030 決死行
上下左右、エフリールの視界を埋め尽くすように蔓が迫る。
慌てて身をかわすが次から次へと蔓は襲い掛かってくる。
物陰がないこの空間では相手の攻撃の方が有利を取りやすい。
それに加えて異形の少女に対する疑問が、エフリールの戦う決意を鈍らせる。
彼女は自分が何者かを知っている。
「うぐっ!?」
蔓の一本がかすめて吹き飛ばされる。
追撃が来る前に跳ね起きる。
(余計なことは――違うっ、それもダメだ!)
また呪いに囚われそうになる精神を繋ぎ止め、〈杭〉で蔓を薙ぎ払う。
帽子がずり落ちかけた。
(思考は手放しちゃいけない。でも話は生き延びてからだ)
しっかりと被り直し、少女を見据える。
リルと名乗った少女は、床を跳ね回る千切れた蔓を可笑しそうに踏み潰す。
「キャハハハハ! 無駄、無駄!」
どろりと黒い粘液を吐き出した蔓から巨大な黒い雄山羊が生まれる。
手には人の倍はありそうな斧を握っている。
「っ、それ、は」
「大人しくリルに喰われろ! そして私がお父様のための器になる!」
激しい蹄の音と共に雄山羊が迫る。
その背を追うように蔓も走る。
エフリールは〈鎖〉を駆使し、天井を経由して一気に人狼とリルを飛び越え、背後に着地する。
リルはすぐさま蔓を伸ばしてくるものの、巨大な胴体を方向転換させるのは即座にとはいかない。
相手の側面を取り続けるようにエフリールは動き、蔓から逃れる。
遅れて雄山羊が飛びかかってくる。
エフリールは吸い込まれるように相手の左胸へ〈杭〉を突き出していた。
心臓を貫かれると雄山羊――蔓の一部は白い灰となって崩れ去った。
息を呑む。だが足を止めている暇はない。
今のは教会の雄山羊と同じ個体だったのか、それとも別人なのか。
分からない。が、リルに対してただ無闇に攻撃する意味は薄いと悟る。
(そうだ……カイルが湖でやったように、核を見つけて潰さないと)
動き続けながら目を凝らす。
リルのあの巨大な体のどこに核があるのか。
(やっぱりあの体?)
目立つのは少女の上半身が出た部分だ。
しかし弱点と見るにはあからさまに過ぎる。
もっとどうにかして確かめるべきだが、嗅覚はリルから漂う腐臭のせいでうまく探れない。
視覚は今の通りで、触覚は言わずもがな、触れる隙などない。
他に使えそうなのは聴覚くらいだ。
ダメで元々とエフリールは耳を澄ませる。
「キャハハハハ! 死ね死ね死ね! 私に殺されろ!」
耳障りな哄笑と蔓の激しい蠕動が集中を妨げてくる中、エフリールは大きな鼓動音をその耳に捉える。
なんとなくリルの少女の体の辺りだとは分かったが、正確な位置は判然としない。
時間をかければ精査できる可能性はある。
だが相手の攻撃を回避したままでは、先にこちらの体力が尽きかねない。
勝負を賭けるしかない。
先ほどの跳躍同様、〈鎖〉を使う。
ただし今度は相手の胴体目掛けて飛ぶ。
もしあれが核でなかったら敵の懐へむざむざ飛び込むことになる。
リスクは承知の上だ。
迷いを振り切りエフリールは〈杭〉の影に〈鎖〉を構える。
既に一度見せている以上、直前までは可能な限り自分の足で接近する。
チャンスは一度きりだ。
まずは攪乱を続けるように見せかけるため、再び側面へ回り込む。
無論、リルの蔓はその間も伸びて迫る。
更に今度は上からエフリールの〈杭〉に似た槍を降らせてくる。
「くっ、あ!」
ここに来て別の魔術が襲い来る。
何本かが体の一部をかすめていく。
かろうじて突き刺さることはなかったが、エフリールはバランスを崩す。
そこを容赦なく蔓が捕らえる。
エフリールは捕縛よりマシと判断し、蔓を〈杭〉で突き崩す。
切り離された一部が再度異形へ変貌していくが、構っている暇はない。
予定を変更して一直線に走る。
待ち続ければまた暴雨の如き攻撃を食らう。
愚直に最短を駆ける。
蔓の群れがその身を貫こうと迫る。
跳躍、エフリールはリル目掛けて〈杭〉を投げつける。
当然蔓が弾き飛ばし防がれるが、狙いは攻撃ではない。
〈杭〉と共に〈鎖〉を飛ばし、可能な限りリルの側まで付着させ、自分を引っ張る。
発条仕掛けのようにエフリールの体は勢いよく撃ち出される。
だが動きは読まれている。
リルは蔓を繋ぎ合わせて盾を前面に形成していた。
こちらの勢いを逆に利用して潰しにきていた。
だからエフリールも無理矢理に軌道を変えることを前提としていた。
「ぐ、うっ!」
急停止――飛び出したはずの体をエフリールの後方へ伸びたもう一本の〈鎖〉が止めていた。
繋がっている先はこの開けた空間に存在する数少ない人工物、四隅の柱の一本だ。
内臓を締めつけられるような痛みに耐えながらエフリールは即座に後方の〈鎖〉を解除、〈杭〉を再構築しながら盾をかいくぐってリルの上半身へ飛ぶ。
「おま、えっ」
リルが驚愕に目を見開く。
エフリールは咆哮を上げながら少女の左胸を貫いた。




