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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
20/46

過去 自由なキャンバス

 風が穏やかに吹いていた。

 緑輝く屋敷の庭、広大な裾野(すその)が遠くに見えている。

 (おさな)いエフリールは椅子に座り、目の前に用意された白いキャンバスをただぼんやりと(なが)めていた。


「どうされたのです、(ぼっ)ちゃん。好きに(えが)いていいのですよ?」


 壮齢(そうれい)執事(しつじ)柔和(にゅうわ)微笑(ほほえ)む。

 彼の温かく大きな手がそっと背中に()えられるのを感じながら、エフリールは思ったままのことを口にした。


「絵を()くってどうすればいいの?」


 何を(えが)く、という話ではない。

 そもそも絵筆(えふで)を握ることすらエフリールには思いつかない。

 まるで知らないからだ。


 執事は少し困った顔をして、順番に、根気よく()き方を教えていく。

 かつて執事は画家を目指していた時期があった。

 もっとも芽は出ず、志半(こころざしなか)ばで筆を折った。

 絵の描き方を知っているのはその名残(なごり)だ。


 執事に導かれるまま、エフリールは(つたな)筆致(ひっち)でキャンバスに色を重ねていく。

 父に不必要なことを教えられなかった幼子(おさなご)は、この行為をとても楽しんだ。


「……旦那(だんな)様にもお考えあってのことでしょうが、せめてひとつくらいは、何か学ばせて差し上げなければ」


 それからエフリールは、(こと)あるごとに執事を連れ、、屋敷の様々な場所を絵に()いた。

 所詮(しょせん)精緻(せいち)な筆使いも出来ない子供の落書きに過ぎなかったが、執事はその絵を莞爾(かんじ)と笑んで()めそやした。

 エフリールもまた、執事が喜ぶのを(うれ)しがった。


 そして父にも絵を見せに行った。




 数日後、執事は屋敷のどこにも姿を現さなくなった。

 父に聞いても、彼は仕事を()めたと言うだけだった。

 そして渡した絵も、それまでに描いた絵も全て破り捨てられ、画材も廃棄(はいき)された。


「お前は私の言うこと以外、何も覚える必要はない」


 執事の失踪(しっそう)が何を意味しているのか、エフリールが知るのは、ずっと後になってからだ。

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