139、決戦前
人類を王者たちの魔の手から救うにあたって、その要となるのは勇者一行の存在である。
二十にも満たない少年少女でしかないが、その力は神のお墨付き。『勇者』は光によって全てを無に帰す戦士、『聖女』は神に最も近い乙女、選ばれる他の人間も、その才を神によって認められた本物の天才だけだ。
純粋な戦力として、これまで戦線にて活躍してきた英雄たちに勝るとも劣らない力を有している。
魔を祓う者として、他の英雄たちには存在しない適性と加護を有している。
実際に結果も出していたのだ。
いつの時代も、勇者一行は歳に見合わない活躍を見せ、多くの命を救い、より多くの敵を屠ってきた。
今回もその例に漏れず、何百年も不落だった王者の一角を落としてみせた。
この偉業は、語り継がれるべきものだ。
そして、それを為すには尋常な力では遂げる事が出来なかった。
人間でありながら、人間の枠を超える化け物になるしかなかった。
彼らは強くなるしかなかったのだ。
彼らは素晴らしい戦力だ。
まだまだ青いが、実力は指折り。既に世界でも十指に入る実力者と呼んでもいいかもしれない。
だが、一番彼らに求められているのは、実はそこではないのである。
彼らの一番大切な役割は、旗である事である。
旗
すなわち、人の希望を体現すること。
世界中の人間たちに『この人が居て良かった』『この人のおかげで助かった』『この人こそが英雄だ』『語り継いで、永遠に存在を保存したい』と思わせる。
他の誰にも手が届かない場所に、命をかけて辿り着く姿を見て、聞いて、知るからこそ、人間はそれに憧れる。敬愛し、力になろうと思えるのだ。
誰かの希望になる事が、勇者一行の役目。
異端審問官では王者を討伐出来ない理由は、実はこれもあったりする。
誰かを殺す事が仕事の彼らは、人から恐れられなければならない。慕われても、感謝されても構わないが、それで恐れが薄まってはならない。王者討伐のその後もある彼らは、ただ戦うだけではいけなかった。
勇者一行は、皆の希望なのだ。
彼らにしか倒せない王者を、彼らが倒す物語だ。
現実に起こされた英雄譚。
敵も味方もはっきりしている。
人間の守護者である勇者一行が、人間の敵である王者たちを倒していく。
勇者一行は誰もが善人の英雄そのもの。
王者は、人間を殺すだけの化け物。
そうでなくてはならない。
「俺がした事はシンプルさ」
ヨハネ砦、とある一室。
そこには件の勇者一行たちが集まっている。
とはいえ、居るのはリョウヘイと、ギリギリまだ動けたカイル、そしてアレンしか居ない。
アイリスは寝ているし、ラトルカは心ここにあらずな様子だったので休ませるしかなかった。
何をしているかというと、弁明の時間だ。
リョウヘイがアレンに求めるのは、何故あんな事をしたのか、という一点に尽きる。
カイルもあらかたの話は聞いていたが、顔をしかめこそすれど、あまり首を突っ込む事はしない。
リョウヘイは、アレンの弁明に耳を傾ける。
アレンは求められた事を説明する。
ただ、それだけの時間だった。
「お前らは経験が足りないんだ。魔物と接してきた経験が少ないから、あんな化け物に同情してた」
「…………」
「優しさは、人の美徳だ。それを否定する気はさらさらない。だが、相手は選べよ? アレは人から優しさを受ける相手じゃない。それを教えただけのことさ」
だが、悲しきかな。
アレンを完璧に理解するのは、リョウヘイでは到底出来そうにない。
価値観がはじめから違うのだから、どうしても歪みが残ってしまう。
アレンは、何一つ間違えていない。
目的のために、最善を選んだ彼に非はない。
けれども、リョウヘイも間違えてはいない。
人として優しさを見せる事を、間違いだと断ずる者など、どこにも居ない。アレンすらも、その行為そのものを悪とする事は許されないのだ。
そこまでロクでなしになった覚えはない。
「でも、話し合えた。ラトルカと話して、分かり合えそうだった」
「そうだな。アイツが席に付いた時点で、屍王の事を実は嫌っていなかった。あの人生お悩み相談でも、屍王の的を得た言葉はラトルカに刺さったはずだ」
アレンは肩をすくめて言う。
彼にとっても、あの話し合いはなかなか興味深いものだった。
