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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
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019 無力な意志

 暗鬱(あんうつ)な墓所の丘から、次々と異形が襲い掛かってくる。

 エフリールは〈(パイル)〉を構え、苦戦必至な数の怪物を先頭から順に迎え撃とうとし。


「おらよ」


 両者をあざ笑うかのように、疾風が走る。

 風は濃密な霧を吹き飛ばしながら、異形の集団を断裂し、あるいは墓石や地面に叩きつけて黒い染みに仕立て上げる。

 遠方から岩や死骸(しがい)、火薬を投げつけてくる手合いまでいるが、これも風が防いでしまう。

 反撃の烈風が残りを余さず()ち果たす。


「……ねえ、カイル。僕にも戦わせてよ」


 死屍累々(ししるいるい)となった――実際には死体は残らないのだが――光景を背に、エフリールは不満の声を上げた。


「お前が遅いのが悪い」


「そんなこと言ったって、僕は近付かなくちゃ戦えないのに、カイルの風は遠くまで届くんだもの。ずるいよ」


「ずるくて結構。だいたい、あんな連中と正面切って戦う奴があるか。いくらお前の体が治るからって、(いのしし)みたいに突っ込むなんざ言語道断(ごんごどうだん)だ。弱い奴は、後ろに下がっとくもんだ」


 カイルの返答はにべもない。

 無人となった墓所をすたすたと歩いていってしまう。

 小走りにその背に追いつく。

 カイルの指摘は正しいのだが、だからと言って引き下がるわけにもいかない。

 エフリールには立ち向かわなければならない理由があるのだ。


「僕は、グレースやおじさんと、悪夢を終わらせるって約束したから、戦わなくちゃいけないんだ」


「おじさんて誰だよ」


「おじさんはおじさんだよ?」


 ずれた回答に、カイルは眉間(みけん)を指で押さえる。


「あのな……そういうことを聞いているんじゃなくてだな」


「僕が弱いなら、変わらなくちゃいけない。教会の時みたく、何も出来ないままでいるのは嫌だ」


 エフリールはカイルを見上げる。

 風使いの魔術師は、しかし視線から逃れるように顔を()らす。


「ねえ、カイル。僕もカイルみたく強くなりたい。教えてよ。どうしたら強くなれるの?」


 カイルは不機嫌に帽子のつばをいじる。


「冗談じゃない。どうして俺がそこまで面倒を見てやらなきゃならないんだ」


 冷たく言い放ち、霧の奥へ進んでいく。

 エフリールはカイルのコートの(はし)をつかもうとするが、今度は()けられてしまう。


「待って!」


 霧はさらに濃さを増している。自分の体さえ見失ってしまいそうなほど白色に(おお)われている。


「カイル!」


「しつこいぞ!」


 声はすれども、互いの姿を視認出来ない。

 エフリールは、教えを()おうとひたすら叫びながら霧の中をさ迷う。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 背後から、しつこくエフリールの声が届く。

 カイルは出来る限り無視しながら前へ進む。

 だが完全に聞かない振りをするのは不可能だった。

 呼びかけられるたびに心はざわつく。

 それは何も、エフリールだけが原因ではない。


「くそっ、嫌なことを思い出させやがる……鬱陶(うっとう)しい」


 元々、カイルはこの悪夢に関わるつもりはなかった。

 狩人(ハンター)がいくら怪物狩りを行なっているとはいえ、この一件は足を踏み入れるには規模が大きすぎた。

 悪夢に存在しているのは街ではあるが、実態は国ひとつ分に相当する。

 それだけの秘儀と悪意が込められた場所なのだ。

 だが、ある出来事がカイルをこの悪夢に向かわざるを得なくした。

 唯一の肉親である弟の死である。


「弱いくせに正しいことをやろうとするなんて……出来るはずがあるか」


 外に悪夢の異形が現れた時、弟は周囲を助けようと動いた。

 それはたまたま近くにいたとか、常に頼りになる兄の姿を見て自分もそのように行動したとか、誘発(ゆうはつ)する要因はいくらでもあった。

 いずれにしても弟は善人だった。しかし悲しいことに魔術師ではなかった。

 神は気紛(きまぐ)れであり、性根(しょうね)の曲がった兄に魔術師の才能を寄こし、弟には渡さなかった。

 カイルが駆けつけた時、弟は瀕死の重傷だった。

 魔術をもってしても助けようのない中、それでも弟は兄の無事に安堵(あんど)し、まだ助けられていない人がいることを懸命(けんめい)に告げ、事切(ことき)れた。

 その後、カイルが何を決意したのかは言うまでもない。


 そして悪夢の探索をしている途中でグレースと会い、彼女が誰の目覚めを待っているかを聞いた。

 この悪夢を終わらせる鍵となる人物だという。

 最初はグレースのことも狂人のひとりだと思っていた。

 実際、彼女は狂ってはいた。主人に対する執着(しゅうちゃく)と忠誠心は、傍目(はため)から見ても異常なほどだった。

 だが悪夢を終わらせるという目的に関しては合致(がっち)していた。

 グレースがそこまでして()ける鍵というならカイルも期待はした。

 探索も()()まりが見え、何か新しい手がかりが欲しかったのだ。

 ようやく出会ったのがエフリールというわけだが、期待は半分納得し、半分裏切られた。

 強い魔術師としての才は感じる。下手をすればカイルも(しの)ぐほどに。

 だが肝心の本人の支障(ししょう)が大きすぎる。

 記憶喪失、常識知らず、魔術の知識と経験の不足、何より(おろ)かしいほどの朴訥(ぼくとつ)ぶり。

 あのままでは悪夢に食われて終わるだけだ。弟のように。

 そうした部分がカイルを苛立(いらだ)たせる。


(あいつが鍵だというんなら、俺は利用するだけだ。他のことなんざ、知ったことじゃない)


 教え込めば、最善の道はあるかもしれない。

 しかしカイルには――少なくとも今のカイルには他の道など見えていなかった。

 何としてでも自分の手で悪夢を終わらせる。

 考えているのはそれだけだ。


 カイルは目を(すが)める。

 魔術の気配の変化、霧の終わりが近い。

 様子を見ようと足を踏み出す。

 ぱしゃっ、と水音がして靴が()れる。

 水路ではない。霧の途切れた先に現れたのは、ごく浅い水が広がるだけの巨大な湖面だ。

 鏡のように映る水面は氷銀世界(ひょうぎんせかい)へ迷い込んだのかと錯覚(さっかく)するほどの美しさだった。

 (はる)か遠くには街の中心である城塞(じょうさい)()らめいて見える。

 今までも見えてはいたが、こうまではっきりと(つな)がりのある空間まで辿(たど)り着いたことはない。

 これもエフリールのおかげということか。


「……ちっ」


 カイルは振り返り、いまだ霧の迷路を抜けられないでいるエフリールを風で無理矢理連れてくる。


「うわっ!?」


 エフリールは勢いよく湖面に飛び込み、ずぶ濡れになる。


「わあっ、わっ、冷たいっ、あ」


 カイルの姿を見つけ、エフリールはきょとんとする。

 また教えろと口にされる前に、カイルは無愛想(ぶあいそう)に言い渡した。


「行くぞ」

2020/08/29 一部微修正

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