第四話「再びご招待」
無事一日の学業を終えた。
掃除当番でもないし、部活にも所属していないので、俺は昂と共に自宅に向かうことに。
下駄箱から靴を取り出したところで、聞き覚えのある声が耳に届く。
「よう、陽樹。元気にしてるか?」
竜夜だ。これから部活なのだろう。同じバスケ部の一年数人と行動を共にしていた。
昨日の今日ということで、竜夜も俺の様子が気になっていたんだろう。いつもにやにやしているけど、今日はいつも以上ににやけている。どうしてこう悪い方向に成長してしまったのか……。
「ああ、ご覧の通りだ」
「おい、お前。まさか、陽樹に嫌がらせでもしに来たんじゃないだろうな?」
昂は、俺の事情を理解しているので、竜夜に対して敵意を向けている。だが、俺はそれを制す。
「嫌がらせ? なんのことやら」
「こいつ……!」
「昂。良いんだ。……竜夜。湊は元気か?」
思っていた反応と違ったからか、竜夜の表情が少し歪む。
「ああ、もちろんだ。可愛いもんだぜ? 昔から、ずっと湊を狙っていたんだ。今の俺は幸せでいっぱいだ」
「……そうか。じゃあ、俺達は帰るから。部活頑張れよ」
「お、おい! 陽樹!!」
竜夜から見たらただ強がっているようにしか見えなかっただろうけど、俺は二人の幸せを応援している。
確かに、竜夜は何かと湊の側に居ようとしたり、俺に近づく度に睨んでいた。昔は子供だったからわからなかったけど、今ならわかる。竜夜は本当に湊のことが好きだったんだって。
「いいのか?」
「うん。何を言われようと、俺は俺らしく生きるって決めたから」
「……本当に何があったんだ? 昨日の今日で立ち直るなんて」
これは、昂に教えていいものだろうか。吸血鬼の女の子に出会って、いっぱい甘えていたら元気になったなんて。
吸血鬼に出会ったなんて、知ったら確実に会いたいって言ってくるだろうし、もしかしたら小説のネタにするとか言うかもな。加えて、リィリアちゃんを見ようものなら、こんな子に甘えていたのか! ちくしょう!! とか血の涙を流す勢いで襲いかかってくるかも。
「まあ、なんていうか。色々あったんだよ」
「なんだよ、その色々って。話せよ! な?」
腕を肩に回し、話すまで逃がさんとでも言いたげな感じだ。
どうしよう……リィリアちゃんのことを考えたら、真実を話さない方がいいんだろうけど。
「あっ、ちょっと待った。電話だ」
まるで助けてくれたかのようなタイミングだ。
もしかして母さんかな? ……リィリアちゃんだ。
一度、昂のことを見てから、俺は少し距離をおいて通話ボタンをタップする。
「もしもし?」
《こんにちは、お兄ちゃん。こっちはもう帰るところなんだけど。そっちはどうかな?》
昨日ぶりのリィリアちゃんの声だ。タイミングよくかけてきたけど、どこかで見ているのか? なんて。
「うん。丁度今終わったところなんだ。奇遇だね」
《そうだったんだね。……ねぇ、お兄ちゃん》
「どうしたの?」
《今日も》
ん? なんだ? ちょっと間があるような。
どうしたんだろう、と耳を澄ませた刹那。
《いっぱい甘えちゃう?》
ぼそっと。俺が耳を澄ませるのを予知していたかのように、甘い言葉を囁く。
くっ! なんて破壊力だ。そんな甘い言葉に屈してしまった俺は、今一度、大人しく待っている昂を見る。……だ、大丈夫だ。夜までに帰れば良いんだから。
「わかったよ。それじゃあ……あっ、でも俺」
あの森にどうやって行ったのかわからないんだった。昨日の内に聞いておけばよかった。
《大丈夫だよ。こっちから迎えに行くから。お兄ちゃんの通っている高校から東に行くと大通りに出るよね? そこのコンビニの前で集合しようよ》
「あ、ああ。わかった」
《それじゃあ、またね》
「うん。また」
通話を終えた俺は、スマホを制服のポケットに入れて昂のところへ向かう。
「お? 終わったか。そんじゃ、帰ろうぜ。途中レンタルビデオ屋に寄って」
「すまん! ちょっと用事ができたから集合は夜にしてくれ!」
「ちょっ!? まさかさっきの電話の相手とか?」
「ああ。夜までには絶対帰ってくるから! えっと……二十一時に俺の家に集合ってことで!」
それだけを伝え、俺は早々とその場を去ろうとする。
「おーい! それは友情よりも大事な用事なのかぁ!?」
「お、同じぐらい!!」
「……たく、しょうがねぇな」
悪い、昂。お前とのアニメ鑑賞も俺の心を癒すものだが、今の俺がもっとも癒されると思うのは!
「ーーーもう、居る」
俺も急いで移動したはずだけど、すでに到着していた。しかも、昨日乗った車とは違い、一般的な軽自動車。
その前でリィリアちゃんがわざわざ待っててくれたのだ。俺を発見するなり満面な笑顔で手を振ってくる。
「早いね。もしかして、電話をしていた時点で到着していた、とか?」
「えへへ。実はそうなんだ。あっ、これ缶コーヒー」
両手で包み込むように持っていた缶コーヒー。
それは、俺がよく飲んでいるものだった。
「ありがとう。でも、よく知ってたね。俺がこの缶コーヒーをよく飲んでいるって」
「陽樹お兄ちゃんのことは、よく知ってるよ」
よく知ってるって……もしかして調べたのかな? いやだとしても、俺みたいなよく居そうな男子高校生をどうやって。
有名人とかだったら、ネットとか雑誌を調べれば色々と情報が載ってるけど。
「さあ、乗って乗って」
まるでどこかに遊びに行く子供のようだ。無邪気な笑顔で俺の背中を押して、車に乗せようとする。
まあいっか。気になるけど、リィリアちゃんに俺のことを知ってもらえるなら。