あの茶番と吐き捨てて良い何かを続けさせたのも、屍王が油断するまで待つ、という狙いと、もう少し聞いていたい、という興味があったからだ。
実は、とても興味深いものだった。
魔物と呼ばれる、人を苦しめるための存在が、人のためにあそこまで知恵を働かせたのは見たことがない。魔物の存在を良く知る者として、こんな事は放っておけない。
屍王はとても稀有な例だった。
アレンも、何かの可能性を感じるほどの。
「なら、」
「ま、それがどうしたって話さ」
だが、アレンはリョウヘイよりもずっと物事を割り切って見る事が出来る。
目の前の、もしかして、という希望を簡単に踏み躙って捨て去る事が出来る。
アレンは子どもではないのだ。
優先順位をきちんと決めているから、どんなに心揺らぐ事があっても間違えない。
「理性で抑えつけてたなら、いつかは爆発してた。感じただろう、あの威圧感。瘴気の濃さ。あんなの、こんな場所じゃなけりゃあ、余波で万は余裕で死ぬぞ?」
「……そうだろうさ。でも、」
「でもも何もない。分かり合えようがそうでなかろうが、アレは殺さなきゃいけなかった」
納得はいかないかもしれない。
しかし、悪を殺す、というのは気が楽だが、そうでないものを殺すとなると心苦しいはずだ。
そうなる前に、アレンは二人を屍王から引き剥がす必要があった。ただ単に戦ったり、説き伏せたりしただけなら、どうしても『もしも』の時に渋りを見せるだろう。
騙し討ちして、本性を見せるのが一番だった。
「やり方が悪かったのは認めるさ。大体、俺は道から外れた事も経験済みだしな」
「…………」
「気になる言い方だ」
「いやあ、言わせるなよ? 聞いてて、あまり気分が良い話でもない」
アレンは基本的に嘘を言わない。
だが、隠し事は多い。
胡散臭い雰囲気など普段はないが、時々垣間見える、いや、時々わざと見せている。今のように、明らかに何かを隠そうとしている様子など明らかだ。
彼はとても器用で、なんでも出来るだろう男だから、何を考えているか分からない。
しかし、異様に彼を許してしまう。
不思議なほどに、彼を信じてしまう。
その理由を考えるなら、彼はいつでも真摯であるからだろう。
リョウヘイやカイルでは、アレンがどんな人生を送ってきたか予想も出来ない。ふとした瞬間に見せる『年老いた顔』から、相応の経験を積んできたのだと分かるが、本当にそこまでしか分からない。
けれども、彼は誰よりも深いのだ。
彼らが底を覗けないほど深いから、きっと予想も出来ない事をしてのけるに違いない。
そんな想像が巡るのは、間違いではないはずだ。
だから、改めて冷静に考える。
声に出して、疑問を口にする。
「……じゃあ、俺からも良いか?」
「なんだ?」
カイルは、考える事が得意ではない。
しかし、直感というものには関しては信じられないほど鋭くて、例えば嘘を嘘と簡単に見抜ける。
何かを企んでいるのではないか、と違和感を感じるくらいは、特段珍しい事でもない。
彼は、気を許せない。
しかし、信頼出来る。
けれども、信じ切ってはいけない。
「お前、何を企んでいる?」
その時のアレンは、努めて冷静だった。
あいも変わらず底は見えない。
底冷えするような冷たい声と、疑わしそうにした胡乱げな瞳がアレンを捉えるが、まったく変わらない。
彼の心理には、見える所が全く無い。
朗らかにすら見えるアレンの顔が、生温くカイルたちを包んでいく。
どことなく嫌な予感すら感じるくらいに、アレンは底知れなくて、気持ち悪かった。
「酷いなあ。俺の事、信頼してくれてたんじゃあなかったのか?」
「それとこれとは別だ。俺はお前が胡散臭いが、それでも信じていいと思ってる。それはお前が真剣で、信念があって動いてるからだ」
アレンの価値観は、何らかの強い意志こそが基準となっている。
そういう目を、カイルは知っている。
強い意志を抱いて戦ってきた人間の事は多く見てきた。それと同じ目をしているくらいには、そういう人間達の事を良く知っている。
人間ながらに人間離れした、超人と呼んで差し支えない力と、それを根本から支える精神力がある彼ら。
カイルは、その必死さを買った。
まるで己の師のような、アレンから感じるそんな感覚から、ギリギリ彼を信じようとカイルに思わせる。
