26、デート
趣味多めでやってしまった
「ああ、遅かったですね」
先回りしたつもりのクララは、思わずズッコケそうになった。というのも、朝も早いし、気配を消して移動したし、出たのも裏口からだったのだ。
だというのに、ラフィーニアはすべて見越したかのようにそこに居た。
完全に想定外の攻撃である。
いやに馴れ馴れしい彼女を躱すために無駄に気を張ったというのに、それが無駄になったのだ。しかも、ただ無駄なだけではなく、準備と用意を上回られた。たった十二歳の子どもに。
可愛らしく欠伸をしているが、何という執念だろうか?
朝は早く、誰も起きてはいない時間だ。教会を出るときは最も使われていなさそうな扉を使ったし、それから気配も足音も消して行動していた。
それをすべて、予想で上回られた。
きっとここに居るだろう、という淡い予感こそが、ラフィーニアを正解へと導いていた。
さっきの『遅かった』という言葉が表している。
会って一週間も経ってない少女に自分というものを理解されてしまったようで、クララの気は晴れない。
「マジで何なんだ?」
「お、いいですね。そうやって素で、素で!」
「失礼。さっさと子どもは寝てください」
腹立たしい。
朝は嫌いだというのに、無理に起きた自分がバカらしい。
クララの眉間にシワが寄り、指でほぐしている。
それを見るラフィーニアは昨日と同じように、ニコニコと笑っている。
クララにとっては、本当に頭が痛くなる状況だ。
何をしても無駄な気がする。もしもここで全力で逃げたとしても、目的地は知られているのだ。待ち伏せされるだろうし、逃げた事を根に持たれて余計にウザい行動をしそうだ。それに、どうせ突き放した態度は取ることができない。
つい甘やかし、つけあがらせてしまう。
「ふわあ……眠いのに、ダルい奴に絡まれる、なんて……」
「大丈夫ですよ、クララ様。私も眠いです!」
「だからなんだって話ですよ」
というか、元気ハツラツな様子のラフィーニアが眠い、などと説得力がない。きっと、適当に賛同しているか、おちょくっているかのどちらかだろう。
どちらであったとしても、クララの思う所は『クソが』である。
遊ばれているという意識が抜けない。本人にその気はなくとも、間違いなく楽しまれているのだ。これを屈辱と呼ぶのに抵抗はない。
「それより、街を案内してあげます! たくさんクララ様を連れて行きたかった所があるんですよ!」
「いや、それより仕事をしたいんだけど」
「さあさあ服屋に行きましょう! クララ様って同じ服しか着ませんもん! そんなんじゃダメですよ、女の子なんですから!」
「話聞けや」
聞く耳持たない。
グイグイと引っ張られて、抵抗もできない。
クララからすれば、昔はこんな風に引っ張られてばかりだったと思い出すくらいだった。
そこで初めて思い至る。
ラフィーニアが何となく、雰囲気が自身の最も愛しい人と似ている気がしたのだ。
「あ、そうだ!」
「?」
「どうせ朝早すぎて冒険者ギルドも店も開いてませんし、しりとりでもして時間潰しますか?」
本当にそれだけだというのに、何も言えなかった。
鼻も目も、耳も輪郭も肌も似ていないのに、何故か似ているのだ。
そこに気付いてしまったから、納得してしまった。逆らえなくなってしまった。
彼女は予想以上に、クララにとっては甘いクスリだったのだ。
「クソガキ……」
「えへへ」
※※※※※※※※※
実は、世界の文明のレベルは案外高い。
地球にはない魔術という技術が広まり、魔物という存在が居るためにまったく根底が違うシステムは多くあるが、高い低いでいうなら、間違いなく高いに入る。
というのも、長い歴史による積み重ねの他に、大陸が一つしかない事による人の移動のしやすさや、魔物という共通の敵を得ている事による協調、過去に他の世界から呼び出した『勇者』からの情報など、高くなる要素としてはままあるのだ。
