。そうして貴族の言いなり、最悪報復によって使い物にならなくなるのは、魔物に抗う人間全体の損失だ。だから、ギルドは冒険者を守るために、一切の情報を他へ出さない。

 よほどの事がない限りは、だ。



「もう教会の申請でいくらか情報を私に流したでしょう? 今更です。気にする必要はありません」


「アレ以上ですか? 正直、あの程度だから情報を出したというのもあります。さらにというのは、マズイのです」



 ギルド長の融通がきかない、という訳ではない。むしろ、前に情報を渡しただけきく方なのだ。クララ自身の立場はこの場の誰よりも高いが、冒険者ギルドと教会の力は同等である。どちらも他のあらゆる存在から中立であるという立場だ。ここで既に無理を通したのは教会側。さらに要求するというのは、言ってみればバツが悪い。

 クララもギルド長も理解はしていた。二人とも戦いを得手とする人種ではあるが、最低限の政は理解できる。二人はちゃんとそれぞれの組織が保証する立場があるのだ。それを曲げるとなると、二人の上がさらにややこしい政治を行う事になるだろう。それはとても避けたい所だ。二人はきちんと、分かっている。



「分かっていますよ。ですが、異端を排するためには必要でして」


「そちらも職務でやっているように、こちらにも職務があります。どうか、ご理解いただきたい」



 丁寧に頭を下げるギルド長。誠意に溢れた、真面目な対応であったと言えるだろう。関係は良好なままで居たいのだ。お互いの利にはならない事は、火を見るより明らかである。

 しかし、



「貴方には申し訳ありませんが、そんな事はどうでもいいんですよ」



 まともな相手ならば、ここで引いただろう。けれども、相手は教会きっての奇人、狂人である。

 クララは営業的な満面の笑みで、ギルド長の言葉を切り捨てる。何の容赦もなく、何の遠慮もなく、ただそう言った。

 それにギルド長は驚いた顔をして固まったが、すぐに大きく顔を歪める。先程のような困惑の表情ではなく、威圧するような強い感情が感じ取れた。



「それは、どういった意味で?」


「そのままの意味です。私はそんなごちゃごちゃした事は心底どうでもいい」



 重苦しい威圧感の中で、変わらない声色でクララは言う。それはどこか人を馬鹿にするようだった。だが、貼り付いたような笑みを浮かべるクララの目は、笑っていない。

 それを見て、ギルド長は立ち上がる。二メートルは超えるギルド長だ。自分よりも遥かに小さなクララを見下ろしている。先程までの雰囲気は皆無だ。



「王者の戦線で百数十年。教会とギルドで争う余裕なんてない。権力狂いのバカが居る上に、火種を与えてはいけない。それで割を食うのは、現場の人間だ」


「でしょうね」


「それで何人、死ぬと思う?」


「さあ? どうでもいいですね」



 ドン、と机を叩く音がした。仇を見るような目でギルド長は、クララへ殺気を放っている。何かの拍子に飛びかかってもおかしくないほど、剣呑な雰囲気だ。ギルド長とて、昔は冒険者として活躍し続けてきた強者である。それが怒りによって、隠していた部分が露呈していた。

 だが、クララはまったく動じない。何も変わらない。あまりに何もないその態度が、先の言葉が本気で言っていると思わせた。



「狂人め……! そんなに神の命令が大事か?」


「かみ? 何を馬鹿な。アレとは契約で動いてるだけだ」



 ギルド長は戦慄する。彼が知る異端審問官からは、決して出ない言葉だった。



「別に何でもいい。有象無象のことなんて、考える価値もない」



 心底どうでもいいような言い方だった。無関心を極限まで集めて煮たような、酷く冷たい瞳だ。その目には何も映していない。クララとギルド長の行動によって死ぬであろう人間も、目の前に居るギルド長の存在も、何一つとして感知していない。



「……別に、今日は貴方と言い争いをしに来たのではないのです」


「よく言うな……!」


「さっきのは忘れてください。嘘を吐かないといけない場面なのですが、つい本当の事を言ってしまう……申し訳ありません。まどろっこしくてイライラしてました」



 完全に挑発するような言い方だった。いや、完璧に喧嘩を売っている。にこやかな笑みの裏側で、とてつもない悪意が滲んでいた。

 だが、それにギルド長は落ち着きを取り戻した。挑発されているという感覚と、その裏にある殺気を感じたのだ。ここでクララを殴りかかれば、彼女はそのまま自分を返り討ちにするつもりだという予感がした。