「お前、まだ何か考えてるんじゃないか?」
「……仲間の一人の片腕を腐らせ、幼馴染みを発狂させ、お前たちの信頼も失いかけて、まだ何か用意していると?」
「そうだよ」
カイルは、かなり険しい顔つきでアレンを睨む。
言葉にするなら、アレンにこれ以上隠し事にメリットがあるとは思えない。
積み上げた信頼を壊すのはとても簡単で、もう一度積み上げるのは恐ろしく難しい。
そんな当たり前の事を知らない者は居ない。
ただでさえ、勝手な行動をしてリョウヘイのひんしゅくを買ったのだ。
流石にこれ以上は無いと信じたかった。
けれども、
「お前の事だから、まだ何かあるだろって思った」
「根拠が無い理屈だ」
「根拠はカンだ。それ以外はねぇよ」
そうして、アレンは気まずそうにしてみせた。
バツが悪そうに、どこか悩ましげに。
何かを隠している事は明白で、けれどもその様子を信じていいか分からない。
良いと思ってフリをしているのか、悪いと本気で思って眉を下げているのか判別が付かない。
だが、何かを言おうとしているのは確かだ。
きっとそこに嘘は存在しないだろう。
アレンは、今までずっと嘘を吐く事だけはしてこなかったのだから。
アレンは事実と沈黙だけで会話をする。
それはいつでも変わらない。
「まあ、他に思惑がなくはないな」
「……やっぱりな」
「ちなみにソレを言う気はあるか?」
カイルが呆れたように呟く。
リョウヘイは、言い逃れはさせないと言わんばかりに詰め寄って圧をかける。
そして、アレンは申し訳無さそうなままだ。
今のアレンに胡散臭さはない。
本当に同じ人間かと思うほど、気配と雰囲気がすぐに変わり、しかもギャップが凄まじく大きい。
「まあ、言わなくてもすぐに分かると思うぞ?」
「駄目だ、すぐに言え」
睨みつけるような目で、アレンを見る。
逃げ道を作らず、どこにも行かせないようにアレンの肩を強く掴んだ。
どこか縋るように見えるリョウヘイの姿は、皮肉と言えるのかもしれない。
「押しが強くなったな」
「茶化すな。俺は、お前を疑いたくないんだ」
仲間と信じた男の事を疑いたくなかった。
彼にとっては至極当然で、人間としてはなかなかに希少な感情だ。
彼が勇者一行を慮っている事は分かる。
けれども、騙されて、黙られているといつかは破綻しそうな気がしたのだ。
どれだけ最善手を選ばれても、そこに納得がいかなければいつかは壊れてしまう。
ここには居ないラトルカの存在を考えると、そういうルールを作らなければならない。彼女から信用を失う事が、きっとこのパーティーの崩壊の第一歩になるから。
「そうだな……正直、あまり聞いても気持ち良くない事だと思うぞ……?」
「そんなの今更だ」
「カイルならともかく、お前とアイリスは絶対に納得しない。だから、黙っていたかった」
心苦しいものだ。
アレンが語りたくないというのは本音である。
リョウヘイとアイリスは、勇者一行の中でも特に『普通の人』に近い感覚を持っている。
だから、隣では彼らが出来ない判断を下せる人間がサポートしなければならない。カイルやラトルカではこなせない、とても繊細さが求められる作業だ。
信頼と信用と手段を立てなければならない。
けれども、今はその状況にはない。
「仕方ない、か……」
アレンは語ろうと決める。
最も残酷で、血が流れて、それでいて屍王を討伐するための最適の方法を。
リョウヘイには受け入れられずとも、きっと彼は理解を示そうとする。カイルはきっと、『ああ、なるほど』と呑み込んでくれる。
少し嫌そうに、ゆるりと口を開こうとして、
「!?」
次に、衝撃がアレンを突き抜けた。
「! どうした……?」
「何かあったのか、オイ!?」
アレンの動揺は、すぐに同室の二人に伝わる。
理由を聞こうとするのだが、今はアレンは本当にそれどころではない。
それは、アレンの誤算から生まれた失敗だった。
まさかそんな、と言いたくなる『まさか』だ。
アレンが予想していたよりも、ずっと彼女は愚かしかったという話だ。
「まさか……!」
転移の反応。
場所は、ラトルカの個室から。
向かった先はどこかというと……
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