例えば銃や大砲などの兵器。
構造を想定し、鉄を溶かし、形を作る。原理は火薬を用いた化学製ではないが、れっきとした武器として使われる。まあ、地球とは諸々が異なるために、けっこう珍しい武器扱いなのだが、それは別に良いだろう。
他にも食事や娯楽、建築なども、流石に現代の地球と比べれば文明レベルは低いとしか言えないが、中世と比べれば格段に高い。
そもそもの世界観、倫理観がかなりシビアなために勘違いしそうだが、比較的平和な場所で言えばかなり余裕があるのだ。クララが育った下町、いわゆるスラム街は日々生きるか死ぬかの生活を送る者が多いが、普通の、貧困はしていない層からすればショッピング、なんて概念もある。
「で、なんでボクが服を買いに行く事に?」
「さっきも言ったじゃないですか。クララ様が同じ服しか着ないからですよ。オシャレしないと、オシャレ」
「いや、これ制服。神官の証」
クララが指差すのは、神官の証であり、聖職者しか身に着けることを許されない衣装だ。紺を基調にしたデザインの、飾り気のない服は確かにオシャレではないだろう。
だが、クララにとってはどうでもいい事であるし、毎日コレを着ているだけあって、微妙に愛着も湧いている。クララにとっては私服など、必要のないものでしかない。
しかし、そこはラフィーニアには納得のいかない部分だった。一人の乙女として、人間として、一着しか服を持っていないなど、そんなフザけたことは看過できない。
怒り心頭といった様子で詰め寄り、クララの肩を掴んで前後に揺らす。
「そんな理屈はどうでもいいんです。私服くらいあるでしょう? ずっとそれを着ている訳じゃあるまいし」
「いや、ずっとコレだけだけど?」
「は?」
クララからの返答を聞いたラフィーニアは厳しい目でクララを見返した。
露骨に駄目だと、その目が語る。その妙な圧に精神的に押されたクララは、肉体的にも一歩下がってしまう。
「汚いじゃないですか!」
「いや、『浄化』の神聖術は知ってるでしょ? ちゃんと毎日綺麗にしてるから大丈夫だって」
「精神的な問題ですよ! ていうか、教会に来たときの荷物ってめっちゃ少なくなかったですか? 下着とか肌着は? 流石に替えてますよね?」
「…………」
「呆れた!」
口を挟めば折檻されそうである。
普段は機嫌の悪いクララに絡みまくるラフィーニアという図であったが、今は機嫌の悪いラフィーニアにクララが巻き込まれるという珍しい事になっていた。
強引に手を引かれるクララは、不思議と抗う事ができない。背格好こそ変わらないが、力で言えばラフィーニアはクララの足元にも及ばないというのに。
そして、手を引かれる先は女性服をメインに売っている服屋である。こういう店をクララは毛嫌いし、人生で二度しか入った事がない場所だ。ちなみに二度とも、生活が安定した頃にアイリスに連れられて行き、二回とも何かを買うには至らないという嫌がりようである。
小さめの店ではあるが、クララはそんな場所へ七年ぶりに足を踏み入れたのだ。いや、踏み入れさせられたのだ。
「無理無理無理無理」
「大丈夫です。来てください」
風呂に入る猫のようだ。嫌がるクララだが、ラフィーニアを誤って吹き飛ばさないように力加減をしているためにろくな力を発揮出来ていない。それに対してラフィーニアは全力で気兼ねなく引っ張っているので、クララの方がジリジリと負けていた。
そして、
「いらっしゃい。あ、ラフィちゃん」
「こんにちは、リーザさん」
店員の登場に、身を硬くするクララ。もはや恐怖に近い感情で、やけに背丈の高い女性店員を見上げている。陰気しか感じない人見知り具合だ。
リーザと呼ばれた女性は、ラフィーニアに手を握られたクララを見て色々察したのか、苦笑いだ。