 そこまで気が付いて、ギルド長が驚いたような目でクララを見れば、クララは残念そうに肩をすくめる。



「……殴りかからせて、俺を異端として認定するつもりだったのか?」


「察せられると恥ずかしいですね。そうですよ。どうせゴネると思いましたし、言っても聞かないとも思ったので」



 ギルド長は冷たい汗が吹き出たのを感じる。挑発に乗った瞬間、間違いなく自分が殺されただろうからだ。実力差は何となく感じているが、それでも少女の見た目が危機感を鈍らせた。けれども、冷静になってようやく分かってしまった。静かで、悍ましい殺気を感じている。目の前に居る少女が、自分を確実に殺せる手段、力を持っているのだと推察できる。できてしまう。そうでなければ、挑発なんていう手は取らない。



「なぜ、そんな事を……?」



 震えた声で、ギルド長はクララへ問う。問うが、まともに彼女の顔を見る事ができなかった。



「それを理由にすれば好きなだけ情報を見れると思ったんですよ。まあ、あまり良い選択肢とは言えませんが、貴方が異端に協力している可能性が無くはないですから」



 それだけ言うと、膨大な神聖力の裏に隠していた魔術を切る。使っていたのは『看破』の魔術。嘘を見抜くという、そこそこ難易度の高い魔術だ。

 神聖力と魔力の同時使用は、難しいが不可能ではない。難易度は高いが、その気と努力があれば神官全員が出来る技術だ。


 そしてこれを使ったのは、ギルド長を探るためである。

 ギルド長が異端に協力している可能性はなくはない。挑発はしたが、返答次第で、その場で殺すか、泳がせてから殺すか、生かすかのどれかを取ろうと思っていた。

 異端でないならそれで良し。もしも異端認定すれば、調査と評してすべてを閲覧できる。そうなれば隠し事はできないし、信頼できる情報が獲得可能だと思ったのだ。

 あとは、クララ自身の狂気を演出したかった。この一連の流れならば、クララの要求を断る事はできないはずだ。恐怖で縛り付けるために、多少芝居をかけた。



「見せてもらえますよね?」



 断られるなど微塵も考えていないような言い方だった。しかし、ここまでされて断れる人間がどれだけ居るか? ギルド長は断れば殺される、という邪推で動けない。クララにそのつもりは特にないのだが、ギルド長がそれを知るはずがない。



「こっそりで良いんです。ほんの少し、私が情報を見る事に目を瞑っていただければ、それで」



 内心は恐怖で満たされているギルド長にクララは甘く、優しく呟く。逃げ道を潰して追い詰めるように、近く、近く。断られないように殺気も振り撒きながら。



「……持ち出すのは、許さない。すべてココだけで確認しろ」


「はいはい」



 絞り出すように言うギルド長。威圧感で誤魔化してはいるが、間違いなくそこには怯えや畏怖、弱りがあった。

 それに対して言質は取れたクララは機嫌が良い。営業スマイルではなく、本心から笑っていた。口角を少し上げるだけの薄い笑みではあったが、ちゃんと嗤った。



「……異端を殺す事が、そんなに大切か?」


「は?」


「何人死んでも、殺されても、異端を滅するのがそんなに大事か?」



 席を立ち、そのまま部屋を出ようとしたクララに、ギルド長が問うた。そこまでして職務を達せねばならないのか、と。ギルド長は感じ取ったのだろう。クララの仕事に対する病的な徹底さを。

 問われたクララはギルド長を真っ直ぐに見つめる。笑みも消して、殺気も抑えて、純粋に一対一で向かい合う。それから言葉を発するのだが、問われてからまったく間を置く事はなかった。ほとんど即答に近かっただろう。



「仕事をする事が大切なのです」



 ギルド長には、理解できない答えだ。



「殺しだろう?」


「殺しです」


「楽しいのか?」


「いいえ、ちっとも。楽しくないし、楽しんでする事じゃない」



 すべての問いに即答だ。それが余計に、ギルド長の認識を混乱させる。クララと接してから咄嗟に出た、異端審問官を理解したいという試みは、糸口さえ掴めずに終わりそうだと妙な確信があった。



「異端審問官は、化け物か?」


「……皆、何を勘違いしてるか知りませんが、異端審問官は全員ただのロクでなしです。魔物を倒して英雄視されても、魔物と同じかそれ以上の人間を殺してる」



 クララは静かに語る。まったく熱のこもっていない声であったが、どことなく嫌悪の感情が見えた。きっとその嫌悪は、自分に対してもなのだろう。今吐いた言葉に、偽りはない。



「今回も殺しますよ。異端は老若男女、全員です。赤ん坊でも殺します。異端審問官なら、全員そう答えるし、実行します。してきました」


「……怪物め」


 

 ギルド長のつぶやきを、クララは無視した。そのまま部屋を出て、控えていた受付の男に案内しろと指示を出す。その時にはもう、どうやって異端を殺すかしか頭にはなかった。



「……嘘も吐けんのか、化け物」



 ギルド長が席から立つには、もう少し時間がかかった。


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