180、忠告だけ
なんか最近全然書けないんですよねぇ
マジで申し訳ないです……
ラウルの異変に、すぐに彼女は気付いた。
歳が同じで、よく一纏めにされて、腐れ縁と言えるくらいに離れられない二人だ。
付き合いがある分、理解があった。
それに、ラウルが隠し事が上手い方ではないから、少しその気になって観察すればすぐに見抜ける。コイツは何かを隠している、というクセや仕草が出て来る。
基本的には慎重だが、その基底にあるのは単純で分かりやすい質なのだ。
残念ながら、察しの良い彼女を相手に最後まで隠し通せるはずもない。
彼女、エリナは、すぐに勘付いた。
様子がおかしい事は少し前から感じていたが、それがより顕著になったのは最近だ。
一週間ほど前から、ラウルがただ一人に対して異常な恐れを抱いていた。
別にその事自体はおかしいとは思わない。
相手がおかしくて、悪い人なのだから当然だ。
その相手は、ずっとおかしくて、違和感の塊みたいな知り合いである。嘘を吐くし、まともに人と関わらないし、社会不適合者の代表のような人だ。いつしかの片脚の自由が利かないという設定はどこへやら、自然と両の脚で体を運ぶ姿を何度も見ている。他人への興味が酷く薄くて、エリナが慕う姉の一人と兄の一人、あとは母たるカレンくらいにしか、まともに話をしない。
きっと、あの時ですら、弟妹たちの顔も覚えていなかったのだろう。
エリナの妄想だが、きっと間違っていない。
彼女は、彼女がロクでなしである事は見抜いていた。
だが、畏怖に似た感情を抱いていた。いや、当時幼すぎた数人と一人の姉とカレンを除けば、孤児院の全員が同じだったのだろう。
皆が、彼女を上に見ていた。
そして、彼女を恐れてばかりで、愛している人間は一部の者だけだった。
エリナは、クララを愛さなかった。
敬遠していたし、恐れていた。
向こう側も愛など抱かなかったのだから、お互い様だと自分に言い聞かせた。
エリナは、クララを嵐だと理解していた。
一度力を振るうなら、すぐさま周りを全て巻き込んで、全て平らにする苛烈の塊だ。
魅入られて、触ってしまえば、すぐにソレとの差に当てられて挫けてしまう。そうでなくても、いずれは狂気に当てられて続けて身を滅ぼす。自分程度、触れる事すら罷りならない大きな存在なのだと理解していた。
自分が必要以上に関わればそうなると予想した。
凡人は身を引くしかないと、わきまえた。
だから、忠告した。
身の程をわきまえて、小さくしていろと。
踏み潰される前に逃げてしまえと。
もしその時が来たのなら、諦めろと。
だが、それは、
「聞き入れられるわけ無い、か……」
ラウルは、あまり敏くない。
敏くなるようにジョセフに教育されているが、それも今すぐ賢者になれる訳もない。
今は賢くなるための準備期間であって、さらに数年、いや十数年かけて理知を仕込むのだろう。人を育てることを良く分かっている、粗雑に見えて敏い男だ。
だが、今はそれではいけなかった。
導くというのは、なるほど人を育てる上で立派な事だ。けれども、今は答えを納得させなければならない。成長など度外視して、ただ答えを与えて促進させるしかない。
「はあ……駄目だなあ……」
何も分かっていない。
エリナからすれば、彼らはモノを知らない子供と同じであった。
全て無視して、全て諦めれば良い。
何かされるのだとすれば、運が悪かった、それが定めであったと諦めたら良い。
肝心なのは、諦める事だと理解が足りない。
物事を割り切る事が出来ていない。
「これは、私が見てないと……」
流石に放ってはおけない。
彼らだけでは、まるで信用ならない。
誰かが、ストッパーにならなくてはいけない。クララに囚われている彼らでは、出来ない事だ。
※※※※※※※※
「悪いけど、隠せると思ってた?」
時間は深夜零時。
場所は新入りの部屋の中。
人数は三人で、内訳は男が二人には女が一人。しかも、男女一組は年若き少年少女で、残り一人は筋骨隆々の男である。
当たり前の話だが、この中で一番強いのは最後の男だ。
前者二人は成人前で未成熟。対して、男は明らかに強く、見るからに只者ではない。
背丈はまさに大人と子供で、四肢も小枝と大木の幹のように違っている。
だが、その関係図は明確にその通りではない。
女が上で男が下。
体の強さが弱い順に、部屋の中の立場が強い。
ついでに言うと、部屋に居た時間の長さもそれに反比例している。
元から部屋に居た男が一番下で、最後に入って来た女が一番上だ。
居心地悪そうにしているのが、元々居た男たちの方という色々おかしな事になっていた。
「…………」
「え、ああ……」
「アンタね、夜中にゴソゴソしてたら気付くに決まってるじゃない」
女の気が強いのか、男たちの気が弱いのか。
彼らはモゴモゴと何かを口にしようとすれば、なんの言葉にもならずに消えていく。
キツイ言葉に耐えきれず、何も言えない。
雰囲気に呑まれて、動けない。
「ここ、男女で部屋分けないのって変だと思ってたのよ。普通さ、私達くらいの年頃なら分けるわよね? でもそうしないって、理由があると思ってた」
まさに、蛇に睨まれた蛙という状況だ。
ジロリと睨まれれば、身動き一つ取れなくなる。
責められていて、磔にされていて、
「こういう時のためなのかもね。バカがバカする前に、ちゃんとしたのが止めるために」
「あ、ははは……」
「バカ。笑ってんじゃないわよ、バカ」