「ええと、その子は誰? あ、新しい神官見習い?」
「いいえ逆です。聖国から派遣された、めっちゃ偉いさんですよ」
リーザとクララは爆弾を何の躊躇もなく放った馬鹿を見た。クララは何かしら言って誤魔化すと思っていたし、リーザは発言がめちゃくちゃ過ぎて付いて行けてない。
時が止まったかのような静寂が流れたが、数瞬してからリーザが先に動き出す。
「ううんと、どういう冗談?」
「いいえ。冗談じゃないです。この人、見た目はこんなんですが、実は十七歳で教会では司教の位を貰ってるんですよ。ほら」
「あっ、ちょ!」
クララはもう、驚きと呆れで何も言えない。半ば呆然としていたために、ラフィーニアの動きに遅れてしまった。素早い動きでクララの背後に回ったラフィーニアは、クララのズボンのポケットに手を突っ込んだのだ。
まさぐられてからラフィーニアの手を掴もうとした、動きの遅いクララは、あっという間にポケットの中のものを盗まれてしまう。気を張っていたならあり得ない痴態だ。
そんなクララをよそに、ラフィーニアは手の中のソレをリーザに見せびらかしていた。
ラフィーニアが引っ張り出したのは、三角形のお守りのようなものだ。色は白く、細やかな装飾が施されたソレは、とんでもなく高価であると分かる。それは聖職者全員に配られる物であり、身分を示す指標でもあるのだ。
「銅は無冠、銀は助祭で、金は司祭。白は司教って前に教えましたよね?」
「う、ええ?」
リーザは訳が分からない、という表情だ。
それはそうだろう。顔馴染みの子どもが、同じ年頃の少女を連れて来たと思ったら、それは司教だと言われても理解できるはずがない。しかも、司教を相手になんて馴れ馴れしい態度をするのだろうか?
証拠を見せられて信じていいのか、そんな馬鹿なと切り捨てればいいのか。リーザは過去最高に迷ったかもしれない。
一通り考えた所で、リーザは困り顔から割り切ったような笑顔に切り替わる。
「……うん、新しいお客様ですね。私、この店を経営してますリーザです。お見知り置きを」
「は、はあ……」
「ラフィちゃんのご友人なら大歓迎です。ごゆっくりご覧ください」
社交辞令に頼ったのは、まあ仕方がない事だろう。
「あ、試着室使ってもいいですよね!」
「今は空いてるからご自由にどうぞ」
優しい口調のリーザを脇目に、ラフィーニアは店の奥まで引っ張っていく。クララはもう抵抗する気も起きず、為されるがままにされていた。
カーテンが付けられた試着室まで一直線。クララは部屋の中に押し込められ、ラフィーニアがカーテンを閉めた事で完全に二人きりになっている。
クララはその状況に妙な胸の高鳴りを感じていた。ドキドキと心臓が速く動いているのだ。
その感情の正体は分からない。新しい、未知の体験に緊張しているのか、それともまったく別の意味なのか。自分の興味のない部分には徹底して無頓着であったクララには理解できない。
「ここまで来たら、もう逃げられませんよ……」
近い
近すぎる距離感で、耳元で囁かれるように言われるのが、本当にこそばゆい。クララは耳まで真っ赤になっていた。変な気を起こしそうなほど、怪しい雰囲気に包まれていたのだ。
自分は十七歳で、ラフィーニアは十二歳だと何度も頭の中で唱える。それでは足りず、自分は男、紳士、前世の分も年をとっている、と別の情報にも頼りだした。
とにかく何かで正気を保っていないといけない気がしたのだ。自分を守るためにも。
「じゃあ、今日は着せ替え人形になってもらいます!」
「うえ?」
クララは着せ替え人形にされた。
※※※※※※※
何十着も服を着させられ、戸惑いだけがつのっていく。
