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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
19/46

018 夢で逢えるように

 魔術書の調査を終え、エフリールたちは書庫の入り口近くへ集まる。

 残念ながら全ての書物を読み解いたわけではない。

 カイルにも判読(はんどく)できないものや、あるいは()れること自体が危険な魔術書もあった。

 だがここで時間を浪費(ろうひ)しすぎるわけにもいかない。

 ひとまず判明した情報だけを突き合わせる。

 説明役として、一番魔術に造詣(ぞうけい)の深いカイルが口火(くちび)を切る。


「まずここが悪夢、文字通り夢の領域だってのは、なんとなくでも分かってるな?」


 エフリールは(うなず)く。同時に、今まで聞かなかった疑問が湧いて出る。


「でも何で寝てないのに夢を見てるの? それにみんな同じ夢を見てるの?」


「お手本のような出来(でき)の悪い回答だな。まあ言ってることは分からんでもない。正確にはここは、無意識領域(イド)を利用して存在を確立している街だ。人々の潜在意識に刻み込んで街のことを共有させることで、現存する物として認識させようとしている」


 知らない単語やいまいちつかみどころのない説明をされて、エフリールは首を(かし)げる。


「理解出来ないんなら気にするな。とりあえずこの街は夢で、外に出て現実になりたがってるって話だ。世界を同じものに染め上げるためにな」


「それなら分かる。前にグレースにも言われたから」


 エフリールの言葉を受けて、グレースが隣で頷く。

 カイルは話を続ける。


「さて悪夢の何が厄介かっていうと、時間や空間の概念が全く違うってのがひとつ。もうひとつは、性質が夢である以上、変質をしないって点だ。夢っていうと案外思い通りになりそうなもんだが、見ただけで現実に影響を及ぼすわけじゃないのと同じで、基本的にこちらから変化を与えづらい。具体的に言えば、いくらこの街にいる異形を倒したところで、奴らは根本的には数を減らさない」


「死なないってこと? それ、大変じゃない?」


「そうだな。だがしょうがない。この街の根幹部分はそもそも奴らが握ってるんだ。向こうに都合がいいのは当たり前だ。その上で、悪夢の中には現実の存在も取り込まれている。一番代表的なのが俺たちだな。まあ俺は自分から入ったんだが」


「自ら悪夢へ入った? 初耳ですが?」


「そりゃそうだろ。今初めて言ったんだからな。……悪夢が作られたとき、外に全く影響がなかったと思うか?」


 カイルの問いかけに、グレースが息を呑む。


「それは……ではどこかで異形の被害が?」


「そうさ。わずかに現実へはみ出てきた連中は、俺のような狩人(ハンター)が向かうまで好き放題しやがった。おかげで……いや、何でもない」


 カイルは一瞬苦々(にがにが)しい表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込めた。


「しかし、貴方はよく入り込めましたね。ここは(おり)のような場所だというのに」


「そう難しいことでもない。この手の閉じ込める性質の領域は、入る分には意外とあっさり行くもんだ。魔術協会の手引きもあったしな。まあそもそも、誰がここを檻のように閉じたのかは」


 カイルがグレースの顔をうかがう。


「……分からんがな」


「……………」


 カイルの視線の意味に気付かなかったエフリールは、何度か話に出ている魔術協会について、疑問を口にする。


「魔術協会って人たちは、味方なの?」


「いや。むしろ連中はこの件の共犯者側だろうさ」


 確信を持って告げるカイルに、グレースは目を(みは)り、エフリールは首を(かし)げる。


「ここまで大規模な魔術を構築するのには恐ろしく時間が必要だ。その間、協会にバレずにうまくいくはずがない。つまり狩人(ハンター)は、魔術協会が自分たちで手に負えなくなった分の始末と、中の確認を任されているわけだ」


 エフリールは分かったようなふりをして、ふんふんと頷く。

 グレースが、やや顔をしかめながら、カイルへ尋ねる。


「そこまで分かっていて、よく中へ入り込もうと思いましたね」


「単なる利害の一致さ。……何が何でもこの悪夢をぶちのめさなきゃ、気が済まないんでな」


 忌々(いまいま)しさと、どこか哀愁(あいしゅう)(ただよ)う口調だった。

 沈黙が下りる中、エフリールは茫洋(ぼうよう)と書庫を見渡す。


「でも、じゃあ魔術協会とかは、何のためにこんなことをしているの?」


「さあな。世界の破滅を望んでいるか、でなけりゃ支配しようとして失敗したか。どちらにしろロクでもないことだけは確かだ」


 カイルは帽子を目深(まぶか)にかぶり直し、(たか)のような目つきで説明を続ける。


「話を元に戻すぞ。俺たちは現実である以上、奴らと違って死ねばお(しま)いだ。しかしどうにかしてこの悪夢を終わらせなけりゃならん。で、核となっているのが、この街の中心だ。そこに辿(たど)り着けなきゃ、まずどうしようもない」


「やることは変わんないんだ。じゃあ、これ聞いておきたいんだけど、終焉(しゅうえん)()らう御子(みこ)って?」


「あん? 何だ、そいつは。初耳だぞ」


 カイルへ事情を打ち明けた時には話していなかった。

 エフリールは、グレースから聞かされたことを改めて伝える。


「……つまり、異形共の親玉、か」


 どこか含みのある言い方でカイルは呟く。

 エフリールは気に留めず、もうひとつ抱えたままの疑問をぶつける。


「あと、鍵って何?」


「鍵は鍵だろうよ。……まあ平たく()えば、お前はこの悪夢に普通より影響を与えられるって話だ」


「そっか。それもグレースに教えてもらった。カイルと僕とで、怪物を倒した時の様子が違ったし」


 カイルが倒した場合、異形は黒い()みとなって地面に溶けた。

 しかしエフリールの時は、白い灰となって果てていた。

 この差異によって何が(しょう)じているのかは不明だが、鍵とそうでない者の違いであることは確かだ。


「だとすると、よっぽどお前は重要なんだろうさ。せいぜい気を付けろ」


「うん。頑張るよ」


「気の抜ける返事だな……本当に大丈夫か? まあいい。そろそろ出発しよう。いい加減、黴臭(かびくさ)くて死にそうだ」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 教会の外には、枯れた木々と濃霧(のうむ)の立ち込める墓所が広がっていた。

 ()らぐ霧が、幽魂(ゆうこん)のようにそよいで見える。


「エフリール様」


 声をかけられ、エフリールは振り向く。

 グレースの不調は既に分かっている。ここが限界であることも。


「どうかこれを」


 (はかな)げな笑みと共に、彼女はごく小さな白い袋を渡してきた。

 袋の口には長い(ひも)が通っており、ちょうどペンダントのように、首にかける形状になっている。


「お守りです。何の役にも立たないかもしれませんが、どうかお持ちください」


 袋は固く閉じている。

 (かす)かに、花のような匂いがする。

 最初にグレースと出会った時と同じ、(なつ)かしさを想起させる香りだ。


「私はいつでも貴方の無事を祈っています。どうかお気を付けて」


「ありがとう、グレース」


 エフリールはお守りを首にかけ、肌に触れるように服の内側へ入れた。

 カイルが気を利かすように先へ歩く。

 どちらともなく、抱擁(ほうよう)()わす。


「また会おうね」


「……はい。必ず」


 二人は互いの手を握り、そして離れる。

 エフリールはカイルの背に追いつくように小走りで向かう。

 遠くなっていく主人の姿を、グレースは万感の思いを込めて見送った。

2020/08/29 カイルの口調を若干修正

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