笑うしかないのかもしれない。
確かに、子供は全員、三つの部屋のいずれかに分けられて、同じ部屋で睡眠を取る。
分ける基準は適当で、そこで年齢や性別などの差は一切考慮されない。
ラウルとエリナは同室である。しかも、ラウルとエリナはベッドが丁度隣で、ラウルの怪しい行動に気付く事は難しくはない。
だが、ラウルは既に全員が夢の世界に旅立っているであろう時間を狙っていた。普通の孤児院の子供なら、ラウルの行動など気付けるはずもない。
それなのに今ここに居るという事は、彼女がはじめからラウルを怪しんでいたということ。
秘密だというのに、もう既に漏れ出ていた事に自嘲が止められない。
ひとしきり、エリナの痛い視線を受ける。
エリナが溜息を吐くまで、男二人は針のむしろに立たされる。
「クララ姉さんの事は、何もしないが一番なの。黙って見てるだけで、それだけでいいの」
諦めるような言葉を投げかける。
少なくとも、ラウルが納得できないような言葉であった。
ラウルの質に相反するものだ。
投げ出す言葉に苛立ちを抱いてしまう。全て、エリナの予想通りで、ラウルも自覚している。
この後に何が起きるか、全員がその場で、瞬間に頭の中で思い浮かべた。
「で、でも、そんなのって!」
「いいのよ」
だから、エリナはすぐに先手を打つ。
反論なんて許さない。
何もさせないのが、一番だ。
「ぜんぶ諦めたら良いの。どうせ、何もできないでしょ? あの人に対して何が出来るの?」
「それは……」
「ヤバいって分かるでしょ? 昔から、あの人は変わってないの。その気になれば、何でもできる」
昔、信じられない事が起こった。
ある日突然領主の館が跡形もなく崩壊し、その後何故か孤児院が彼の領主に拾われたのだ。
何故そうなったのか、どういう経緯だったのか、それはついぞ彼女らに知らされる事はなかった。
残ったのは、謎と片手足が動かなくなったという姉が一人だけである。
しかし、当時幼いエリナだが、彼女は聡かった。
その奇跡の裏側を、朧気に、そして正確に思考によって捉えていた。
ヒントはいくつも隠されていた。
まず、領主が度々訪ねてきたのだ。
ただ訪ねてきただけなら、拾ってくれたのだから違和感はないだろう。だが、彼が会話をするのはカレン相手よりもクララの方が多かったのだ。
孤児院の経営者よりも、その経営者に育てられた一人の子供程度に、領主はご執心のようだった。
さらには、エリナ自身の記憶である。
(あの日、何が起きたのか覚えてない。でも、多分、あの人が良くない事をした……)
不自然な記憶の欠落がある。
しかも、エリナだけでなく、孤児院の子供ほぼ全員に見られた。
カレンや領主、その関係者、さらには、クララと兄の一人が不自然なくらいにその日の事を誤魔化した。
これはもう、確定的だった。
幸せな奇跡の裏側に、不幸と貧困が全て裏返った理由が隠されているのだ。
畏怖していた。恐怖していた。
全てを忘れていても、感じ取っていた。
「何でも出来るのよ。何でも」
未知の手段で生活を変えた。
しかも、領主なんていう大物を巻き込んで。
さらには、いつの間にか自分の記憶までイジられていたのだから、もうどうすればいいのか。
恐怖以外の何を抱けば良いのだろうか。
「止めなさい。何も良いことはない。何もしないのが一番なの。あの人はね、化け物よ」
「…………」
実感と、確信がある。
化け物だと訴える言葉に、本心が隠されていた。
クララを、遠ざけたいと思っている。
だが、クララを姉と呼び、遠ざけきれていない心内も微かに見える。
「分かったら、解散。何もするな。わざわざアンタが墜ちる所なんて見たくない」
「…………」
「ヴァウさんもですよ」
「え、」
「ったり前です。アナタも関わってる時点で共犯です。もとい、バカです」
毒舌に慣れていなくて、つい固まる。
まさかそこまであからさまに侮辱されるとは、思いもよらなかったのだ。
だが、そんな事情やらはエリナに通じない。
やってはいけない事をわざわざやる愚か者という認識は、残念ながら拭えない。
「貴方はもっと慎重な人だと思ってました」
「す、すみません」
「とにかく、もうクララ姉さんに関わるのは止めてください。あの人に目的なんてないんです。あの人の目的は、今はここにはないから」
一方的に言い放つエリナ。
そして、並べられた理屈を返せるものを彼らは持ち合わせていない。クララの事を、二人はあまりにも知らなすぎる。
エリナは知り、彼らは知らない。
その差を見せつけられたからこそだ。
見えない所から、ただ危険な橋を渡っているだけだと、冷水をぶっ掛けられたようだった。
「目を覚ましなさい。アンタがしようとしてる事なんて、何の意味もないの」
冷たくて、鋭くて、刃のようだ。
意気消沈の彼らを、エリナは改めて一瞥する。
「もう寝なさい」
最後の言葉だけは、少しだけ暖かかった。
だが、
「ごめん」
小さく、小さくラウルは呟いた。
エリナには聞こえなかっただろう。なまじ音が届いたとしても、きっと何を言っているか分からないはずだ。
だが、無視するように扉を開ける。
エリナは戻ろうとはしなかった。
一緒に戻って、止めさせるべきなのに、何故か言葉だけで行動はしなかった。
何故か、しなかったのだ。
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