はじめの五着ほどは顔を真っ赤にして袖を通した。それから次第に諦めが現れ、最後はもう困惑だった。ラフィーニアが渡すものは大体、可愛らしいデザインをしていた。おしゃれなブラウスやリボンなどの装飾が目立つ格好だ。下もスカートが多く、基本的にはクララが嫌がる服である。
だが、ノリノリで勧めてくるラフィーニアに押し切られてしまった。せめて丈の短いスカートはやめてくれ、と蚊が鳴くような声で訴えたため、渡されるのは脚がしっかり隠れる物だけだったが、それでも慣れない感覚がクララの心を刺激した。
カワイイ、カワイイと手を叩いて喜ぶラフィーニアを複雑な感情でクララは見ている。こんな事をしに来たのではないと分かりつつも、どうしても逃げられない。可愛らしい格好なんて嫌なはずなのに、心のどこかでもしも目の前に居るのがアイリスならばと考えてしまう。
「クララ様、次、次はコレを!」
「ねぇもう良くない? いい加減しんどいんだけど……」
げんなりした声で文句を言うクララ。
慣れない事をさせられて、流石に疲れている。
「もうちょっと! もうちょっとだけ! このワンピースも着てみてください! どうせ満更でもないじゃないですか!」
「っ!」
クララは口を一文字にして羞恥に耐える。
満更でもない、なんて言われると本当にその格好を気に入っているみたいではないか。それはクララにとっては、まったく違う意味を持って突き刺さる。
何となしに、自分の体を嫌に意識してしまうのだ。顔に熱を帯びているのが分かるし、胸がどよめいている気もする。渋々ではあるが、差し出された服を着ている自分が信じられない。
だが、ラフィーニアの笑顔から連想してしまう、大切な人のもしもを考えてしまうと、人に見せたくない姿を晒してもいいかと思えてならない。
羞恥か、変わってしまいそうな自分への恐怖か、震える手でカーテンを開ける。
「…………」
「カワイイ!」
頭がおかしくなりそうだった。
股下にやけに空気が通る感覚や、リボンやフリルといった理解不可能な部品がクララの脳を混乱させている。
カワイイだの、似合ってるだの、それはクララには価値観を掻き乱す言葉だ。そのまま頭を抱えて蹲ってしまいたいが、向けられる期待の目がギリギリで理性を保たせた。
「うう……」
「半泣き!? いつも冷めてるクララ様はどこへ?」
クララの目尻には透明な雫が溢れていた。自分の事を大人と表する少女が、恥もへったくれもなく泣きそうになっていたのだ。もう少し攻めれば、ともすればギャン泣きするかもしれないくらいに弱っているように見える。
ラフィーニアは狼狽えた。まさかこんか反応をするとは、と愕然としている。
クララの事は、いつもは何でもバッサリ切り捨てる、クールな人だと思っていたのだ。カワイイ服を着せて、カワイイと褒めたらまさかの半泣きである。ラフィーニアは、クララはこういうのには慣れていないのだろうとは思っていたのだが、予想以上に慣れていなさ過ぎた事にようやく気付いた。
「もう、いいでしょ?」
クララはもう一杯一杯だった。これ以上付き合えば、どうなるのか分からなかった。茹でダコのように真っ赤になり、息も絶え絶えなクララを見て、ラフィーニアはやりすぎたと感じたらしい。多少申し訳無さそうに苦笑いになっていた。
その苦笑いを見て、クララはこんなに自分は情けなかったのかと顔を歪める。確かに、年下の少女に着せ替え人形にされて、着せられた服が可愛くて恥ずかしいから限界を迎えるなど、情けないにもほどがある。羞恥以外は存在しないかのような、見ようによっては可愛げを感じてしまうポンコツ加減だ。
「あ~、じゃあこれだけ。これだけお願いします!」
「……もうしんどい」
「これだけ、これだけですから!」
クララの否定の言葉は、疲れた子どものような言い方だった。歳相応には見えない見た目に似合った様子ではあったが、本人は気付いていない。
それがおかしくて、ラフィーニアは微かにときめく。背は多少クララの方が高いし、歳もクララが上なのだが、彼女を妹のように思えてしまったのだ。一応かわいそうだから表には出さないようにしようとしたが、若干口元がニヤけている。
幸い、色々限界なクララがそれに気付いて泣き出すような事は起きない。
「ほら、着せてあげますから」
「や、やめて……今、人に下着とか見られたら……マジで泣く……」
「じゃあ見ないで着させてあげますから。なんかもう、色々無理みたいですし」
「う、うう……絶対にこれが最後だぞ……?」
そのままラフィーニアは試着室に入っていく。
それを見て、クララはビクリと体を震わせた。きつく目を瞑り、口をへの字に曲げている。完全に襲われる一歩手前の反応だ。いつもは必死になって隠している弱気が、脆くも露呈してしまった結果である。
この時、ラフィーニアはクララが目を閉じたのをいい事に、彼女の体をガン見していた。クララの行動は何となく予想が付いていたために、目を開けば案の定だったのだ。身構えるような、けれども同時に身を任せようと努力しているような、微妙に変な姿勢で固まっているクララを、微笑ましく見ている。
(……カワイイ)
ラフィーニアは内心で、つくづくクララを愛しく思っていた。ずっと、いい人だと確信していたのだが、そのせいで自分を悪く見せたい人だとも知っていた。だからか、こうして見せてくれている素が、どうにも愛おしくて仕方がない。
ラフィーニアはそのまま視線を外さず、ニヤニヤ笑いながら、クララの服に手をかけ、はだけさせる。肌と肌が触れる度に体を震わせ、怯えながらも抵抗はしない姿を特等席で見るラフィーニアは上機嫌のままに鼻歌を歌った。
しかし、
(……でもやっぱり、変だ。首から下がなんか、別物みたい)
触れ合う度に理解してしまう。
クララの体が、人間の肌を触れる感覚ではないのだ。肌自体は硬い訳でも、柔らかい訳でもないから分からない。少なくとも、その下の筋肉は鋼鉄のようだが、分かるのはそれだけだ。ラフィーニアはクララの体をまじまじと見つめるが、見た目に違和感はまったくない。それが余計に不気味さを生み出し、ついクララ本人に訪ねてしまいそうになるほどだ。
(……装備に何か特殊な効果が?)
道具に魔術を刻み込み、特殊な効果を発揮する、魔道具を作り出すという技術がある。身体能力を強める腕輪、炎を纏う剣、曲がる矢に不可視になるペンダントなど、様々だ。クララには今、四肢を覆うほど長い手袋と靴下、それと下着以外に体を隠すものはない。特別な力など何も感じないが、興味本位にこっそりとあれこれ触れてみる。
下着は、特に何もない。上下白で揃えた、ただそれだけの物だ。飾り気の欠片もなく、下は中心にリボンが一つあるだけで、ラフィーニアにとっては面白くもなんともない。上も小ぶりな果実を大事に包む以外の役割はないだろう。
「ね、ねぇ、そんな所触る必要ないよね?」
「すみません。目を瞑ってるんです」
ベタベタ触りすぎてクララにバレそうになる。咄嗟に吐いた嘘を丸呑みしてくれたからなんとかなった。ラフィーニアは紙一重でバレていた事に安心の溜息を吐く。バレれば最悪、クララが泣き出してしまうかもしれない。見たくはあったが、実際に見てしまえば気まずくて仕方がない事になると分かっていた。
次はもっと慎重に、と次は右腕をすっぽりと覆う手袋を……
「…………!」
ラフィーニアは、息を呑んだ。
実態を持ち、手の形をしていたのに、何もないのだ。
変に長い手袋の下は……
「うっ!」
「見たね?」
ラフィーニアが見入った瞬間だった。クララは目にも止まらない動きでラフィーニアを抑えつける。無い右腕で固定され、宙に浮かされたラフィーニアは、訳の分からないという顔でクララを見ていた。
だが、そのクララはかつてないほど冷たい目でラフィーニアを見ていた。
「ひっ……!」
「知ってる? いや、知らないか。実は『好奇心は猫を殺す』って言葉があるんだ。ボクに言わせると、変に首を突っ込みすぎたら、殺されても文句言えねぇぞって事だよ」
無感動で、無機質だ。人が持つ目ではない、人形にはめられたようなガラス玉のような瞳だ。さっきまで無様を晒していた人間と同一人物とは思えない。赤かった頬は白へ戻り、ごっそりと感情が抜け落ちたようにも思える。
「君は、人と関わるのが上手いよね。君と話していたら、気が付けば懐に入られてる。そして不思議と憎めないんだ。きっと色々な人が、君の素直さとか人懐こさとか、そういうのにやられるんだ。だから、君は愛される。嫌われる事は極端に少ない」
小声で、けれども響く声で言う。
「ボクも少し、絆されたくらいだ。天性の才能なんだろうね。でも君は子どもだから、経験が足りてない。踏み込んじゃいけない場所が分からない。別にボクはコレを全力で隠してた訳じゃないけど、君が見ようとしたらこうしようと思ってた」
「え、う、」
「君には未来がある。こういう失敗から学びなさい」
クララは腕を解く。力を緩めて一歩下ると、ラフィーニアの体は落ちる。
そして、自由になったラフィーニアの喉に大量の空気が通った。ゲホゲホとむせ返りながら、クララを見つめる。その時どんな目を見ていたのか、ラフィーニア自身は分からない。
「…………」
だが、クララが不思議と大人に見えた。自分は十七歳だ、大人だと訴えている時とはまったく違う雰囲気に、圧倒されていた。これまで薄かった、歳上という部分が強く出ていたように思える。ラフィーニアは、クララが過ごしてきたであろう時間と、積み上げてきたはずの経験を想像した。
その時、なんてカッコいいんだと憧れた。
「……ねぇ、服、早く返してぇ」
驚くことに、次の瞬間にそれは霧散した。
下着を隠すように左腕と脚を駆使しているが、効果はとても薄い。白色が丸見えになっていた。
そして、ラフィーニアは自分がクララの服を下敷きにしていた事に気付く。
「…………」
「ちょっと、早く……早く……」
結局、その日は何も買わなかった。
ラフィーニアはクララが無一文だと知らなかったのだ。クララの金の管理は、幼馴染の青年にすべて任せている。
つまりはクララの手元には何も残っていないのである。
最終的な事を言えば、良いものを見たラフィーニアがただただ得をし、辱めを受けたクララがただただ損をしただけの事だった。
※※※※※※※※※※
夜
教会で、クララは一人で悩んでいた。
何を悩んでいるかというと、その日一日の行動である。
あの後はラフィーニアから復讐を喰らい、服を隠された。散々下着姿を見られた上に、胸を揉まれたのだ。そんな事、自分を含めたこの世の誰にもさせた事はなかったというのに。
だからクララはあっという間にパンクし、何もする気になれなくなっていた。フラフラと教会まで歩いて、気が付けば夜という訳だ。
形容しがたい痴態である。一応、教会の最高戦力、異端審問官として活動をしてきたというのに、女物の服を着せられ、下着姿をまじまじ見られ、胸を揉まれて茫然自失。
仮に誰かに失笑されても何も言えない。
男だった、はずなのだ。意識も男の方が割合が多い。だから、ああいう耐性のないことに極端に弱い。体との差異にあてられて、体を強く意識させられると何もできなくなってしまう。
とてつもない弱点だと、クララは自嘲する。余裕がある事が、こんなにも有害だと知らなかったと、忌々しく思う。
そして、いつかは決着を付けねばと、決意する。
精進しようと思ったと同時に、思い出した。
「しまった、冒険者ギルド行ってねえ」
一日の最後に、とびきり時間を無駄にした事を寝るまで悔やみ続けた。
女性服の詳しく描写なんて出来ねぇ




